第3話 リンカ、ついに告白されてめちゃモテ人生まっしぐら。かと思いきや現れる人形マニアのおじさん。めちゃモテ人生即終了。
2295年9月。
「もっと来い! パンチが遅いぞ!」
リンカは祖父に向かって何度もパンチを食らわせようと試みるが、祖父の源十郎はそれを軽々と受け止める。
それでもリンカは必死に攻撃を続け、祖父の一瞬の隙をついて蹴りを入れようとした。
「甘いっ!」
だが源十郎はそれを見破り、リンカの足を掴んで投げ飛ばした。
「うわっ!!」
リンカはそのまま地面に倒れてしまう。
「ハァハァハァ……。おじいちゃん、もうだめだよ~」
「ハッハッハッハ。お前もまだまだだな。もっと修業しないと、やられちまうぞ」
祖父はリンカに近づき、彼女に手を差し伸べた。
リンカは祖父の手を取って立ち上がった。
「別にいいもん。負けたって」
「じゃあ、わしはちょっと出かけてくるからな。留守を頼む。それと、最近は子供がさらわれる事件が増えてるらしいから、夜は一人で出歩くなよ。絶対に」
祖父はそう言いながら傍に置いていた鞄を持ち上げた。
「はーい。でも、おじいちゃんいつもどこに行ってるの?」
「それは教えられないな。わしに勝ったら考えてやる」
「そんなの絶対む~り~!」
源十郎はハッハッハとまた高笑いしながら家を後にした。
リンカはそのまま草の上で横になった。
どうして毎日こんな厳しい稽古をしなきゃいけないんだろうとリンカは少し腹が立っていた。
今日も空は青く、風が気持ち良い。森の方からは小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
こんなにも平和な毎日なのに。強くなる意味なんてあるのだろうか。とリンカは思った。
リンカがそんな事を考えている時、たまたまハヤトもその近くまで来ていた。
当時、リンカに出会う前のハヤトは山の麓に住んでいた。
彼は街のガキ大将であるジムとその仲間二人に連れられ、山を登ってリンカの家の近くまで来ていたのだ。
彼らは舗装もされていない山奥に入り込んで遊んでいた。
その辺りは足場が悪く崖も多いため、リンカもあまり近づかない危険な場所だった。
「ハヤト、早くやれよ!」
少年がハヤトに言った。
「そ、そんなの無理だよ」
ハヤトの目の前は崖。そしてその下には川が流れていた。川の流れは非常に速く、もし落ちてしまえば簡単に流されてしまうだろう。
「早く飛べよ! とーべ! とーべ! とーべ!」
彼らはハヤトに対してジャンプで崖の向こう側まで飛ぶことを強要していた。崖と崖の間は1メートル強。もし落ちれば命に関わるため、ハヤトはためらっていた。
「む、無理だって!!」
ハヤトが言うが彼らは聞く耳を持たない。
「うーい!」
ジムの仲間であるマイクやケンがいたずらでハヤトの背中を小突く。
「ちょ、ちょっと押さないでよ!」
「じゃあ早く飛べよ!」
ジムが叫ぶ。
「わ、わかったよ……」
ハヤトはそう言って崖に足を掛けた。
だが下を見ればその高さに足がすくんでしまう。
何度も飛び上がろうと足に力を入れるが、恐怖でスッと力が抜けていった。
「早くやれって言ってるだろ!!」
ジムはかなりいらだった様子でハヤトに怒鳴った。
ハヤト自身も飛びたかったが、足に力が入らず、体が言う事を聞かなかった。
「や……やっぱり無理……」
ハヤトが振り向いてそう言いかけた瞬間、ジムは突然ハヤトに近づいてきて、彼の事を強く押してしまった。
「うわあっ!!」
ハヤトは突然のことに、その場で体勢を崩してしまった。
すると、そのまま少し湿っていた地面で足を滑らせ、崖のほうへと滑り落ちた。
「ハヤト!!」
流石のマイクとケンも目を見開いて彼の名を叫ぶ。
彼らは恐る恐る崖の下を覗くと、ハヤトは崖の中腹辺りで木の根っこに掴まっていた。
「た、助けて!」
ハヤトは必死に叫ぶが、彼がいるのは子供の手を伸ばしても届くような場所ではない。
ジム達はどうすることもできず、その場で慌てるだけだった。
「助けて……。お願い、助けてー!!」
ハヤトは、誰か他の人に届くことを願って声をあげた。
ジム達はその場で動こうとせず、助けを呼んでくれる気配はない。
ハヤトはそろそろ腕の力が限界で、今にも手を放してしまいそうだ。
もうだめだ。落ちてしまう。
そう思ったその時、辺りの木々がガサッと一瞬揺れた。
動物か何かだとハヤトは思った。
だが次の瞬間、木の上からハヤトに目掛けて何かが落ちてきた。
それが木崎リンカだった。
リンカは落下しながらハヤトの腕をつかむと崖の小さな足場に足をかけて、そのままハヤトを上に向かって投げ飛ばした。
ハヤトは木よりも高く飛び、リンカはそのまま川へと落ちていった。
だがリンカは岩場に足を着き、再び飛び上がると、落ちてきたハヤトを空中でキャッチした。
ハヤトはリンカに抱えられながら、彼女のことを見つめていた。木々の間から差し込んだ光がちょうど彼女を照らし、彼女が輝いているように見えた。
ハヤトは一瞬、天使が死んだ自分を迎えに来たのではないかと思った。
「綺麗……」
ハヤトはリンカには聞こえない程小さな声で呟いた。
リンカはそのまま弧を描くように宙を舞い、崖の上に着地してハヤトを下ろした。
「す、すげえ……」
その一部始終を唖然と見ていたマイクとケンは思わず声を漏らした。
ハヤトは依然としてぼうっとリンカの方を見ていた。
「君たち、こんな危ないところで遊んじゃだめでしょ! とくに君! この子を押して崖から落とそうとしたでしょ! なんでそんなことしたの」
リンカがジムに向かって言った。
「は? そんなことしてねーし!」
ジムはそっぽを向いて答えた。
「してたでしょ! この子、死んでもおかしくなかったんだよ?」
「ふざけんな! そんなこと知らねえし! おい、お前たち、もう行くぞ!」
ジムはそのままマイクとケンを連れてリンカの元を逃げるように去っていく。
「あ!! こらー! 待ちなさーい!」
リンカが言うが彼らは言う事を聞かない。
「おい、ハヤト! お前もだ!」
ジムにそう言われて、ハヤトは慌てて立ち上がると、彼らの後を走って追いかけた。
ジムは腹を立てていた。自らが犯してしまった失敗をリンカのせいにすることで罪悪感を紛らせようとしていた。
「あの女、ムカつく!」
そう言いながら彼は一人先頭を歩いている。
「ハヤト、お前あの女のことずっと見てたけど、もしかして惚れたんじゃないの?」
ハヤトはマイクに言われた。
「そ、そんなことない!」
彼はそう言いながらも顔を赤らめた。
「ハハーン。絶対ウソだな」
マイクとケンがハヤトをからかうような笑い声をあげた。
「おい!」
だがジムのイラついた声で2人の笑い声は止まった。
「俺はいまイラついてるんだよ。静かにしろ」
「でもさあ……」
「黙れって! そんなしょうもない話をしてる暇があったら、あの女に仕返しする方法でも考ろよ!」
「そんなこと言われたって……」
「じゃあさ、ハヤトがあの女に告白するってのはどう?」
マイクが言った。
「告白!?」
ハヤトは目が飛び出そうなほど驚いた。
「あいつを手紙で呼び出すんだよ。あそこに」
「あそこって?」
「呪いの人形工場」
その名前を聞いてハヤトはゾッとした。
「だめだよそんなの! 危なすぎるよ」
呪いの人形工場は街の外れにある古い小さな町工場のような建物で、窓から沢山の不気味な人形が見えることからその名が付いた。
近頃その建物に怪しい男が出入りしているのが目撃されており、噂ではその男が子供たちをさらって中に閉じ込めているらしい。
「いや、その話乗った」
先ほどまでイライラしていたジムはニヤリと不吉な笑みを浮かべて言った。
「もちろん、やってくれるよなハヤト?」
ハヤトは全員からの圧に耐え兼ね、首を縦に振ってしまった。
その頃リンカは家で考え事をしていた。
ハヤトを助けたことで、祖父の考えが少し分かった気がしたのだ。
もし、リンカが体を鍛えていなかったらハヤトを助けられず、彼は死んでいたかもしれない。
源十郎はリンカが誰かを助けられるように自分を鍛えてくれたのではないか。
そんなことを考えていると、突然家のドアがノックされる音が聞こえてきた。
「はーい」
リンカが扉を開けると、そこに立っていたのはハヤトだった。
「あれ? さっきの子だよね? どうしたの?」
「そ、その……」
ハヤトはリンカに手紙を書いてきていた。その手紙は渡すべきではないと分かっていたが、今この瞬間も他の少年たちが陰から監視している。
「だ、大丈夫……?」
少し震えながら何も言えなくなってしまったハヤトにリンカは動揺した。
「これっ!」
ハヤトはその一言だけ言って、手紙をリンカの手に押し付けると、そのまま逃げるようにしてその場を去った。
リンカはしばらく唖然としたが、ハヤトが見えなくなって部屋の中に戻った。
「これ、なんだろう」
一度もラブレターなど受け取ったことのないリンカはそれが何であるか全く見当がつかなかった。
紙を開いてみると中にはこう書かれていた。
助けてくれてありがとうございました。あなたは命の恩人です。お礼も言えず逃げてしまってすみません。あなたに助けられた時、僕はあなたに一目惚れしてしまいました。もっとあなたのことを知りたいので二人だけで会ってもらえませんか? 街の東のはずれにある古い工場で待ってます。
ハヤト
「ひ、ひ、一目惚れ!?」
リンカはそれを読みながらひっくり返った。
リンカの家の周りには同世代の子供もおらず、いつも祖父からもらった道着を着ていてオシャレなどしたことが無かった。だから自分が誰かに惚れられるなど想像もしていなかった。
「ど、ど、どうしよう! 私、モテたことないのに!」
リンカは慌ててタンスの中をあさり始め、前の誕生日に祖父からもらった洋服を見つけた。
かわいらしいレースのワンピースだが、リンカは自分には似合わないと一度しか着なかったものだ。祖父は悲しそうにしていたのを覚えている。
その恰好で外に出るのは少し恥ずかしかったが、洋服がそれしかなかったので着る他なかった。
「変じゃないかな? だ、大丈夫だよね」
髪がはねてないか鏡でチェックし、リンカはさっそく出かけることにした。
リンカは久しぶりに山を下り、街へ出た。
山の麓付近は住宅街になっており、所狭しと家が並んでいる。道幅は非常に狭く、大人がギリギリ両手を広げられるくらいだ。
そんな住宅街を抜けると少し土地が開け、ドランクストリートと呼ばれるアウトサイド一の飲み屋街に入る。
飲み屋街の東側にしばらく進むと、多くの工場が並ぶ地帯が広がる。ハヤトが言っていた工場は中でも最も東にある小さな廃工場だ。
ここまで来てリンカはようやく工場に呼ばれたことを疑問に感じてきた。
この辺りはあまり子供が来る場所ではなく、人通りも少ない。
だが、行ってみれば真相はわかるだろうと思い、彼女はそのまま歩き続けた。
ようやく目的地に近づいて来たリンカは少し深呼吸した。
何を話せばいいだろうとあれこれ一人でシミュレーションを始めた。
「ごめん、待った?」
「いや、待ってないよ。でも、君の為ならいつまでも待てるさ。ハッハッハ」
「うーん。これじゃちょっとキザすぎるかな」
目的地となっていた呪いの人形工場はトタン作りの古い建物だった。壁はほとんど錆び付いて茶色く変色していた。
2メートル以上はある巨大な扉はチェーンと南京錠で硬く閉ざされている。壁にいくつかある小さな窓にはリンカと同じくらいの背丈の不気味な顔をした木製の人形が力なくもたれかかっていた。
リンカが到着した時、そこにはまだ誰もいなかった。
リンカはその場でしばらく待つことにした。
その頃、リンカを呼び出すことに成功した少年一行は、すこし離れた木陰からリンカのことを見ていた。
「あーあ、来てる来てる。かわいそう」
そう言いながら少年たちは笑った。
「10分たったら、僕行くからね。いいでしょ?」
「いいや、20分だ」
ジムは言った。
「あの子、遅いなあ」
始めはそわそわしながら待っていたリンカもなかなか来ないハヤトに少し疑問を感じ始めていた。
ふうっと息をついてその場に腰かけた。
少年達はリンカの待ちくたびれた姿を見てかなり満足していた。
「ねえ、そろそろいいでしょ」
ハヤトが言った。
だが、ジムはまだ満足できていないようだ。
「いいや、こんなんじゃ物足りない。お前たち、このまま帰るぞ」
「そんな! 約束が違うよ!」
ハヤトは少し声を荒げて言った。
その声に少しだけリンカが反応した。少年たちは慌ててハヤトの口をふさぎ、その場から離れようと、彼の腕を引っ張った。
「んん! んんっ!」
「こっちだ! 隠れるぞ」
ハヤトの抵抗もむなしく、彼は少年たちに引きずられて歩くしかなかった。
リンカの方を確認しながら、後ろ向きでゆっくり歩いていると、ジムが何かにぶつかった。
「なんだ?」
振り向いて顔を上げると、そこには一人の男が立っていた。
男はかなりの大柄で、体型だけ見ればまるで軍人だ。
顔の半分以上が隠れるほど長い前髪で分厚いコートを着ており、コートには小さな人形が何体も雑に縫い付けられていた。
腕にはいくつもの腕輪をしており、明らかに怪しい雰囲気だった。
「あのう、どなたですか?」
ケンが男に聞くと、男は何も応えず彼の首を思い切り掴み上げた。
ケンはバタバタと暴れ、他の子どもたちは驚いて一歩後ろに足を引いた。
彼は首を掴まれたことで叫び声も出せずひたすら暴れた。
ケンはすぐに動かなくなり、次に男はぶつぶつと独り言のような言葉を唱えた。
すると、何かの腕が茂みの中から飛び出してきてマイクとジムを茂みの中に引きずり込んだ。
一番離れた場所にいたハヤトは幸いにもその何かに捕まらずに済んだ。
ハヤトはそのまま彼らに背を向け、必死で走ってその場から逃げた。
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