第2話 巨大な黒壁に囲まれた変な国の山奥に住む野生児リンカ、熊を倒す。
二代目サイファーの出現から3年後。2300年3月。
木々が生い茂る山の中。バサッ、バサッと木の枝を揺らしながら何かがものすごいスピードで移動していた。
「魔術の基本は魔法陣にあり、全ての魔術は己の魔力と刻まれた魔法陣の形状によって決まる。うーん……。なるほど、分からん」
山の中を移動していたのは一人の少女、木崎リンカだった。彼女は背中には大きなカゴを背負い、片手に本を持ち、それを読みながら木から木へと飛び移りながら移動していた。しかも彼女は小指だけでその体重を支えながら飛び回っていた。
彼女は時々木の上で止まると、その木になっているりんごを一つ取って背負っているカゴに放り込んだ。もうカゴいっぱいにリンゴが入っている。彼女はアルバイト先のオーナーにりんごを取ってくるように頼まれ、りんご狩りに来ていたのだ。
彼女は山頂付近にあるこの山で一番大きな木にたどり着くと、上へとよじ登り、太い枝に腰かけた。
ここはこの国を一望できるほど眺めが良く、彼女のお気に入りの場所だった。涼しい風が心地よく、風に乗って運ばれてきた緑の香りがした。
この国の名はブラックウォール王国。
その名の通り、この国は巨大な漆黒の壁に周囲を囲まれている。その壁自体もブラックウォールと呼ばれており、人々から恐れらていた。
誰が何の為に立てたのかは分かっていないが、噂では壁に近づいた人物はそのまま壁の中に飲み込まれ、二度と出てくることはないという。その為、壁に近づくものは誰もいなかった。
外の世界とを壁で隔てられたこの国だが、国の内部自体もさらに二層に分かれている。
彼女の住む山の麓は外側の層。そこにはアウトサイドと呼ばれる街並みが広がっている。びっしりと敷き詰めるように建てられた建物とそこに隣接する工場地帯がアウトサイドの特長だ。
アウトサイドの向こう側に見えるの内側の層がこの国の中心、セントラルシティだ。
セントラルシティとその外側を指して呼ばれるアウトサイドの人々とでは大きな経済格差がある。セントラルシティは元々は王家と貴族だけで作られた街だった。現在でもアウトサイドの人間はセントラルシティの中に入ることすらできない。
街の様子もアウトサイドとは大きく異なり、綺麗な緑に囲まれてキラキラと輝く高層ビルが建ちならび、実に美しい。街の中央には岩山城と言われる岩でできた大きな城がそびえ立っている。
そんなセントラルの街並みの中にひときわ白く輝く建物が並ぶ場所がある。それがこの国唯一の教育機関、セントラル魔術学園だ。
リンカはいつかその学園に入るため、勉強しながら働いて資金を貯めていた。
「ん~!」
リンカは大きく伸びをして立ち上がった。
「そろそろ行かないと~」
すると突然、リンカの立っている木が大きく揺れた。
「うっうわぁ! な、なにー?」
リンカはすぐに下を見た。
するとそこには、体長二メートルを超えるほどの巨大なクマが居た。リンカの上っている木に突進して来ていたのだ。
リンカは木からジャンプし、一回転して地面に着地した。
「やっほー、クマさん」
「オォオオオオオ!!」
吹き飛んでしまうかというほどの雄たけびを浴びせられ、さすがのリンカもたじろぐ。
「う、うーん。今日は元気がいいねえ」
その巨大熊はリンカ目掛けて腕を振り下ろして攻撃してきた。
だが、リンカは身軽に飛び上がりその攻撃を避けた。
「ほらほら、こっちだよー」
リンカはぴょんぴょんと飛び跳ねながらクマの攻撃を避ける。
街の方へ降りて行かないようにリンカは山の奥へと熊を誘導していく。
熊は基本的にこの山の奥の奥、最深部に生息している。そこは人間が怖がって近づかない場所であり、だからこそ多くの野生動物たちが恰好の住処としている場所でもあった。
リンカはそんな危険地帯に足を踏み込んでいった。
動物たちが多く生息する山の最深部には巨大なブラックウォールがそびえ立っている。
だからこそ皆恐れて近づこうとしなかった。
熊を誘導していたリンカもブラックウォールのかなり近くまで来てしまい、そろそろ引き返そうかと考えていた。
熊はまだついてきているだろうか。走るのに夢中になっていたリンカは後ろを振り向いた。
「あれ……?」
すぐそばをついてきていたはずの熊はもうそこにはいなかった。
辺りを見回して、彼女は熊を見つけた。熊はブラックウォールにかなり近い場所に居た。なにやらリンカ以外に気になるものを見つけたようだ。
「おーい、クマさーん」
その熊はリンカに攻撃してきた時と同じように腕をブンブンと振り回していた。
そして、その傍の茂みにガサッという動きがあった。
人影だ。誰かがブラックウォールの傍に立っているのだ。
熊に襲われてしまう! 助けなきゃ!
そう思ったリンカはとっさに熊に駆け寄り、木の棒を投げて熊の気を引いた。
「ほら、クマさんこっちだよ~! こっちこっち!!」
徴発された熊だが、リンカの方は見向きもせず、壁の傍の人間を襲おうとしている。
リンカも負けじと木の棒をいくつも熊に向かって投げ、熊の気を引いた。
「早く!! こっちだよ!!」
何度も木の棒をぶつけられた熊はようやくリンカの方を振り向いた。
熊は明らかに興奮しており、今にもリンカに襲い掛かってきそうだ。
「は~や~く!!」
リンカがもう一本棒を投げてぶつけると堪忍袋の緒が切れたようで、熊はさらに激しく暴れだし、怒りのままにリンカめがけて突進してきた。
ドスドスと鈍い音を立てて走る熊の衝撃がリンカにも伝わってきた。
その毛むくじゃらの巨体が真っ直ぐ突進してくる様子は普通の人間であれば腰を抜かすほど恐ろしいものだった。
だがリンカは全く動じることなく、じっと熊の様子をうかがった。
しばらく熊を引き付け、安全を確認したところで彼女は背負っていたカゴを下ろした。
そして、スッと右足を引いて構える。
「ごめんね、クマさん」
彼女は一言そう言った。
すると突然彼女はその場で高く飛び上がった。
空中で回転しながら、天高く昇っていく。
そんな彼女の元に熊がようやく追いついてきた。
そのタイミングで彼女は叫んだ。
「
リンカはそのまま空中で足を振りあげ、突進してくる熊に後ろ回し蹴りを浴びせた。
「グアアアアアアアアアッ!!」
熊は叫び声を上げながら、たまらずノックダウン。
そのまま後ろに倒れ、衝撃で辺りの土や葉っぱが舞い上がった。
リンカは綺麗に着地すると、すぐに人影が居た方へと走って行った。
もし怪我をしていたらすぐに治療しなくてはいけない。
「あの!! 大丈夫ですか!?」
その人物はいまだにブラックウォールの傍に立っていた。
リンカが話しかけたが、振り返ることもせずに何か機械を操作していた。
リンカはそこでブラックウォールに異変が起きていることに気づく。
壁がなにやら激しくうごめいている。まるで何かが向こう側から出てこようとしているかのように大きく波打っていた。
これは何か危険なことが起きそうだ。直感でそう思ったリンカはそのまま後ずさりして壁から離れた。
次の瞬間、壁から黒い煙のようなものが勢いよく吹き出し、リンカはそのまま吹き飛ばされた。
「うわっ!!!!」
辺りの土や木々までも一緒に飛ばされ、リンカは坂をしばらく転がり落ちた。
彼女は木にぶつかって止まったが、黒い煙はどんどん迫ってきていた。
だが彼女を飲み込むギリギリの所で煙は止まり、ふわふわと目の前を漂った。
そして数秒後、その煙は一気に壁に引き戻され、何事もなかったように消えた。
ただ、この山はその影響で変貌を遂げていた。草木は枯れ果て、倒れていた熊は白骨化していた。
リンカが集めていたリンゴのカゴは跡形もなく消え去っていた。
「な、なんだったの……」
辺りを見回してみたが、先ほど見た人間はどこにも居なかった。
リンカはモヤモヤとした気持ちを抱えながらもどうすることもできず、そのまま山の中腹まで降りて行った。
山の中腹あたりにある開けた土地。そこに一軒の小屋のような家が立っていた。ここがリンカの育った場所だ。
「ハッ……! ハッ……!」
家の裏から何やら声が聞こえてくる。そこには汗をかきながら武術の稽古をする道着を着た少年がいた。
「ハヤト〜、ただいま」
リンカはその少年に声を掛けた。
「あっ、リンカさん、やっと帰ってきた~!」
そこに居たのはリンカと同居しているハヤトという少年だった。
「もう、リンカさんはやめてよー。お姉ちゃんって言ってって言ってるでしょ」
「そんなの今更恥ずかしくて無理です!」
「でもしっかり稽古やってるみたいだね。えらいえらい」
「リンカさんこれいつまでやったらいいんですかー? 僕もうヘトヘトですよ」
「じゃあ、そろそろ休憩しよっか。休憩終わったらまた再開ね」
「そんな……。どうしてこんなに毎日稽古しなくちゃいけないんですか? 別に僕武術家なんか目指してないし……」
「素人は理由なんて考えないの! ひたすら努力努力! だよ?」
「リンカさん、鬼だよ……」
「鬼ってなんだ、鬼って! たまには褒めてよ~」
「えー……」
そう言ってハヤトはリンカをしばらく見てから呟いた。
「やっぱ鬼」
「こらーー!!」
リンカがハヤトを追いかけまわしていると、彼女の腹が突然大きな音を鳴らした。
「そういえばリンカさん、ご飯食べずに飛び出していったから何も食べてないんじゃないですか?」
「あはは……。リンゴはいくつか食べたんだけど……」
「しょうがないですね。僕が何か作りましょう」
「あ、でも、今日は私が作る! ハヤトは稽古終わりでヘトヘトでしょ?」
「いいです。リンカさん、料理下手くそなので」
「私だってやればできるかもしれないじゃん!」
「そう言って晩御飯の食材を全部丸焦げにしてしまった事がありましたよねー?」
「ご、ごめんなさい~。お願いします……」
「分かればいいんです」
そう言って二人は家の中へと入っていった。
台所からトントンと野菜を切る音が聞こえる中、リンカは椅子に座りその様子をぼうっと眺めていた。
「ねえ、ハヤト」
「なんですか?」
ハヤトは手際よく料理を進めながら答える。
「そういえばさ、ハヤトが私に告白したことあったよね」
「ブッ!!」
突然の事にハヤトは動揺して、持っていたトマトを落とした。
「いきなり何言うんですか」
「いや、あれって本気だったのかなって」
「そ、そ、そ、そんなわけないじゃないですか! あれは……いろいろあったから」
「そうだね……。いろいろあった。あれが、ハヤトと私がはじめて会った日だったよね」
「もう、あの日のことは思い出したくないって言ったじゃないですか……」
「わかってる。わかってるけど、私は忘れないよ。忘れちゃいけないんだよ」
リンカとハヤトは血のつながった兄弟ではない。
初めて会ったのは、ハヤトがまだ七歳、リンカ十歳の頃だった。
リンカはいつものように祖父と一緒に日課の稽古をやっていた。
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