彼女の幸せ、僕の幸せ

夏伐

lost

 僕と彼女は幼馴染だった。

 彼女の事はヨーちゃん。僕の事はキョウちゃん。

 そう呼びあっていた。

 活発な彼女と大人しい僕。体育が得意な彼女、本を読むのが好きな僕。

 僕たちは正反対な性格で、彼女はまるで男の子だった。


 僕と彼女は中学生になっても仲が良かった。


「ずっと一緒にいようね」


 彼女が言った。


「うん」


 僕は迷わず頷いた。

 その頃の彼女はもう女の子だった。

 明るくて優しい。


 そんな彼女を困らせないために、僕は自分の悩みを相談しなかった。

 どうにもならない事を知っているから。

 周りが、誰かと誰かが付き合っていると噂をしている事、隣のクラスの男の子がうちのクラスの誰々が好きなんだって、そんな噂を流していた頃。

 僕は彼女が好きなんだと気づいた。


 彼女は『ずっと友達だよ』と、僕にそう言った。

 僕は『ずっと君の隣にいたい』そう言う意味で「うん」と頷いた。


 勘違いするまでもなく僕は実らない恋をした。


 小さい頃から言っていた。

 彼女の夢を聞いていたから。



――幸せなお嫁さんになりたいな。それで旦那さんと犬と子供と家族で仲良く暮らすの!



 僕の家は会話らしい会話もなく外面だけの家だった。

 おかしいと気づいたのは彼女がいたから。

 僕には兄と妹がいるけど、二人が何が好きでどんな漫画が好きかなんかもさっぱり知らない。何て話しかけて良いかも分からない。

 息が詰まりそうだった。


 眠る前に考えた。


 僕は僕だけど、間違って生まれた事。

 手や足。末端に意識を向ける。

 でもこれは僕の体で間違いない。


 想像した空間、そこに『希望』が僕の目の前に現れる。

 『希望』は彼女の姿をしている。そしてそれは僕自身の願望の姿である。


「あの子が好きなんだ」

「でも、彼女はそれを望んでいない」

「――知ってる」


「彼女はあなたと友達でいることを望んでいる」


「――知ってるよ」


 『希望』は僕が間違わないように適度に絶望を与えてくれる。


「ねぇ、絵本を描いてみたらどうかしら?」


 ああ、図書館の本棚にそういう本があったな。


「絵、描くの好きでしょう? あなたが望む世界を描けば――少しは救われるかもしれないわ」


 僕が望む世界……。

 『希望』は僕が考え込むとスッと消えていなくなる。

 所詮は妄想なんだ。


 しかし翌日から、僕は絵本作りを始めた。

 彼女に読んでもらった時は、なんだかむず痒かった。


「とってもかわいい! キョウちゃんは将来作家さんになれるよ!!」


 その言葉が素直に嬉しい。

 僕はそれを支えに、一人で黙々と絵本を作った。


 高校生になり、大学生になり、社会人になって数年。

 僕は兼業作家と呼ばれるような人間になっていた。


 彼女は僕が仕事に打ち込んでいるそのうちに結婚することになった。メールで相談を受けていた。


 だからどんなに彼女が彼の一挙一動で喜んだり悲しんだり疑ったりしてきたか、どんな覚悟をして『結婚』に至ったかを僕は知っている。


 彼女は『親友』の僕にカレシに会わせたいと言った。

 迷ったが、目いっぱいの不本意なオシャレをして彼に会った。

 彼女がトイレに行って席をはずした時、僕は彼と話した。


「あの、結婚したら犬、飼いますか?」

「え?」

「ヨーちゃん、犬好きなんです。小さい頃も飼ってたし」

「ああ! 俺はアレルギーもないし彼女が飼いたいって言ったら飼うだろうね」


 彼は少し照れながら言った。

 それだけで分かる。

 この人は良い人だ。

 彼女が選んだ人間だ。良い人に決まってる。


 僕がいなくても彼がいれば彼女は幸せなんだ。


「彼女の夢、知ってますか?」

「ああ、パティシエになりたいって言ってたよ」

「――違います。ヨーちゃん、中学生まで『お嫁さん』になりたいって言ってたんです。家族で笑って暮らしたいって」


 僕は泣いてしまった。

 彼がきっと彼女の夢を叶えてくれるだろう。


「あの子と幸せになってください」


 僕は彼女が戻ってくる前に家に逃げ帰った。


 彼女とは、次に彼女の結婚式で会った。

 すごく綺麗だった。


 ――本当は僕が隣にいたかった。


「キョウちゃんも素敵な人を見つけて幸せになってね」


 彼女が私に言った。


「彼と相談して小型犬を飼うことにしたの」


 二人はとても幸せそうだ。


 僕はついに完璧なまでに失恋した。

 





 結婚式の会場。

 ヨーちゃん家のおばちゃんが二人に隠れて泣いている僕を見つけて慰めてくれた。


「まったく親の私より泣いちゃって……。 ヨウコはお嫁にいくけれど、いなくなるわけじゃないわよ」

「ごめんなさい」

「お盆とか年末なんかには帰ってくるから、その時に会えるわ」


 僕を慰めるためにおばさんは言った。

 そんなの知ってる。

 おばさんの寂しさと違う寂しさで僕は涙が出るんだ。


「ほら、お色直し」


 少し乱れた髪をおばさんは整えてくれた。


「キョウコちゃんもヨウコに負けず劣らず綺麗なんだから、自信を持ちなさい!」


 僕は「うん」と答えた。





 彼女は結婚して数年、子供と旦那さんと犬二匹と幸せに暮らしている。


 だが、今でも眠る前に『希望』が言うんだ。

 あの頃と変わらない少女の姿で。


「後悔してる?」


 僕はもう子供じゃない。

 少女にきっぱりと言った。


「後悔してるけど、間違ってるとは思わない!」

 





『希望』が言う。

 あの時、告白して良かったの? と。


 結婚式が終わった後、彼女は不自然に僕を呼び出した。


「何か、言い残したことある?」


 僕は彼女に、「結婚おめでとう」と言った。


 ヨーちゃんの首が横に振られる。彼女が望んでいるのは違う言葉のようだ。


「あ、あの時、旦那さんに犬好きって言っちゃったこと?」


 彼女は首を横に振る。


「小さい頃の夢、言っちゃったこと?」


 違う違う。首を振る彼女は冷めた目で僕を見下ろした。

 僕より背が高く、ヒールでさらに背が高くなった彼女。僕は何か嫌われることをしただろうか?


 しかし、そんな風に見下ろされても彼女の望む答えなんてわからない。「大学生の頃、誘われた合コン途中で帰っちゃったこと?」「分かんないよ! 怒ってる?」「高校生の時? 中学生? 小学生?」


「もっとずっと前から言いたいこと、あったんでしょう?」


 そう言われて、僕はハッとした。

 彼女は知っていたのだ。

 僕自身が、やっと気づいた「好き」に。


「ずっと昔から、何か言いたいことがあったんでしょう?」


 僕は彼女には届かないけれど、背を伸ばし彼女に言った。


「ずっとヨーちゃんが好きだった」

「私もキョウコのこと親友だと思ってるわ。ずっと何か隠してたのはそんな事?」


 もう、嫌われても後悔しない。

 僕は覚悟した。

 今までずっと言いたかった。

 言えなかった。


「違うよ。そういう好きじゃない。私、僕は、ヨーちゃんの友達じゃなくて恋人になりたかったんです。ずっと好きでした。本当はヨーちゃんが誰かと付き合うたびに嫉妬してました」

「キョウコ……?」


 僕が一歩近づく。

 彼女は後に下がる。


「ヨーちゃん」


 近づく下がる。ずっと繰り返して、彼女のすぐ後ろは壁になった。


「ヨーちゃんを殺せば誰のモノにもならない思うくらいには好きだった」

「キョウコ、やめて。近づかないで」


 彼女が何だか小さく見える。急に不安そうな彼女もずいぶんと可愛らしい。

 僕は自慢じゃないが、ヨウコをずっと見てた。何でも知ってる。

 彼女が僕のことを心の奥底ではどう思っているか。


 それでも僕は好きだったんだ。

 僕は彼女を抱きしめた。


「幸せになってね」


 彼女は少しの間反応しなかった。

 突き飛ばされて絶交かな。そんな考えが頭をよぎった。


「……キョウちゃんは私に幸せになってほしいの?」


 彼女が聞いた。


「うん」


 僕が答える。


「……幸せに、なるわ」


 彼女が僕を抱きしめた。

 僕と彼女は『親友』だ。


 今も昔もこれからも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女の幸せ、僕の幸せ 夏伐 @brs83875an

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説