第3話信用できない語り手
トーダは王子をマルクに託した後、副官に騎士達を任せ、騎士団長と共に司令官室へ向かった。
ソファーをすすめて騎士団長が腰を下ろすと、対面するように座る。
お互い難しい顔をしながら無言が暫く続き、先に口を開いたのはトーダであった。
「影武者ですか?」
その言葉に、何を指してるのか直ぐわかる。
騎士団長は低く唸ってから「否」と答えた。
「正真正銘、シュラ殿下だ。お前達を欺こうとしている訳でもない。本人、ということにしておけ、などということは無い」
実は王子は別の場所にいるが、替え玉をここに寄越し、その事実は砦の者に知らせないなどということはない。
「寧ろそっちの方が現実的なんですがね・・・」
死を望まれると公然されている追放よりも、どこかで匿われているという方が納得出来る。復権は出来ないだろうが、貴人の扱いで生きていけるだろう。
「王子は武を修められているのですか?」
「いや、護身術以外はない。お前も確認しただろ?殿下の体躯や手を」
あれは鍛えている者の身体ではない。手も、ペン胼胝はあれど、武器を持つ者のそれではなかった。
「ですが、足捌や重心のかけ方、何よりあの覇気・・・武を修めているだけでなく、歴戦の戦士の様で」
隙が全く無かった。
たとえ攻撃しても、あたるとも思えない。
紛れもなく【強者】だ。
「今朝・・・護送車に乗り込む前まで、ああではなかったんだ」
王都から道中、酷く憔悴して、食事も殆ど取れていなかった。言葉を発することも無く、ずっと俯いていた。
弱々しく、庇護すべき存在だったのだ。
それが、まさか、である。
騎士団長もかなり困惑しているのだ。
「車内で別人に入れ換わった、何て事は無い。確かに、あれはシュラ殿下だ」
まるで自分に言い聞かせるように、騎士団長は言った。
この世界には魔法があるが、姿を変える魔法や空間を転移する魔法などは無い。
それに、幼い頃から、それこそ生まれた時から見てきた相手だ。間違える訳が無い。
はぁ、と騎士団長は溜め息を吐き出す。
「元気になられたのなら、良かったと言いたい」
あの姿は見ていられなかった。と騎士団長は苦笑を浮かべる。
「婚約者があるのに別の女性と懇意になり、婚約者の公爵令嬢に無実の罪をきせて、公衆の面前で婚約破棄した、とか」
「あー、まぁそうだな。王家は全面的にシュラ殿下が悪いとして、令嬢や公爵に謝罪している。だが、なぁ・・・王宮に近しいと、思うことがあるんだよ。あの公爵令嬢は王も王妃も気に入っていて、第二王子殿下と親しかった。婚約者のシュラ殿下よりな」
「それは・・・」
騎士団にいた頃から、感じていた事がある。
王と王妃が、幼い頃から病弱な弟殿下ばかりを可愛がり、シュラ殿下には厳しい教育を課して親子の交流が殆どなかった。
シュラ殿下は優秀であり次期王として王達も期待していたのだろう。対して弟王子は病弱で、産まれた時に10才まで生きられないかもしれないと言われていた。
儚い命の我が子を、王も王妃も愛情を注いだ。そして、王子を救おうとして優秀な治療師を呼び、高価な薬を求めて、王子が10才の頃にはすっかり元気になっていた。
体を動かせると、騎士団の訓練所へよく赴いて来て木剣を振っていたのを覚えている。王や王妃も元気になった我が子を微笑ましく見まもっていた。そして、その中に件の公爵令嬢も居たのだ。
未来の義姉故に、義弟の見舞いに足しげく通っていた。王妃教育という名目もあったが、殆どベッドから起きれない王子の話し相手として登城していた。兄王子の婚約者であるのに、弟王子と共に居る時間の方が多かった様に思えた。
弟王子が元気になったからと言って、その交流は途絶えなかったとしたら・・・
「まさか、今回のことは・・・」
「公爵令嬢は、才女って名高い。画期的な物を多く生み出してる。民からの評判はかなり良い。王家も逃したくなかった。」
騎士団長は力なく笑う。
「私の愚息がな、公爵令嬢に執心しててな。愚息だけでなく、宰相閣下の次男も、魔術師団長の長男も、な」
「・・・シュラ殿下の、側近候補ではなかったですか?」
「ああ。幼い頃に接触したらしい。親しいよ。主を差し置いて、な」
騎士団長は苦いものを噛んだかのような顔をする。
愚息、と呼んでいるのはシュラ王子と同じ年の三男だ。上の子供と歳が離れた末子で、産後の肥立ちが悪く儚くなった妻の忘れ形見でもある。
分家筋の親戚が、要らん事を幼い息子に言ったのを後で知った。
お前の所為で母親は死んだ、家族はお前を恨んでるなどと、どういう神経をしていたら幼子に言えるのか。
それが心の傷となったことに気付いてやれなかった。救ってくれたのは、公爵令嬢だと聞く。感謝しているが・・・
「宰相閣下のところも、魔術師団長のところも、彼女に救われたらしい」
それは、あの事件の後に聞いたことだった。
本来の主ではなく、その弟に付き従って主を断罪したことに其々の親が息子達と話したのだ。
彼らは、公爵令嬢をまるで聖女か何かのように崇拝しながら、男としての好意を隠せてはいなかった。それは、第二王子にも言えた。
そして、公爵令嬢は明らかに第二王子に好意を寄せていた。
シュラ殿下と、第二王子への対応の差は端から見てもあからさまで、ただでさえ勉強に仕事にと忙しいシュラ殿下が時間を作って会っても全く楽しそうでなく、無理をして笑っている婚約者が、弟と会うと楽しそうに嬉しそうに笑うのだ。
特に、傍で警護する近衛騎士達はその様子を知っていた。
近衛騎士団長が王に報告を上げたが、公爵令嬢と仲良くする努力をしないお前が悪いとシュラ殿下への咎めに繋がってしまった事があり、口を出せなくなったと聞いた。
今回、騎士団長が護送に同行したのは、護衛をと申し出たが却下された近衛騎士団長の代わりでもある。中々行けない砦の視察を兼ねてと言って了承を得た。
話を戻すと、シュラ王子の側近候補達が、弟王子と共に本来の主を断罪したのは、公爵令嬢の好意が弟王子に向いていたからだ。
恋敵としての嫉妬もあるだろうが、それ以上に公爵令嬢の幸せを望んだ。
側近候補達が、シュラ王子を唆した事は解っているのだが、王はその報告を受けてもそれを公にせず、此度の件はシュラ王子の勝手な暴走であり、それを断罪した子息達を弟王子の側近にすると決定した。
罪は、シュラ王子と男爵令嬢にのみにある、と。
「罪は、公爵令嬢に有りもしない罪を公衆の場で挙げ、婚約破棄を言い渡した事、婚約者が居ながら行儀見習いの女と不貞をした事」
「不貞・・・」
「肉体関係は無かった。だが、専属でも無いのに執務室に呼んで何度も談笑していた事を、側近候補達は不貞と断罪した。笑えるな。だったら、お前達と公爵令嬢は何なんだ、と言うんだ」
主が執務に追われているのに、それを手伝わずに登城して第二王子と公爵令嬢に侍ていた。交代で、公爵令嬢を屋敷まで送り届けていた。だから、いつまでも側近とならずに、候補留まりだったのだ。
公爵令嬢は、一度も執務室に来ることは無かった。
近衛からの報告で、各家で何をしに登城してるのかという問いに彼らは「主の将来の妃の護衛と交流をしている」と悪びれる事なく言った。
そして、それを両陛下が許可したと言われて、家長達は黙るしかなかった。こんな事なら、両陛下に苦言を述べるべきだったと後悔している。いや、宰相が言ったらしいが、結果は「婚約者を蔑ろにしているシュラが悪い」となって、シュラ王子へのあたりがいっそう酷くなってしまったのだ。
両陛下は画期的なアイデアを出す才女である公爵令嬢がお気に入りなのだ。親子としての交流が殆ど無いシュラ王子よりも、娘として溺愛していると言っていい。
体が弱い弟と、己の婚約者に両親の愛情があからさまに奪われている状態で、必死に勉強して、早くから国政に加わったシュラ王子は、どんな気持ちだったのか・・・
両親に逆らった事の無い彼が、はじめての反抗が、あれだった。
シュラ王子なら、冤罪だとわかっていただろう。
公衆の面前で、あの公爵家の令嬢を侮辱し、婚約破棄などすれば、王太子でいる事など出来ないとわかっていた筈だ。
あの男爵令嬢に恋しているという様子も無かった。恋して盲目だったわけではなさそうだ。
あの男爵令嬢はどちらかと言うと性悪だ。シュラ王子に狙いを定める前には、他の高位貴族の子息達にしなをつくっていたらしい。多分、修道院には着いてないだろう。男爵家も、娘が高位貴族の令嬢に冤罪をかけて王太子を狙った事で調べてみれば裏で麻薬の密売をしていた事が発覚して取り潰しに・・・
(ああ、だからあの男爵令嬢を使ったのか)
何の罪の無い令嬢をシュラ王子が巻き込むわけ無かった。
己の、破滅に。
いや・・・
両親の愛情の、試しに。
『私は、王太子も、王子も、失格だな』
王が速やかに『廃嫡及び最果て砦への従軍』を決定した後、面会もなく、肉親の誰も見送りの無い出立時に、城を見詰めながらぽつりと、呟かれた言葉を拾ったのは騎士団長だけだった。
確かに、王太子が、王子が、やっていいことではなかった。
わかっていただろう。でも、やらずにはいれなかったのだろう。
そこまで追い込まれていた事に気付けなかったのは、臣下の、大人の罪だ。
―――悪役令嬢転生ものの小説。その主人公たる公爵令嬢視点であり語り手も公爵令嬢で、彼女の主観で物語は綴られた。
他の登場人物達の想いも考えも、公爵令嬢の考えでしかなく、また、公爵令嬢が自分が他者からどう見られているのかを知らなかった。
前世の知識を活かして、幼き頃から優秀で、天才だと神童だと讃えられ、その所為で婚約者の幼い王子が彼女に釣り合うようにと勉強を増やされた事など知らない。
病弱な弟王子の見舞いによく訪れ、決して仲が悪くなかった王子達が、彼女が頻繁に弟王子の元に顔を出すようになった事で、弟王子が彼女の婚約者である兄に嫉妬と、コンプレックスを煽られ、兄弟仲に亀裂を入れた事を知らない。
あの日の婚約破棄が、弟と婚約者が両想いである事に悩んでいたシュラ王子が、側近候補達に唆されたものであった事を知らない。
番外編でシュラ王子のその後が俯瞰視点で語られていたが、公爵令嬢は、シュラ王子への処罰を理解していない。
王太子が武術を習わない事を知っていても、廃されても王子という身分のままだと聞いて、貴人として扱われているのだろうと思っている。
自分は幼い頃から厳しい王妃教育をうけ、婚約者と交流も頑張ったのに公衆の場で謂われない罪を着せられたのだから、廃嫡となる事は当然だと考えている。
本人は厳しいと思っている教育は、次期国王の教育の何倍も易しいものであり、更に精神的に大人であり前世の記憶もある自分が優秀アピールしてしまった事でシュラ王子に課せられたプレッシャーは酷く重かった事を彼女は知らない。
最果て砦に、武のない権力もない見目麗しい王子が一兵卒として送られる事の意味を彼女は理解していないのだった。
前世の最推しであった第二王子からプロポーズされ、人生の春を迎えている彼女はシュラ王子の事を深く誰かに聞くこともない。
彼女の物語は、ハッピーエンドなのだから。
はぁーと、騎士団長は溜め息を吐いた。
「お前には苦労をかけるが、シュラ殿下の事、出来るだけ気にかけてくれ。まぁ、お前が大っぴらに動くと、反発があるだろうが」
「ええ。一応教育係兼監視役兼・・・牽制役にうちの1番の奴をつけてますんで」
―――ここで、小説とは違う点があった。
小説では、砦の長ではトーダではなかった。
そして、教育係に選ばれたマルクも、砦には配属になっていなかった。
その相違点は、シュラ王子に関係している。
殆ど、小説通りのシュラ王子だが、記憶が無くとも魂の奥底に眠る【闘神】が、《最果て砦》の重要性を訴えたのだ。
早くから国政に関わり、軍部に口を出せる様になったシュラ王子が、砦に監査を出し、そこで当時の長官の選民思考による平民兵士の酷使や、貴族の優遇、兵士達の戦力低下、戦意低下がわかり、砦の修繕がなされて無いことも発覚し、大きな改編が行われた。
国営にも関わらず、王は《最果て砦》に興味は無く、直ぐ近くの辺境伯が管理していると思っていたらしい。
その認識のずれはかなり危険であった。
《最果て砦》が国営でなければ、辺境伯は更に自領の軍を増やし、国は魔の大森林防衛への費用を辺境伯に払わなくてはならなくなる。
辺境伯が、力を付けすぎてしまうのだ。
軍事力を強化しても、魔物から自領及び国を護る為だと言われれば承認しなくてはならず、野心のある当主だったら、国軍よりも軍部を整えて、いつでも叛逆出来るようにするかもしれない。
辺境伯は、《最果て砦》と協力関係にあるが、管理は国が行うのが正しい。
年若い、国政に関わりだしたばかりのシュラ王子が王に直接進言したのでは、王は許可しなかっただろう。事前に軍部に話を通していた為に事はスムーズだった。
軍部は、かなり感心していたものだ。
あの砦の重要性に気付けた事も、軍部への話の持っていき方も。
まぁ、そうして当時の長官は罷免されて、騎士だったトーダが砦に行かされたわけだが。(トーダは自分の砦行きのきっかけがシュラ王子だとは知らない)
そして、増兵の必要と、砦の補修、備品の補充、訓練内容の見直し、大森林の見回りの強化などを行った。
小説の最果て砦よりも環境はかなり改善されているのだ。
故に、あのままシュラが闘神の記憶をよみがえらせなくとも、そこまで酷い扱いにはならなかっただろう。まぁ、そこは誰にもわからないが。
不意に、廊下が騒がしくなり、直ぐに執務室の扉がノックされる。
「入れ」
「失礼します!」
慌てたように入ってきたのは、年若い兵士だ。
「どうした?」
「そ、それが、シュラ殿下とマルク分隊長が―――」
その報告にトーダと騎士団長は驚き、顔を見合わせた。
――――――――――――
ヒロイン(男爵令嬢)は転生者ではありません。
公爵令嬢が物語の【悪役】でなく【主人公】となったことで、【悪】となった存在です。
今回のタイトルの【信用できない語り手】は、公爵令嬢の事です。この世界の元である公爵令嬢が主人公の小説では、殆ど彼女の主観で話が進んでいます(という設定)
自分は悪くないと思っていますが実は・・・って感じ。
ややこしいですが、【乙女ゲームの世界】ではなく、【乙女ゲームに転生した悪役令嬢主人公の小説】が元となった世界です。
シュラが小説を知らない現地転生者なので余計にわかりづらくてすみません。
今後、小説を知ってる転生者が現れるかもです( ´△`)
行き当たりばったりで書いてるので、矛盾点とか、説明不足とかが多いですが、後々解消できたらと・・・
この小説の主人公はシュラ殿下なんですが、第三者視点ばかりですね・・・
最果て砦の闘神 いまノチ @oujisyujinkou
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