第2話教育係の困惑

マルクは、砦の中を歩きながら、後ろに付き従う相手に意識を向けていた。


数日前に廃太子となった王子の教育係を任命されて、逆らう気はなかったが、教育係という名の世話係じゃないだろうなとトーダに言ってしまう程度には嫌だった。

一兵卒として、とは言うが、王子である事には変わらない。平民出の自分では、王族とまみえる事など無いと思っていたのだが、まさかである。

新人の教育係は何度も行ってきたし、貴族出の人間もいて、教育係を世話係と勘違いする奴がいたのだ。そこは、きっちり上下関係を教え込んだが。

今回は更に上の王族、しかも王太子であった相手。

不敬罪に問わないと王からの証文付きだろうと気が重かった。


今まで来た新人は、貴族でも武家の人間で、幼少より鍛練をして来た者達だ。多少厳しく接しても(肉体は)頑丈だった。

だが、王子、しかも王太子となると、嗜み程度の護身術だけしか習わない、否習わせてもらえない事を知っている。


王族に武が必要ないというのもあるが、数代前の王の時代に武芸を得意とした王太子が騎士と武術の鍛練中、木剣の当たり所が悪く、亡くなるという事態が起こったのだ。

相手の騎士は有望な人物であったが斬首され、騎士の父であった当時の騎士団長も自害。次の王太子を決めるのも荒れてしまったらしい。

その事があって、特に王太子の武術の鍛練はさせられなくなった。


ある意味、仕方無いが、王太子は武術的な意味合いで弱者なのだ。

精神もそうだが、身体がどこまで耐えられるか不安だった。

弱い者虐めになりそうで、気が重かったのだが・・・


やって来た王子は、確かに鍛えてなさそうな細身の体躯だった。

だが、果たして【これ】を弱者などと呼べるのか。

護身術を嗜む程度の相手だった筈だが、その身のこなしや、放つ気は、歴戦の武人のそれだ。

替え玉かと思ったが、分隊の隊長でしかない自分は詮索する必要は無い。命じられた任務を遂行するだけだ。


「改めて、教育係になったマルクだ。敬語も敬称もつけない。一兵卒と同じ扱いとなる。いいな?」


司令官や騎士団長から王子の身柄を託され、砦を案内する途中、足を止めて振り返り王子に言った。

託される前に司令官に紹介され、王から言われている処遇についても説明されている。その場には司令官も騎士団長もいた為に反発が無かっただけの可能性があった故、彼らから離れた場所に移動してから口を開いた。高圧的にしたのはわざとだ。


「はい。ご指導宜しくお願いします」


まただ。

頭なんか下げたこと無いだろう王子が、敬語で深々と頭を下げる。

表情に不満など見えない。

思ってたのと違いすぎて、調子が狂う。


「あー、シュラ、でいいか?」

「はい」

「知ってると思うが、騎士と違って兵士は家名を持たない平民が多いから家名が在る無しに関わらず名前で呼ぶ。役職がある場合は役職名を付けるように。俺は、分隊の隊長をしている。マルク分隊長、または第7分隊長だな。出来ればマルク分隊長と呼んでくれ」

「わかりました。マルク分隊長」


うん。素直である。

かつて無いほど素直な新人である。


「取り敢えず、砦の中を案内する」

「はい」





王子・・・シュラは再び歩き出した教育係という名の監視役の背を付き従う。

マルクという男、歳は30前後、背は高い方であるシュラよりも更に頭一つ高く、鍛え上げられた筋肉が制服越しでもわかる。


そして、何より強い。


先程から隠れて覗いている兵士達とは比べ物にならない。(というか、あれは隠れてるつもりか?)

あの場にいた者で一番強いのはやはり騎士団長で、別格とも言えるが、司令官もその副官も強い。護送に付き従った騎士達よりは2人の方が強いだろう。いや、騎士達も中々なんだが。


そして、この男。そんな司令官達よりも強い。


記憶が戻る前なら絶対にわからなかっただろうが、数々の猛者と闘い生きた前世がよみがえった今ならそのものの力量など直ぐにわかる。


身体の奥底が疼く。

魂が、叫ぶ。






闘いたい、と。











ゾクリと寒気が走る。

マルクの本能が身体を動かした。

反射だった。


背後にいる【それ】から距離を取るように飛躍し、直ぐに【それ】と対峙する様に向く。手は、剣の柄を握って、何時でも抜けるような体勢を取る。


【それ】は・・・シュラは、突然剣に手をかけ戦闘体勢をとった男に、驚くことも慌てることも怯えることもない。


寧ろ、笑った。


白い頬をうっすらと赤くし、その目に熱を宿し、恍惚と笑った。




美しい容姿と相まって、思わず魅了されそうな凄絶な色香を放つ。恋する乙女の様な無垢さの中に、性を刺激する熱を宿したかの様だ。






ここまでの闘気を放っているというのにーーーー








武のない者ではない。

闘うことを知らぬ者ではない。

護られる者ではない。




(何なんだよ、この王子は?!)





教育係は、心の中で叫んだのだった。

















***








人間達が魔の大森林と呼ぶ場所。広大なそこの奥の奥。

それは目を覚ました。

永久の時を生きるそれは退屈で、眠って時間を過ごしていたのだが、懐かしい魂の波動を感じたのだ。


己を退屈させなかった人間の男。

とても楽しい時間を過ごしたものだ。

奴が死んでからは酷く詰まらなくなり、ここで眠っていたのだが・・・



「そうか、転生したのか」



輪廻転生。己には関係無いので忘れていた。魂は廻るのだった。



また、暫く退屈しなさそうだ。





「はやく闘おう遊ぼう、友よ」

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