第1話王子が砦にやって来た
「王都でやらかした元王太子が来るなんて、とうとう流刑地扱いですか、ここは」
副官の言葉に、砦の最高責任者となっている司令官トーダは苦笑を返す。
魔物が跋扈する魔の大森林に対する防衛と監視を行う砦。異変が無いかを監視し、また大森林内を調査し、大氾濫が起きないように魔物を駆除する。正式名称は別にあるが、国の最果てに位置する故に【最果て砦】と通称される場所だ。
辺境の地である為に左遷先だと軍部に属さない王侯貴族達は嘲笑うが、要所である事を理解している者達からすれば強く優秀な人材を派遣すべき場所である。
だが、今回王からの勅令により、廃された王子を一兵卒として寄越されるのだ。現在の王はどうやらここを流刑地にしたいらしい。
魔の大森林は巨大な魔素溜まりがあり、次々に魔物が産み出される。開拓を試みようとした王もいたが、木々を伐採して切り開いても、そこから魔物が産まれてしまう為、国との境に巨大な防壁と砦を造り、護りに徹する事となったのだ。
過去、2度大氾濫が起きたが、ここで防いでいる実績がある。
日々、鍛練を怠らず、大森林調査や魔物の駆除は命懸けだ。
そこに、武を持たない王子を寄越されるのだから、勘弁して欲しい。
「一兵卒としてなんて言ってますけど、立場的には王子なんでしょ?」
「王からは砦から国側に逃亡させなければ、それ以外の罪は何も問わずとの事だ」
不敬罪は勿論、たとえ死なせてしまっても罪にならない。大森林側なら逃亡させてもいい、ととれる言い回しだが、大森林に逃亡して生きていける訳がない。
「つまり、死を望まれているのですか」
戦乱の世だったら王や王子も戦場を駆け回り、武を持って国を治めていただろうが、今はたとえ戦場に出ても固く護衛されて後方で指揮を執るだけだ。
継承権の低い王族が騎士となる事はあるが、次期王となる王太子は護身術以外を行うことはない。
今回廃されたシュラ王子もそうである筈なのだ。
武を持たない元王太子。武を持たなければ生きていけない砦に追放される。
それだけで、王の意図も公然のものとされる。
公爵家の怒りをおさめたいのだろう。あの家は5つある公爵家の中でも最大派閥なのだ。王家も敵に回したくないのだろう。
まぁ、そんな厄介を押し付けられる方はたまったもんじゃない。
死を望まれていても、直接殺すわけにもいかないし、【一兵卒と同じ扱い】とされている為、懲罰以外で食事を与えないなども(するつもりも無いが)出来ない。
王都から10日はかかる道中で暗殺され到着しない可能性もあるが、がっちがちに騎士が護送にあたっているらしく、それは低そうだ。
「しかし、シュラ殿下か・・・」
まだトーダが王都で騎士団にいた頃、何度か見たことがある。
最後に見たのは13の少年だったが、金の髪と紫の瞳を持つ、王妃似の美少年だった。5年経っているが、噂でも国一番の美男子と言われているらしい。
そんな相手が、むさ苦しい漢達ばかりの共同生活の場に一兵卒として放り込まれてどうなるか・・・
「風紀が荒れそうだ・・・」
男同士の性処理など軍部では珍しくも無いが、流石に強姦は規律を乱すと罰せられる。立場が弱い相手に強要し、合意だと言い張る事も多々あるのだ。
一番下っぱとなる武のない者、しかも見目麗しいとなれば、王子だろうと、否、王子だからと手を出すものが多いだろう。
王族が気にくわないと思っているものも居るだろう。高嶺の花を手折ることを喜ぶものも居るだろう。
「問題が起こらない・・・筈無いよな」
「そうですね。皆には一兵卒と同じように扱うことは周知させますが」
普通の一兵卒でも訓練と称した虐めがあり、過度ならば罰せられるのだ。
かと言って司令官付きにする訳にもいかない。
「マルクを、教育係兼監視役にするか」
マルクというのは砦の中でも強者であり、面倒見がよく、弱いものを虐げる様な男ではない。
一つ気になるのが平民出である為、王子が指示に従うか・・・否、一兵卒なら上官に従うのは当たり前と教えなければいけない。
はぁ、と溜め息を落とし、トーダは副官にマルクを呼ぶように指示を出した。
先駆けて、あと四半刻で王子が到着すると連絡があり、トーダは副官とマルクを連れて出迎えに行く。野次馬も隠れて見ている様だ。まぁ、ここ数日王子の話題で持ちきりだったからな。
到着した護送車は、伝えられていた通りがっちがちに騎士が固めている。
「久しいな、トーダよ。シュラ殿下をお連れしたぞ」
「騎士団長?!」
まさか団長まで居るとは思わず、トーダは驚きの声を上げる。
よく見れば、騎士達は精鋭だらけだ。
死を望まれていると思っていたが、違うのだろうか?
「いや、なに。ついでに大森林と砦の確認しようと思ってな。陛下に進言してついてきたんだ。3日程滞在させてもらうぞ」
苦く笑う騎士団長は、もしかしたら王子の処遇に思うところがあるのかもしれない。
「シュラ殿下、到着致しました」
騎士の一人が外から錠を外し、扉を開く。貴人用でも護送車である故、中から開けることは出来ないのだ。
姿を表した相手に、誰ともなく息を飲む。
それは、砦側の者だけでなく、道中共にしていた筈の騎士達もであった。
陽の光に輝く金の髪、高貴な紫の瞳。背はそれなりにあるが、細身で、下手をすると華奢とも言える体躯。
顔は、老若男女関係なく見惚れるほど美しく整っている。男だとわかるが、化粧や服装を変えれば美女になるだろう中性的だ。
これが、つい数刻前の絶望し青ざめた弱々しい姿なら、弱者として扱われただろう。騎士達も庇護すべきと思っていたし、これから砦でどんな扱いになるかと心配していた。
だが、そこに居るのは、庇護すべき弱者ではない。
この場にいるのは武を持つ者だけだ。故にわかる。
真っ直ぐな姿勢を崩さず、泰然と歩くその様。そして、その放つ気。
その一挙手一投足は油断なく、隙もない。
トーダ達の前まで来たその人は、強い光を宿す瞳を真っ直ぐ彼らに向けながら、凛とした声で名乗る。
「今日から配属となりましたシュラ・ザード・アルポスです。宜しくお願いします」
最敬礼で頭を下げる王子に、誰もが困惑したのだった。
一兵卒、としては正しい、かもしれないが・・・
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