第14話 儲け儲け大儲け(後編)
――会議室。
「CEO!」
壮年の役員が大きな声で反応した。
「ジョアン。君の仮説は面白かったぞ」
「数学的にも軍事的に見ても連合部隊の劣勢と敗北は避けられず、同時に金融市場の破綻も避けられない、か」
「恐らくその見立ては間違っていないね」
「私は個人的な用事でガデス大公国に行った事があってね」
「本当なのですか!?」
ヘンリエッタが驚きの声を上げる
「そうだ。ヘンリエッタ君。今日も良い尻をしているね」
CEOは頭がイカれた金融マンの代表選手みたいな人だ。挨拶するかのようにナチュラルにセクハラをかます。
「ヘンリエッタ君の尻に免じて少し昔話を」
ヘンリエッタ満更では無さそうだ。
「まず『門』を通って行かないと行けない訳だが」
「エラく渡航手続きに時間がかかる」
「何故だと思う…?ハイそこの君!」
「入国プロセスが複雑だからですか?」
「んー惜しい!それは事実であって本質的な理由じゃないんだよなー」
「では問題児のジョアン君!」
「電子文書主義と官僚主義、そしてその権化たる大公国正規軍から入国管理局が悪弊を引き継いでいる」
「ガデス側の『門』は正規軍いや軍官僚の支配下にあって恐らく上級職員の大半は軍関係者だ」
「通常の管理業務だけでなく、軍事的・保安的な観点からも入国プロセスは厳重にする必要がある」
「であれば自然と手続きに時間がかかるという物でしょう」
「流石は創業以来の凄腕。満点の回答だ!」
「それでな!『門』を通り過ぎた後に見たのは一面の荒野だよ」
「意外だったね正直。イメージしてたのは近未来な都市が際限なく拡がっているって感じだったし」
「恐らく辺境にあるんだろうね、『門』は」
「『門』に付属している航空基地から中型の飛空艇で30分は飛んだかな」
「そこでやっと街を見たんだ」
「どんな感じだったのですか?CEO?」
ヘンリエッタが質問する。
「荒野のド真ん中に円形の巨大な都市が三つに重なってたんだなコレが!」
「んーそうだな、真ん中に重りを挟んだバーベルみたいな感じ!」
「一層目からはチューブみたいなのが出てたよ」
「多分あっちの鉄道か何かだね」
「飛空挺は二層目の飛行場に着陸して、そこからやっと街を見学出来る訳よ」
「街を見て更に驚いたね!中世の街並みと近未来な建造物が混ざって建ち並んでいるんだ」
「その二つを合わせたような建物もあったよ」
「住民は映画やアニメに出て来る戦闘ロボットみたいな奴からまるで人形館に飾られている可愛いお人形さんみたいなのまで居たよ」
「皆そんな感じなのですか?」
「いーや普通に人間っぽいのも居たよ。但し…」
「但し?」
「皆顔の造形がイケメンと美女ばかりでさ!笑っちゃったよ」
「ありゃ大量生産品だなって。妙に造形の種類は多いけどさ」
「まー何が言いたいかというとさ、彼等はある意味『人間性』を犠牲にしちゃっているんだよね」
「それも気が遠くなる程長い時間に渡って」
「そしてそういう奴等は『強い』。ビジネスでも戦争でも」
「その体感を裏付けるようなデータは今この瞬間増え続けている」
「だからジョアン君の言っている事が正しいと思う訳さ」
「私の武器は頭脳じゃなくて直感だけど偶然にもジョアン君と結論が一致した、という事だ」
「あと正直な話、もう私は引退しようかと思っている」
「もう余生を遊んで暮らすだけの金もある」
「だから、この場で次期CEOを指名しようと思う」
「いきなりどういう事ですか!CEO!」
ヘンリエッタが疑問と怒りの声を上げた。
「ヘンリエッタ管理部長の言う通りです!今この難局において一体誰にCEOとして会社の舵取りを任せると言うんですか!」
「そうだ!そうだ!」
周りの役員達も声を荒げる。
「ジョアン君だ。この難局を乗り切れるのは彼以外にあるまいよ」
「ついでに秘書もくれてやる」
「「「!!!!?」」」
役員達は驚愕した。
「あっあり得ませんわ!」
ヘンリエッタが驚きと怒りが混じった声を上げる。
「第一、彼は若すぎます!まだ30にもなっていないのですよ!」
「そういう君だって30代後半で管理部長になっているじゃないか」
「そんなに可笑しい話かな?」
旧CEOはサッと切り返す。
「…私はCEOの案に賛成する…」
一人の役員が挙手した。
「彼以上に利益を出せる人材は我が社には居ない」
「しかし!」
ヘンリエッタは尚も食い下がる。
「君も知っているだろう。金融業界の鉄則だ。『金を稼ぐ奴が正義』だ」
「ジョアン君はその鉄則の体現者とも言える」
「そして見識や実績も卓越している。私には異議を唱えようが無い」
「私も…」
「私もだ…」
「異議なし」
「思う所はありますが、CEOの提案に賛成します」
「異議は無いな。後は大株主に対して了承を取って私は晴れて隠居生活だ」
ヘンリエッタには何が起こっているか理解出来なかった。
彼女はあまりのショックにへたりこんでしまった。
ジョアンが口を開く。
「正直俺にも完全にこの事態は予想外だった訳だが…」
「どうやらわざとセクハラしてクビにならずに済みそうだ」
「そういう訳だ。ヘンリエッタ『君』。明日から楽しみにしてろよ」
「バックオフィスに関しては大規模な再編成をするつもりだ。今後の身の振り方を考えておいた方が良いぜ」
ヘンリエッタは虚ろな目で何事か呟いており、ジョアンの言葉は届いて無いようだった。
「CEO!!」
ジョアンは旧CEOに向き直る。
「何かね」
「今まで大変お世話になりました!!」
「貴方が居なければ今頃私は一介の個人投資家兼研究者で終わっていたでしょう」
「今も世を拗ねて世界の全てを分かったつもりになっていたと思います…」
「生意気なタダの若造をこのステージまで引き上げて下さった事に感謝します!」
「ハッハッハッハッハ!!!君らしく無いぞ!」
「若人よ!これからも君を様々な苦難や試練が襲うだろう…」
「しかも金融業界、特に投資の世界は極めつけのクソばかりだ!」
「が!全てを乗り越えて全てを糧にし大きく成長するのだ!」
「君のこれからを近場で見れないのが非常に残念でならない!!」
「我が会社人生に悔い無ァし!!!」
そう叫ぶと大声で笑いながら旧CEOは会議室を後にした。
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