第13話 儲け儲け大儲け(前編)

ガデス大公国軍と連合軍との間で戦闘が起きてから50分後―――


ダリウス合衆国の中央証券取引所では株価の大暴落が起きていた。


売りが売りを呼ぶ展開となり、僅か15分で10%以上も株価が暴落し一部の銘柄はストップ安を付けていた。


全体的に売られていたが、特に観光業や旅行業・流通業の株が売りに売りまくられ、それに釣られて金融業や小売業の株も売りまくられていた。


今日は何度もサーキット・ブレーカーが発生しそうな勢いだった。


だが、一方で上昇した金融商品もある。ライダー・マイケルズ・ウェストランド社を始めとした穀物メジャーや医薬品の需要増加が見込まれ始めたマルクト社、合衆国軍需産業の雄であるアイアン・パラセール社等の株価は急上昇し、金や銀を始めとした貴金属やタングステンや銅などの戦略物資の値段も鰻登りだ。


フィリップス・ファンド社本社のディーリングルームでは次々と信用売りポジションと戦略物資を中心とした先物のポジションを決済していた。


ディーリングルームは活況に沸いていた。


皆こう考えていた。


「ジョアンの言った通りだ。噂に違わない人だった」


利益予測担当は予測AIソフトを駆使し、今日一日で得られる運用益を計算していた。


現時点での予測でも運用資産総額は前日比487%という驚異的な数字が出ていた。


トレーダー達は興奮冷めやらぬ雰囲気でトレーディングしながら話し合っていた。


「こりゃボーナスは凄い事になるな…」



「新人でも100万ダラーは間違いなく出る」


「今日はクラブでパーティーか?ジョアン様様だ」



「軍には精々頑張って貰わないとな。あんだけの税金を払っているんだしな」



「イルミナ連邦がバックに居るんだろ?そこまで酷い事にはならない筈だ」



「ただガデスとの通商活動が途絶するという事でもあるからな、これからどうなるやら」


ジョアンはオフィス奥の個室で複数あるモニターのグラフを眺めていた。



(思い通りに行き過ぎている)


(俺らは儲けすぎた。特に証券取引委員会に目を付けられると厄介だ)


「踏み込んではいけない領域に踏み込んだのかもな…」


「だがそれこそ俺が望んだ事だ」


ジョアンは一人呟いた。


「コンコン」


ドアがノックされる。



「どうぞ」



入ってきたのはCEOの腰巾着の管理部門の年増女だ。この会社の生え抜きなのだが恐らくCEOにそのデカいケツの穴でも売ったのだろうか、実績に見合わない出世を遂げていた。


CEOはケツデカ女とのアナルファックが好きだからな。


その癖自分にはマナーが悪いだの言葉が汚いだの社内規則や管理部門の方針に従えだのほざいてくる。


自分の仕事には関係ないから毎回スルーしているが、最近は特に酷い。




この女のお陰で何度会社を辞めてやろうと思った事か。


「社長がお呼びよ。ジョアン運用本部長」


俺が年下だからっていきなり呼び捨てかよ。この場でそのデカい乳を揉みしだいて乳首キメてやろうか?


そうすりゃ直ぐに会社は辞められる。



ボーナスは運用益の5%だ。今ボーナス貰って辞めるならリゾート地で隠棲しながら何処かの大学の講師職を探してのんびり研究活動が出来る。悪くない。


助教授やポスドクとかの学界コースはお断りだ。


この業界以上にドロドロして救いが無いからな。



「ヘンリエッタ管理部長殿。俺は見ての通り今忙しい。社長とはディーリングが終わった後51階の社員専用レストランで話す」


「そう伝えてくれ」


メッセンジャー扱いされたヘンリエッタの目頭がピクピクし出す。


「貴方。いい加減にしなさいよ。今回は取締役員も全員居るの」



は?なんだそりゃ。一番顔を合わせたく無い連中だ。


豪邸に住んで豪奢な暮らしがしたいだけの上昇志向と保身の気だけ強いクソ共だ、それ以外は何も取り柄がない。


正直同じ空気を吸うだけで吐き気がする。


しかしCEOがここまでセッティングしてるとあらば仕方がない。あの人との専属契約みたいなもんだしな…


じゃなきゃ今頃個人投資家として自宅で女をハメながらモニターと格闘してる。




義理立ては必要かつ重要だ。この女や役員共の為じゃない。


「分かった。直ぐ行く」


「初めからそうすれば良いのよ」


(一々ムカつく物言いをしやがるなーこのクソババアは…)


二人はエレベーターまで歩いて行ったが、漂わせる険悪な雰囲気を社員達は避けるように業務に取り組んでいた。




ヘンリエッタに目を付けられると最悪クビにまで追い込まれるかもしれないし、ジョアンに至っては最早何をしてくるか分からない。




ヘンリエッタが自分より優れた提案をした社員に対して役員会でその社員の悪口をバラ撒いてクビに追い込んだり、ジョアンが管理課マネージャーの物言いにモニタで顔面を殴り飛ばした事もあった。




両方とも普通の社員にとっては取り扱い要注意の危険物だった。


ましてや二人揃っている状態なんて既に時限爆弾のスイッチが入っているような物だ。




ただ、ジョアンは凄腕のトレーディングマネージャーで功績が巨大である事も皆知っていたし、一部上層部の横暴から部下や支社の社員を守っている事も知られていた。




触らぬ荒神に祟り無し、大切に扱ってお祈りすれば御利益がある。


正にそんな人物であった。



ジョアンは目の前の女をどう言い掛かりを付けてどんなスタイルで犯してやろうかと想像しながら34階の会議室に辿り着いた。


部屋には既に役員共か揃っている。が、CEOの姿はまだ見えない。



「CEOはまだ来てないのか」


社長の女性秘書に尋ねた。


これまたケツがデカい。



「はい。只今トイレに行っております」



「何分位で戻る?」


「それは私にはお答え致しかねます…」



はぁ、そういう事か。役員共の相手が面倒になってこっちに振ってきたんだな。




自席に着く。周囲の視線がジョアンに集まった。


席に着くやいきなり話が飛んできた。




言葉の主は壮年の役員だ。


確か金融省のエリート官僚出身だったか。



「ジョアン君。君のお陰で我が社の四半期利益、いや通年の利益は過去最高を記録するだろう。我が社の株価も大幅に上がるに違いない」


「だからこそ此処で更に積極策に出るべきではないのかね」



「我が社で過去に例を見ない利益を出しているのにも関わらず、君のプランは少々消極的に過ぎる」



「消極的、ですか」



「ああそうだ。この流れで更に会社の利益を増やし、フィリップス・ファンド社を大躍進させる」


「それは『会社全体』の利益に叶う事でもある」



本気で言っているのか?


テメーらが気にしてんのは会社の利益じゃなくて自分の懐具合だろ。


今まで以上に金が欲しくなったのか?



しょうがない。


少し講義してやるか。



「お話は分かりました。しかし既に一部のセクターで値上がりが始まっています。」


「これは政府による戦争準備と救済策を見越しての事でしょう」


「であれば他の業界で発生するであろう失業者を吸収する為に莫大な投資を行う事が予測されます」


「今回のディールで既に莫大なキャッシュを得ました。であれば、これを軍需、穀物、製薬、造船、建設業等のセクターに分散投資していく事で十分な利益が確保出来ます」


「ハイテク株に対しても積立て投資を行っていく事で長期的かつ安定的な利益が確保可能です」



「私の試算では年45%以上の利益が見込まれます。それが4~5年に渡って続くと思われ、15年後には会社の総資産が今の30倍以上になるでしょう」


「それで十分だと思われませんか?ストックオプションを持っているだけで老後の心配は消え失せます」


「恐らく全体に取ってはこちらの方が良いかと」


「今の段階で信用取引をするのはリスクがデカ過ぎます。今の市場は戦況と連動しているのです」


「しかしだね…株主は更なる利益を求めている。総会で何言われるか分からんよ」


「あの時積極策を取っていれば更なる利益が得られたのではないかと」



「言わしておけば良いんです。どうせ貴方の金じゃない」



「それもそうか。まあ今回の運用益で釣りが来る。ここら辺が潮時か」


「腹8分目と言うしな!」



「「「ハッハッハッ!!」」」




役員達の笑いが会議室に響き渡る。



「だが、気になる。君がそこまで断言する程今の状況は不安定で流動的なのか」


「君の私見を聞いてみたい」



「はい。ガデスは私達が考えている以上に強い。ニューヘブンポリス市とその周辺都市は早晩陥落するでしょう」



「何故そう思う?軍事評論家達は連邦軍の加勢で戦力が優勢になり、その内ガデスが息切れして講和を求めて来ると言っているが」



「そんな訳が無い。彼等はこの世界の技術水準を遥かに超える極めて先進的なテクノロジーを持ち、軍民問わず非常に強大な軍事力を保有している」


会議室が静まり返る。



「ガデス大公国の軍事的能力には数字やデータでは予測不能な変数が含まれている」


「だが、数学的に考えてもガデスが勝つ」



「私はオペレーション・リサーチに基づいて出来る限りの情報を集めて個人的に色々と試算してみた」


「彼等が既にヴェルトで東部の戦線を収束させていると仮定した場合、駐留兵力の一部をこちらに投入出来る」




「これを数理モデルを使い計算してみた」


「だが軍事的な数理モデルは戦力が戦闘の開始と終了まで一定限度とする前提がある」




「そしてこの戦力が一定にならない。今日にでも増援がやってくるし、隠し玉だって持っている筈だ」




「仮にガデス駐留軍が900の人数とし、連邦と合衆国等を含めた現地連合軍の人数を1200と仮定する」


「経験豊富なガデス大公国軍としては奇襲を用いた分割戦略を取るだろう。で、クープマン分析に基づいて仮定し、2分割した1番目の敵と戦うならば√(900^2 - 600^2)でガデス側の残り人数は670と死に掛けが一人」


「この際、死に掛けは考慮しない」


「分割した残り、2番目の敵と戦う√(670^2 - 600^2)でガデス側の残り人数は298」


「そして戦闘が終わった後に『門』を通じて増援が40000やってくる。今日一日だけでだ」


「西海岸一帯とその周辺はあっという間に制圧されるだろうな」


「実際には1400年以上も戦争を繰り返している戦闘サイボーグ共だ」


「兵士一人の戦闘能力を数値化した段階で既に大きな差がある」


「近接戦闘に持ち込まれても勝ち目が無い。解決策は一旦遠くまで撤退して彼らが造営した要塞や陣地・基地に反応兵器をしこたまブチ込む事だろうな」


「だが自国内の大都市でそんな事をすれば…」



「株価は暴落し、国債は売りまくられ、通貨の価値は限りなくゼロに近くなりハイパースタグフレーションの到来だな」


「そしてその前にこの国が持つかどうか分からんがな」



「CEO!もういらして居たのですか?!」



壮年の役員が驚いた声を上げた。


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