第12話 機族
まるでこの建物は迷宮だ――
アリアドナは走りながら考えていた。さっきの怪物みたいな肉ダルマと言い、この建造物は人を誘い込んで食う怪物が住む為に作られているように感じる。
いや、悪魔の住処かもしれない。
恐らくあの肉ダルマは遺伝子改造によって肉体を巨大化・強化し、言語的思考能力を奪われ命令だけを聞くように調整されている。
大脳皮質が人為的に退化させられている連邦の「労働クローン」の発展系だろうか?
社長は難なく「ソレ」殺したが、どう考えても同盟国にある基地に置いておくようなモノではない。
今回の戦争は何から何まで不自然だ。
社長はこの事を知っていて軍務省と国防軍に働きかけたのだろうか?
理由が見えてこない。
であれば、それはどのルートから掴んだ情報なのか?
ダークネットの深層にも落ちていなかった情報だ。
だが、それは一介のハック傭兵である私が考える事ではない。私は私が生きる為に最善を尽くさなければならない。
ハッカーギルドから追放された私を雇ってくれた社長には大恩もある事だし。
それにしてもこの人には驚いている。
最下級の機族でありながら新進気鋭の企業家であり、傭兵隊長であり、新植民地の副総督であり、
「異端狩り」の過去がある。
それでありながら危険極まる敵地に先頭を切って乗り込むその姿は正に「機族」であり
「機士」だ。
国軍の軍官僚が巨大な権力を握り、軍官僚による統制が広がり始めているガデスでは
この手の人は珍しくなって来ている。
本国の貧しい青年達にとっては正に「希望」だ。
150年前にあった8回目の大戦の影響で、私達の世界では宇宙に出る事が叶わなくなった。
世界を長らく支配していたのは欠乏と暴力と絶望と退廃だった。
だが、穴が開いた。そしてその穴に吸い込まれるかのようにこの人は表舞台に出てきた。
私にはこれが偶然だとは思えない。正に「天命」だ。
ならば私はその天命の手助けを洗練されかつ高度な技術を持って行う事こそが
私の仕事だ――
「社長。2つ先のブロックを右です」
「分かった。軽装甲兵は盾を構えろ。飛んで来るぞ」
バリリリリリ!!!
非常に強力な電撃が盾を構えると同時に飛んでくる。これは電撃兵器によるものではない。
軽装甲兵の一人が叫ぶ。
「MUTE能力だ!!!」
軽装甲兵達はハルコン弾が装填されたサブマシンガンを連射する。だが、弾は的に当たる直前で
静止しバラバラと落ちてしまった。
(小隊レベルでの能力連携か!なら…)
「私の番ですか、社長」
「そうだ。頼む」
ハルコン弾と電撃が飛び交う中でアリアドナは戦闘バッグから25cm程の装甲ラジコンカーを取り出した。
「起動。ネットワーク接続開始…接続完了。視界共有完了」
アリアドナの視界に装甲ラジコンカーのカメラから見えている光景が映し出される。
車輪を手足の用に操り軽装甲兵達の隙間を猛スピードで駆け抜け、敵のMUTE兵達の足元に迫る。
(奴らのブーツが見えた!)
「ネットワーク切断、起爆!!!」
装甲ラジコンカーは勢いよく弾け、その爆発はMUTE兵達を吹き飛ばした。
コルテスが叫ぶ。
「突撃!!行け行け行け!」
兵士達は全速力で駆け抜けるや否や、
爆発に巻き込まれてなお生きていたMUTE小隊に飛びかかり、ある者は高周波ナイフで
首を掻き切り、ある者はハルコン弾がフル装填されたサブマシンガンを
敵の胴体に向かって連射していく。
歴戦の兵士達と言えども敵がMUTE能力者と有っては全力で殺しに掛かるしか無い。
手加減すれば自分達がスクラップ処理場行きだ。
「敵の中央司令室までもう少しだ!」
「アリアドナ、敵の反応が思ったより早い。最短ルートを駆け抜けるぞ。皆に新しく算出したルートマップを共有してくれ」
「既に部隊クラウドに共有しました」
「助かる。やはり優秀なハック傭兵だ」
「いえ…こんなに迅速にここまで来られたのは社長と歴戦の方々のお陰です」
長く大きい廊下を駆け抜けながら皆次々に軽口を叩く。
「いやーこちらこそ助かるぜお嬢さん」
「全くだ何時も部隊に居て欲しいもんだ」
「プライベートアドレス後で教えてくれよ」
「お前ずりぃぞ!抜け駆けかよ!」
「まったくお前ら…そういうのは後にしとけ」
「縁起が良くないだろ」
「「「ハハッ。りょーかい、指揮官殿!」」」
「この先80mに吹き抜けの広間があります。皆さん警戒して下さい」
「「「了解」」」
「社長、最短ルートで本当に宜しかったのですか?敵が罠を張っている事も考えられます」
「問題無い」
「罠は正面から食い破る。ここからが機族の『本領』発揮だ」
コルテスは吹き抜けの広間に通じるドアを蹴破る。
彼と彼の率いる部隊は罠が無いか確かめながら広間の中に入っていく。
次の瞬間、高慢そうな男の声が聞こえてきた。
「待っていたぞガラクタ共。ここで廃棄処理してやる」
「援軍が来たら、外に居るお仲間のお人形達も纏めて廃棄処分だ」
コルテスは獰猛な笑みを浮かべながらこう言った。
「残念ながらお前らには高価過ぎる。クソ肉袋に売れる人形は一つも無い」
「自分の小さい
冷酷そうな金髪の男は答えた。
「そうか。では投降も無しという事だな?」
「ハッキリ言ってやる。1000兆トンの金塊を目の前に積まれてもお断りだ」
「先祖の魂と受け継いだ義体と主と聖人の御名に誓って…」
「お前らはここで皆殺しにする」
「機族か!こりゃ史料館行きだな!」
男が得意げに手を翳すと四方八方から電撃、強酸、高温の炎、極低温の冷気、念動力が襲ってきた。
「――お前らクソ肉袋はもう終わりだ。ジアースは俺達が貰う!!」
『
冷酷そうな金髪の男は次の瞬間信じられない光景を目にした。
一瞬で2階と3階に居る包囲部隊全員の頭がほぼ同時に切り落とされ、弾け飛んでいく。
MUTE能力も同時に掻き消されていく。
「?!!ど、どう言う事…」
「!!」
そして男の首筋に冷たく太い刃が当てられる。
後ろから冷たく、重い声が聞こえてきた。
「死ぬ前に良い物が見れたな。だがこの光景を見た「敵」には死んで貰うしかない」
「分かった!降…」
ズパッ!
ゴロンと金髪の男の首が転がる。
そしてコルテスは転がったを踏み潰した。
(この悪趣味な探検も後もう少しだ――)
「集合!」
コルテスはマップを再確認し、部下を呼び集めた。
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