後編

「人は集めたよ」


 翌日。朝食を終えて一服していると、まるでおかわりを要求するような気軽さで、涼子が告げる。


「早いな!?」


 昨日の今日という早業に、洋介は目を点にし、いぶかしむように身を乗り出す。


「どんな手品を使ったんだよ」


「簡単な事さ。何事も、ちゃんとお礼をしてあげればいい」


「お礼ですか?」


 緑茶にこれでもかスティックシュガーをぶち込みながら、エミリアはのほほんと尋ねる。


 日に日に増量されていく砂糖に、込み上げて来るものを覚えつつ、涼子の話の方が重要だ、と彼は視線を戻す。


「何、ちょいと子供達の宿題を手伝うと言ったのさ」


 なるほど、とエミリアは頷きながらお茶を飲み、足りなかったのか首を傾げて、ついに五本目のスティックシュガーを手に取る。


 さすがに見てられなくなり、洋介はその手を引っ掴んだ。


「むうう」


 エミリアが砂糖を持ち帰たので、洋介はお茶を引き寄せて邪魔をする。彼女が引き戻せばまた寄せる。ちょっとした攻防を繰り広げながら、頬を引きつらせて涼子に尋ねる。


「悪くない案だけどさ」


 夏休みと言う時期に、午前中だけでも知り合いが宿題を手伝ってくれた挙句、お昼ご飯まで提供するとなれば、親としては、ありがたい申し出だろう。


 だが、それは例えばお隣のお兄ちゃんお姉ちゃんだった場合である。


「誰が手伝うんだよ?」


「私よりは、適任じゃないか」


 他に答えがあるわけもなく、ご指名に洋介はがっくりとうなだれる。


 エミリアがそっと湯飲みを差し出してきた。


「ほら、これ飲みなさいな。糖分で頭フル回転よ」


 彼女を恨めしげに見上げると、目尻にうっすら涙。


 テーブルに視線を落とせば空っぽになった五本目のスティックシュガーが。


「自分で飲め」


「えー、手伝ってよ。ちょっと入れすぎただけなんだから」


 右手でデコピンの仕草をしながら湯飲みを突き返すと、膨れながらも彼女は大人しく引きさがった。


「んもう、いけず」


「いい加減、そのまま飲めるようになれよ」


「砂糖がダメならミルクにするけど」


「はっはっはっ。こりゃココア買ってきた方がはやそうだね」


 けらけらと笑って、煙草を灰皿にねじ込み、涼子は立ち上がると親指で道場の方を指した。


「さてと。まだ時間があるし、ちょっと見せてみな」


「うげっ」


 目的を理解した洋介は顔をしかめる。スケジュールが、完全に掌握された瞬間だった。




 それからと言うもの、洋介は朝のお務めが終われば、涼子から毎日神楽の稽古をつけらた。


「出足が遅いっ」


「手が固い」


「採物が明後日向いてる」


 と言った涼子の喝が毎朝響き、それが終わればやって来た子供達の宿題を手伝う。


「一人ずつな。わからない所を聞いてくれ」


「兄ちゃん兄ちゃん」


「健、それと満も。全部わからないは無しだ」


「ちぇー」


「ケチー」


 宿題は午前中だけだったが、参加した子供達は終始サボらず、時に談笑しながら和やかにすすんだ。


 午後は教室がある日はその指導、無ければ神社の仕事に夕方から涼子の稽古と言う日々が続く。


「踏み込みが強い。演武じゃないんだよ」


「なまくら通り越して錆ついてるね」


「風呂は三十分で済ませな」


 等々、厳格な指導の下、洋介の自由はトイレと布団の中にしかなくなっていた。




「高夜君、大丈夫かい?」


 演武の教室が終わり、子供を迎えに来た岩田は、隈の消えていない洋介の顔を見るなり尋ねてくる。


「ええ。明日はよろしくお願いします」


 洋介は安心させるように笑いながら、お辞儀する。岩田は氏子で、明日の神楽で囃子を担当する一人なのだ。


「うん、こちらこそ。しかし、そのなんだね。朝より酷い気がするんだけど」


 申し訳無さそうに、そっと彼は告げる。


 今日の午前中は宿題ではなく、明日ステージでやる予定の神楽の通しを行ったのだ。


 そちらは滞りなく終わったのだが、午後は演武の教室があったため、結局休む暇はなかった。


「はは。このくらい、最初の方に比べたらマシなもんです」


 口から魂が抜け出してそうなほど精気も薄く呟く。


 察する所があったのか、岩田はそれ以上は追及せずに「それなら、明日は大丈夫だね。今日の通しなら問題ないだろう」と事務的な話に切り替えた。


「あ、父ちゃーん」


 そこへ、居間から飛び出して来た男の子が岩田へ駆け寄る。


「健、いい子にしてたか?」


「うん、してたよ」


「大丈夫ですよ。宿題もちゃんとやったもんね」


 追いかけるようにやって来たエミリアがわしゃわしゃと健の頭を撫でる。


 彼女の姿を見た岩田はちょっと驚き、ああ、と頷いた。


「あなたが、エミリアさんか」


「はいは~い」


「あれ、まだお会いしてませんでしたっけ」


 今日は通しで集まった事だし、と首を傾げる洋介の鼻先に、彼女は人差し指を突きつけて左右に振る。


「こらこら。あなたと伯母様が通しに出て、誰が社務所にいるのよ」


「ああ、なるほど」


 ぐしゃぐしゃと洋介は頭を掻いた。


 彼女には番をお願いしていたのだ。神社の駐車場は社務所とはまったく反対側にある。参拝も社務所の前を通らずに出来てしまうので、車だと合わない可能性は十分にあった。


「健が言う通りだな」


「あらあら。どんな風に説明されたのかしら」


エミリアがにんまり笑って健をみやると、彼は目をそらして鼻をこすった。


「そこは男の話と言うことで勘弁してやってください」


 ほとんど答えを言っているようなものだな、と洋介は口元を緩める。


 岩田はそっと一歩踏み出し、声をかけてくる。


「おやおや、余裕だねぇ」


「違いますよ。なんで山住のおっちゃんといい、そっちに振るんですか」


「そりゃ君、年頃の男女が一つ屋根の下」


 そういう話はこりごりだ。そして、隣でにんまり笑っているエミリアもうっとうしい。洋介はゴホンと咳払いをする。


「岩田さん。健も居るんですから。それに、遅くなると奥さん怒りますよ」


「おおっと、こいつは失礼。それじゃ二人とも、何から何までありがとうね」


 時計を見た岩田は、ちょっと慌てた様子でお礼を言う。洋介とエミリアも礼を返した。


「いえ、いいんですよ。こっちが無理を聞いてもらってますから」


「兄ちゃん、おやすみなさ~い。オレ、明日楽しみにしてるから、頑張ってね」


「おう、任せとけ。それより、あんまり薄着して風邪ひくなよ」


「涼子さんにもよろしくね」


 夕焼け空の下、帰って行く岩田親子の姿を見送った洋介は、大きく息をつくと、踵を返して脱兎の如く駆け出す。


 もう限界だった。


 脱衣所で服を脱ぎ捨て、一目散に風呂へと飛び込んだ。


「っはぁ~」


 顔を強く洗い、全身を湯船につからせると、体の芯から歓喜の声を上げる。


 背筋を反らせて空を見上げれば、茜に染まる空に、一番星が輝いている。


 やっと落ち着いた。今日は通しが終わってから、こうしたい欲求がちらついて仕方が無かった。


「ふぅううう」


 体中の疲労という疲労が、流れ出していくようだ。


 その時、水面がざわめき、反射して見えた彼の胸に、文様が浮かび上がる。


 濡れタオルを腰の上にかけて身構えた途端、控えめな水柱が湯船に立ち上った。


「はあぃ」


 現れたエミリアには、さすがにもう驚かない。


 彼は空を見上げなおした。脱力しきって何も言わずに居ると、不満の声が上がる。


「むむ、何かないの?」


「呆れて言葉もない」


 男子の入浴中に乱入してくる相手には、色々と言うべき事もあるのだろうが、今は考えるのが億劫だった。


「何よぅ。せっかく労おうと思って来て上げたのに」


 それならそっとしておいてもらうのが一番だ、と思いつつ、ありがとさん、と適当に返事をする。


「ダメダメ、そんなんじゃ。もっと、こう『ありがとう、君の真心に感謝するよ』とかあるでしょ」


「言って欲しいのか?」


「……なしね。やっぱりびっくりはずかしな感じで『キャー!』でお願い」


 エミリアの言葉を右から左へ聞き流し、目を閉じる。このまま寝てしまえそうだ。


「ちょっとちょっと。お~い、寝ちゃだめよ。ほらほら、こっちを見る見る」


 拍手までされて促され、渋々と彼は視線を下ろす。


 エミリアは頭の後ろと腰にそれぞれ手をやり、ちょっとしたポーズを決めていた。


 健康的な脇とお腹が、セパレートの水着から除いている。


「どう、元気でた?」


「風呂に水着はマナー違反だろ」


 抑揚のない声で、最初に浮かんだ言葉をそのまま告げると、彼女はずり落ちそうなほどに眉を下げた。


「んもう、重症じゃない。しょうがないわね」


 ジャバジャバと水をかき分けて隣へとやってきた彼女は、クルクルと回した指先を岩風呂の縁へと向ける。


 コトン、と自動販売機から出てきたように、缶ジュースが二本現れた。


「どうぞ」


 ありがたくジュースを受け取ると、エミリアは自分の缶を差し出してくる。


「お疲れ様」


「明日まであるけどな」


 乾杯で、ぐっと飲み干す。熱を持った体に冷たいジュースが染み渡る。


 糖分のおかげか、頭が徐々にすっきりして行った。


「ふふ。でも、今日までに比べたら明日一日なんて楽勝でしょ」


「その予定だよ。むしろ今日までがすし詰め過ぎた」


 この一週間を振り返れば、そうとしか言い様がない。


 家事に加えて稽古、子供達相手とは言え勉強も手伝った。学校側が聞いたら勝手にいい夏休みの過ごし方として紹介されそうだ。


 我ながらよく倒れずに来れたものだと感心する。同時に、と彼はエミリアに目をやった。


「どうしたの。ようやく元気になって来た?」


「お前、マジでそれをやめる所から始めないと帰れないかもな」


「もー、そんな事言わないの」


 礼を言おうとした途端これだ、と洋介は内心がっくりする。


 エミリアに関する当初の予感は、ありがたい事に盛大に外れた。


 最初の二日ほどは手持ち無沙汰に稽古の見学などをしていた彼女だったが、見かねたのか、こちらから言い出すより先に、炊事や洗濯などの雑事を進んでこなしてくれたのだ。


「まあ、ありがとな。結構助かった」


「ふふ~ん、言った通りだったでしょ」


 感謝の言葉を伝えると、彼女は鼻高々になる。


「魔法を使わなかったのは意外だったけど」


「あの状況で私があれこれ魔法使ってたら、あなた死んでたわよ」


 エミリアは盛大に笑いながら、背中をバンバン叩いて来る。


 洋介もふふっと鼻を鳴らした。


「違いない」


「結果はコレだけどね~」


 エミリアは、絆創膏こそないが、傷だらけで病的に白くなった手を頭上に掲げた。


 彼女は家事は経験者と言っていたが、あくまでも魔法での話だったのだろう。


「いい経験だったろ」


「そうね。もう二度とトマトソースサラダとか言わせないわよ」


「まだら模様の服を作るのもな」


「漂白剤って本当に白くなるんだもの。あれは参ったわ」


 その時々の様子を思い出し、二人は顔を見合わせて噴出した。


 暫く笑いあった所で、不意にエミリアが空を見上げた。


「こうしてみると、伯母様はすごいわよね」


「まったくな」


 洋介は、一も二もなく同意する。彼女に言われるまでもない。


 彼の父親は物心ついて間もなく、写真だけになった。それから、本格的に神社の手伝いを始めるまでの約十年。母親は女手一つで、今日彼とエミリアがこなした事をやってきたのだ。


「まあ、俺が手伝うと言った時はめっちゃ喜んでたな」「それは、そうでしょうね」


「アンタが早く仕事覚えてくれたら私が楽出来るってな」


「ええ、だと思ったわ」


 それでも、稽古や指導には手を抜いた事はない。いつだって、親で師範だった。


 返す返すもとんでもない事だな、と洋介は笑うしかない。


「でも、きっと、あなたが手伝うと言ってくれた事が、本当に、嬉しかったんだと思うわよ」


 洋介は、エミリアの言葉に、どこか嘆きのようなものを感じた。


 彼女は、暫く、ずっと遠くを見つめているように目を細めていたが、やがて、面をつけかえたようにいつもの笑顔を浮べる。


「明日はちゃんとしてね。伯母様に恥をかかせちゃダメよ」


「ああ、任せとけって」


 彼は何も聞かず、頷く。そうすれば、この一週間は、よき思い出として、完結するのだから。


「じゃ、ご祈念って事で」


 エミリアが今一度缶を差し出したので、重ねる。


 カチン、と小さな星が舞った。




「ううん」


 風と共に吹き込んでくる虫の声を聞きながら、エミリアは何度目かわからない寝返りを打ち、かっと目を見開いた。


 まったく寝付けない。


「あ~、もう」


 起き上がり、わしゃわしゃと頭を掻くが、それで眠気が訪れるわけもない。


 むしろ目が冴えてしまう。窓もドアも開けてあり、小型ながら扇風機も回っている。決して寝苦しい環境ではないと言うのに。


 お風呂から出た後は、夕のお勤めを終えた涼子と一緒に夕食を済ませ、後はテレビを見たりネットをしたりでゴロゴロしていた。


 やはり、寝れない理由がない。


「お祭りは楽しみだけど」


 それでも、とあえて考えてみた理由もしっくりこない。


 夕方からのお祭りが楽しみで前日の夜に寝付けないなど、まるで子供以上に子供ではないか。


 有り得ない、と頭を振ると、ますます眠気は遠ざかっていく。


 こういう時は体を動かすか小難しい本でも読むに限る。思い立った彼女は、前者を選択した。自分の部屋には、眠気を誘うほどの本がなかったのだ。


 洋介が寝ているのをいい事に、魔法で指先に明かりを灯す。


 部屋を出た彼女は、音を立てないように注意して廊下を進み、玄関から外へ出る。


 空を見上げると、星と月とが空の主役を奪い合っていた。魔法で光球を消しても散歩をするには程よい明るさが保たれている。


 肝試し気分で、のんびりと境内を歩く。静謐に満ち、虫達の声がよく聞こえた。


 室内に居た時は一種類にしか思えなかったが、いくつかの種類がある。耳を傾け、その違いを楽しみながら歩いていると、あっと言う間に敷地を一周してしまった。


「むむぅ」


 エミリアは上体をぐっとそらしながら唸る。この程度では、睡魔が寄り付いて来ないようだ。


 ならば体を動かすべきではあるのだが、あまり騒がしくすると起こしてしまうかもしれない。


 洋介はともかく、涼子は怖い。


 外へ走りに行こうにも、浴衣姿なのはうまくない。着替えてくるのも面倒だった。


「そうだ」


 エミリアはある事を思い付いて、周囲を見回す。程なく、本殿裏の大欅に目がいった。周囲に砂利もなく、地面も平らだ。


 小走りで向かいそこに立つと、大きく息を吸って目を閉じた。


「よしっ」


 サンダルを脱ぎ捨てて、両手を伸ばし、左右に炎を呼び出して宙に浮かせる。


 煌々と照らし出された空間で、エミリアは神楽を舞い始めた。洋介の動きを思い出しながら、くるり、ふわり。


 円の動きを中心に、時に跳ね、時に伏せ、高夜根神社縁起、その一幕を演じていく。


 記憶が怪しい所は適当に繋ぐ。目的は奉納ではないのだ。


 覚えた一座分を舞い終えると、彼女は額の汗を拭う。


「どうだったかしら?」


 襟元を正しながら、途中から感じていた視線の主に問いかける。返事の代わりに大あくびをしながら、洋介がやって来た。


「初めてにしちゃ上出来じゃないかな。ただ」


「ただ?」


「ウチに幽霊の噂立てるつもりか」


「もー、堅い事言わないの」


 エミリアはぱちんと指を鳴らす。


 吹かれたように浮かんだ炎が消え、夜の帳が二人に覆い被さった。




「しかしまあ、よくやったよ」


 先ほどの様子を思い出したのか、そう言って洋介は濡れタオルを差し出した。


「ふふ~ん、でしょでしょ」


 エミリアはにっこり笑い、受け取ったタオルで首筋や腕を拭いていく。熱を持った体に冷たさが気持ちいい。


「見ただけであそこまでやれるんだから、センスあるんじゃないか」


「それはさすがにどうかしらね~。ダンスは得意だけど」


 足の土を落として、縁側に上がると、ドカッとその場に腰を落とす。


 洋介ががっくりと肩を落とした。


「その服であぐらはよせ」


「楽なんだからいいじゃないの。それとも、見たいのかしらん?」


「わかった、悪かった。お前に期待した俺がバカだった」


 ちらっと裾をめくってみせると、洋介はいともたやすく両手を上げて降参した。


「ふふ、わかればよろしい。ところで、こんな夜更けにどうしたの?」


 明日は本番に備えて朝の稽古はなく、仕事も涼子がやる予定だ。疲れを残さぬ絶好の機会にまさか起きてるとは。


 気になって尋ねると、洋介はぶっきらぼうに「魔法使われて、気になっただけだよ」と答えた。


 縁側に頬杖をついて横になった姿は、涼子によく似ていて、エミリアは小さく笑う。


「それまでは起きてたんだ」


「まあ、な。明日どうするか考えてた」


 思わぬ返事に目を瞬かせる。明日の予定はお互いにお祭りのみ。


 つまるところは、と胸がさざめく。


「何々、お祭りが気になっちゃったの?」


「と言うか、神楽がな」


「なーんだ」


 一気に落胆、トーンダウンした彼女に、洋介は「んあ?」と寝ぼけたように首を捻る。


 本当に寝ぼけてくれれば良かったのに。


「伯母様から合格もらって、考える事なんてないでしょ」


「そうなんだけどさ。やっぱり気になる部分があるからさ」


 自室で暫く練習もしていたらしい。エミリアはふふっと微笑む。


「まじめね~。あなたらしいわ」


「出来ることはやっといて損はないし。俺はお前みたいにアドリブ効かないのよ」


 そう言って洋介はまたあくびをする。釣られてか、エミリアにもようやく睡魔が襲いかかり、彼女は盛大に口を開けた。


 月が先ほどより傾いて見えた。


「そろそろ戻ろっか。明日寝不足でミスしたら、嵐じゃ済まないもんね」


 ちょっとふらつきながら立ち上がるが、洋介から返事はおろか、動く気配すら伝わってこない。


 彼は横になってうつらうつらと舟をこいでいた。


「ちょっとちょっと。いくら夏でも風邪ひくわよ」


 肩を叩き、体をゆするがまったく目を覚ます気配がない。


「お客さん、終点ですよ」


 最終手段で目覚めの呪文を囁くが、洋介の寝息は乱れない。


「んも~」


 腰に手を当てて唇を尖らせるが、それで目覚めてくれるわけもなし。部屋へ連れて行くべく、エミリアは洋介を抱き起こした。


「わわっ」


 ずっしりとした感覚に、たたらを踏む。


 寝た相手が重いとは知っていたが、予想以上だった。


 立たせるのをあきらめ、引きずりやすいように肩を持ち直す。魔法を使えば楽なのだが、今は何故だか躊躇われた。


「わお」


 ゴツゴツした感覚に、エミリアは感嘆の声をあげた。


 王城の兵士とまではいかないが、かなり鍛えられている。見てた時とは違い、肩幅の広さもしっかりわかる。


「おっきくなっちゃってまあ」


 ふっと、脳裏を幼い頃の記憶が走る。


 そう言えば昔、今みたいに洋介を連れて歩いた事があった。その時はおんぶしていたはずだが、あれは何故だったか。


 考えている内に、部屋の前へたどり着く。両手が塞がっているので、体でドアを押しあけ、勘を便りに室内を進む。


 布団らしきものを踏ん付けて、エミリアはその場に洋介を寝かせた。


「ええっと、かけるものかけるもの」


 適当にタオルケットか何かあれば、と辺りを探るが、これと言って見当たらない。


「ううん」


 活気付いた睡魔に目眩を覚える。


 そのまま彼女は、もたれかかるようにして意識を失った。




 翌朝。ラジオ体操の客を見送り、朝のお勤めを早々に片付けた涼子は、食事の準備を求めるべく訪れた部屋で、その光景を目撃する。


 お互いに浴衣をはだけさせた洋介とエミリアが、仲良く一緒の布団で眠っていた。


「おやおや」


 思わず唇を吊り上げた彼女は、白衣の袖から携帯を取り出し、カメラを起動。わずかな逡巡もなく、シャッターを切った。


「孫が楽しみだ」


 そうして暫くの間、その写真は洋介が仕事を押し付けられる原因として、涼子の所持する記憶媒体にいくつも保管される事になる。


 彼が事態に気付き、エミリアへ散々注意するのは、それからさらに一時間以上後の事だった。




 八岐駅前から川へと続く大通りは通行を規制され、歩行者天国へと変貌する。


 八岐市納涼市民祭りは、太陽の色が変わり始めた頃に、遅滞無く始まった。


 曲がりなりにも観光地という事で、あっと言う間に黒山の人だかりが生まれる。


 道路中央では、盆踊りの行列が練り歩き、後方では何人もの参加者が飛び入りし、川のような流れを作り上げていた。


 その中に、とんぼ柄の浴衣を着て斜めに狐のお面をつけたエミリアの姿もあった。


 列の合間合間で奏者達が奏でる笛や太鼓のメロディに合わせて、鼻歌を歌いながら、えいさほいさと踊っている。


「♪~」


 結い上げて尚余った銀髪が、動きに合わせて左右に揺れる。


 その様を、洋介は行列と併走しながら、眺めていた。


「ったく」


 時々、手を振って来るエミリアに対し、彼は、顎で両手の荷物を指し示す。


 両手は、綿飴やりんご飴といった食べ物で塞がり、今他の客に突き飛ばされでもしたら、頭から転ぶ自身があった。


 楽しそうなのは結構だが、そろそろ列から出てきて、いくらか軽くしてもらいたい。気になっている事もあるため、できれば身軽で居たいのだ。


 そんな願いが通じたのか、エミリアが列から抜けてやってきた。なぜか一緒に並んでいたおばちゃん方からは惜しまれているようだ。


「あ~、楽しかった~。洋介も踊ればよかったのに」


「お前、わざと言ってるんだよな?」


 脳天気な彼女の発言に、りんご飴をナイフのように構えて応える。


 これを口に押し込んで頭からラムネをかけても許されるはずだ。


「ああ、ごめんなさい。ありがとね」


 彼女はさっと洋介の手からリンゴ飴を掴み取ると、一気に噛み付いた。


 ガラスが砕けるように飴が割れた。


「甘くておいしい~」


「お前さぁ。いや、いいや」


 洋介は、エミリアのあまりの破顔っぷりに、言いかけた全てを飲み込んだ。


 明らかに食べ方が間違っているのだが、今日はお祭りだ。いちいち指摘するのも無粋だろう。


 それよりも、と綿飴を袋ごと押し付けて洋介は周囲に目を、耳を、気を配る。


 今の所、大きな混乱も無く、酒やその場の空気に中てられた者達が騒いでいるくらいのようだ。警察官や管理委員達がところ狭しと走り回っている姿が見受けられた。


「こらこら~」


「いててっ」


 突然手の平を抓られ、腕を振るわせる。なかなか立派な赤い印がつき、エミリアがむくれていた。


「さっきからキョロキョロしちゃって、も~」


「ああ、悪い」


「ほらほら。糖分が足りないからそんな険しい顔になるのよ」


 彼女はそう言って、袋から綿飴をひとつまみ。洋介は大人しく受け取るべく手を差し出すが、彼女は目をキラリと光らせ、体を寄せてくる。


「おい、何の真似だよ」


「え~、荷物が大変そうだな~って」


 いたずらっぽい笑いを浮べて、彼女はずずいっと口元に綿飴が差し出して来た。


 手はついさっき空いたばかりなのだが。


 取ろうとするが、ひょいと避けられる。


「ほれほれ~」


「ったく」


 洋介が渋々口を開けるとエミリアは鼻頭に綿菓子を押しつけてきた。


「おっと」


「むむ。そこはもっとまごついてくれなきゃ」


 エミリアは不平の声を上げる。


「だと思ったからだよ」


 困らせるのが目的だと思ったら案の定だった。綿飴を拭いながら苦笑する。


 彼女は口元に指を当てて片目をつむり、少しうなってから「とりゃ」と洋介の腕に抱き付いた。


「んふふ~」


「おい、コラ。やめろって」


 さすがに恥ずかしく、彼はキョロキョロ周りに目をやる。この人混みではアテにはならないが、今は知り合いは見当たらない。ほっと胸を撫で下ろし、振り払おうとするが、エミリアは逆に強く抱き締めて来た。


「だーめ。ぼやぼやしてた罰よ」


「だからってな」


「あらら、私じゃご不満?」


 不平だが、不満ではないから厄介だ。洋介は閉口してしまう。


 状況そのものには、世間体と言う巨大な壁が立ちふさがっているはずなのだが、洋介と彼女の見ている壁の厚さはだいぶ違うようだ。


「罰なんだから、ちょうどいいでしょ。エスコートよっろしく~」


「ったく、わかったよ」


 祭りに似合う陽気な笑顔の前に勝ち目はなかった。


 事情はあれど祭りの最中に連れ合いを無視するような、無粋な態度を取った自分が悪い。洋介はエミリアの思い通りにする事にした。


 後はただ、自分達を見知った相手に合わないよう祈るだけだ。せめて彼女を知らない相手なら、スキンシップだなんだと言い訳のしようはいくらでもあるのだから。


「ああー!」


「おいバカ」


「しーっ、邪魔しちゃダメッ!」


 そんな洋介の淡い願いは、背後から響く声に粉々に打ち砕かれる。教室の子供にあっさりと見つかってしまった。


「ふふ、洋介」


「お次は何だよ」


 もう叫んで走り出したい気分だった。


「聞かれたらなんて説明しようかしらねぇ」


「勘弁してくれ」


 何でこんなことになってしまったのか。


 その原因を思い返しながら、洋介は心の中で崩れ落ちた。


「母さんめ」




 設置が完了したステージでのリハーサルを終え、祭り開始に間に合うように一眠りしようと帰宅した洋介に、涼子はいきなり告げた。


「今日は、ちょっと騒ぎがあるよ」


 彼女の手元には、水晶球。それが何を意味しているのかは、聞くまでもない。


 洋介は表情を固まらせて首を横に振るしかなかった。「……いやいや、勘弁してくれ」


「暇だったからね」


「尚更だよっ」


 知らない方が良い事もある、と言うのはこの事だ。洋介は目を覆いたくなる衝動を堪えて、内容は、と尋ねる。


「聞きたくないなら聞かなきゃいいだろ」


「その言葉、ほんの少し前の母さんに聞かせてやりたいよ」


 苦々しげな洋介の様子に、涼子は僅かに首を傾げて煙草をくわえる。


 大きく吸い込み紫煙を吐き出した所で、彼女ははっと額に手をやった。


「――なるほど」


「今の間は何さ!?」


「いや、私とした事が。あんたにはまさにその通りだった」


 そう言われると、一体どんな内容が予知されたのか。さすがに洋介も興味を持たずには居られない。


 聞くなと言う錘と聞けと言う錘が、段々とせめぎ合いを始めてしまう。


「わかった、内容は言わない。ただ、忠告はする」


「そりゃありがたいよ」


 涼子はほとんど吸い潰した煙草を彼の方へ向ける。


「今日のあんたの仕事は、舞台を成功させる事だ。余計な事には首を突っ込むんじゃない。わかったね」


「了解」


 反論の材料も余地もない真っ当な意見に、洋介は一も二も無く頷いた。


 それが今から何時間か前の事。余計な事に首を突っ込む気など毛頭ないが、こちらが避けても向こうからやってくる事は往々にしてある。


 自分が良くても、今はエミリアが一緒だ。彼女に何かあった場合、注意では済まない。


 その為、辺りを警戒していたのだが、それが彼女には気に食わなかったようで、この有様だった。


「デート、デートだ!」


「いや、これは違うんだ」


「やめなさいよ。あの、お兄さん、私達はここで」


「良いのよ、気を使わなくても。それよりみんなたこ焼き食べない?」


 色めく子供達に洋介は頭を抱えるが、エミリアはと言えば、食べ物で関心を釣って、むしろ積極的に混じっていく。


 促されるままたこ焼きの箱を渡すも、彼女が腕を放さないので距離を取る事は許されなかった。


「やっぱり、お姉ちゃんはお兄ちゃんと、つつ、付き合ってるんですか?」


「ご想像にお任せするわ。でも、今日はデートよ」


 エミリアが余裕のウィンクで答えると、女の子達はおおーっと叫びきらきらした眼差しを洋介に送ってくる。


 ある意味針のむしろよりも心が痛む状態だった。


「兄ちゃん、チューしたのチュー?」


「頼む。俺に何も聞かないでくれ」


 もう何も答えないに限る。


 洋介は手近な露店に目をつけた。


「ほらみんな、喉渇いてないか。好きな飲み物買ってやるから、勘弁してくれないか」


「いいの? やったー!」


「ラムネラムネーっ!」


 男子がいち早く駆け出し、仕方ないなあ、と笑いながら女の子達が続く。年長の由香里がふいに引き返して来たかと思うと、ズボンの裾を引っ張った。


「お兄さん、今度お話ゆっくり聞かせてね」


「あのね、由香里ちゃん」


「よろしくねー」


 洋介の返事を待たずに、彼女は商品選びに戻っていく。ミリアが含み笑いで彼脇腹をつついた。


「モテモテね」


「そっとしといてくれ」


「じゃあ、まずはお会計をすませないと」


 うなだれたまま、腕を引かれてお店の前へ。威勢のいいおじさんが出迎えてくれた。ひやかされながら会計を済ませ、氷水でキンキンに冷やされたジュースやラムネで喉を潤す。


「へっへー、ビー玉ゲット」


「ベタつくからちゃんと洗うんだぞ」


「うん、わかってるよ」


 休憩に合わせたように、人の波も開始直後よりは収まっていた。それでもはぐれたら大変なだけの数がひしめいている。


 通りを流れる行列の音楽も遠くに聞こえていた。一陣の風に髪を押さえたエミリアがそっと口を開く。


「こう言う時は、夏草や、だっけ?」


「まだ早いし、舞台前は不吉だからその句はやめろ」


「あらら。風流って難しいわね」


 エミリアは本当にそう思っているのか怪しいくらいに明るく笑う。そこへ、飲み終えた瓶や缶を片付けて、健が慌てて戻って来る。


「おい、満っ。そろそろ行かないとヤチマタンに会えなくなっちゃうぞ!」


「うわ、やべえ!」


 健の言葉に満もにわかに慌て出す。


「そうか、ステージ始まってたのか」


 時計を確認して、洋介は街中が落ち着いた事に納得する。ステージイベントで今はご当地アイドルのトークショーの時間なのだ。


 ステージは川原に設置されている。ここからの距離と人混みを考えると、子供達はそろそろ行かないとヒーローショーに間に合わせるのは難しいだろう。


「じゃあ、そろそろ行こうか」


 由香里達女子組も一緒に行くらしい。


「皆、ヤチマタン好きなのね」


「もちろんだよ。カッコイイんだぜ」


「それに、兄ちゃんの神楽も続けて観れるからね」


「私達は、神楽をいい席で見たいので」


「ねー」


 健達は胸を張り、由香里達は少し声を小さく呟いた。


「じゃあ俺も行こうかな」


「えー、まだ早いんじゃない?」


「急がば回れだよ。どうせお前だって終わるまでいるんだろ」


 洋介としては子供達の見送りも兼ねてのつもりだった。エミリアは少し考え込み、まあいいか、と頷く。


「ヤチマタンにも会ってみたいし」


「決まりだな。じゃあ皆、一緒に行くか」


 子供達は「おーっ!」と元気に答えて歩き出す。


 一歩後ろから洋介達も付き添って行く。


 綿飴をほお張りながら、エミリアが耳打ちしてきた。


「これは本当に、失敗できないわね」




 洋介達がステージ前に到着したのは、ちょうどトークショーが終わったタイミングだった。観客席からはヒーローショーに用のない客達がぞろぞろと露店の方へ戻りはじめていた。


「やった、前が空いてる」


 中央の前列に空きを見つけて、健達は一斉に駆け出していく。


 後に続こうとした洋介の背後から可愛らしくも大きな声が響いた。


「あーっ! お兄ちゃんだお兄ちゃん!」


「うん?」


 なんとなく声が自分に向けられているように感じて振り向くと、女の子が満面の笑みで走ってくる所だった。


 朝顔柄の浴衣に下駄でどこか危なっかしいと思った矢先、女の子は盛大にバランスを崩した。


「おっと」


 洋介はさっと駆け寄って彼女を抱きとめる。


「大丈夫?」


「うん、ありがとうお兄ちゃん」


 女の子はにっこり笑って彼を見上げる。その顔は、うっすらとだが見覚えがあった。


「ええっと」


「ほら、コンクールの子よ」


 誰だっけ、と言いそうになった所で、エミリアがフォローしてくれる。それでようやく洋介も思い出した。


「ああ」


「こらっ、真理。急に走ってもう」


 女の子の母親だろう。妙齢の女性が足早にやってきて、ぺこりとお辞儀する。


「どうも申し訳ありません」


「いえいえ、お怪我がなければ何よりですよ」


「お母さん、お兄ちゃん」


 真理と呼ばれた女の子は、母親の元に戻ると、洋介の方を指差す。


「こらっ、人を指差しちゃいけません」


「ごめんなさい」


 シュンとする彼女の頭を撫でながら、女性は洋介に向き直る。


「あの、失礼ですが、もしや高夜根神社の?」


「あ、はい」


「そうでしたか。その節は、ありがとうございました」


 深々と、彼女は洋介に頭を下げた。一緒に女の子も頭を下げる。


「お兄ちゃん、ありがとう」


 聞けば、コンクールで入選する事ができたのだとか。それだけでなく、お守りを探して出かけるのが予定より遅れた所、玉突き事故に巻き込まれなかったとも言う。


 洋介は頬を掻いた。偶然だろうが、目を輝かせる女の子の手前、迂闊な事は言えない。


「その、これも何かのご縁でしょうから、何かあればお参りにいらしてください」


「ええ。そうさせていただきます」


 母親も、彼の気持ちを察したのか静かに微笑む。


「ねえ、お兄ちゃん。一緒にヤチマタン見ようよ~」


 女の子がズボンの裾を引いて告げる。洋介は腰をかがめて首を横に振った。


「ごめんね、今日はこの後、ちょっと用事があるんだ」


「え~」


 それで母親の方には通じたらしく、彼女も不満げな娘に目線の高さを合わせて優しく告げる。


「真理と一緒で、大切な発表があるんだって」


「そうなの?」


「うん。ちょっと外せなくてね」


 むしろ外したらどうなる事やら。


 だが、女の子もコンクールに出ただけあって、すぐに納得してくれた。


「じゃあ、仕方ないね。お兄ちゃん、発表がんばってね!」


「ああ、ありがとう。ほら、急がないと良い席なくなっちゃうよ」


 洋介は女の子の肩を優しく叩くと、空いた客席を指差した。彼女は、母親の手を掴む。


「うん。お母さん、行こう」


「はいはい。それじゃあ、この度はどうもありがとうございました」


「いいえ」


 手を振って別れると、今度は黙っていたエミリアがつんつんと腕をつついて来る。


「洋介」


「どうした」


「あなたって、ロリコン?」


「お前、大人しいと思ったら」


 ずっとそんな事を考えていたようだ。怪訝な視線で首を傾げるエミリアの両肩を、洋介は力いっぱい掴む。


「是非その結論に至った経緯を聞かせてもらいたいな」


 万力のように徐々に力をこめる。エミリアは顔に×の字を描いたように顔をしかめて「じょ、冗談よ冗談」と釈明する。


「ったく。ほら。俺は裏行くから、お前も見て行くならそろそろ健たちの方に行った方がいいぞ」


 客席は、トークショーほどではないが埋まっているが、どこも子供達ばかり。


 彼女ならそんな心配は要らないのだろうが、知り合いの付き添いという体の方が居やすいだろう。


 何より、また迂闊に一人にしてナンパ騒ぎでもされてはたまらない。


「はいはい。邪魔にならないように座ってるわよ」


 エミリアは肩をすくめて「頑張ってね」と継げて踵を返す。


 ステージにライトが灯った。


「あらら?」


「早いな」


 司会と思しき女性が舞台袖から駆け出してくると、マイク越しに大きく宣言する。


「はい、皆さん。ここでサプライズイベントで~す!」


 会場とその周辺がざわめき出す。


「超豪華商品を賭けた、じゃんけんたいか~い! 優勝者には、なんとっ。フジヤマハイランドのフリーパスチケットをプレゼントしまーす! ペアでもファミリーでも、指定はご自由! さあさあ皆さん、ふるってご参加くださ~い!」


 悪くはない商品だな、などと思いつつも洋介は嫌な胸騒ぎがした。


 時計を見れば、ヒーローショー開始三分前。じゃんけん大会を始めたら確実に食い込んでしまう。


 ステージ上では、スタッフがチケット他、コーヒーや懐中電灯といった商品名が書かれたパネルを持って立っているが、急ごしらえな感じが拭えない。


「ねえ洋介。これ、予定にないわよね?」


「だからサプライズなんだろ。って、おっと」


 エミリアの的外れな指摘に頭を痛めた矢先、彼の肩が他の客にぶつかる。


 振り向くと、続々と、ヒーローショーに見向きもしていなかった客達が観客席へとやってくる。


 だが、入り口案内をしているスタッフの方はてんてこまいで、人数も足りていないようだった。


「変だ」


「変よね~」


 勢いに負けて、洋介はエミリアと肩を並べ、邪魔にならないように少しずつ客席エリアの端へ向かう。


 人はどんどん増え、進むのもままならなくなり始める。


 その時、見覚えのある若い男性が観客席の外縁を、ステージ裏に向けてやけに急いで走っていくのが見えた。


「っ、エミリア」


「何かしらん?」


「跳んでくれ。観客席の外側まででいい」


「いいけど、大丈夫?」


 洋介は頷いて、彼女を引き寄せる。距離にして数メートル。魔力使用による体力消耗は問題ないだろう。


 後は、このひしめき出した観客だけだ。


「三つ数えたら頼む」


「はいは~い」


「一、二、三っ!」


「わおっ」


 洋介はエミリアを連れてその場に倒れ込むと、設置された長椅子の下に体を滑り込ませる。


 同時に魔法で観客席の外側へ、跳んだ。




「失礼します!」


「お邪魔しま~す」


 エミリアののんびりした挨拶を背に、ステージ裏に作られた出演者たちの控え室であるプレハブ小屋へ一足早く部屋へと飛び込んだ洋介は、目を見張った。


「あらら、また酸鼻な空気ね」


 後から入ったエミリアも、苦笑するしかなかったようだ。


 仲間に付き添われた青年が、氷水の張られたたらいに赤く腫れた右足を突っ込んでいる。


 部屋の隅では、山住が、蛇を模したきぐるみを被ろうと悪戦苦闘している若い衆を前に、渋い顔をしていた。


 先ほど彼が見かけた男性は、きぐるみを被せる手伝いをしていたが、もはやお手上げなのは、顔を見ればあきらかだった。


「洋介君、何故ここに?」


「たまたまそっちの人を見かけまして。ステージの様子も明らかにおかしかったので」


「いやはや、困った所をお見せしてしまいましたな」


 山住は大きく肩を落とし、力なくかぶりを振った。


「一体何があったんですか」


「見ての通りだよ」


 ご当地アイドルのトークショーで観客整理を手伝った拍子に、ヤチマタンのスーツアクターが足首を痛めてしまったようだ。


 そこで、様子を見るため、急遽、山住の出資でじゃんけんイベントをやってもらっているのだが、一向によくならないと言う。


「失礼します」


 洋介は、青年の足を確認する。たらいから出すだけでも青年は痛そうに顔をしかめていた。


 洋介は神社でも祭りをやったり演武を教えたりする都合上、救命や怪我の応急処置を習っている。


 母親からも色々と追加で叩き込まれたので、怪我の程度も多少は判別する事が出来た。


「捻挫じゃなさそうですね。多分、骨も痛めてます」


「何度か、踏まれたからね」


 青年は疲れたように笑った。


「やはりのう。しかし、そうなると実に困った事態だ」


 山住はかぶっていた帽子を手で押さえた。


 ヤチマタンのスーツアクターは地元の大学生。アクション研究会に依頼する事で、予算を抑えている。


 その為、今からではとても代わりの人間を用意する事はできそうにない。


「近場に居るメンバーも、酒を飲んでてね」


「ヤチマタンは、僕でもできるからいいんだけど」


 元々怪人役で来ていたと言う青年の友人が呟く。


 ショーはヤチマタンだけではなく、怪人が欠かせない。山住も急いで若い衆を呼びつけたものの、体のサイズがきぐるみに合わず、途方に暮れていたのだ。


 その時、外からワーっという歓声が上がる。どうやら、じゃんけん大会で優勝者が出たらしい。


「まずい。残りの勝者も順番に決まってしまう。授与式が終われば」


「やっぱり、ヤチマタンだけで行くしかないでしょうか」


「う~む、しかしそれでは」


 山住も結論が出せず、下を向いて考え込んでしまう。


 洋介はすっと立ち上がり、大きく深呼吸。


 怪人のきぐるみを指して、アクターに尋ねる。


「この怪人は、今回のショー専用ですか?」


「ああ、そうだよ」


 それならば、と怪人のきぐるみを半端に着た男性に振り向く。


「スーツを貸してください」


「え?」


「俺なら、入ると思います」


 スーツアクター二人は洋介の体をじっくり見つめてから、顔を見合わせる。


「確かに、背格好は似ているな」


「十分だよ」


「いや、しかしいいのかね」


 山住は少しばかり顔に色を取り戻して聞き返してくる。次に神楽が控えて居る事を知っている以上、当然の反応だった。


 洋介は静かに頷く。


「ええ。子供達が初めて見る怪人なら、多少拙い動きでも疑問はもたれないでしょう」


 カバーはナレーション担当者のアドリブになるが、状況が状況だ。それくらいはこなしてもらうしかない。


「大丈夫ですって。この程度で舞えなくなるほど、やわな鍛え方はしてませんから」


 歓声がまたも上がる。そろそろ受賞者が出揃う頃だろう。


 山住も時間がないのを悟ったのか「頼めるかな」と洋介を見据えた。


「もちろん」


「ちょっとちょっと」


 とんとん拍子に進む話に、エミリアが割って入る。


「あなたがやる必要ないじゃないの」


 小声で「私なら治せるし」と彼女は耳打ちしてくるが、その選択肢は、彼の中には最初からなかった。


「回復の魔法なんか使われたら、それこそ神楽に障る」


 回復魔法は、距離によって消費が変わる跳躍魔法以上に魔力の消耗が激しい。


 何より、症状が中途半端にしかわかっていない状況で使われるリスクは高すぎた。それならば、まだきぐるみでショーをした方が、体力的な余裕があるというものだ。


「そうかも知れないけど、わざわざあなたがやる必要あるの?」


「今この場で出来そうなのが他に居ないだろ。何より、ヒーローショーに怪人は居なきゃならない」


「どうして? ヒーローだけでもいいでしょ。子供達だってそれが目当てなんだから」


 洋介は人差し指を立てて横に振る。


「違うんだよ。俺はヤチマタンが好きってわけじゃないが、子供達がヒーローに何を求めてるかはわかる」


「どういう事?」


「子供達は、ヒーローである事を求めてるんだ」


 スーツアクターの青年二人は、うんうんと洋介の言葉に同意する。


「ただのイベントにひょっこり来てくれればそれは喜ぶだろう。でも、呼ばれたから来ました、何ていう軽い立場のヒーローを求めてない。この世界の平和を、いや八岐市の平和を守ってくれている姿を求めているんだ」


 その為には、ステージへの怪人の登場は不可欠だ、と彼は熱弁する。


「ヒーローが目の前で悪を倒し、彼らを守ってくれると言う実感を与えてくれる事。それ以上に、子供達を喜ばせるものはないんだよ」


 何より、と彼は思う。ここでヤチマタンのショーが流れたら、とてもではないが、神楽を見てもらえる下地がなくなってしまう。


 それは、母親から言われた舞台を成功させる事、と言う忠告に背いてしまう事にも他ならないのだ。


 それでもなお、釈然としない様子のエミリアに、洋介は胸を張って言う。


「今観客席で待っている子供達の姿を俺は知ってる。それを無視して、神楽なんて舞えるもんかよ」


 まだ何か言いたげなエミリアを安心させるようにぽんぽんと頭を叩き、彼はきぐるみを受け取る。


 サイズは少々大きいくらいで、十分着る事ができた。


 山住の部下に手伝ってもらい、着替えながら、洋介はスーツアクター達と打ち合わせを始める。


 外では授賞式が始まっており、残された時間はあとわずかだった。




「はっはっは~。お前達のような健康な子供達は、我らが駿河暗黒教団の八岐市ブラック首都化計画、その尖兵となるのだ!」


 ナレーションの声と共に、飛び降りた蛇型怪人が子供達二人を連れてステージ上へ戻ってくる。


 司会の女性が、わざとらしく「大変」と叫び、キャーキャーと騒ぐ子供達に落ち着くよう声をかけていた。


「みんな、落ち着いて。子供達に酷い事をしないで」


「当然だ、我々の兵士となってもらうのだからな。そうだ、貴様も我が教祖様の巫女となるがよい」


 若干テンポが遅れつつも、きっちりコブラヘッドの腕で怪人は女性を指差す。


 初めてにしては、迫真の演技だ、と下手の舞台袖から見ていたエミリアは思った。


「そこまでだ!」


 テンションアップしてきたナレーションに合わせて、八岐市のヒーロー、ヤチマタンが飛び出していく。


「むむ、貴様は!?」


「天竜戦士ヤチマタン、推参! 八岐市の平和は俺が守る!」


「おのれ、出おったな天龍戦士! 今度と言う今度は邪魔はさせん! ここをお前の墓標にしてくれるわ!」


「黙れ! 理想や信念の為に子供達を利用しようなど、言語道断! その邪悪な魂、打ち滅ぼしてやる!」


 ヒーローの登場で、にわかに観客席が盛り上がる。


 きびきびとした動作といい、龍をモチーフにしたスーツといい、なるほど、子供達に受けがいいのも頷ける。


 しかし、それだけにエミリアはますますわからなくなっていく。


 所詮は子供向けの、本当にショーに過ぎない。ましてヒーローは身一つ。


 いくらでも言い訳は立つだろうに、わざわざ洋介が怪人役を演ずるなど、まったく納得が行かない。


「難しい顔をしていますな」


 エミリア同様、舞台袖からショーを眺めている山住は不思議そうに声をかけてきた。


「あまり、洋介君の決断がお気に召さなかったようだ」


「だって、わざわざ背負い込んで。伯母様にも注意されていたのに」


「おや、涼子さんが何か?」


 言ってから、しまった、とエミリアは目を逸らした。


 洋介には言わなかったが、彼女はたまたま涼子の忠告を耳に挟んでしまっていたのだ。


 その内容を踏まえれば、洋介の今の行動は彼女には理解に苦しむものだった。


 本来なら、人に聞かせるべき内容ではないが、時既に遅し。黙ってやり過ごすには、山住の目は鋭すぎた。


 致し方ないが、今この話を聞いてるのは彼だけなのは幸いだ。エミリアは、涼子の言葉も含めて説明する。


「ほっほっほっ。なるほどなるほど」


 聞き終えた山住は、愉しげに笑いながら、顎をさすった。


「それならば、洋介君の行動は間違っていない」


「おじ様、立場的にその発言はちょっと」


 ジト目を向けると、山住はそっと視線を、ヒーローと取っ組み合いを演じている蛇怪人に向けた。


「エミリアちゃん」


「なんでしょう?」


「何、年を取ると独り言が増えましてな。聞き流してくだされ」


 何年か前、洋介が受験を控えていた時期に、彼は一度「手伝いは辛くないかね」と尋ねたらしい。


 その頃、洋介は受験勉強をしながらでも、きっちり修行やお勤めをしていたそうだ。


 問いに対し彼は「辛いなんて言ってられないですよ」とあっさり答えたのだとか。


「その時、彼はとてもたくましく、笑っていたな」


「笑った?」


「面倒だし大変だけど、辛くはない、とね」


「どうして」


「涼子さんの息子だから、だそうだ」


 わからない。まったくわからない。エミリアの心の中でざわざわと、風が吹き荒れだしていた。


 何故、伯母様の息子だから、辛くないのだろうか。


 少なくとも、ここ連日のあの疲れっぷりを見ていたら、そんな答えが出てくるなど信じられない。それでも確かに疲労以外の弱音を彼から聞いた覚えはなかった。


「そんな」


「神社の修行を始める時にね。涼子さんに言われたそうだよ」


「何て?」


「神社とは、信仰が集まる場所。信仰と言うのは、皆の心の支え。ゆえに、自分達には訪れる人達の笑顔と安らぎに責任がある、と」


 その言葉は、割れたガラスのように、彼女の中に深々と突き刺さった。


 責任とは、久しく見ないようにしてきた言葉だ。


「母さんを訪ねてくるお客って、どんなに消沈していても必ず笑顔で帰って行くんですよ。そして、あの面倒臭がりやな母さんも、必ず笑顔で迎えて、送る。そうやって、俺をここまで育ててくれた。辛いどころか、焦るくらいですよ。面倒くさがりなのは似てますから、いつになったら追いつける事やら」


 その言葉を聞いた時、山住は思ったそうだ。「洋介君」と言う呼び方を改める日も近いかな、と。


「だが、彼はね。いつまでも洋介君で良いと言ってくれたのだよ。私には、いつまでも君で呼ばれるくらいでちょうどいいのだ、とね」


 だから、と彼は言葉を切る。その先は、エミリアもわかっていた。


「言ってましたね。待っている子供達を無視して、自分は舞えない、って」


「彼は確かに、涼子さんの忠告に誠実に応えた、と思うよ」


 まるで、山住は成長を喜ぶ父親のように、暖かい視線を舞台に送り続けている。


 その隣で、エミリアは体を固くしている。


 ハンマーで殴られた、雷で打たれたそれすらも生ぬるいような、衝撃に、彼女は今襲われていた。


 ぐっと歯を噛み締め、拳を握り、彼女はステージを見つめ続ける。


 ほんのちょっと、間違って転べば出てしまいそうな、そんな距離のはずなのに、今はずっと遠くに、遥か彼方に感じられた。


 この距離こそが、自分と洋介の、本当の五年間。昔と変わらないと涼子に言われた言葉が、今はとても痛い。


 ああ、と嘆息を漏らし、思い出す。昨日の夜に感じた、あの既視感。洋介を抱えて歩いた日の事を。


「私の方が、お姉さんだったはずなのにな」


 そんな言葉と共に、彼女は一つの決意を飲み込んだ。




 ヒーローの必殺キックを受けて引っ込んだ洋介を、エミリアは出迎える。


 次まで時間はあと僅かだ。子供達の大歓声を背にして、大急ぎで、しかし音を立てないように、控え室へと連れて行く。


 頭部を引っこ抜くと、汗まみれの洋介が、息も荒く顔を出す。


「ふひいっ、死ぬかと思った」


 楽器の準備をしていた岩田たち氏子は、幽霊でも見たように目を白黒させる。


「よ、洋介君っ。何でそんな所から」


「はは、ちょっと野暮用で。でも、おかげで客席はあったまってますよ。いい笑顔も見れましたし」


 きぐるみを脱ぎ捨てた洋介に、彼女はスポーツドリンクを渡し、ダンボールから神楽の衣装と天狗の面を取り出した。


 山住から説明を受けた岩田たちは、すぐに事情を理解し、先に行っていると告げて次々に出て行く。


 どちらにせよ、彼らの演奏が始まらなければ舞手は出て行けないのだ。


「お疲れ様。ねえ、洋介」


 衣装とお面を渡そうとした彼女は、目を見開く。イスに座った洋介が、苦しげに右手の小指を押さえていたのだ。


「どうしたの!?」


「ちょいと突き指したっぽいな」


 キックから吹っ飛ぶ動作で舞台袖に捌けた際、受身を取ったのだが、きぐるみだったために仕損じたのだ。


「だ、大丈夫かね?」


 山住はヒーローショーの時以上にうろたえる。こちらに変わりはいないのだから当然だ。


「ええ。幸い、小指ですから、リカバリーのしようはありますよ」


 嘘ではないが、正しくもない、とエミリアにはすぐわかった。


 ただ舞うだけなら、そうだろう。だが、涼子と約束したであろう舞には程遠い出来になってしまう。


 そこへ、ヤチマタンも戻って来た。


「エミリア、悪い。着付け手伝ってくれ」


 気付かれぬように、と立ち上がった洋介は彼女の持つ衣装に手を伸ばしてくる。


 だが、彼女は俯いたまま、服も渡さない。渡せなかった。


「おい、どうした」


「ねえ、洋介。一つ聞かせて」


「うん?」


「どうして、そこまで頑張れるの?」


 質問の意図を考えあぐねているのか、彼は鼻を掻き、そして告げる。


「母さんとも約束したし、どれだけいるかわからないけど、楽しみにしてくれてる人もいるはずだからな」


「人のためで、そこまで出来るんだ」


「いや、自分のためだよ」


「え?」


 思わぬ答えに、彼女は顔を上げる。


「俺がそうしたいんだからな。それに、情けは人のためならず、って言葉もあるからな」


 もういいか、と言って衣装に手をかけた洋介に、エミリアは小さく頷く。


 十分だった。十分過ぎた。


「だから、ごめんね」


 エミリアは、彼の手を取ると、魔力を集める。


「おい、別に治さなくていいぞ」


「うん、これは違うのよ」


 驚く洋介に、エミリアは首を振り、魔法を発動させる。


 周囲の空気に干渉。震わせて音を奏でる。音として捉えられない、音。


 眠りをいざなう、聞こえぬ音を。


「っ、お前」


 まぶたが重くなって悟ったのだろう。洋介はこちらをにらみつけてくるが、既に事は済んでいた。


 控え室に居たものは次々に地面に倒れ込む。


 エミリアは脱力しきった洋介を受け止め、囁く。


「ごめん。でも今を逃したらきっと、私はいつまでも今のままだから」


 エミリアは洋介の額に己の額をくっつけると、彼の記憶の一部を、必要な情報を魔法で引っこ抜き、定着させる。


 洋介をイスで作ったベッドに寝かせ、天狗の面と向き合う。


「これは、元々、私達の姿、なんだしね」




 舞台袖に天狗の姿を確認した岩田たちは演奏を始める。


 前奏からの切り替わりに合わせ、格式に則った三度のテンポで天狗が現れる。


 そして、誰もがその姿に、息を呑んだ。


 銀の髪をたなびかせ、優雅に舞う、天狗の姿に。




 エミリアの登場に、一瞬だが音楽までもが止まっていた。しかし、すぐに岩田達は演奏を再開する。


 始まってしまった舞台はもう、最後までやるしかないと、彼らもわかっているのだ。


 彼女は踊る。ゆらゆらと、舞台の上を。


 高夜根神楽、第三座。川鎮の段。神社の信仰を決定的なものにした、由緒譚である。


 かつて、舞台が設置された川原もある、八岐川は暴れ龍が棲むと言われた程に、大いに荒れる川であった。


 その年は巨大な台風に見舞われ、あまりの勢いに流域全体が川に沈む恐れすらあった。


 その時、山に住み、恐れられていた天狗が、舞い降り、神通力で川を八つに割って洪水を防いだ。


 それだけに留まらず、その知識を持って治水工事を指揮したという。それ以後、川が氾濫する事は無かった。


 感謝した人々は、天狗の住処だった小さな社を荘厳に立て替え、代々天狗の世話人として娘を送り続けたと言う。


 今、この時になってエミリアは、この話の意味をとても強く噛み締めていた。


 機会もなかったので、この話を聞いたのは、洋介の稽古が始まってからだ。


 その時はわからなかった。畏れではない。恐れられていてた、疎まれていたと言ってもいい自分の先祖は、何故わざわざ、様々なリスクを背負ってまで、川を鎮めたのか。


 魔法が使えたのだから、契約した相手がいたのだろう。以後も娘が送られた事からして、恐らく、心通わせた相手が。だが、本当にそれだけなのだろうか。それを守る為だけに、治水の指揮まで執ったと言うのか。


 つい先ほどまでの自分であれば、見かねて川を割るくらいはしたかも知れないが、それまでだし、次もないだろう。


 好いた相手が守れれば、後は知らない。そんな、自分勝手な気持ちで動いたに違いない。


 でも、今ならわかる。何故そうしたのか。


 力ある者として、先祖は責務を果たしたのだ。


 守るべき、と信じたモノを守る為に。きっとその時は、それが自分の為になるとは思っていなかっただろう。


 ただ、想い人とその人が生きる社会を、世界を守る為に、できる事を、やるべきと信じて成した。


 洋介が言った通り、情けは人のためならず。


 言ってしまえば単純な事。そして、昔は、知っていたはずのこと。もっと素直に、教えられるまでもなく、出来ていた事。


 洋介と契約した時には、持っていたはずの気持ちなのに。


 エミリアには、兄弟はいなかった。だから、従弟が居ると知った時、とても嬉しかった。


 そんな従弟が、その日は、打ちのめされていた。誰もが黒い服を着て俯いて、曇り空が、そこには広がっていた。


 元々体が強くなかった彼の父親が亡くなったのだ。普段は動じた姿など見た事のない彼の母親も打ちひしがれて、エミリアの父を始めとした大人達に慰められていた。


 人の壁の前に、母親に寄り添う事もできず、行く場所を失った従弟を、彼女は見ていられなかった。


 何とかしてあげたいと思った。


 だから、葬儀も終えて、数日後。持ち直し始めた母親とは対照的に、いつまでも沈んでいる従弟を引っ張り上げるため、彼女は、無理矢理旅に連れ出した。


 麓の町で、元気が出そうな場所を巡る、大冒険。


 でも、小さな体に、町は大きすぎた。迷子になってしまったのだ。


「帰りたいよう」


 泣きながらうずくまる従弟に、彼女は告げた。


「大丈夫。必ず帰れるから。私に出来ない事なんて、ないんだから」


「本当に?」


「うん。だから、信じて」


 正直、彼女にもそのままでは手の打ちようがなかった。たった一つの、しかし父親には厳禁だと言われていた、契約して魔法を使う以外の方法では。


 契約が厳禁なのは二つの、単純な理由によるものだ。


 契約する相手は慎重を期さねばならない事。間違っても、魔法の存在をまったく知らない相手と行う事は避けなければならなかった。


 もう一つは、方法。これは今でも論争が耐えないのだ。


 だが、彼女には迷いは無かった。


 彼の泣いている姿を、見ていたくはなかったから。何より、元気を出させるはずが、逆に泣かせてしまった。その責任は取らなければならなかったから。


「ねえ。私の事を信じてくれるなら、目を閉じて」


「う、うん」


 そっと目を閉じた従弟に、エミリアは口付けをする。そして、そこにある魔力を、自分の中に結びつける。


 それで、契約は完了した。


「それじゃあ、帰ろう。すぐ、着くから」


「え、すぐって?」


 首を傾げる少年の手を取り、彼女は、この世界で初めて、魔法を使った。


 神社へ続く石段の前へ、跳躍したのだ。負担が大きかったのだろう。着いた時にはすでに、従弟は目を回していた。


 エミリアは彼を背負って、ゆっくりと神社に向けて上り始めた。


 鳥居をくぐると、彼は目を覚まし、そして大いに喜んだ。


 彼にしてみれば一瞬で到着したのだから、無理もない。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


「ふっふ~ん。言ったでしょ。私に出来ない事はないって」


「うん」


「これからも困った時は、私に言ってよね。必ず何とかしてあげるから」


 それは、幼い日の思い出と約束。




(そう約束したはずなのに)


 エミリアはその日から、今日までの己を恥じる。


 一体自分は、こちらに放り出されて何をしてきただろうか。


 洋介を困らせてばかりで、何とかしてあげるどころではない。


 向こうに居た時もそうだ。ただ、自分にはできるから、と天狗になって、魔法を使っていたに過ぎない。苦情は増えて当然だ。


 子供みたいに、はしゃいでいたと言ってもいい。


 そう、子供だった。子供のまま、ここに、今に来てしまったのだ。


 それに比べて従弟は、洋介はどうだ。


 神社に来てくれる人たちの為に、できる事を、やるべきと信じた事をひたすら積み重ねてきた。


 市の顔役である山住からも一目置かれて、大きくなった。


 エミリアよりもずっと、成長していた。


 今となっては、洋介が練習している間に、料理などをした行為も、果たして彼のためだったのかと言われると、自信が無くなってくる。


 結局、その程度の気持ちで、あの時は臨んでいたと言う事だ。


 気付いた時、彼女は、じっとしていられなかった。この舞台は、いい機会だと思った。


 三つ子の魂百までと言うが、それでも、変わっていかなければ、いつまでも子供のままでは居られない。


 かつて自分の先祖が鎮めた川は、今までの自分。自分勝手でわがままな、心。


 子供の心を乗り越えていくために、偉大なる先祖に表敬の念を捧げ、決意を胸に、そして手にした採物に込めて、舞う。


 段々と、音楽が遠くなっていく。自分の心が、澄んで行く。




(あいつ――)


 洋介は、見惚れていた。エミリアの舞に。彼女の一挙手一投足に、とても強い、魂を感じていた。


 淀みない動きから、動作の記憶をコピーされたのはすぐわかった。


 だが、それとエミリアのセンスだけではとても説明のつかない、圧倒的な気迫。


 そこには確かに「出来ない事は何もない」と言ってた頃のエミリアがいるようだった。


 神楽はいよいよクライマックス。


 暴走する川を鎮める神通力が玉串を通して放たれるのだ。


 彼女が上手へ向け、玉串を振る。瞬間、洋介の胸で契約の証が一際強く輝いた。




 ステージも観客席も、音を失っていた。


 岩田達は何とか責務を果たすべく、演奏を続けていたが、それすらも、溢れる光の玉に飲み込まれて消えていく。


 蛍でも雪でもない、淡い光る無数の光の粒。見るものに、触れるものの心を静かに、暖かくしてくれる。


 それは、観客席を越えて、市内全域へ降り注ぐ。


 祭りが開催されているとは思えぬほどに、優しい静寂をもたらした。


 その一つを、両手で包んだ洋介は、そこに、彼女の心を見た。


(これは、殻、か)


 舞を終え、下がったエミリアを、洋介は心からの祝福と感謝で出迎えるのだった。




「次はないからね。いいかい?」


「はい」


「すみませんでした」


 居間から出て行く涼子を見送り、三時間にも及ぶ説教から解放され、洋介とエミリアはその場に倒れ込む。


 ずっと正座だったため、もはや立つ事は出来ない。


「ふふ、やっぱり怒られちゃったわね」


「仕方ないさ」


 祭りを無事終えて、一夜過ぎた二人を待っていたのは、おかんむりを通り越して般若になった涼子だった。


 彼女の手にあったのは地元の新聞。そこには『天狗が起こした奇跡!? 高夜根神社はノーコメント』と見出しが書かれていたのだ。


「あ~、でも今朝は本当に清々しい気分だったわ」


 エミリアはぐっと伸ばした体を、足の痺れによじれさせた。


「昨日は、本当にありがとうな」


「いいわよ。ううん、勝手してごめんなさい」


 謝るエミリアの頭を、洋介はポンポンと叩いて来た。


 その顔は、とても明るく笑っている。


「おいおい、俺がお礼言ったんだから、謝る必要はないだろ」


「ふふ。そうね。じゃあこちらこそ、ありがとう」


「いいってことさ。それで、昨日のあれはなんだったんだ?」


 聞かれて、エミリアは片目を閉じて、唇を尖らせる。


「ん~、正直わからないのよね。途中から神楽舞ってた時の記憶も曖昧だし」


「リアルにトランスしていたのかよ」


 苦笑する洋介に釣られて、エミリア笑ってしまう。


 だが、本当に理由はわからない。あえて言えば、彼女の気持ちと魔力が反応して、投影現象を引き起こしてしまったと考えるべきだろうが、そもそもステージで魔法を使うつもりなどまったくなかったのだから、やはり原因は不明だ。


「まあ、おかげで大成功したわけだしな」


「そういえば、伯母様、代わりに私が舞った事はあんまり怒ってなかったわね」


「ああ、昨日別れ際に山住のおっちゃんが説明してくれるって言ってたからだろうな」


 エミリアは心の中で山住に感謝する。もっとその事で洋介が怒られていたら、自己嫌悪していた事だろう。


 足の痺れが抜けて来た所で、彼女は体を起こすと、縁側まで張っていき、腰掛ける。


 そして、昨晩から決めていた事を、実行に移す。


「ねえ洋介。ちょっとだけ、聞いてもらってもいい」


「ああ、構わないけど」


「私、さ。こっちに来た時に放り出された理由がわからないって言ったでしょ。実は、あるの」


「はい?」


「理由に心当たり、あるのよ」


 彼女の言葉に、洋介は隣まで匍匐前進でやってきて、ひらひらと手を振った。


「別にいいよ。聞かなくても、昨日の舞を見せもらえば、もう大丈夫だろ」


「うん、そう思う。でも、だから聞いて欲しいのよ」


 彼女は、静かに胸に手を当ててそう頼むと、洋介は頷き、隣へ腰掛けた。


「わかった。それじゃあ、教えてもらおうかな」


「私、アカデミーに通ってたって言ったでしょ」


「ああ。隣国だっけ」


「そう。その国でも由緒ある、国立の魔法アカデミー。私、そこをね。首席で卒業しちゃったのよ」


 意を決して告げると、洋介は暫く黙って目をぐるりと回し、腕を組んだ。


「そのアカデミー、由緒あるって言ってたけど、そのなんだ。その国のお偉いさんの子供とかも通ってるのか?」


「もちろん」


 ウィズランドの王立アカデミーは、エミリアの姉が通ったように、当然その国が誇るアカデミーには、王族が通っているものだ。


 洋介は「それはまずいよな」とかすれた声で呟いた。


「同盟強化が目的だったなら、そこそこの成績で大人しく卒業すべきだったよな」


 想像通りの答えに、エミリアは人差し指を向かい合わせてグルグル回しながら俯き、申し訳無さそうに付け加える。


「実はその、それでその人にケガとかさせちゃってたりしたら」


「させたのかよ?」


「うん」


 小さく頷くと、白目を剥く勢いで視線をそらされた挙句、頭を抱えられてしまう。


 エミリアは、相手が何かとライバル視してくるし、卒業試験で白黒つけようと約束していたと釈明するが「ケガさせるのはやりすぎだな」と一蹴されてしまう。


「も、もちろん大怪我じゃないわよ。指の骨折っただけなんだから」


「大怪我じゃねーか!?」


「魔法実技じゃ、かすり傷みたいなものよ」


 そうは言うが、自分でもやりすぎたのはわかっているので、エミリアはシュンと肩を落とした。


「でも、お互い了承済みなら問題にならないんじゃないのか?」


「うん。当人同士ではね」


 だが、親である相手国の国王からしてみれば小言の一つや二つ言いたくなるのが人情であろう。


 事実、今後は類似の事態は困る、と言った手紙を送られたのだ。


「やっぱり、それなら原因にはならないだろう」


「いや、その、ははは。私が警邏隊に入ったのって、そのお詫び代わりみたいなもので」


 厳しい規律の中に入れますよ、と言う禊の意味合いで所属させられたのだ。


 そして、結果は、以前涼子にも洋介にも話した通りである。


 貿易もさかんなウィズランド王国のことである。隣国にその情報が届かないわけもなく。


「なるほど。そりゃ怒られるわな」


 洋介はすんなりと全ての流れを理解してくれた。


 娘の教育はどうなっているんだ、といったところである。


「うん。その、私ね。本当に子供だったのよ」


 その頃は、姉に憧れていたと、彼女は洋介に告白する。


 母親の後を継ぎ、父親と共に国の為に働く姉が、羨ましかったのだ。


「だから、私も十分凄い、力になれるって。父さんに知って欲しかった。ううん、見せびらかしたかったのよね」


 今なら、かつてに戻れるならば、なんと幼い、稚拙な行いをしていたものかと叱ってやりたい。


「でも、さ。俺は凄いと思うよ」


「え?」


 不意に、そんな言葉を投げかけられ、エミリアは洋介に向き直る。


「そりゃ、立場としてはお前のしたことは誉められない事なのかも知れないけど、でも、やっぱり主席で卒業した、その結果は凄い事だと俺は思うよ。そこだけは、胸を張っていい、とね」


「あ、え、う、うん」


「だから、さ。首席卒業、おめでとう」


 突然の事で、どぎまぎして、エミリアは言葉をなくしてしまう。卒業祝など、首席も含めて、父親からも言われなかったのに。


 顔がかっと熱くなり、視界が滲む。


 ぽろぽろと目尻からこぼれ落ちるものを止められなかった。


「うっく、ありがとう。ごめん、うう、ダメね」


「おい、っと参ったな」


 エミリアは思わず、洋介の胸に顔を埋めた。


「少しだけ、このままで」


 それから暫く、彼女は泣き続けた。


 感涙が収まる頃には、洋介の服に彼女の顔の跡がくっきり残っていた。


「ごめん。汚しちゃったわね」


「いや、いいよ。むしろお前、さりげなく鼻かんだだろ」


「え、バレた? 後で洗っとくから許してね」


 エミリアはウィンクしながら洋介のシャツで鼻をこすると、そのまま膝を借りて横になる。


「ったく。ところで、どうするんだ、これから」


「そう、ね」


 エミリアは目を細めて、空を見上げる。


 これまでの事の反省の念と、今の気持ちを父親に伝えて、そうして、許してもらえたら、戻る事になるのだろうか。


「もう少し、こっちに居たいわね」


 素直に、思ったままの事を彼女は告げる。


 向こうでは気づけなかった、忘れていた事を思い出させてくれた。


 こっちなら、彼女は王族ではない。ただの高夜家の親戚で、神社の居候。そんな立場でなければ見えてこないものもあるのかも知れないから。


「せっかくの無期限外遊だし、もっと色々、知りたいかな」


「いいんじゃないかな。母さんにも俺から口添えしてやるよ」


「ふふ、ありがとう」


 お礼を言いながら、彼女は洋介に見えないようにぺろりと舌を出す。


 こっちで見聞を広めたいのは本音だが、もう一つ、本音がある。だけど、それは言えない、今は。


 五年間を埋めるには、この数日だけでは、まったく足りていないのだ。


 エミリアはそっと目を閉じる。


 吹き抜ける風と、洋介の膝の温もりを感じながら。


「これからもよろしくね」


 暖かい手の平を感じて、ぎゅっと、洋介のズボンの裾を握り締めた。




 そんな二人を、襖の隙間からそっと覗く瞳があった。


 エミリアの父、ウィズランド国王である。


「行かないのかい?」


 襖一枚を軽く凌駕する背中から、涼子は洋介達に聞こえぬように声をかけた。


「僕は、行けないよ」


「そうかい。それで、感想は?」


「急に呼び出されただけの事はあった、かな」


「当然。私は無駄な呼び出しはしやしないさ」


 涼子は少しばかり胸を張るように腕を組み、壁に寄りかかる。


 一週間と一年が同じくらいの価値を持つ事があるから様子を見に来い、来なければ後悔するかも、と言って呼び出したのだ。


 これで来なかったら、暫く口を聞く予定は無かったし、それは向こうも承知の上だろう。


「僕は、間違っていたのかな」


「子育てに正解はないさね。離れなければわからない事もある」


「感謝は、しているよ。せっかくの舞台も見れた」


「なら、行って頭を撫でてやりな」


 顎で促すが、国王は静かに首を横に振り、目を伏せた。


「行けないよ、今の僕にはね」


「ったく、こっちでは体裁は関係ないだろうに」


 大方、放逐したのになんだかんだで見に来たのではバツも悪いのだろう。


 まして、彼女に呼び出されたとあっては尚の事か。


「いいや。これは自分が撒いた種だ。せめてけじめは、きっちりつける」


「ま、それについちゃ私は何もいう事はないよ。んで、近いうちに戻す気になったのかい?」


「まさか。そんな事をしたら却って嫌われてしまう。それに、あの子はここに残る事を望んでいる。何より、エミリアには、こっちの世界の方が学ぶ事は多そうだ」


「まあ、それもそうかも知れないね」


 優しげに、涼子は目を細める。


 こっちでは彼女を王族として扱う者は居ない。少なくとも、向こうの方が遠慮をしているくらいだ。


 国王が、弟が望んだ環境には却って近いだろう。


「姉さん、もう暫く、あの子を頼むよ」


「ああ、任せときな。ほら、顔を合わせる気がないならさっさと戻りな。そろそろ洋介の膝も限界だろうし」


 彼女はポンポンと国王の肩を叩く。


 彼はゆっくりと頷き、踵を返した。昨夜の舞台に間に合わせるべくやってきたため、一晩城を留守にしてしまった。


 そろそろ戻らないと、大臣達も騒ぎ出してしまう。


 今朝連絡して開けてもらったゲートのある、風呂場へ向かった彼がふと立ち止まり、振り返る。


「姉さん、一つ聞かせもらいたいな」


「うん?」


「あの子が舞う事はイレギュラーだったはずだ。それなのに、どうして」


「私の占いは良く当たるんだよ」


「だが、魔法ですら予知は五分五分。姉さんは、むしろ」


 純然たる弟の疑問に、涼子は唇に人差し指を立ててウィンクする。


「そこから先は企業秘密、かな」


「まったく、敵わないね」


 答えを得られないとわかってか、国王は自分の頭を掻いた。


「当然、私はあんたの姉だからね」




《了》

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高夜根神社の夏休み 長崎ちゃらんぽらん @t0502159

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