兄の親友が構ってきてウザい

有栖悠姫

何かウザい



「あれ、瑠香じゃん。今帰りー?」


やけにテンションの高い呼び声に振り向いた瑠香は、その声の主の顔を確認した途端しかめ面になる。正確には声をかけられた時点で誰か気づいていたが、本当にそうだと確認するとテンションが下がった。声の主は瑠香にとって天敵とも言える存在だからだ。


視線の先にはかなり背の高い、派手な男が手を振りながら立っていた。髪は染めてないにも関わらず人目を引く明るさ、ワックスで無造作に整えたヘアスタイルは清潔感がある。目鼻立ちの整った精悍で愛嬌のある顔立ちは一目でモテるであろうことを予想させる。どちらかと言えば華奢な瑠香の兄とはある意味対照的だ。



「…帰りだけど、そっちこそ大学は?月曜は夜まで講義がびっしりって嘆いてたでしょ」


淡々とした冷たい声で返すが、本人は気にする様子はない。寧ろ楽しそうである、いやこの男が楽しそうでない時をあまり知らない。瑠香と違い太陽に愛されたように明るい奴なのだ。


「教授が用事できたとかで休講になった。暇だから瑠衣の家で時間潰そうかなって」


「人の家を休憩所代わりにしないで欲しいんだけど」


瑠香の家は両親ともに仕事が忙しいためこの時間はほぼ家に居ない。兄の瑠衣は月曜は講義は昼までのはずなので家にいるはずだ。大学から二駅の瑠香達の家にこの男はよく遊びに来る。まあ、大学に入る前から入り浸っていたが。ちなみに男、朝陽の家も結構近くにある。

瑠香の文句を真に受けて朝陽は微妙に気まずそうにする。



「…やっぱり迷惑?高校の時より行く回数減らしているつもりだったけど、やっぱ家に兄貴の友達が入り浸るの嫌だよな」


ワザとらしくしょぼくれたこの男、顔だけはいいので傍から見ればイケメンを落ち込ませている悪女に写っているだろう。実際周りの女子がチラチラこっちを見ている。何故かキャー、と興奮した様子の人もいるが。面のいい男が落ち込んだ様はそそるものがあるのだろうか。


何だかこっちが悪い気がしてきた。そもそも本気ではなく冗談交じりに言ったのだが。



「…別にうるさくないから、嫌とかではない」


聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声で呟くと突然頭をわしゃわしゃ撫でまわされる。



「は!?何急に!」


「いやいや良かったわー本当に嫌がられてたらどうしようかと」


「そっちじゃなくて頭を撫でまわしている理由を聞いてるんだけど!」


そう怒鳴るとパッと手を離す。毎日頑張ってブローをしている髪はこの程度の事ではボサボサにならない。辺りを見渡すと何人かの女性が微笑ましいものを見るような目でこっちを見ている。目立ちたくないのに勘弁してほしい、と瑠香は心の中で呟く。



「悪い悪い、つい昔の癖で」


「朝陽がこれやってたの私が小学生の時でしょ。今高校生。あんたの中の私小学生で止まってるの?子ども扱いするな」


悪びれた様子のない男、朝陽は尚も話し続ける。


「…そっか、瑠香も高校生か。つい最近中学生になったと思ってたのに時の流れははや」


「何懐かしがってんの、頻繁に会ってただろうが」


軽く睨みつけるが相変わらず名前の通り陽気に笑っている。3歳という年の差はここまで子ども扱いされないといけないのか、と不貞腐れる瑠香。


「しかし、目つき悪くて友達出来ないって泣きついてた瑠香がなー。そういえば高校で友達出来たのか、確か同じ中学の子が一緒だって」


「いつの話だよ、友達くらい出来てるし何で中学の友達と同じ高校言ったこと知っての?」


「朝陽が言ってた、聞いてないのに全部教えてくれる」


「あのクソ兄貴…何でもかんでも教えるなって言ってるのに」


ボソッと兄への怨嗟を吐き出す。瑠香が教えたことが朝陽に筒抜けなのは兄のせいである。あの愛想だけはいい兄は兄妹間でもプライバシーというものがあることを知らないのか。


その時、朝陽のカバンから何か音がした。音に気づいた朝陽がスマホを取り出し、確認する。一瞬変な顔をした気がした、気のせいか。


「瑠衣からだ、早く来いってさ。あんまり待たせるのも悪いし、行こうぜ」


そう言うと急かすように手招きする。まだ言いたいことはあったが、兄を待たせるのも悪いのでここは家路を急ぐことにした。無駄に足が長い癖に歩くスピードを瑠香に合わせることをまたもウザいと感じてしまうのだった。


*************


『瑠衣  瑠香が商店街の本屋の近くにいるから来る途中で迎えに行ってくれ。あんな可愛い瑠香がこんな時間一人で居たら男に声をかけられるかもしれない、そんなことになったら相手の男っ・・・・あ、いつも言っているけど妹になんかしたらどうなるか分かってるよな?』



(シスコンがやばい域に達しているな、心配しなくても親友の妹に手なんか出さねえよ)



*************



「瑠香ちゃん、佐伯先輩と付き合ってないの?」


「は?」


次の日登校するなり親友の夏海にそう問われる。目つきが鋭く無愛想な瑠香とは反対にいつもニコニコ笑みを浮かべている。どこか抜けているドジっ子でもあるため瑠香とは別の層の男子に人気がある。中学からの付き合いだが女子の中では一番仲が良いと自負している。


「だってよく一緒に歩いて帰っているし、家にも遊びに行ってるんでしょ。寧ろこれで付き合ってないのおかしくない?」



「どこもおかしくない、朝陽は兄貴の友達なだけ。良く家に来るのも兄貴に会いに来ているだけだってば」


何度も繰り返した問答に多少うんざりした雰囲気を醸し出すと、そっかと軽い声を出し夏海は引き下がった、わけではなかった。


「でも二人お似合いだよ、美男美女だし瑠香ちゃんがちゃんと会話する男子はお兄さん以外だと佐伯先輩だけでしょ」


「嫌だあんなチャラい奴。付き合うんならもっとちゃんとした真面目そうな人がいい」


あんな色んな意味で軽そうな男、仮に何かの天変地異が起きて付き合うことになったとしてもすぐに別の女に目移りするに決まっている。片手で足りる人間としか付き合っていない兄と違い、朝陽が短期間に彼女が変わる様を長い間見て来たのだ。だからこそ瑠香は付き合う人間は朝陽とは正反対の男が良いという願望を抱いていた。


「まあ確かに佐伯先輩の噂結構有名だったよね、短期間で彼女変っているって。でもさ、考えようによっては本当に好きな相手には手を出せないから気を紛らわすために付き合ってたかもしれないでしょ、例えば友達の」


「絶対ない」



言い終わる前に夏海の言葉を遮った。夏海は何だか不服そうだったが、あれほど子供扱いしてくる相手の事を好きだなんてことは絶対にありえないと断言出来た。それを抜きにしても誰かと付き合うと言うことは考えられなかった。









その日の放課後、買い物があり兄たちの通う大学の最寄り駅で降りた瑠香はその大学の近くまで足を運んでいた。大学の近くにある大型書店に用があったためだ。

店での買い物を終え、夕方になり人通りの少なくなった住宅街を通る。その途中にあるあまり子供の寄り付かない公園に差し掛かると、公園の木の影から女の人の声が聞こえてくる。何やら言い争っているような声だ。


こういう時は素通りするべきなのだろうが、何故か気になりこっそり声のする方に近づく。大きい円型の遊具の影に隠れて様子を窺う。木の影では大学生くらいの若い男女が何やら揉めてるようだ。といっても女の方が一方的に怒鳴っているだけで男の方はその罵倒を受け入れてる様だ。この位置だと女性の顔がぼんやりと分かる程度で男の方は後頭部しか分からない。髪色は朝陽と同じくらい明るい。美人だが化粧が濃く爪にも派手なネイルを付けているが、この様子だと性格もきつそうだ。この距離だと声は聞き取れないな、と次の瞬間ただでさえ赤かった女の顔がゆでだこのように赤く染まりそのネイルの付いた手で思い切り男の頬にビンタしたのだ。

女の方は興奮した様子で「もう別れる!!」と捨て台詞を残すと高いヒールのまま早歩きで公園を出て行った。


(うわ…痛そう。あんな爪でビンタなんかしたらほっぺ切ってるんじゃ…)


顔も知らない男の心配をしていると、その男が遊具の方に体の向きを変えた。その顔を見た瞬間変な声が出そうになる。叩かれた左頬を抑えながら微かに表情を歪ませているのは朝陽だった。よく目を凝らすと頬にツーっと血が出ている。やはりネイルで傷がついたようだ。しかも結構出血しており傷は深そうだ。


血が出てるのに動揺した瑠香は思わず立ち上げる。誰も居ないはずの遊具の影から出て来た人影に朝陽は驚き、目を見開くがそれが瑠香だと確認すると少しホッとした様子だ。怪我をしているのにいつもの同じように軽い調子で声をかけてくる。


「あれ、瑠香。何でここに居んの、瑠衣にわすれも」


言い終わる前に瑠香は朝陽の眼前まで距離を詰め、持っているハンカチを左頬の傷に当てる。180を超える朝陽を160ギリギリしかないため見上げる形になる。首がきついがそんなことを言っていられない。

突然の瑠香の行動に面を喰らったようで戸惑う朝陽。常に飄々としているこの男の焦る姿を見れたと普段はそう思う所だが、今はそんなことは考えられなかった。

今頭にあるのは朝陽の顔に傷が残ったらどうしよう、という心配だけだった。


「な、いいよハンカチ当てなくても。血で汚れる」


「いいからじっとしてて…ちょっと濡らしてくる」


引き留める朝陽の声も聞かずに水飲み場に走る瑠香。それを見送る朝陽は何だか嬉しそうだった。




「一応水で洗ったけど家に戻ったら消毒しなさいよ」


「分かったから、だから睨むなって。お前目力あるんだから」


左頬に絆創膏を張った朝陽が狼狽える。180ある男がしゅんとなっているのは何だかいい眺めだ、と優越感に浸っていた。

2人は近くにベンチに腰を下ろし並んで座っていた。微かに沈黙が流れるがそれを苦痛とは感じていなかった。そのままボーっと夕焼けを眺めていると



「聞かねーの?何でビンタ喰らってたのかとか」


「聞いていいのなら聞く。何でビンタされて頬に傷まで作ってんの」


すると何故か噴き出す朝陽。何も面白いことを言ったつもりのない瑠香は頭に疑問符を浮かべる。


「まあ簡単に言うと彼女、いやもう元カノか。元カノに女と歩いていた浮気だーって騒がれて、ただの友達だって言ったらじゃあその友達とは会うなって言われて。それを拒否ったらビンタ」


「うわ…」


簡潔に述べられたにもかかわらずその情報量に思わず声が漏れた。女友達と歩いていただけで浮気だと騒ぐ点もそうだが、その二度と会うなと強要するとは。朝陽の元カノを悪く言いたくはないが


「…独占欲が強いっていうのか?あんなり悪く言いたくないけど度が過ぎてない?」


包み隠さず言うと朝陽もあはは、と笑い同意した。


「結構有名だったらしくてな、友達からも辞めた方がいいって言われてたけど。まさか友達と歩いているだけで詰め寄られるとは」


「…そういう人だって分かってたなら嘘でもその友達ともう会わないって言えば穏便に話が済んだだろう。別れる別れないは別として」


人づきあいがうまく、短期間で彼女が変わっているのに揉め事らしい揉め事を起こしていない朝陽ならば元カノにうまく対応することだって出来たはずだ。何故それをしなかったのかという疑問が溢れる。


「その友達が誰かは知らないけど、その場しのぎの嘘くらい問題ないだろ」


ちらりと横目で朝陽の様子を確認すると、何故だが真剣な表情をしている。それに違和感を感じていると、消え入りそうな声で告げる。



「無理だよ、その女友達瑠香だから」


「は?」


言われた意味が分からず素っ頓狂な声を出す。


「人違いでしょ、私と朝陽が並んでいても兄妹にしか見えない」


すると言葉を遮られる。その声色にはある種の苛立ちのようなものが含まれているようだった。



「…瑠香はさ、自分が美人だって自覚したほうがいいぞ。もう中学生のころから兄妹に見えないし妹にも思えない…」


最後の方は聞き取れなかったが、瑠香に言うというより自分に言い聞かせているようだった。ドストレートに褒められると照れてしまうが、自分と歩いていたせいで誤解され頬に傷を作ったと思うと申し訳なくなってくる。



「…何かごめん、私のせいで彼女と別れることになって」


すると朝陽が声を上げて笑う。何だかその笑い声には自虐が含まれていると瑠香には感じられた。


「いや、元々俺のせい。好きでもないのに付き合った報いだよ」


「え、好きでもないのに付き合ってたのか、何で」


至極真っ当な疑問を口にすると気まずそうに目を逸らされる。そんな時夏海の言葉を思い出す。瑠香はあり得ないとして、どうしても思いを告げらない相手の事を忘れるために付き合っている、という夏海の推測が当たってるのでは、とふと考える。しかし、この様子を見るとあながち間違いでもなさそうである。物凄く居心地が悪そうだ。こんな朝陽は見たことがない。いつも自分を揶揄っている相手のこんな姿を目の当たりにして柄にも無くテンションが上がっていた瑠香は、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。



「まあいいや、私も似たようなもんだよ。告白されても付き合いたいって思えないし、けど好きでもないのに付き合うのは駄目だろ。相手に悪いし朝陽が本当に好きな相手にも信じてもらえないぞ遊んでいるって、って何で落ち込んでいるんだ」


話すたびにドンドン目から光が失われる朝陽を前に戸惑う瑠香。自分が何か言うたびに落ち込んでいる気がするのは気のせいだろうか。


「な、ならさ好きな相手が居るのならさっさと告ればいい。駄目なら駄目でスッキリするし、まあ朝陽なら振られないんじゃないか?居ないのなら好きな相手が出来るまで告白は」


最後まで言い終わることが出来なかった。何故なら瑠香の左手を朝陽が突然握り顔を近づけて来たからだ。今の朝陽は普段のチャラチャラした軽い男ではない、覚悟を決めた真剣な男の目をしていた。こんなに近い距離で朝陽の顔を凝視したことのない瑠香は現実逃避の意味合いも含め、


(睫毛長いなー、目の色茶色い。ニキビとか一切ないしホント顔はいいな)


と呑気なことを考えていた。手を握る朝陽の手に力が籠り少し痛かったため、そこで現実に引き戻される。永遠に感じる沈黙が過ぎ、それを破ったのは


「…瑠香、好きだ」


「…っ!」


訳が分からず呆然とする瑠香。質の悪い冗談か、という言葉は消えた。冗談ではない、本気の顔をしていたからだ。ずっと見ているとその目に魅入られてしまいそうだ。



「…何で?いっつも揶揄うし子ども扱いするし」



喉から絞り出せたのはそんな疑問だけだった。すると困ったように笑う。


「自覚したのは中学に上がってすぐかな。親友の妹には手出せないし瑠衣にはすぐバレるし、瑠香にバレないようにするのに必死だったから」


「待って、兄貴知ってるのか」


「割とすぐにバレた。んで条件出された。高校生になって、かつ瑠香が同じ気持ちじゃない限り告白はしない。破ったらあることないこと吹き込んで二度と会わせないって」


「…」


我が兄ながら少し引く。昔から瑠香には甘い兄ではあったが、つまりそれは瑠香に近づく虫を牽制する役割も果たしていたと言うことか。瑠香としては近づかれても一切応じる気はないので要らぬ心配ではあったが。まあ瑠香にとって一番近づいて欲しい虫を遠ざけることが兄の目的だったのだろう。


「…短期間で彼女変わってたのは」


「瑠香、どんどん綺麗になるし俺も気持ち抑えるの厳しくて。…そんな目で見ないでくれ、もう二度としないから」


軽蔑の眼差しで見つめる瑠香を慌てて宥める朝陽。といっても本気で怒っているわけではない。思春期男子の事情は理解しているつもりではあったからだ。


「…元カノの要求拒否ったのは」


「嘘でも瑠香ともう会わないって言うのが何だか嫌でな、自分でも分からない」


ワザとらしく笑い、そしてまた瑠香の目を見据えてくる。気のせいだろうか何だか怒っている気がする。浮かべている笑みも心なしか歪んで見え、この場から逃げ出したい衝動に駆られるがガッチリと手を握られているため、それは叶わない。

というか、先ほどの瑠衣との条件を思い出す、確か


「…兄貴との約束で私が同じ気持ちじゃないと告白しないって言ってただろう、私好きって言ってないよな、何で今」


最後まで言い切れなかった。朝陽の色の薄い眼から光が消えた、簡単に言えば目が据わっていたからだ。あ、怒っていると確信するには十分だった。


「お前が振られないって言うから、後先考えずに言った」


「え?あ…」


確かに焚きつけるようなことは言った。あの時はまさか自分の事が好きだとは夢にも思わなかったからあんなことを言ってしまったが。まさか自分が後を押してしまったという事実に体温が下がってくる。自分だけではない、朝陽の周りの温度も下がっている。そんなつもりは全くなかったが、どうやら朝陽の中の何かを自分が外してしまったということに気づく。朝陽の目には肉食獣を思い出させる獰猛な光が宿っている。それに捕らえられた自分は、もう逃げられないということを察していた。


「…瑠香は?俺の事どう思ってる?兄貴の友達のままか?少しでもそれ以外の感情があるなら付き合って欲しい」


懇願するように言われ顔も全身も熱くなる。恐らく顔はゆでだこのように赤くなっているだろう。恥ずかしさの余り顔を背けたくなるが、先ほどから朝陽が左手を瑠香の右頬に添えているため物理的に目が離せない状況だ。そうでなくとも朝陽の強い意思の籠った眼差しから目を逸らすことは出来そうになかった。

逃げられないと観念して、顔を赤くしたまま絞り出すように告げた。


「…私も朝陽の事好き…多分小学生の時から」





兄と朝陽は小学校からの付き合いだ。三歳下の瑠香は二人の後をついて回り、二人とも瑠香を可愛がっていた。

小学生になり、兄と朝陽がかなりモテることを自覚した。目つきが悪く物言いもきつい瑠香は男子から敬遠されていたが、どうでもよかった。兄を除き口が悪いことも目つきが悪いことも何も言わなかったのは、朝陽だけだった。


昔から自分に構ってくれる優しい兄の友人を好きになるのは至極当然だった。しかし自分が妹としてしか見られていないのは分かっていたし、モテまくる朝陽を間近で見続けていると告白する気も失せた。不毛な恋は諦めようとしていたが、出来なかった。


中学に上がると朝陽は短期間で彼女が変わるようになった。付き合った男女のすることは瑠香も理解していたので、それが嫌で段々朝陽にきつく当たるようになった。それでも朝陽の態度は変わらなかった。


瑠香が理想の相手をちゃんとした真面目な人と言っていたのもある意味では朝陽への当てつけであった。今にして思えばそう言った時の朝陽の顔が引きつっていた気がする。知らなかったと言え朝陽の傷をえぐっていたことに対し罪悪感が湧いてきた。



勇気を振り絞り気持ちを伝え、顔が強張り碌に目も合わせらない瑠香はチラッと横目で朝陽の様子を確認すると、耳と頬が微かに赤くなっている。


(いや何でお前も照れてるんだ!)


告白なんてされまっていて慣れているとばかり思っていた朝陽へのイメージが崩れ始めるのと力強く抱きしめられたのは同時だった。


「…やっべー凄い嬉しい。夢じゃないよな」


瑠香の肩に顔を埋め耳元で囁いたためくすぐったい。顔は見えないがとても喜んでいるのは声色で分かった。朝陽が自分の返事に喜んでいるのが分かり、歓喜で体が震える。


「夢じゃないし、ちゃんと体温感じるだろ」


「それもそうか」


あはは、と笑うと瑠香から自分の体を離す。体温が離れたことを名残惜しいと感じていると、今度は朝陽の端正な顔が近づいてくる。あと少しで唇が触れあいそうになりーー



「っちょっと待て!な、何」



朝陽の顔が迫るのを両手で阻止し、抗議すると朝陽は不貞腐れた顔で悪びれもせずに告げる。


「何ってキスだろ、両想いなんだから問題ないだろ」


「それはそうだけど!展開が早い!朝陽は慣れているかもしれないけど私は初心者!もっとゆっくり」


その時再び朝陽の周りの温度が急激に下がる。背中に薄ら寒いものを感じるが既に遅い。朝陽の色の薄い瞳には怒りが籠っている。瑠香は自分が朝陽の地雷を踏んでしまったと気づくが、何がそれだったのかは皆目見当がつかない。


「…へぇ、瑠香は俺が慣れてると思ってたんだ…まあ好きな相手が居るのに付き合ってるんだからそう思っても仕方ないけどさ、俺そんなに節操なしじゃないよ」


最後は何だか悲しそうだった。が、あれだけ歴代彼女が居れば経験豊富だと思っても仕方ないのでは、と瑠香は思う。ということは。


「…朝陽って童て…」


「そうだよ」


食い入るように肯定され、その圧に後ずさりそうになるが肩をがっちり掴まれているため無理だった。そんな経験豊富そうな雰囲気出しておいて童貞なのか、という突っ込みがが口から出そうになるのを堪える。ここで言ったら更に面倒なことになるのは目に見えていた。


「…あんだけ歴代彼女がいるのにそういう雰囲気にならなかったのか」


朝陽は瑠香の言葉にむっとする。好きな相手から何で昔の彼女とヤらなかったん?と尋ねられいい気分になるわけがないだろうが、それはそれとして純粋に気になっていた。

気まずそうに朝陽はポツリと呟く。


「瑠香の好みが俺と違って真面目でちゃんとした奴って聞いたとき、自棄になって丁度告白してきた子とヤろうとしたけど直前になって瑠香の顔が浮かんできて無理だった」


「…最低だな」


「ああ、確かその後トイレで」


「言わんでいいわ恥ずしい!」


顔を真っ赤にして抗議するとおかしくてたまらないと言うように爆笑する朝陽。ワザと言ったなこいつ、と睨みつける。告白して両想いになった二人の雰囲気ではない。

色っぽいことをする雰囲気ではなくなってしまい、瑠香は背筋を伸ばし大きく息を吸った。これからどうしようかと考え、朝陽の方を向いた。「これからどうする?」と聞こうとしたがそれが言葉として発せられることはなかった。瑠香の唇に柔らかいものが重ねられている。端正な男の顔が目の前にあり、キスされている、と頭が認識するまで時間がかかった。時間にして数秒で唇は離れたが、瑠香の顔が真っ赤に染めるまで更に数秒かかった。



「っ~~~~~~~早いって言っただろ!」


「無防備な瑠香が悪い」


自分は悪くない、という態度の朝陽を睨みつけるが効果はなく寧ろ朝陽を喜ばせるだけだった。


兄の親友が恋人になっても揶揄われるのは変わらないようだ。







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