第2話 緑のたぬき
ここは年の瀬を迎える都内のオフィス街、終電間際でも多くの人達が忙しそうに行き来していた。
「はあ、こりゃあ年末年始も休みなしかー」
仕事が終わらず、オフィスでの徹夜を覚悟していた男性は、夜食を買いにビルの外へ。歩行者信号が緑になるのを待ってから、オフィス街の広い道路を横断してコンビニに向かう。
――と、
あれ?
ビルに隠れるように屋台がひとつ。
最近は、コンビニの弁当ばかりだったから、たまには屋台の食べ物もいいかな?
そうだ、オフィスも暖房設定が低めで寒いから、温かいたぬきそばでも食べるか。
「すみませーん」
「はい、いらっしゃーい」
屋台の奥は街頭の光の関係で影になってしまい、屋台の店主の顔は見えなかった。しかし、それでも店主は元気に返事を返してくれた。
「すみませーん、たぬきそば下さい」
「はい、たぬきですね」
彼はテーブルに無造作に置いてあるヤカンから温かい麦茶を湯飲みに注いでゴクリと飲む。それから屋台をぐるりと見渡す。
少し年季が入ってすすけてはいるが、今まで丁寧に使われていたようで、不思議な趣が感じられる屋台だった。
「はい、おまちー」
「ありがとうー、頂きまーす」
彼は箸立てから割りばしを取り出すと、口でパキリと二つに割ってから、利き手に持ち替える。割り箸を利き手に持ったまま、どんぶりを口元にもっていきふーふーと冷ましてから、温かいそばつゆを一口飲む。
はぁー、生き返る。
そばつゆの、すこし甘めな味が彼の疲れを癒してくれる。
ズルズル。
ハフハフ。
天かすを割り箸を使ってどかし、隠れていたそばをひと固まりつまんで一気に口に運ぶ。そばの香りと付け合わせのねぎの匂いがツンと鼻の奥に通る。
「ごちそうさん、うまかったよー」
彼は、そう言って空になったどんぶりと代金をテーブルに残して屋台から離れる。
* * *
そして夜食にするつもりの軽めのおやつと温かい飲み物をコンビニで買ってオフィスに戻ろうとして気が付く。
「あれ? そう言えばスマホどうしたっけ。確か、屋台でたぬきそば出来るまでヒマつぶしでSNS見てたよなー。そのあと、どうしたっけか……」
そこで初めて、彼はスマホを屋台のテーブルに置き忘れたのを思い出した。
慌ててさっき屋台があったビルの影に走っていく。
――しかし、そこにあるはずの屋台が……、ない。
屋台が移動しちゃったのか? と思ってその周辺を急いで探してみるけど屋台らしき物は見つからない。
さっきまであったはずの屋台がないことよりも、スマホを紛失してしまったと思ってパニックになりかかっている時に。
――ピカ、ピカと、歩道わきで光るモノが。
彼は、光った場所に向かっていき、その場所にしゃがみこむ。
――すると、そこには。
大きな葉っぱの上に、ちょこんとスマホが乗っていた。
そして、その葉っぱの横には、空になった『緑のたぬき』がアスファルトの上に丁寧に置いてあった。
彼は、自分のスマホと、まだ温かさが残っている緑のたぬきの空の容器を持ったまま、ビルの間から見える明るい星を唖然として見上げるばかりだった。
(了)
ズルズル、チュルリン! あー美味しい。もう一杯。 ぬまちゃん @numachan
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