第29話 悲しい空(2)
「おまえがそのことを
「はぁ……」
どちらかが漏らしたのだろうか? それとも真結は遠くから様子をうかがっていたのか。
でも、べつに悪いことをしたわけではない。
「それで、
大小母が
「叱っておいてやった」
「はい?」
相瀬はことばに詰まる。
「真結をですか?」
「ああ」
大小母は高い声で言う。
「
「いや、でも……」
「真結には叱ってやる者がおらぬ」
大小母は続ける。
「おまえは
その通りだ。
「ああ、まあ、そうです」
相瀬は笑って見せるしかない。
「それは、そうですよね。わたしは出来が悪かったから」
いまでも出来がそんなによくなっているとも思わない。
でも、大小母は相瀬のことにはかまわず話を続けた。
「真結にはそういう役のものがおらぬ」
「いや、でも、真結よくできた娘です。叱る必要なんかありません!」
相瀬は訴える。
「それにわたしは真結に甘くはしていません。真結ができるかどうかも考えずに、自分のできることならば何でも真結にやらせています。それにぜんぶ真結は応えてくれるんです! いや、わたしがやってほしいという以上のことを真結はやります。それだけ才のある子なんです!」
「それぐらいわかっている」
今度は「声が大きくなる」とは言われなかった。大小母は低い声で続ける。
「真結相手ならばそういうやり方でよい。真結はおそらくおまえを上回る
「いえ、真結が褒めてもらったので嬉しくて」
「それはおまえが真結の上に立てるだけの頭にならねばならぬということだぞ。喜んでいる暇はなかろう? 次の頭に抜かれてくやしいと思うのが本来であろうが!」
相瀬も叱られた。
「ああ、はい」
それでも嬉しいものは嬉しい。
「それに」
と大小母は続けた。
「ほかの子にも
「あ、はい。気をつけます」
とは言うけれど、このあたりの子には、伝えなければいけないことだけを伝えて、あとは勝手にさせているので、もともと真結のように無理をさせてはいない。いや、真結にだって、あの「
それで真結は勝手に人食い海蛇の頭の上の砂をほじって災難を招いたりしたのだ。
「……真結のお母上というのは、いまはどうか知れぬがが、難しいところのある人でな……」
話を始めた大小母は、珍しく言い淀む。
「……よその村から、しかも遠くから来られたようで、その遠慮があったらしい。身分も真結の家の格からすると少し下だったようだな。だから、ふだんは機嫌を取るほどに真結に優しくしたようだ。しかし、たまにその遠慮のがまんが切れるのか、
「はい……」
真結の両親には何度か会ったことがある。二人とも柔和で腰の低い人たちだ。名主様の遠縁で相瀬より身分はずっと上だが、身分を鼻にかけるようなそぶりは少しも見せない。
だから大小母の言うことはにわかには信じられないけれど、でも、たぶんそのとおりなのだろう。
「だから、真結は、何かの落ち度で叱られるかも知れぬという恐れをいつも抱いているようだ」
「ああ」
もしそうだとすれば、真結がときおり見せるびくびくするようなそぶりのわけもわかる。
「でも」
と相瀬は言い返す。
「だったら、めったなことでは叱らないというところを見せるのがいいんじゃないかと思うんですけど」
「ところがそうでない」
大小母は言う。
「ほんとうは叱られなければいけないことをやっているのに、叱られずに見過ごされているだけだと
「あ、いや」
「確かめるようなこと」とは何なのだろう? でも、相瀬はそれはきかなかった。
それに……。
「でも、自分が何か悪いことをやっていないかいつも気をつけているっていうのは、悪いことじゃないですよ。だからこそ真結はいつもまじめに務めるんです! 浅葱はもちろん、房や萱や麻実だって、手を抜くときには手を抜いたり、弱音を吐かなくてすむところで弱音を吐いて見せたり……。真結はそういうのはしないし、だからそんな真結を叱るんだったら、浅葱なんかどうなるか……」
「まあ、あの浅葱はまだ遊びたい盛りだからな。麻実も年は同じだが、育ちが違う」
この二人では浅葱のほうが家の身分は上なのだが、麻実のほうが育ちがいいというのはどういうわけだろう?
いちいち
「ま、いまの話、よく胸に納めておいてほしい」
大小母が言うのに
「はい」
と、相瀬にしてはかしこまって答えた。
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