第28話 悲しい空(1)
祭は、このあと二十三夜の月待ちがあり、終わる。ただし、
十七日のあとは二十三夜様まで大きな祭儀はない。
相瀬が
「ときどき意地の悪げな風が吹く」
大小母がはやって来た相瀬の顔を見ていきなり言った。
相瀬はどう答えていいかわからない。姫様になら軽い気もちで問い返せるのに――と考えかけて、慌ててその考えを抑える。
でも「意地悪げな風」とはどんな風だろう? 相瀬にはわからない。
大小母は相瀬の顔から目を離さずに言う。
「沖に出ている連中の話だと、沖ではうねりが大きいそうな」
「それは……」
言ってみたものの、先が続かない。
沖でうねりが大きいと、どうなのだろうか? 相瀬が知っている海は自分が泳いで行けるところまでだけなので、よくわからない。
大小母は興のさめたような顔でしばらく相瀬を見てから、答えを言った。
「嵐が近いのかも知れぬな」
「はあ」
この答えでは、気の抜けたような返事だと大小母に怒られそうなので、ことばを続ける。
「学問というのをすると、そういうのがわかるようになるんでしょうか?」
「学問などしなくても、あたりまえのことではないか」
あきれたように言い返される。
では、そのあたりまえのこともわかっていない相瀬に学問などできるとこの大小母は思っているのだろうか?
思っていてくれなければいいとこれまでなら思っただろう。
いまでもそう思う。
でも、それでは惜しいという気もちも、いまはある。
「ところで」
と、大小母は話を変えた。
「
「ええ」
その話になって、相瀬は声を強くした。
「しかし、美絹さんからは、大小母様はそれでかまわないというお考えと聞きましたが」
「なんだかものの言いかたが少しだけていねいになったな」
これも毎晩お姫様の相手をしているからだ、などといま考えてはいけない。
「あれはしかたがなかったと思います」
大小母のいまのことばには答えず、相瀬は話を元に戻す。
「もし漁を見せないなどと言うと、あのお侍は村にまたやって来るかも知れません。漁を見せないわけを
背筋を伸ばして言う。大小母はその小さな目で相瀬を見つめていた。
「おまえは真結のことになるとほんとうに声が大きくなるな」
大小母にまで言われた。
ということは、ほんとうのことなのだろう。
短く息をついてから、大小母は言った。
「その件で、その
「ああ、はい」
自分のことに話が戻って来て、相瀬はとまどう。
だれが話したのだろう?
でもべつに口止めはしなかった。クワエは名主様のお屋敷にいるのだし、大小母様には名主様からのお話が伝えられているらしい。だから大小母様が知っていてもおかしくはない。
おかしくはないのだけど。
「どうだった?」
怒られるわけではなさそうだ。
――少なくとも、いますぐには。
「はい」
相瀬は息を整えた。
「正直に、物忌みの日は守らなければならないし、ご祭礼のあいだに浜にあまり来ていただくと困ると申し上げると、桑江様はわかってくださいました。桑江様は、あのサンシューの手下には違いありませんが、能のあるまじめな方だと思いました」
「短いあいだに、ほんとうにものの言いかたがていねいになった」
大小母はまたそう言った。今度は相瀬が何か言うのを待たずに続ける。
「物忌みの日のこと、真結が気にしておった」
「真結が?」
びっくりする。
「真結がここに来たんですか?」
「ああ」
「はあ……」
もちろん相瀬以外にだれも大小母様のところに来てはいけないなどと決まってはいない。
だが、娘組の海女はここに来るのは遠慮するものだ。遠慮すると言うより、大小母にはいろいろと小言を聞かされるので、最初から来たいと思わない。相瀬も、次の頭のあいだは、頭の美絹のお
「それで、真結はどんな話をしたんです?」
「うん」
大小母は間を置く。
「おまえには迷惑をかけると。あの
「いえ、オモシロカラヌことにはなってないです!」
すかさず言う。
そのことがあったので、次に浜に出たとき、真結がそばにいないときを見計らって房と
房も萱もべつにそれで真結を責めるつもりはないと言った。ただ、禁を犯したにはちがいないので、いちおう美絹に話しておいたのだと。
「房も萱も気にしていないと言っていました。それに真結の差配をうけるのはあたりまえだとも言ってました!」
「だからほんとうに真結のことになると声が高くなる」
大小母がたしなめるように言う。
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