第24話 十七夜(1)

 見ているとおかしい。

 菜っ葉と、汁からすくい出してきた湯葉と、神様のおすそ分けだけあってまっ白な米のご飯を、どれも少しだけ――姫様はいつもより時間をかけて少しずつ惜しむように食べている。

 姫様は相瀬あいせが持ってきたご飯が少ないのに不満なのだ。

 でも、しかたがない。

 今日は神事がなかったので、わずかしかお膳が出なかった。この前のように漁師組が魚をたくさん捕まえてきたということもない。浜にいけばいわしぐらいもらえたかも知れないが、クワエと話をしに行っていて、もらいに行く機会もなかった。

 せめて自分が食べないでお膳をぜんぶ姫様に持ってくればもう少し量があったのだろうけれど、そんなことができるほど相瀬はいい人ではない。もし自分は食べないで自分の分の食べ物も姫様に捧げていたとすれば、姫様が無事にお城に戻れたときに「忠臣」などといってお褒めいただけるのかも知れないが、そんなことより、まず姫様を無事に逃がす算段をしなければいけない。

 それに、姫様には、相瀬がここに来られないときに備えて、干飯ほしいいを渡してある。

 あいかわらず箸がないので、身分の高い姫様が、手づかみにしたり、相瀬がご飯やおかずを入れて運んでくる塗り椀から口に流しこんだりと、お行儀の悪い食べかたをする。箸ぐらい持ってくればいいと思うが、ここに持ってくるものはできるだけ少なくしたい。参籠所に何があるかは、細かい個数まで神職の人たちが知っている。箸をここに持ってきて持って帰るのを忘れたりするとよけいな疑いを招くことになる。

 ――というのは自分への言いわけで、いつも持ってくるのを忘れるのだけれど。

 その足りていなさそうな食事を終えて、姫様は

「ごちそうさまでした」

と手を合わせ、軽く頭を下げた。

 こうなると、相瀬も言いわけしないわけにはいかない。

 「ごめんなさい。今日はお膳が少なくて」

 「ああ。いえ、このような身で、そんな贅沢ぜいたくは申しません」

 言ってから、姫様は、声は立てないでかわいく笑う。

 「でも、食べているときの様子でわかりますよね」

 「ああ、まあ」

 相瀬も短く言って笑う。

 笑っていいのかどうか。「いいえ、めっそうもございません」と言い、ご満足できるようにして差し上げなかったことをひれ伏して詫びるのが、ほんとうは姫様に対する礼儀なのかも知れない。

 少なくとも笑いを合わせただけではごまかしているようなので、相瀬は説明する。

 「今日は神事がなかったので、ご飯がこれだけしかなかったんですよ。年によっては大きい神事のある日で、そうなるといろんなものが食べられるんですけど、今年はそれがなかったから」

 「だったら、相瀬さんもわずかしか上がっていないのではありませんか?」

 姫様が気づかってくれる。ありがたいことだ。

 「いいえ、姫様よりはたくさん食べました」

 これはうそだ。姫様に持って来た分のほうが多い。

 ――わずかに、だけど。

 「あらまあ」

 姫様は言ってまた笑う。たぶんそのうそはわかっているのだろうと相瀬は思う。

 ご飯の量をめぐる話を続けるのもはしたないと思ったのか、姫様はきいた。

 「でも、その、年によっては行うという神事というのは何ですか?」

 「ああ」

 姫様がそんなことをきいてくるとは思っていなかったが、でもきかれて嬉しい問いだった。

 「新しく海女あまになりたいって子が、沖にある筒島つつしま様っていう島にお参りするんですよ。筒島参りって言って。浜から、だれの力も借りないで、泳いで。それで島まで泳ぎ切れれば無事に海女になれるし、泳ぎ切れなかったら海女にはなれない。まあ、わたしの知ってるかぎりでは、海女になりたいって言って、泳ぎ着けなかった子は一人もいなかったですけどね」

 「それは近くて泳いで行きやすい島なのですか?」

 「ああ、ええ」

 相瀬が言い淀んだのは、そこがその「鬼党きとう」の作った石の仕掛けのある島だ、と姫様に明かそうかどうか迷ったからだった。

 やはり言わないことにする。

 この筒島参りの決まりを作った人は何を考えていたのだろうと思う。あの「鬼あわび」を連れ出さなければいけないこの時期は、筒島に人が近づくのをいちばん避けなければいけないはずなのだ。

 それなのに、新しい海女の「筒島参り」には、事情をよく知らない海女たちも見届けに加わるし、それどころか普通の村人からも見届け役が舟に乗って島の近くまで行く。見届け役を載せた舟は島の手前までしか行かないことになっているが、舟を操り損ねるとあの島の裏側に出てしまうかも知れない。

 筒島に人が行くのを避けなくてもよかった時代があって、その時代にこの「筒島参り」のしきたりも作られたということだろうか? だとしたら、新しく加わった若い海女が、さっそくあの「鬼鮑」を拾って細工するのに加わったことだろう。

 それは「鬼」たちが始めたしきたりにちがいない。

 そうだとすると、村の海女は、その「鬼」のしきたりを受け継いでいる?

 ――相瀬はそこで考えるのを止める。

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