3-10 みんなと笑う、この場所がずっと

 合宿初日の夜はレクリエーションの寸劇が開催された。

 各チームがランダムにお題を引き、そこから発想したストーリーを演じる。元は信野大のサークル合宿の定番だというが、熊岡くまおかさん曰く「カオス前提、暴走上等」「恥を曝しまくることで親睦を深めようって趣旨」とのことだ。


 一行は四チームに分かれた。私と一緒なのは、高校組からは香永かえ希和まれかず、大学組からはジェフさんと真銀まがね智香子ちかこさん。真銀さんはサックス担当で、大人びた素敵なお姉さんなのだが、私はまだほとんど喋っていなかった。大人っぽいというより、感情が読みにくい。

 ジェフさんが引いたお題は「推理ドラマ」である。


「推理……ミステリーのことですよね? 事件が起きて、警察やdetective……」

 ジェフさんは日本語が堪能だが、不安も残るらしく確認している。

「探偵、ですね。ジェフさんの理解で合ってます」

 真銀さんが補足。そこからシナリオ会議、なのだが。


「ありがとうございます、私は日本語でストーリーを説明するのは苦手なので、お任せしますね」 

 まずはジェフさんが戦力外宣言。年下に譲ったのかもしれないが。

「けど私もこういうの苦手なの、高校生の柔軟なアイデアに期待させて?」

 真銀さんも逃げを決めこんだ。


 年上二人が撤退し、様子を見合っても仕方ないと思った私は、希和を推薦。

「こういうの、まれくんが向いてると思います!」

 今の彼には、個人的なことなら頼みにくいけれど、周りのためなら言えた。

「いや、僕はミステリは全然書けない……じゃなくて。ちょっと待ってくださいね」


 その場でぐるぐると歩き回ること数秒、希和はパンと手を叩いた。

「決めました、歌声探偵でいきましょう」


 希和が提案したのは、「歌声を聴けば人が嘘をついているか分かる」能力を持つ探偵の話だ。トリックを考える必要もないし、推理シーンなのに歌ってばかりというシュールさも出せる。


「つまり、探偵と、被害者と、犯人と、suspect……容疑者、が必要なんですね。要望のある人は?」

 ジェフさんが聞くと、真銀さんが真っ先に手を挙げる。

「犯人やらせてください」

「悪役、いいんですか?」

 希和が意外そうに訊く。

「だってドラマで大物キャストがやるの、犯人じゃない?」

「なるほど、警察方の偉い人な気もしますけど……」


 ジェフさんと香永は「歌わされる役がいい」と容疑者を希望、私と希和が残る。

「どうしよっか、詩葉うたはさんが探偵やるの盛り上がると思うけど」

「それだとまれくんが死体でしょ? まれくん、毎回なんか可哀想な役だし」

 今年の体育祭では、見せ場のためとはいえ陽向の踏み台になっていた。去年のリレーでだって、置いていかれて転ぶ役だったのだ。


「よし、ジャンケン。勝った方が探偵で」

 希和の言う方法で、私が探偵になってしまった。体育祭から主役続きではあるが、張り切ってやるしかない。


 シナリオを考えて何度か練習し、いざ本番。私たちはトップバッターだった。

「それでは演目をお願いします!」

 和可奈わかなさんの振りを受けた私は、真銀さんが考えたタイトルを叫ぶ。


「それではご覧ください、推理熱唱シンフォニア!」

 何人かが爆笑していた、元ネタもそれなりに人気らしい。


*


 ジェフさん、真銀さん、香永が神妙な顔をして並ぶ中、私は咳払いをして語りかける。


「……さて、雪坂家のご遺族の皆さん、お揃いですね。

 これより、あなたがたのお父様、希乃介まれのすけ氏が急死された事件の真相を究明します」

 幽霊の手真似をした希和が現れ、子供たちを見回す。

「コォォ、コォォ……アイ・アム・ユア・ファーザー」


 ギャラリーから松垣先生が「ノーーー!」と返していた、何か伝わったらしい。構わず探偵は説明を続ける。

「まずは状況をおさらいしましょう。希乃介氏が亡くなられた日、お昼過ぎでしたね」

 私の語りに合わせ、希乃介(希和)をはじめとする一家の面々が事件を再現する。

「希乃介氏はコーヒーマシンを操作し、出来上がったコーヒーを飲んでからしばらくすると」


 希和がフラフラとしはじめる。

「あれ、なんだ……急に眠い、眠いぞ」

「希乃介氏はベッドで眠ることにしました」

 希和が親指を立てながら「アイル・ビー・バック」と言い残す。

「数時間後、長女の香永さんが様子を見にいくと、ベッドで亡くなっていました」


 希和は親指を立てながら、膝から崩れ落ちて倒れる。表情を保たなくていいよう、顔を隠す格好だ。


「飯田希和さんクランクアップです、お疲れ様でした!」

 和可奈さんのヤジに拍手が湧く……亡くなったのにこの扱いでいいんだろうか、まあいいや。探偵は話を進めなければ。


「警察の現場検証の結果、コーヒーマシン内部からは、希乃介氏が処方されていた睡眠薬の成分が大量に見つかりました、これが死因だと考えられます。コーヒーマシンは希乃介氏しか使わないこと、しかしその手入れは子供たちが担当していたことから」

 あきが「何そのクソ親父!」とヤジを入れる……むしろ希和は雑用を押しつけられる側なのだが、お芝居だしいいや。


「皆さん、三人の子供のうち誰かが、マシンに薬を混入させたのではと考えられました。しかしその様子を誰も確認しておらず、日常的に分担がされていたため、犯人の特定はできず警察もお手上げ……というのがこれまでの流れですね」

 鈴海すずうみさんが「ナイス長台詞!」と叫び、また拍手。こういうノリで行くなら、私も張り切っていこう。


「そこでこの歌声探偵、大江戸川おおえどがわウタハの出番です!」

 ビシッとポーズ。陽向が即座に同じポーズを返してくれた、可愛い。

 香永が扉を開くゼスチャーと共に「バタン!」と唱える、これで場面転換だと伝わるから国民的アニメは偉大だ。


「それで、歌声探偵さんはどう事件を解決してくれるんですか?」

 ジェフに訊ねられ、私は歌うように答える。比喩でなく実際に節がついている。

「こうやって〜、喋る言葉を〜、歌に〜するんです〜!

 す・る・と~、嘘か本当か~、分か~るのです!」


 メロは即興である、不自然極まりないがここなら恥も捨てられる……確かに私向きの役かもしれない。

 口々に反発する三人の子供を押し切り、探偵は歌い続ける。


「それでは~、長女の~香永さん!」

 探偵への文句を並べていた香永は、名前を呼ばれた瞬間、豊かなビブラートを響かせる。

「は~~い!」

 ここからのメロは決めていた、去年の体育祭でも使った「運命」の冒頭である。

「あなたが~~、犯人ですか~~?」

「私は~違い、ま~~す!!」


 唐突な熱唱に笑いが起きる中、私は必死に笑いをこらえる。探偵は慎重に声を判断している、という体だ。


「ふむ……では、次に。長男の~、ジェフ・さ~ん!」

「OK, OK, O-O-K,」

 ジェフさんのはリズミカルにラップ調だ。

「あなたが~~、犯人ですか~~?」

「I'm not, I don't, I never do it」

「ふむ……なるほど、なるほど」


 最後は真銀さん。ここでも彼女は否認する予定、だったのだが。

「次女の~、智香子さん~」

「は、は、は、は~~い」

「あなたが~~、犯人ですか~~?」

「そ、う、で、す~~!!」


「なるほど、全員否認され……え?」

 段取りとの違いに気づいて固まる私を置いて、真銀さんは腕を広げて宣言する。


「そうです、私が殺人犯です」

「あの、ちょっと、真銀さん、」

「保険金が欲しかったんです。あと親父の部下に超イケメンいたので、お葬式であの人にもう一度会えると思って」

「真銀さん!?」

「このときを、ずっと、待っていた!!」


 輝かしい笑顔の真銀さん。推理劇をひっくり返すのがやりたくて犯人役やったんだろうなあ……ならば私も、さらにひっくり返して終わろう。場所の妙なテンションに引きずられ、判断力は斜め上に狂わされていた。


「犯人自白、事件解決、これにて一件落着!

 それでは来週も、み~てね~っと! じゃあね!」


 一方的に宣言し、私はギャラリーの間を駆け抜けて部屋の外へ出る。


「はあ、ちょっと、はあ?」

 希和の喚き声が後ろから聞こえる。

「死人が起きた」「ドーマンセーマン」「ゾンビじゃん」「頭撃て頭」「ペラペラソース!」などとヤジが飛び交っているのに我慢できず、廊下に出たところで笑い出す。立ってられずにしゃがみこむ、お腹も痛いし涙すら出てきた。


 しばらく笑い転げていると、香永と希和が迎えにきた。

「逸走エンドもいいけど、ラストはみんなで挨拶するよ」

「ごめんごめん……まれくん、あれで良かったの?」

「むしろこれが成功でしょ」

「ですよ、バカ受けだったじゃないですか」


 笑いを吞み込み、顔を上げ。少し迷ってから、香永の方に腕を伸ばして引き起こしてもらう。

「詩葉さん名演でしたよ」

「えへへ、香永ちゃんも名演! 後まれくんも、意外とウケてたじゃん」

「ね、元ネタに頼ったおかげだろうけど」

「まあまあ、考える活躍してたのは君だし……」


 意識して、希和の目を見る。

「楽しかったよ、まれくんのおかげ」

 喧噪の中だけど、確かに伝わったはずだ。

「……良かった、僕もだよ」


 その後、他のグループの劇を見ながら。

 結樹ゆきが、希和が、みんなが同じ場所で笑っているのを感じながら。


 すれ違いすぎたけど、隠すことも増えていくけれど。

 きっとこれからも、生きる場所が変わっても、私たちは友達で居られると思えた。

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