3-7 君と溶け合って、その先は?

 合唱部の二学期のメインイベント、信野のぶの大と合同でのゴスペルライブ。既存の海外ゴスペル曲をジェフさんがセレクトし、本編十曲、アンコール二曲を演奏することになった。


 ゴスペルでは一般的に、リードボーカルと合唱隊クワイヤのパートが分かれている。リードは基本的にジェフさんと和可奈わかなさんで担当することになっていたが、希望があれば合唱部員にも任せたい、という方針になった。

 チャンスがあれば踏み出す、今の部ではそんな空気が強まっていた。話し合いや先生の検討を経て、部員全員がどこかでリードを担当することになった。


 私と陽向ひなたは、アンコール二曲目の「Sing In The Sanctuary」のリードをペアで務める。曲のうちどれくらいを担当したいかジェフさんに聞かれ、思い切って「全部任せてください」と頼んだら快諾してくれた。原曲でのリードをなぞるよりも、部の雰囲気が活きるようなアレンジの方がいいと思ったのだ。


「だから私とヒナちゃんで、私たちらしさが出るハモり方とか煽りを考えてみたいなって」

「けど私、メロディー考えたりできないよ? ピアノは習ってたけど」

「うん、広げるのは私が中心でいいかなって。ヒナちゃん、覚えたメロディすぐに歌えるでしょ? いっぱい試すのには最高の機会だし、私たちの最高を聴かせたいからさ」

「なるほどね……うん、できそう、楽しみになってきた!」


 私の希望に、陽向は全力で乗ってくれた。自分からハードルを上げて、しかも他の人を巻き込んでいくなんて、前の私にはできなかっただろう。どんなときも私を信じて力を貸してくれる、そんな陽向とだからできる。


 リードボーカルは単に目立つだけじゃない。クワイヤのメロディーを導く、あるいは進んで場の士気を上げるような役割があるのだ。曲を聴きながら自然に浮かぶメロディーを主旋律として、三度や五度を基準にハモりを決めていく。声質からして、陽向より高い音域を私が担当するのが合いそうだったし、実際合う。


 考えて、練習して、録音して、その繰り返し。自分たちでも意外なくらい、順調に仕上がっていく。

 順調なぶん余裕を持って他のことへ取り組めばいい……ということも考えたけど。


「ねえヒナちゃん、もっと難しくしてみていい?」

 欲が出てきてしまう。もっと綺麗に、もっと熱烈に、歌えるビジョンが浮かんでしまう。

詩葉うたはさんがやりたいならどこまでもついてくよ、せっかくだしダンスもつけちゃう?」

「踊っちゃう?……踊っちゃおっか!」


 ダンスの得意なあきや和可奈さんにも相談して、振り付けを練っていく。二人一組、こんなにも通じ合う陽向とだからこそ映えるような、対になる振り付けを増やしていく。鏡を見ながら練習するうち、二人でいるのが似合うという喜びが止まらない。きっと陽向もそう思ってくれているのが、表情の節々から分かる。


 しかし練習ばかりに時間を費やす訳にもいかない、やはり本分は学業である。部活が乗りに乗っているとはいえ、テストはやってくるのだ。

 そこで私は、勉強でも陽向の力を借りることにした。陽向の成績は学年でトップレベル、教科によっては首位も珍しくない……という噂は、本人に確かめてもその通りだった。しかし陽向は家での練習も欠かさないし、父と分担して家事も回している。塾や家での勉強時間が格段に長いというわけでもない、むしろ私の方が長そうだった。


 つまり陽向は、学ぶ効率が凄まじく良い。それは勉強だけでなく、部活での練習からも分かる。その時間を全く無駄にしないからこそ、勉強と部活の両立が実現しているのだ。

 だから陽向の姿勢や習慣を教えてもらった。授業の聴き方、ノートの取り方、休み時間の過ごし方、家での宿題への取り組み方、寝る前の習慣や生理への対処法まで、徹底的に。

 陽向は「どうって言われても説明しにくいなあ……」と困り顔だったこともあるが、根気よく言葉にして教えてくれた。陽向を形作るのは弛まない努力で、本人にとっては努力ですらない当たり前なんだ、それを思い知った。


 環境のせい、もあるかもしれない。離れて暮らす母からも、一緒に暮らす父からも、陽向は絶大な信頼を得ているようだ。努力を肯定され続け、なりたい姿を応援され続けて、その結果が今かもしれない。

 けど、やっぱり、私は色んなことを無駄にしていたと思うのだ。こんな自分だから仕方ないと見切りをつけていたのは否定できないのだ。


 それでも、まだ間に合う、今なら私は変われる。

 陽向には追いつけなくても、結樹ゆきの真似はできなくても、強い自分になれる。まっすぐに自分を肯定してくれる陽向がいるから、他への甘えを捨てられる。


 クラスの友達と接する時間を減らして、こまめな復習に充てた。彼女たちの話題に合わせてなんとなく見ていたテレビも辞めることにした。居心地は少し悪くなったけど、構わなかった。

 結樹や希和まれかずと雑談していた帰り道の時間も、授業で分からなかったところを訊くようにした。二人とも疲れた表情を隠せていなかったけど、応えてくれた。


 捨てて、削って、磨いていく。

 そのたびに、陽向との絆が深まっていると思えた、彼女からの信頼が固まっていくのを感じた。


 陽向が私の中心になって、私が強く変わっていく、そのたびに。

 陽向がいなくなったら、こうしてそばにいられなくなったら、私はひどい壊れ方をするのだろう、その不安が太っていく。


 友情と信頼だけじゃない、体だって陽向を求めていく。友愛だけじゃなく性愛だって、とっくに分かっている。女を愛する同士だと分かっているから、望みにブレーキも掛からない。抱きしめるだけじゃない、髪を撫でるだけじゃない、手をつなぐだけじゃない。唇も、胸も、性器も、触れたいし触れてほしい。夜ごと自分の肌に触れながら、その手が陽向だったら、触れる肌が陽向だったら、思い描いては昂揚するのだ。


 望みが鮮明になるたびに。本当に恋人どうしになった、その後が恐ろしくなる。

 付き合って、そのまま円満に続く例なんてそれほど多くない。ケンカ別れなり自然消滅なり、終わってしまうカップルの方が多いのは、周りの女子の話でなんとなく分かる。そのリスクは女同士だからって消える訳じゃないのも分かる。別れたら今の友情まで危うくなるのも分かる。


 それに恋人どうしになったら、誰かが同性愛に向ける否定的な声は、余計に痛く響くはずなのだ。今はまだ遠いものだと、自分には向いていないと距離を置けているけれど。

 そのとき私は、私たちを誇り通せるだろうか。私と陽向は愛し合う同士で、誰かの承認なんて関係ないと、言い切れるだろうか。陽向が貫ける愛を、私の怯懦で汚してしまわないだろうか。


 心は揺れたまま、テストを良い結果で乗り切り、部活の練習も順調に進む。

 まだ決めなくていいと、今の充実を優先していく。


 そして、大学生メンバーと合同での合宿がやってきた。

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