3-6 ダブルで挑戦、私を輝かせるもの
そう意気込んだはいいものの、ただでさえ未経験である演技を二人一役で、というのはそう上手くはいかない。そもそも桃太郎は主役、やることも多いのだ。
そこで私と
しかし陽向と校外で会えるのは素直に楽しみだ、それにお弁当も二人ぶん作ってきてくれるというから期待である。
体を動かすとはいえ学校の運動着では格好がつかない、動きやすくてそれなりに気に入っているTシャツとジャージで出かける。鏡を見るといつにもまして子供っぽくて少し落ち込んだが、今日はこれで仕方ない。
場所は広めの公園、晴れの休日ということもあって家族連れが目立った。
陽向を探すと、似ている背格好の女性がベンチに掛けているのは見つかった、のだが。
「……違くない?」
タンクトップにスキニーパンツ、上下ともバシッと黒。そしてサングラスである、雰囲気は明らかに高校生ではない。けど顔の輪郭や髪型は陽向だよなあ……と近づいていくと、彼女は顔を上げ、サングラスを外して笑う。やはり陽向、だったが。
「やっほー、
「よかったヒナちゃんだ、誰かと思ったよ!」
「サングラス? ナンパ避けにつけてるの、割と似合うでしょ?」
「似合う……ハリウッドの女優さんみたい。アクション映画の休憩中みたいな」
「あ、イメージまで分かってくれたんだ嬉しい」
隣に腰を下ろす。陽向は薄手のパーカーも持ってきているらしい、ちょっと安心した。
改めて陽向の装いを眺める。スキニーで際立つ足のラインも綺麗だけど、やはりタンクトップの威力は抜群だった。半袖の制服でもほとんど見かけない肩まわり、さらさらとして気持ちよさそうに見えてならない。けど急に撫でられたら嫌だよな、と思ったところで。
「詩葉さんがドキドキしてくれたら嬉しい、そんな気合も込めてたんだけどな」
陽向が近づいてきて、ねだるように見つめてくる。
「……腕、触っていい?」
「詩葉さんの手で触ってほしいの」
陽向の二の腕のあたりに掌で触れて、さすってみる。すごい、すべすべ感が極上だ。
「ふふ……詩葉さんの手、やっぱり気持ちいい」
そのまま陽向は、ぎゅっと抱きついてきた。服のせいか姿勢のせいか、身体の起伏が普段より分かってしまう。なんとなく察してたけど、メリハリの綺麗な上半身だ。
「可愛いでしょ、こういう私も」
陽向が囁く。自信たっぷりの口調が似合う、そういうところも私は好きだ。
「超可愛い、自慢の相棒です……けど私が霞んじゃうよ、これじゃ」
「詩葉さんだっていつでも最高に可愛いの、今日だって爽やかで眩しい」
お互いがレズビアンだと分かったうえで、遠慮なしの褒め合い。その好意が恋に結びつくと知っているからこそ、高揚も別格だった。やっぱり、同じ立場は嬉しい。
これ以上は暑いな、と思ったところで陽向が離れる。
「どう、元気でた?」
「でたね……もしかしてヒナちゃん、私が気分上がらないの察したの?」
「うん、体じゃなくてメンタルかなって思ったの。詩葉さん、何か嫌なことあったでしょ」
「そうなの~、昨日塾でちょっとね……けどいいの、今はヒナちゃんがいるから!」
陽向に心身の状態まで見抜かれているのだって、もう驚かなくなってきた。誇張でもなく、親よりずっと私を理解してくれている。
「じゃあ始めよっか、詩葉さん」
「うん、とりあえずストレッチしとこう!」
いくら仲良しとはいえ、学校では先輩後輩として過ごしているし、陽向も私への敬語は崩していない。しかし二人だけのときは年の差など気にせず、遠慮なしに接するのが自然になってきた。私もこの方が気持ちいい。
「よし……じゃあ詩葉さんに提案なんだけど、私の動きを真似てリズム覚えてみない?」
「見ながら合わせる前に、ね? うん、私もそれがいいと思ってた」
これまでは陽向の振り付けを横から見て、私がそれに合わせようとしていた。しかし激しい動きは拍にも合いにくいため、声とズレることが多かったのだ。
なら、私と陽向の感覚をすり合わせて、そこに声を乗せていこう、という方針である。
特にラストのアクションでは、この作戦が有効そうだった。
安全に演じきるため、振り付けや間合いは厳密に固まっている。陽向の振り付けを同時に真似し、ときには手をつないで走ったりして、体をリズムに慣らしていく。繰り返すうちに、本当に陽向と神経がつながっていくような、不思議な感覚が芽生えてきた。
しかし陽向の、決められた動きを何度も再現できる力は凄かった。本人は「けど新しいこと考えるの苦手なんだよね」とも言っていたけれど、合唱部で一番大事な力のひとつである。
やがて私が台詞担当に戻り、陽向と合わせての練習に。
「本番の声量でやってみていい? 周りの人が見てくるかもだけど」
「むしろそれが成功の証じゃない? 詩葉さんの声で振り向かせちゃえ」
設定上は叫び声だが、あまりに乱暴な叫びをマイクに入れると音割れになってしまう。先日にマイクでの声量テストも済ませた、あくまでも歌の延長としての声だ。
全力でいこう、周りは観客だと思い込む。
息を深く吸う、陽向が助走開始。
「はぁ――」二歩目でトーンを低く、「――ぁぁあっ」六歩目までで高めて音を切る、
「とうっ」跳躍、「らぁあ!」斬る!
狂いなく揃った、声の演技も完璧だ。
陽向と目を合わせ、成功の笑みを交わした――のはいいのだが。
「ねえ~~、いまの!! すごい!!」
甲高い声が近づいてきたと思ったら、幼稚園くらいの女の子がこちらに走ってきた。後ろからお母さんらしい女性も追いかけてきているが、女の子の方が早かった。私の目の前に来たので、腰を下ろして話を聞く。
「おねえちゃん、いまのやって!」
「今の……はあ、とうってヤツ?」
「うん! マコが、こうげきやるから!」
自分が技を出すから、私に掛け声をやってほしい、ということだろう。陽向とそういう遊びをしていたと解釈されたらしい。追いついてきたお母さんを、陽向が迎えていた。
「こらマコト! ……ごめんなさいね、急に娘が」
「いや、私たちは大丈夫ですよ……どうする詩葉さん、一緒に遊んでみる?」
この子に応えたい、と私が思っていたのが陽向にも分かったのだろう。お母さんに確認すると、恥ずかしそうながらも「じゃあ少しだけお願いします」と了承してくれた。女子ふたり、危ないようには見えなかったのだろう。
改めて女の子に向き合う。
「じゃあ一緒にあそぼっか、お名前は?」
「マコ!」
本名はお母さんの言っていたマコトちゃんなのだろうけれど、ここは本人を優先しよう。
「マコちゃんか~、私は詩葉っていいます」
「うた……ウタちゃん?」」
「そうそう、この子はヒナちゃん」
「こんにちは、マコちゃん」
「こんにちは! えっと、ヒナちゃんが、ウタちゃんの、おねえちゃん?」
「……よく分かったね~!」
「えっいいの詩葉さん?」
そこから、マコちゃんの「こうげき」なる謎の動き、に合わせて私が掛け声を入れ、陽向が応援するという遊びになった。元ネタは分からないが、ヒーローになりきるのが好きらしい。
私たちが合唱部だと伝えると、マコちゃんは「うたのおねえさん」を連想したようで、「これ、うたって!」と児童向け番組の曲をリクエストしてくる。共通して分かる曲をお母さんに探してもらい、陽向と一緒に即興のハモりまで入れて披露すると、すごく喜んでいた。
三十分くらい遊んだところで、マコちゃん親子は帰っていった。それなりに体力も消耗したはずなのに、私の方が元気をもらった気がする。
「楽しかったあ……詩葉さん、小さい子にモテモテじゃん」
「子供っぽくて親近感あるんじゃないかな、こういうときは得だけどさ」
「子供っぽいというか、純粋なんだよ詩葉さんは。まっすぐ今を楽しんでるのすぐ伝わるから」
「松垣先生にも言われたなあ、それ……じゃあさ、ヒナちゃんと一緒にいて楽しい、頼もしいって気持ちも、君に伝わってる?」
「伝わってるけど、もっとほしい」
「よくばり」
「いいじゃん」
一緒に笑って、体をくっつける。陽向と一緒にいるときが、一番自分を好きになれる。
「よしっと、練習再開しよっかヒナちゃん」
何度だって、今を越えた自分を目指せる。それは多分、合唱部に限った話じゃない。
*
そして体育祭当日。
「じゃあ詩葉さん、特訓の成果を叫びに乗せて」
「うん。かっこいいヒナちゃん、みんなに見せてあげて!」
待機場所で、特製の衣装をまとった陽向とエールを交わす。
スタートと同時に、陽向以外が持ち場へ散っていく。私たちボイス班は放送席近くへ行き、スタンドマイクの前に立つ。
まずは待機、各部活のスタートを見守る。リレー中は放送委員による実況も行われるため、合唱部はその合間に歌や台詞を入れさせてもらうのだ。恵まれた環境をセットしてもらった以上、できる最高を届けたい。
「よし、やるぞ」
アカペラの歌の中を桃太郎は進んでいき、仲間たちと出会う。希和が手がけた軽妙なやり取りが、二人一役で活き活きと形になっていく。
やっぱり私は、この時間が好きだ。ひとりひとりのらしさがあって、調和させるために努力を重ねて、作品として響いていく体験が大好きだ。人に向ける感情がどれだけ複雑になっても、根っこの歓びは変わらない。
マイクに声を入れる間、離れたトラックを進んでいく陽向。そのすぐ隣にいるような、むしろ同じ体を分け合っているような、不思議な感覚に私は包まれていた。
最後のボス戦。奏恵先輩が手がけた荘厳なコーラスアレンジに、会場の空気が変わる。二人ずつ五役の合唱部全員、協力してくれた演劇部の二人、そして客席の先生と先輩たちの力が重なるクライマックス。
その最後の一撃。頭を冷静に切り替え、マイクとの距離を確かめる。練習通りだ、再び役に入り込む。
息を吸う、気合いと共に駆け出す、跳び上がる、斬りつける――秋の空を裂いて会場じゅうに響いた声は、確かに私の喉から響いていた。
一気に汗が噴き出る、息を吸い直す。横から結樹の手が伸びて、私の前でグッドサインを作ってから、再び指揮を始める――よくやった、気を抜くな、だ。
歌が終わり、お辞儀の和音で締める。モーション班が怪我なくゴールしていき、次の部活に入れ替わったのを確認。
「お疲れ様でした、こっちで引き継ぎます!」
放送委員がやってきたので、お礼を言ってから場を離れる。緊張が解け、笑い出しそうなのを堪えていると、結樹に背中を叩かれた。
「お疲れ、よくやったじゃん」
結樹には珍しい、素直な賞賛。前の私だったら喜んで飛びついていったし、今でもそうしたい気持ちはある、けれど。
結樹の前に立つ、まっすぐに目を見る。出会ってからずっと、憧れ続けたあなたにだから、言いたい。
「格好よかったでしょ、私たち」
結樹は目を瞠ってから、ぷっと吹き出して。私の頭に手を置いて答えた。
「……うん、最高だったよ。だからもっと強くなれ、詩葉」
素直に、まっすぐに、嬉しかった。
恋した女性へのときめきでもなく、結ばれないであろう女性への切なさでもなく、苦楽を共にしてきた仲間と掴んだ誇りが、私の胸を満たしていた。
「――うん、だからずっとよろしくね、結樹!」
あなたへの恋が始まりだった、かもしれないけれど。
恋路の行き止まり、その先まで私は来られたよ。そこにだって、かけがえのない歓びはあったよ。
そんな私になれたのは、陽向がいたからだ。
歩く先、トラックから戻ってきた陽向が見える。
見えると、愛しさと誇らしさが一気に湧きあがってくる。
仲間として、友達として、恋しあう同士として、その全部が。
もう、大好きでたまらないんだ。
駆け出して、彼女の名前を呼ぶ。
思いっきり抱きついて、共演を讃え合いながら。
きっとこれから、もっと眩しい私たちに出会えるだろう、そんな予感で胸がいっぱいだった。
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