3-5 ダブルで挑戦、ヒーローは二人で一人
二学期が始まる頃、合唱部は二つのプロジェクトへ本格始動する。
一つ目、体育祭のクラブ対抗リレー。
リレーと言っても真剣勝負の競走ではない。各クラブの活動を自由に表現しながらトラックを一周する、というお楽しみ企画だ。小道具も人数も制限なし。バスケ部がボールをドリブルしたり、剣道部が竹刀を打ち合いながら移動したり、写真部はモデル撮影ごっこしてみたり、とにかく自由。しかしそれぞれの演目を邪魔しあわないように配慮する必要があるため、クラブ間の事前の調整や交渉こそが真剣勝負なんて言われていたりする。
そこで今年の合唱部が披露するのは「桃太郎」の音楽劇である。
扮装と振りつけを交えてレーンを回るモーション担当と、マイクを使って台詞や歌を担当すえうボイス担当、二人一役での演技。童謡の「桃太郎の歌」のアレンジ版をアカペラで歌いながら、合間に台詞を入れてストーリーにしていく。
二つ目、晴れて開催が決まったゴスペルライブ。企画名は
合唱部の投票では賛成多数、信野大でもバンドメンバーが集まったらしい。卒業生の和可奈さんも大学側から参戦し、ジェフさんと共に私たちをサポートしてくれるというから楽しみである。まずは
この二つが決まったとき、
「どっちでも、ペア組むときは二人でやらない?」と。
私もそれがベストだと考えていたので快諾。
新しい仲間との、そして陽向との、長い挑戦が始まった。
*
桃太郎リレーが決まった日の夜、私と陽向はすぐに相談を始めていた。
「動くのと声で演じるの、か……ヒナちゃんは、私はどっちが似合うと思う?」
「
私は私で、陽向の演技を見てみたかった。経験はないらしいけど、お芝居だってダンスだって格好いい予感がする。
「そっか、私も新しい声の出し方、探したいかも。だったら……ねえ、一緒にヒーロー役、やってみない?」
やるなら思い切りたい、自分の殻を破るなら二人でやれる今がチャンスだ。
「うん、やろう。ふたりで!」
「ほんと? 良かった、一度こういう格好いい役にもなってみたかったからさ」
そして次の練習日。役決めの話し合いで真っ先に、私たちは立候補。他の部員の後押しもあり、晴れて桃太郎役に決まった。
配役を元に、希和を中心に台詞を練っていく。曲のアレンジは結樹を通して
さらに今回は初めて、演劇部との共同作業になった。演劇部の部員が二人になってしまい、リレーに参加するよりは内容の近い合唱部に協力したい……と、あちらの部長の
桃太郎はトラックを周りながら動物たちと出会い、仲間にしていく――これは台詞で伝わればいい、あまり大きな心配はない。
しかし最後の、鬼との決戦は難所である。音声だけで伝える案もあったのだが、ここで退いては部の名が廃る……と、殺陣をやることになった。
ほぼ全員が初挑戦、しかも多くの部員にとっては苦手直撃のアクションである。
*
その日、歌唱パートの練習に区切りのついた私は、アクション練習に合流するべく中庭に来た。どの部活も謎に張り切っているようで、そこかしこでシュールな光景が見える。
中心には八宵が立って、合唱部員の練習を仕切っている。場を進めるのが上手いのは結樹と同じだが、八宵は飄々としたタイプだった。
「はい、じゃあ今のところ復習ね……まず陽向ちゃん、刀を振り下ろす角度を忘れないで。そうそれ、間違えると顔とかに当たって痛いから。後はもう少し振りかぶりの時間を長く……はいオッケー!」
陽向は桃太郎役ということで、紙筒にアルミ箔を巻いた「刀」を小道具にしている。殺陣は勿論、バトン回しのような曲芸も披露したいと陽向は言っていた……心配だが、今は彼女の努力を信じよう。宣言したことは絶対に曲げたくないタイプだ、彼女は。
八宵が次に指導したのは、鬼役の明。彼女も、紙筒やビニールで作った「金棒」を使う。
「で、藤ちゃんね。刀を受けるとき、足はそのままで。余裕でガードした感を出したい……そうそう。振り払いはさっきのでオッケー、陽向ちゃんが派手に転がるから強さは演出できてる。大事なのはその後の鬼の反撃、今のだとちょっとモッサリすぎるかな。動きをシンプルにするか、速くやるかのどっちかだけど、藤ちゃんどうしたい?」
明は昔はダンス教室に通っており、今も自主練習や筋トレを続けているらしい。アクションは格闘技というよりダンスに近いと、ボス役に立候補したのだ。
「武器をぐるんって回すのは外したくないんだよね、もっかいやる……せい、のっ!」
「それ!さすが藤ちゃんよ、この調子でゴーゴー!」
明は好き嫌いが激しいし、嫌いなことへの態度が露骨なのは気になるけれど、好きなことのためには努力を惜しまない人だ。そこは素直に尊敬している。
「じゃあラストの合体攻撃なんだけど……お、詩ちゃんも来た来た。付き合ってもらっていい?」
「いいよ〜、けどなに、合体?」
昔の特撮番組のシーンがおぼろげに浮かぶ、仲間たちに投げられたヒーローが敵へダイブする必殺技だ。当時の希和は真似をして頭を打った、とか聞いたような。
「雉の背に乗った桃太郎が、空中から鬼へ斬りかかる……つまり、
説明してくれたのは、演劇部一年の
「踏み台って……まれくん大丈夫? 女子がめっちゃ軽いとか勘違いしてない?」
「個人のはともかく統計はなんとなく分かるって、それにテストも済んでるよ。対策なしだと痛いけど、クッションになるものを背中に仕込んで、陽向さんがそこ踏んでくれればオッケーそう」
話す希和のむこうから、陽向がガッツポーズを送ってくる……二人は最近、不思議と仲が良くなってる気がする。内心は読めないけど、信頼しあっているのは嬉しい。
八宵が演技の説明を引き継ぐ。
「この振り付け自体も、それなりに意外性あって目は引くんだけどね。客席からだと小さくしか見えない……そこで詩ちゃんの出番。陽向ちゃんの動きに合わせて、気合いの発声をお願いしたい」
「気合い……えいっ、とうっ、みたいな?」
「そうそう。実演した方が早いね……陽向ちゃんいける?」
「はい、お願いします!」
陽向と明が小道具を携えて向かい合い、八宵が説明。
「本来は他のキャラもいるんだけど、まずは桃太郎と鬼だけでね……鬼が隙を見せたので、桃太郎は離れたところから突撃を開始、ジャンプして斬りかかるって流れ」
陽向が駆け出す瞬間、八宵は「はああっ」と叫ぶ。張りのある声が長く続く、流石は演劇部である。
続いて「とうっ」に合わせて陽向が跳び、「やあっ」で斬り下ろし、同時に明が後ろへ倒れ込む。
助走、跳躍、攻撃の三点を掛け声によって強調することで、決め技を演出しよう……という意図はすぐに分かった、成功すれば面白いだろうし、私の声が大事な要素なのも分かる。
けど、思わぬところで私の心はざわついていた。
八宵と陽向の息が合っていたことに、だ。そもそも八宵が陽向を指導して、陽向は演出通りに演技しただけで、どちらも良い仕事だ。けど、それが妙に似合ってしまったのが、悔しい。
これが陽向への執着のせいなのは分かる、となれば私がやるべきは決まっている。私がもっと陽向に似合えばいいんだ。
「格好いい! 私が八宵ちゃんの台詞をやればいいんだよね、責任重大だけど燃えてきたよ……」
「そうそう、詩ちゃんも気に入ってくれたようで良かった。結樹も自信ありそうだったのよ、詩葉にここを任せれば良い殺陣になるって」
「うそ、結樹が?」
「だよ、あいつはツンデレだから詩ちゃんには言ってないかもだけど」
本人はここにはいないが、八宵が嘘をつく理由もないし、希和も頷いている。私の前では言わないだけで、結樹は私のことを推してくれているらしい。
理由、もう一つ。
結樹と恋では結ばれなくたって、彼女にとって格好いい仲間でいられる、そう自分自身に証明する。その先が望み通りじゃなくたって、憧れて追いかけてきた日々は無駄にならない、無為になんかさせない。
「よし了解。柊詩葉、全力の叫びをお届けします!」
「そして月野陽向、渾身の一撃をお見せします!」
いつのまにか隣にいた陽向が、すぐに続けてくれた。直感のままに取ったポーズも同時。自然と息が合ってきた、これは成功しそうな気がする――じゃなくて、させるんだ、ふたりで!
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