3-4 守りたくて、近づけなくて

 部活が終わっての帰り道。結樹ゆき希和まれかずと三人で過ごす、久しぶりの時間。


 以前は私が話題を出す……というか、結樹に聞いてほしくてアレコレ話し出す、というのが定番だったが、今は気軽にできなくなっていた。だから他の二人が黙っていると何話せばいいか分からないな、と心配していたけれど。


 幸い、今日は結樹の不安を聞く回だった……いや、結樹からすれば幸いでもないんだけど。

春菜はるな香永かえも上手いから、アルトの心配はそんなにしてないんだけど。ただ、先輩に甘えてた分が誤魔化せなくなって、自分の下手さが分かりやすくなってる。

 後、奏恵かなえさんみたいに、一人一人の癖まで聞き分けて的確に指導できる人が、今は先生くらいしかいなさそうだから……私も目指そうとはしてるんだけど、思うようにいかないし」

 アルトパートの、そして全体の指導役にまつわる話である。本来、部長は運営面での仕切りを任される人なので、音楽面まで中心になる必要はない。ただ、昨年度にいた和可奈わかな先輩は両方こなす人だったので、結樹も理想を高く持ってしまうのだろう。


 前から考えていたことを、私は答える。

「先輩たちみたいには出来ないのは、仕方ないけど。お互いへの垣根が低い分、欠点を認め合って、補い合って、いいチームになれるんじゃないかな」

 今の体制の特徴は、下級生も積極的かつ実力派で、その良さを上級生も引き出せていることにあると思う。希和も同意見らしい。

「一方的に導けなくても、教え合えばいい……多分、三年の先輩たちだって、和可奈さんたちから引き継いだときは手探りだったはずだよ」


 結樹は息を吐き出す。リラックスしたのか、苦笑したのか。

詩葉うたは飯田いいだも、たまに頼るけどさ……二人同時に励まされるっての、これはこれで妙だな」

「結樹さんだって等身大の高校生なんだから、もっと詩葉お姉ちゃんに頼ってもいいんでは」

 詩葉お姉ちゃん、という妙な呼称に、結樹はげんなりと眉をしかめる。

「飯田がその言い方するの、絶妙に気味が悪いな」

「まれくんの所為で台無しだよ!」

 私からも突っ込みを入れると、希和は間延びした声で「ごめんなさい」と返す。滑稽なオチに満足したのか、結樹の顔も和らいでいて気がした。

 また友達の距離に戻れるようにと、希和なりに気を遣ったパスなのだろう。あんまり面白くはないが、気持ちは嬉しかった。


 とはいえ、真剣な話であったのも確かで。私にとっても、放っておきたくない話だった。

「けどさ。誰か一人が秀でてなくても、お互いを受け入れて、みんなで高め合って補い合って、というのは私たちの根っこになるだろうから……それでも、結樹にしかできないことって沢山あるから。最後まで一緒に歌うためにも、困ったら頼ってね、本当に」

 想いを受け取ってくれたのだろう、結樹は微笑んでから手をかざし、私の髪を撫でた。

 本当は、もっと触ってほしい――その感情は今も湧いて、痛いくらいだけど。

 友達として、仲間として、大事に私と向き合っている。その想いが指先越しに伝わって、不思議と安心できた。

 

 とはいえ、結樹と目の前で接するのは、やはり緊張する。結樹が電車を下りると、自分でも意外なくらい力が抜けた。


「大丈夫。ちゃんと【親友】の空気だったよ」

 希和が言う、彼も私の内心を分かっているようだった。

「なら良かった……意識しちゃった後だと、ふたりきりより、まれくんと一緒の方が話しやすいや」

 その言葉が希和のプライドを折りかねないことも知っている、けど今はこうやって、友達という軸を通すしかない。

「それは何より。居ることが助けになるなら、いくらだって手伝うよ」

「うん。お願いします」


 目を閉じて、結樹が撫でたところに触れる。

 私が向けてきたのは恋で、それはもう叶わないとしても。一緒に部活で過ごして、目の前で話すと分かる。大切な友達、尊敬する仲間、それはもう揺らがない。卒業するまで、できるだけ同じ場所で過ごしたい。


「今でも。結樹さんのそばにいるのは、嬉しい?」

 希和が訊ねる。失恋を自覚した相手と一緒にいるのは辛くないかと心配しているのだろう。

「うん……自分を抑えなきゃって思うのは辛いけど。それでも、そばにいたい」

「結樹さんが、君の気持ちを受け入れてくれる可能性は」

「あると思うよ。けど、結樹が好きなのは男の人だって……他の色んな形を知った上でも、そうだって確信してるから。だから結樹の中の私は、友達で……結樹と同じ【好き】でいたい」

「手伝うよ。僕も君たちとは、ずっと友達でいたい」


 友達、でいたい。それを崩すつもりはない――希和がそれを明言してくれるなら、私も頼ろう。


 希和とも、あれからゆっくり話ができていなかった。電車を下りてすぐの公園に寄り道してもらうことにする。ゆっくり話したいときに、たびたび二人で来ている場所だ。

 まずは先日、私の動揺に付き合わせたことへのお礼から。

「改めて、だけど。この前は取り乱しちゃってごめんね」

「いや、動揺するのも無理はないし……結局、有効な対応ができたのは陽向さんだし」

「でも、あの瞬間、まれくんになら言えるって思えて……言えるって思った人が君だけで。それが支えになったのも、確かだから」

 自分は無力だ、なんて希和に思ってほしくはないのだ。


「……それは光栄に思っておくけど、さ。あれから、気持ちの整理はついた?」

「少しずつ、かな。ずっと、男の子に興味なかった……違うな、近づきたくないってばっか思ってたことに、やっと納得がいったし。後、ヒナちゃんにはこの悩みを相談できるんだって知ったのは、だいぶ助けになったかな。

 けど。いつか男の人と結婚して、子供を産んでって……お母さんたちが求めてるような娘になるのは、無理っぽいなと改めて気づいて。これから、どう納得してもらおうって……それか、どう自分を変えようってことは、怖いかな」


 陽向ひなたがあれだけ味方になってくれた、それは心強かったけれど。

 愛する女性と生きていくんだ、と周りに宣言できるほどの勇気は私にはない。

 ずっと子供ではいられないのも分かっているけれど、両親のことを無視できる訳でもないのだ。自分を偽った方が、という可能性はたびたび頭をよぎる。

 

 私の両親のことは、希和も少しは知っている。容易に動かせる人たちじゃないと、彼なりに感づいているはずだ。

「それじゃ何の解決にならないかもしれないけどさ。

 僕も陽向さんも、あるいは他の色んな人も。君がどんな人生を選ぼうと、君が君であるって一点だけで、肯定したいと思うから。ずっと、味方だから」


 希和なりの精一杯は、きっと本人にとっては力不足の極みなのだれど、嬉しいし心強い。

 その上で。今の私にできるのは、やっぱり、この関係を守ることだけだった。

 今の私にとってはこの間合いが近づける限界なんだと、突きつけながらも。それでも、感謝は本物なんだと、伝わりますように。


「ありがとう……君と友達になれて、良かったです」



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