1-6 悩みよりも、迷いよりも
勧誘期間が終わり、晴れて新体制のスタート日になった。
男子は雰囲気が対照的な二名。前も来ていた
そして女子は、なんだか凄かった……いや、男子もたぶん凄いのだが、それは後々探せばいい。
*
三年生は合同ホームルームで遅れるらしく、部長の
「あ、詩ちゃんお疲れ~、ところで犬派? 猫派?」
何やらペットの話になっていたらしく、先生に質問を振られた。
「先生こんにちは、そしていきなり世紀の難問を!?」
「難問って、定番ネタじゃん」
「どっちか選べだなんて辛いテーマを定番にしちゃいけないですよ~」
持論を述べていると、陽向に手を取られる。
「
「ええ……ただの優柔不断じゃないかなあ」
とはいえ、手をつないでニコリと笑われると突っ込みも消えていく。その様子を見ていた一年生・
「なんか陽向って……こう、忠犬タイプ?」
「そっか犬か……どうでしょう詩葉さん」
「私に聞くの!? けど確かに雰囲気あるかも……ほら、獲物は絶対に逃がさないぞって感じの猟犬みたいな」
その喩えに反抗したいのか、陽向は上目遣いですり寄ってきた――可愛いを乱発するな!
「犬っていえば香永ちゃんもでしょ、
松垣先生に言われ、一年生の幼馴染みコンビはじゃれ合う。
「そりゃまあ、こんなに美少女な沙由がご主人ですから? 寄ってくる悪い虫は食い殺さないと」
「もう香永、殺すとか簡単に言わないの……嬉しいけど」
アルトで合唱経験者の
ソプラノで合唱初心者の
「ちなみに私はどうなんですか、動物だと」
沙由が言うと、先生が「子猫!」と叫んでみんなが頷く。応えるように沙由が手で猫耳を作ると、上級生から悲鳴が上がっていた……みんな落ち着いて練習できるかな……
そこから、
「……だから私、生まれ変わったら結樹の飼い猫になりたいって言ったんだよね。そしたら結樹、私の目の前で猫じゃらしブンブンしはじめて」
「友達相手にすることじゃないな~って今では思ってるけどさ。全力で猫じゃらし追ってたのは詩葉だぞ」
「だって……だって!!」
くだらない思い出話に、新入生も交えてみんなが笑う。知り合って数日だけど、ずっと前から仲良かったような和やかさだ。
そうして場が温まってきたところで、三年生も到着。
「おっすお待たせ~、人がいっぱいだな!?」
高揚を隠さない陽子先輩。先輩が入ってきたところで、結樹が「よしっ」と手を叩き、みんなで立ち上がる。一瞬でスイッチが入る、この時間が私は好きだ。
「いや~……揃ったね、盛り上がってきたね!」
先生の楽しげな声に、陽子先輩も加わって賑やかに。
しかしまだ「先輩」が慣れないのか、
ちょんと小突いて、声をかける。
「楽しみだね、まれくん」
そして自分の頬を指で押し上げる、部でおなじみの「リラックスして歌いましょう」のサインだ。
「うん。改めて宜しくね、詩葉さん」
同じポーズが笑顔と共に帰ってきたところで、一安心。新たな門出だ、笑って始めたい。
全員が集まったところで、松垣先生が切り出す。
「じゃあ陽子ちゃん、部長として一言」
「オレですか、あーっと考えてなかったんでまとまらないかもなんですが」
しばし唸りつつ、それでもビシッとまとめてくるのが陽子だ。
「よーし、じゃあ円になりましょう」
みんなが並び直したところで、陽子先輩は喋りだす。
「まずは一年生のみんな。合唱部を選んでくれてありがとう。ここに来てくれたことの後悔はさせません、だから君たちも後悔しないように、自分の精一杯で取り組んでほしいです」
まっすぐな声色に、頷く一年生。
「次に二年生へ。一年前のみんなより、ずっと大きく強くなってるから。こんな私たちについて来てくれてありがとう、大好きです。けど、安心してバトンを渡すにはまだ不安なんだ。私たちが終わるまでに、もっと強くなった君たちを見せてほしい」
大きな愛と、正直な懸念――絶対に強くなります、想いを込めて頷く。
「三年生へ。お前らとだったら、先輩たち越えられる気がするから。伸び伸びとやろう、けどワガママは抑えていこうな……それと。残ってくれて、ありがとう」
「お前もな」
すぐに答えた副部長・
「最後に、松垣先生」
「はいよっ」
「正直まだ、先生のことは分からないことだらけです。けど、先生が音楽に向けてきた時間と愛の深さは、しっかり感じているつもりです。全力でついて行きますので、宜しくお願いします」
「私も、先生になるのが初めてで、自分自身で分からないことだらけなんだ。けど、真心こめて君たちと向き合います。宜しくね」
先生、先輩、同期、後輩。
みんな、本当に素敵な人たちだと、心から思える――同時に、その輝きが壊れてしまうのも、確かに怖い。
好きだけじゃ、楽しいだけじゃどうしようもないこともある。それぞれ、人に言いにくい悩みを抱えていることも分かる。
それでも今は、このときめきを信じたい。ここでなら、信じられる。
「それじゃあ、王道のヤツで始めましょうか」
陽子先輩は一歩踏み出して、開いた手を円の中心へと伸ばした。
「まあ、せっかくだし?」
向かいにいた中村先輩が真っ先に続き、陽子先輩の手の甲に掌を合わせる。
ひとりひとり、一歩踏み出して、手を重ねていく。大きさ、硬さ、色合い、触れてきたもの、触れたいもの、全部が違うけれど、同じ夢を紡ごうとする手だ。
最後に、松垣先生が手を重ねて。
「じゃあ……行くぞ、おー、で」
陽子先輩の確認に、みんなで頷いて。
「この手で、この声で、この心で。最高の歴史を創りましょう――行くぞ!!」
応えて叫んだ響きが、忘れられない思い出の新しいページになる。あんなに楽しかったこれまでの続きは、もっと眩しいと信じさせてくれる。
悩んでいる暇なんてない、迷うのは後でいい。
今、ここ、大好きな人たちと歌う。それが全てだ、私の意味だ。
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