1-6 悩みよりも、迷いよりも

 陽向ひなたが訪れた初日に続き、何人もの見学者が部活を訪れ。

 勧誘期間が終わり、晴れて新体制のスタート日になった。


 男子は雰囲気が対照的な二名。前も来ていた清水しみずと、経験者だという福坂ふくさか。雰囲気は対照的だったが、男声メンバーの中で上手く馴染んでいけそうな気配はしていた。私が積極的に関わるのは、コンクール後からだろう。


 そして女子は、なんだか凄かった……いや、男子もたぶん凄いのだが、それは後々探せばいい。



 三年生は合同ホームルームで遅れるらしく、部長の陽子ようこからは「とりあえず喋っていいよ」という連絡が来ていた。それに合わせ、松垣まつがき先生もまったりモードで新入生と喋っている。こういうときは近所のお姉さんといった感覚なのに、練習になるとまさにプロ、そんな先生だ。


「あ、詩ちゃんお疲れ~、ところで犬派? 猫派?」

 何やらペットの話になっていたらしく、先生に質問を振られた。

「先生こんにちは、そしていきなり世紀の難問を!?」

「難問って、定番ネタじゃん」

「どっちか選べだなんて辛いテーマを定番にしちゃいけないですよ~」


 持論を述べていると、陽向に手を取られる。

詩葉うたはさんの優しすぎるところ、私は応援してますよ」

「ええ……ただの優柔不断じゃないかなあ」

 とはいえ、手をつないでニコリと笑われると突っ込みも消えていく。その様子を見ていた一年生・香永かえが呟く。


「なんか陽向って……こう、忠犬タイプ?」

「そっか犬か……どうでしょう詩葉さん」

「私に聞くの!? けど確かに雰囲気あるかも……ほら、獲物は絶対に逃がさないぞって感じの猟犬みたいな」

 その喩えに反抗したいのか、陽向は上目遣いですり寄ってきた――可愛いを乱発するな!


「犬っていえば香永ちゃんもでしょ、沙由さゆちゃんの番犬」

 松垣先生に言われ、一年生の幼馴染みコンビはじゃれ合う。

「そりゃまあ、こんなに美少女な沙由がご主人ですから? 寄ってくる悪い虫は食い殺さないと」

「もう香永、殺すとか簡単に言わないの……嬉しいけど」


 アルトで合唱経験者の倉名くらな香永。体格がよくガッシリした、柔道着が似合いそうな子だ。実際に柔道もやっていたらしく、沙由曰く「体育の時間は女子みんなのヒーロー」とのことだ。豪快そうな雰囲気ながらも先輩への敬意はバッチリで、気さくな人当たりには好感しかなかった。エスコートしてほしい……ちなみに去年までいた倉名栄太先輩の妹でもある、お兄さんとは正反対だ。

 ソプラノで合唱初心者のうるし沙由。とにかく可愛い、アイドルのようなくっきりした目鼻立ちの、お人形のような美少女である。見学に来たときは舞い上がってしまった……しかし引っ込みがちな所もあり、そんな自分を変えたいからこそ香永と共に合唱部に来たという。可愛い可愛いとあまり騒がれても困るだろうし、はしゃぎすぎないよう気をつけよう……けどやっぱり、近くにいるだけで嬉しくなるような子だ。


「ちなみに私はどうなんですか、動物だと」

 沙由が言うと、先生が「子猫!」と叫んでみんなが頷く。応えるように沙由が手で猫耳を作ると、上級生から悲鳴が上がっていた……みんな落ち着いて練習できるかな……


 そこから、結樹ゆきが飼っている猫の話になった。六郎ろくろうくんという黒猫で、小学校の頃からの付き合いだ。普段はクールな口調を崩さない結樹だが、飼い猫の話をするときだけは甘々だ。家に遊びにいったときに目撃した溺愛ぶりは、私の中学生時代で最も衝撃的なイベントの一つである。


「……だから私、生まれ変わったら結樹の飼い猫になりたいって言ったんだよね。そしたら結樹、私の目の前で猫じゃらしブンブンしはじめて」

「友達相手にすることじゃないな~って今では思ってるけどさ。全力で猫じゃらし追ってたのは詩葉だぞ」

「だって……だって!!」

 くだらない思い出話に、新入生も交えてみんなが笑う。知り合って数日だけど、ずっと前から仲良かったような和やかさだ。


 そうして場が温まってきたところで、三年生も到着。

「おっすお待たせ~、人がいっぱいだな!?」

 高揚を隠さない陽子先輩。先輩が入ってきたところで、結樹が「よしっ」と手を叩き、みんなで立ち上がる。一瞬でスイッチが入る、この時間が私は好きだ。


「いや~……揃ったね、盛り上がってきたね!」

 先生の楽しげな声に、陽子先輩も加わって賑やかに。


 しかしまだ「先輩」が慣れないのか、希和まれかずは固い表情をしていた。さっきは一人で一年生男子コンビと話していたし、緊張しているのかもしれない。

 ちょんと小突いて、声をかける。

「楽しみだね、まれくん」

 そして自分の頬を指で押し上げる、部でおなじみの「リラックスして歌いましょう」のサインだ。

「うん。改めて宜しくね、詩葉さん」

 同じポーズが笑顔と共に帰ってきたところで、一安心。新たな門出だ、笑って始めたい。


 全員が集まったところで、松垣先生が切り出す。

「じゃあ陽子ちゃん、部長として一言」

「オレですか、あーっと考えてなかったんでまとまらないかもなんですが」

 しばし唸りつつ、それでもビシッとまとめてくるのが陽子だ。

「よーし、じゃあ円になりましょう」

 みんなが並び直したところで、陽子先輩は喋りだす。


「まずは一年生のみんな。合唱部を選んでくれてありがとう。ここに来てくれたことの後悔はさせません、だから君たちも後悔しないように、自分の精一杯で取り組んでほしいです」

 まっすぐな声色に、頷く一年生。

「次に二年生へ。一年前のみんなより、ずっと大きく強くなってるから。こんな私たちについて来てくれてありがとう、大好きです。けど、安心してバトンを渡すにはまだ不安なんだ。私たちが終わるまでに、もっと強くなった君たちを見せてほしい」

 大きな愛と、正直な懸念――絶対に強くなります、想いを込めて頷く。

「三年生へ。お前らとだったら、先輩たち越えられる気がするから。伸び伸びとやろう、けどワガママは抑えていこうな……それと。残ってくれて、ありがとう」

「お前もな」

 すぐに答えた副部長・中村なかむら先輩に続いて、それぞれが思い思いに返事を表す。


「最後に、松垣先生」

「はいよっ」

「正直まだ、先生のことは分からないことだらけです。けど、先生が音楽に向けてきた時間と愛の深さは、しっかり感じているつもりです。全力でついて行きますので、宜しくお願いします」

「私も、先生になるのが初めてで、自分自身で分からないことだらけなんだ。けど、真心こめて君たちと向き合います。宜しくね」


 先生、先輩、同期、後輩。

 みんな、本当に素敵な人たちだと、心から思える――同時に、その輝きが壊れてしまうのも、確かに怖い。

 好きだけじゃ、楽しいだけじゃどうしようもないこともある。それぞれ、人に言いにくい悩みを抱えていることも分かる。


 それでも今は、このときめきを信じたい。ここでなら、信じられる。


「それじゃあ、王道のヤツで始めましょうか」

 陽子先輩は一歩踏み出して、開いた手を円の中心へと伸ばした。

「まあ、せっかくだし?」

 向かいにいた中村先輩が真っ先に続き、陽子先輩の手の甲に掌を合わせる。

 

ひとりひとり、一歩踏み出して、手を重ねていく。大きさ、硬さ、色合い、触れてきたもの、触れたいもの、全部が違うけれど、同じ夢を紡ごうとする手だ。

 最後に、松垣先生が手を重ねて。


「じゃあ……行くぞ、おー、で」

 陽子先輩の確認に、みんなで頷いて。


「この手で、この声で、この心で。最高の歴史を創りましょう――行くぞ!!」


 応えて叫んだ響きが、忘れられない思い出の新しいページになる。あんなに楽しかったこれまでの続きは、もっと眩しいと信じさせてくれる。


 悩んでいる暇なんてない、迷うのは後でいい。


 今、ここ、大好きな人たちと歌う。それが全てだ、私の意味だ。

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