1-5 プロローグは、ときめきだらけ
久しぶりに対面することに、ドキドキしていた。
描いていた願いが現実になることに、緊張していた。
あの子が期待したような先輩になれているのか、不安すらあったけど。
「お久しぶりです、先輩」
その声に、眼差しに、また会えて。何より強く胸に巡ったのは喜びだった、ときめきだった。
「――うん、久しぶり!」
躊躇う理由だっていくつもあったけれど。
会いたかった、喋りたかった、触れたかった!
人生丸ごと照らしてくれるような、純粋で鮮烈な好意を向けてくれる彼女に、会いたかった!
引っ張られるように彼女の元へ歩み、手を伸ばし――これじゃ突然すぎると、思い直して手を止めた、けど。
応えるように、彼女も手を伸ばしてくれた。手を取り合って、掌を重ねて――柔らかくて熱い温度が交差して。
「はじめまして、
つきの、ひなた。ひなたちゃん――綺麗な名前だ、あなたの美しい熱さによく似合う。
興奮に舌がもつれないよう、ゆっくりと名前を告げる。
「はじめまして、
「うたはさん、」
陽向は確かめるように唱えてから、私の手を両手で包んでくれた。
「約束通り、やってきましたよ。今日からは仲間ですね、よろしくお願いします」
凜とした笑顔に、心を打たれて。
「うん、うん……ありがとう陽向ちゃん……」
気の利いたことも言えない私は、ただ陽向と見つめ合っていた。
「……あの、僕もああいう感じで入部宣言するの期待されてます?」
「いや全然、僕もめっちゃビックリしてる……とりあえずお話しようか」
隣で、もう一人の一年生が
*
それから陽向には発声練習を体験してもらいながら、活動について知ってもらった。もう一人の一年生、
少しの時間でも分かったことだが、陽向は相当に筋がいい。合唱は授業でしか経験していないらしいが、コツを掴むとすぐに発声を変えられていた。私の判断だけなら贔屓目だったかもしれないが、先輩たちだって驚いていたのだ。
それにしても、陽向は全く物怖じしない。受け答えには淀みがなく、目線がさまよったり余計な身じろぎを見せたりもしない。姿勢の良さは歌にも密接に関わってくるのでこの点も有望だったし、素直に格好いい。
背丈は私より少し高いくらいの、女子の平均的な体格だが、陽向は見かけよりずっと逞しい気配を醸していた。それでいて笑うと愛らしさ満点なのでズルい、私の記憶で美化されていたよりも可愛いじゃんか。
ちなみに清水くんの対応は男子部員に任せていたが、楽しんでいたらしかった。なんだか希和と同じ匂いのする子だったし、入ってくれれば彼も助かるだろう。
コンクール発表曲の通しを聴いてもらってから、新入生には帰ってもらうことにした。初日から遅くしても悪いし、上級生だけでみっちり練習する時間も必要だからだ。
「……けど、私はもう入部決めてますよ?」
とはいえ、陽向はすぐにでも練習したいようだった。彼女の溢れる熱意が怖いのか、隣では清水くんが顔を引きつらせている。
「気持ちは嬉しいけど、やっぱり始まりは揃えたいからね……私もヒナちゃんと歌えるの楽しみだから、一緒に待とう?」
そう私が説明すると、陽向は納得したらしい。丁寧な挨拶を残し、音楽室を去っていった。またすぐに会える、分かっていてもやはり寂しい。
「じゃあみんなも休憩ね、五分後から始めるよ~」
廊下を小走りに、陽向たちの後を追う。ゆっくり歩いていた二人にはすぐ追いついた。
「ヒナちゃん!」
「詩葉さん? 何か忘れ物ありましたか?」」
「じゃなくて……えっとね、」
自分のしようとしていることが流石に恥ずかしく思えてきて、言葉に詰まってる。
「……あの、僕は先に行ってるんで……じゃ、お疲れ様で~す」
何かを感じ取ったらしい清水が立ち去ってくれた。確かに、その方がありがたい。
「えっとね、ヒナちゃんにお願いがあって」
「はい、なんですか?」
「……ぎゅって、してもいい?」
「……ハグですか?」
「うん」
陽向は顔を覆ってうつむく……やっぱり笑われただろうか。
「もう……詩葉さん、初日から可愛すぎますよ。はい、どうぞ」
照れたように頬を紅くしつつ、陽向は両手を広げてくれた。
歩み寄って、少し遠慮しつつ背中に腕を回すと。思い切り抱きしめ返された。
陽向のミディアムショートの髪が、甘く頬をくすぐる。
「……私ね。ヒナちゃんに会えて、すごく嬉しい。ヒナちゃんが引いちゃうくらい、会いたかったし、大好きなんだよ」
去年、陽向と会ったこと。夢だったようにも思えて、何度も希和に確かめてきた。今だって、あのときの少女が目の前にいるのが夢みたいだ。
「引いたりなんかしないですよ、絶対。私だって、あのステージに詩葉さんがいたから、あんなに感動したんです。行きたい世界が見つかったんです」
陽向の言葉が、深く胸へ沁みていく。嘘のない想いだと、理屈抜きで信じられる。ずっと、ずっと、こうして抱き合っていたい――けど今は部活の休憩中だ。ちゃんと練習して、陽向たちの見本にならなきゃいけないんだ。
「ここを選んでくれたこと。絶対、後悔させないから。楽しみにしてるね」
体を離して、小指を差し出す。陽向と指切りをして、今度こそ別れる。
音楽室に戻りながら、小声で唱える。
「頑張れ、詩葉。今が一番、チャンスだぞ」
*
「――って感じで、もうヤバイんだよヒナちゃんは!」
「ねえ、傍から見てても運命かよって感じだった。ふたりの世界を作りすぎだよ、詩葉さんたち」
帰り道、電車の中。陽向との時間がいかに衝撃だったかを、私は希和に熱弁していた。結樹と三人でいるときも話そうとしたのだが、あからさまに結樹が呆れムードだったので途中で止めた。それに、結樹の前で他の女子を褒めまくるのは、ちょっと気が引ける。
「……まあ、テンションは落ち着けてほしいけどさ。ほんとに良かったよ、月野さんが来てくれて。君だけじゃなく、みんなが励まされてるの感じたし」
希和は、私の話がどんなに散らかっても、着地点らしきものを探してくれるのだ。突っ込まれることはあっても最後まで聞いてくれるので、私も思うままに喋れる。結樹は段々と対応が雑になっていくし、たまに本気で睨まれるのだ。
……とはいえ、さすがに私ばかり喋りすぎた。彼の聞き上手に甘えすぎだ。
「そうそう、あの男の子……清水くんだっけ、どんな感じだった? 私、直接は話してなくて」
「技術的に向いてるかは未知だけど、性格は僕にとってベストかなあ……騒がしいようで空気読めるタイプ。初心者だけど雰囲気に憧れて来たって子。最初から上手くてガンガンいく真田先輩みたいな人が後輩だったら、部にはありがたいけど僕は死んじゃうし」
「なんまんだぶ、なんまんだぶ」
「楽しそうに悼まれても困る」
「まあ、まれくんだけで対応する訳じゃないし。男声が少ないままなら、私たちもフォローするからさ。あんまり心配することないよ」
やっぱり、この距離だ。部活のこと、大事な誰かのこと、それらを分かち合えるから彼との時間は楽しい。私が好きに喋って、彼が受け止めながら広げてくれる、それがいい。
その先に恋愛があるかなんて、今は考えることない。
考えるべきは、一緒に創る音楽だ、一緒に歌う仲間だ。
「頑張ろうね~まれくん!」
「うん、また宜しくね」
今日は晴れた気分で彼と別れ、浮かぶような足取りで家へと向かう。練習しているフレーズが鼻から漏れて、段々と新しいメロディーに変わっていく。歌い続けていると、こんなハモり方もアリかな、なんて素人考えで遊んでしまうのだ。
きっと素敵な出会いだらけの合唱部二年目は、まだ始まったばかり。
西日にすら祝福されている、そんな気分の帰路だった。
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