献上屋

@OM-R2

第1話

「・・・」

僕は広大な草原に無防備にも寝そべって空空漠漠とした空を見ていた。

ここら辺は特に獣の類いは一切姿を表さない。猛獣も然り。

なのにも関わらず母上は毎日毎日、

「寝そべってはなりません。腸を獲られますよ」

と口酸っぱく言ってくる。僕もそろそろ17歳が近いのだ。いい加減、子供騙しな迷信もそろそろやめてもらいたい。耳にタコができてそのまま爛れ落ちてしまいそうだ。

最近じゃ、家に帰宅するのことすら億劫になってきている。

このままではまずいなとは薄々思えども、性根は心理には実に忠実。体の制御が利かない。

主はこの僕のはずなのに。

「・・・」

空を優雅に飛ぶ白い鳥を目で追う。

誰から聞いたのか、鳩とは平和の象徴でノアの箱船から初めての世に放たれたのがそれだったらしい。

つまり世界は少なくとも晴天の下に鳩が駆けている間は平和ということだ。

しかし、それはもしかすると僕の達観に過ぎないのかもしれない。

実際、僕はこの大きな丸太で造られた塀に隔たれたこの集落から出たことはない。つまり世界を知らない。

つまり世界の実態を知らない。

それに、実際、僕の心は平和でない。

僕みたいな心がこんな有り様になっていて尚且つ、収集のつかないくらい性格の悪い奴がいたとしたら。その集落はどうなってしまうのだろう。

しかも、そんな奴がそでない人を蝕むほどにいたとなればその集落は「平和」と呼ぶには程遠い。

もし彼が言ったように、本当に世界が広いのであれば

そんな所が一つや二つ、あっても不思議ではない。

そう考えれば僕は生まれながらに運が良いのかもしれない。しかし、今僕はそれを揶揄している。

何故なのだろうか。

「・・・」

拳が独りでに力む。

不快。奥には憤りがあるとさえ感じる。

今自分が何に向かって怒っていて、今自分が何に向かって睨み付けているのか全くもって分からない。

それが不快。にして、不甲斐ない。

両方から引っ張られているこの感覚は一体どうすれば徐縛できるのだろうか。

「・・・何だよ」

こちらに近寄ってくる足音には前々から気づいていたが無視をしていた人に、いい加減気づいてやることにした。

扱いがひどいとな?

何分、癪に障る存在だもんで。

僕は不快満点の我ながらひねくれた眼差しを彼に向ける。

「ようやく気がついたね。いやね、独りでいるもんでどうしたのかなと」

「・・・ほっといてくれよ」

そこが癪に障るのだよ小僧。

彼は特に何も感じることがなかったかの様に、いつもの調子で能天気な口調で言った。

「まぁまぁそう言うなかれ。独りでは心細かろう?

どれっー」

「おぉい邪魔臭ぇよ」

彼はどっかりと僕の横零距離地点に腰を下ろした。

毎晩毎朝、川で洗礼を受けているのにこの臭さは以上だ。まぁ、僕も然りではあるが。

「そんな水臭いこと言うなよ。幼馴染みのなじみぞ?」

「お前・・・」

言葉選びには気を付けてもらいたいものだ全く。

そう。僕と彼はこんな言葉を交わせるだけの仲。

幼馴染みだ。

彼のことを負の対象として見えてしまうようになったのはここ最近のことだ。

知らず知らずの内にいつの間にかー

いやっ、本当は僕自信、大昔から彼のことは負の対象として認識していたのかもしれな。

 彼は俗に言う「万能型の人間」だ。昔からそうだ。

以前から練習をしていたわけでもないクセして、何でも一度目、一回目から見事にこなしてしまう。

何でも、だ。

建築にしたって、狩猟にしたって、罠作りにしたって

農業にしたって、釣りにしたって、伐採にしたって、

石器武器作りにしたって、育成にしたって。

僕はそんな彼に対して嫉妬心を抱いていた。

そんな僕ではあったが、これでも冷静に考えて黙っていた。

嫉妬心に振り回されて駆け替えのない存在を絶縁に追い込むようなマネは馬鹿の所業だと、特を得ないのだと、そう考えて、黙って彼の行く末を見守りながら僕は自分のすべきことをしていた。負担だったが、少なくとも悪い結果にはならなかろうとそう信じながら。

きっとそれが拍車になってしまったのだろう。

蓄積が重すぎたのだろう。自分にとって。

身の丈に合わぬ我慢だったのだろう。

いざひねくれてみればそれが投石のように大地から空へ撃を射すのだ。不快極まる。

そうして僕は今の形へまとまった。

本当に何も報われない最近だ。

故に僕は彼を忌み嫌う。

今までの鬱憤が赴くがままに。

報いがある彼を。

「ところで、ここで何しているんだい?」

彼は至って真摯な眼差しで僕に問う。

このまま自ら彼から距離を取ろうとすれば容易く、快くしただろうがそれによって彼から絶縁を申し込まれれば終いに僕はどうなってしまうか分からなかったために愚かな考えを頭を振って取り払い、いい加減素直に打ち明けることにした。

「休憩さ。人生の」

彼は日差しで干上がり、茶色と化した髪を揺らし、首を傾げる。

「休憩か。人生の」

「あぁ、少々疲れたのでね」

僕は胡座で開けていた両足の内、左足を立て、右腕で抱える。

「その割には汗も荒息も吹くてないじゃないか」

彼はそう言って太い木の枝を掘って作った真水の入った水筒を差し出してきた。

言葉こそ茶化したものだったが行動がそれと相反するそれだった。

これでは怒りが湧いてこず、僕自信、どんな反応をしたら良いか分からなくなるからやめてほしい。

「・・・」

丁度喉が乾いていたため、貰っておく。

僕が水を一口飲んだのを確認した彼は目を細め、再び語りかける。

「何か不満なことでも?」

僕は少し顔の角度を上げ、息を吸い込み、深く下げる。

多少長く伸びた前髪が目にかかり、彼の姿、顔が黒く澱む。僕は髪間からそんな黒澄んだ正体不明の化け物を睨む。

不満の権化が目の前にいて、不満が不満を問う。

腹立たしい。

それが正気の沙汰か?

気付いてんだろ?

何故、僕がここで独りで暇を持て余してるかー

何故、僕がこの頃気が立っているのかー

そもそも僕の気が立っていることー

何故、貴様に対して僕が冷たい態度をとるのかー

全て。

意味はない。

「あぁ、ちょっとな。なんだか、こう、悲観的に観えちまってな、全て」

「それは世界が?」

「世界もだが、人間も」

彼に向ける視線が力むのは極自然な流れだった。

依然、彼は怯みの動作一つ見せない。よくよく思い出せば彼は何事にも積極的で失敗を恐れない健気な奴だった。対して僕はその全てに対をなす。

これが彼と僕との典型的な差なのだろう。

「人付き合いがかい?」

図星を小突かれる。しかし、僕は特に何も考えずに返答する。

即答だ。

「違う。もっと小難しいこと」

人付き合いは不快と思えどもそれを手放す勇気は僕にはない。

俗に言う、僕は「へたれ」というモノだ。

しかし、ひねくれている僕から言わせればそれも一つの個性であり、アドバンテージだ。こうひねくれていれば別の意味で失うものはあるが同時に、別の意味で得るものもある。

例えば、こうひねくれていれば嫌なことは嫌とキツく言って終わりだし、何にせよ清々しくなる。

愚痴を暴言と比喩して独り静に、壮大に呟けば気持ちも晴れる。

さすがに因縁のある人の前では言わない。

自称するが、僕はひねくれてはいるが馬鹿ではない。

そこら辺の善悪はつく。

ただある程度、気持ちは表に露出してしまうため今の皆の僕に対する印象は

「感じの悪いいてもいなくてもどちらでもいい奴」

だろう。逆にその程度の印象で済んでいるだけ奇跡と崇めるべきだろう。

まぁ、真実は彼らのみ知ることなのだから。これは僕の単なる憶測、被害妄想にすぎない。

「色々あるんだねぇ、君にも。昔はあんなに腕白な少年だったのだけれど・・・、時間という概念は残酷だよね」

できれば僕自信も過去に捕らわれるような男にはなりたくはなかった。しかし、忘れてはいけない。

 「過去があって今があるんだと」

何故だかこの格言はいつまでも僕の肝に刻まれ続けている。誰に言われたのだが全く思い出せない。

時間とはやはり残酷だ。

「そうだね」

僕は軽く手を彼に振り、立ち上がる。

止めだ止め。これ以上、ネガティブな話を続けていると精神がどうにかなってしまいそうだ。

愚痴は吐いてなんぼだと思ってはいるが、さすがに長時間継続となってくると意味が違ってくる。

僕は人の相談事は聞くには聞くが、長時間もという訳ではない人間だ。そんな人間に長時間の物事は荷が重すぎる。

ちなみにそこの部分も彼と僕とでは対をなす。

そこも妬みだ。これに関してはまた次の機会に。

「どこ行くんだい?」

「散歩だよ」

心地よい風が僕を撫でる。

 さて、ここは僕の故郷の集落だ。特にこれと言って名前はない、人口300人前後の小さな集落だ。

これでもあっちこっち歩き回って、合併して、ようやく三桁人口の集落になったんだ。

と僕の父は言っていた。木の枝で作った申し訳程度の服で四季の移り変わりを凌ぐには少し無理があると勝手に思っていた僕は全く信じていなかったが、流石に長老直々に言われたのなら信じざるを得なかった。

僕は集落の南を見据える。あそこには比較的暖かい水温をした川が流れている。あそこで捕れる魚は肉が乗っていてとても美味しいのだ。

勿論、そんな魚を捕るには技術がいる。

そのために簡易性の学校がある。所謂、技術技能習得訓練をその学校で4年受ける。

低学年が1~2。高学年は3~4。と大まかに振り分けられている。別に年齢差別が魂胆に伏している訳ではない。健全たる正当な振り分けだ。

流石に差別で快楽を得ようとか思うほどこの集落は廃れちゃいない。僕や彼が皆が今までのここで伸び伸び暮らしてこれたのがその証明だ。

しかし、そんな自堕落な生活も今や終焉の日に晒されている。

何でも、この集落の教育方針は「独立」の二文字。

故にその教育方針に恥じないよう、卒業生はこの集落から破門、つまり独り立ちをするのだ。独り立ちや独立と言えど集団行動は項目上、一応入っているらしく、二人以上四人未満での「独立」は許可されている。そんな卒業の日が僕にも、僕たち同期にも迫ってきている。故に皆さん切羽詰まっているご様子。何と言っても、旅立ちまでに己の技能と己自信を最大限研磨させておかなければ今後、追い出された後生きてはいけないからだ。

「・・・頑張ってるな・・・」

僕は遠目から疲労を忘れて技能研磨に明け暮れる同期を見る。

ある者は建築を、

ある者は狩猟を、

ある者は罠作りを、

ある者は農業を、

ある者は釣りを、

ある者は伐採を、

ある者は石器武器作りを、

ある者は部下の育成を、

皆個々と今すべきことを切磋琢磨と励んでいる。

ちなみに今、僕は呑気にこうやってのうのうと草原で油を売っているが僕自信もあまり余裕がない。

自信はある。ただ何もしていないだけ。今は。

後でするってやつさ。

一応、皆のことも紹介しておくと同じ同期。

そして同じ人間と言う種族。補足で僕のことを口だけの能無しと思っている連中。以上。ここで一人一人、紹介していくのは少々酷だ。時間もかかるし。

簡単には説明すればこんな感じだ。ここで皆の僕に対する「口だけの能無し」という偏見が間違いではないなと思った人は夜道にお気を付けください。

見苦しいかもしれないが自分の口でハッキリ言うと僕は所謂、「戦闘」というものが得意で接近戦は勿論のこと、あらゆる物の投擲を始めとした中距離戦も、弓も槍も。要は僕は運動能力がいいのだ。

これに関しては常に最上位の成績を保っている。現在進行形で今までの僕に勝てた人はいない。

あの何でも屋な彼でさえ。

唯一彼に勝っているのが「戦闘」だ。父親が俗に言う

「戦闘狂」という者だったからきっとそれが遺伝したのだろう。

僕は近くに鎮座していた手のひらサイズの適当な石を右手に掴み。的を探す。

目線を西に110度程の方向の先に集中させる。

自慢ではないが目も良いのだ。目の前に写るは、僕を呑み込まんとするかの如くに聳え立つ断崖絶壁の断層。厳つい地層岩を剥き出しにして大きく口を開けているようにも見える。その割れ目の丁度中央に誰かが立てたであろう石の祠らしき物があった。この集落には奉る程の信仰を得ている何か凄い存在はいないため僕は祠擬きを的と見る。第一、僕の集落は他の地方の集落とは打って変わって純白な無神論集落なのだ。

僕は石に彼から受けた仕打ちの鬱憤と本気でない呪いと本気な怒りを込めて一歩踏み出す。

「最も、僕が勝手にイライラしているだけだがな」

そんな皮肉を込めたにやけ面を顔に刻み僕は力一杯

石を投擲する。

そう。僕が勝手にイライラしているだけだ。

 一瞬視界が大きく揺れ、次には微風に撫でられて揺れている草原で草々が視界一杯に写っていた。

一瞬自分が今まで何をやっていたか収集がつかなくなるが即座に僕は前を向く。

「・・・よし」

遥か先で石の祠が砕け散る瞬間が丁度映る。丁度真ん中から折れ曲がるように砕け散り、くずおれる様を見ると真ん中に直撃したのだろうと確信できる。

これが僕の特技。っの、氷山の一角。かと言って、僕も傲慢でも余裕でもいられない。切羽詰まっているのは僕も同じなのだ。

「・・・」

きっと彼に対する嫉妬と言う名の鬱憤が最近になって顕著になったのは卒業に当たっての多忙。それによる

ストレスかもしれない。っと漠然とした確信に触れた。

卒業は明後日。

僕は不可思議な感情を心に染めて、その場を後にした。

 帰りに近くの森へ入り、木の枝を何本か採取し、帰宅した。正直言って、夜の支度のために僕自信がお土産を持参して帰るなんてこと、自分でも珍しい。

縦穴式住居を風避けに建てられた藁の我が家はこれまで幾度か嵐に見舞われたが一度たりとも吹き飛ばされることのなかった不殺の家だ。きっと建築環境がいいのだろう。

建てられている場所は丸太の壁の中。つまり集落の領土内だ。

その中でも比較的地面の凹凸が険しい地帯に建てられている。両親は揃って土地勘が優れていたため、この整った土地を集落としようと言い出したらしい。

長老が言っていた。

つまり両親の立ち位置は、市長であるということだ。

そう考えれば両親は何処と無く凄いのだなと思えてくる。

結果的に僕は集落を今でも維持できる程の賢い頭こそ遺伝はしなかったものの土地勘は大いに遺伝したのだろう。

でなきゃ、迷子になったことがないと言えない。

ならば、僕のこの自慢の運動能力は誰の遺伝なのだろうか。

よくよく考えてみれば僕は僕のお爺さんの話を一切聞いたことがなかった。今晩にでも聞いてみようか。


僕は火起こしをしている父親にお土産の木の枝を渡す。

「おっ、珍しいな。お前が土産なんて」

「ふふっ」

反応に困った時はとりあえず笑っておく。正直言って

こうやって笑いを交わすのは久しぶりだ。大体、父親が一方的に笑いを取ろうと笑っているのが常だった。

思うことは父親も一緒だったみたいだ。

「おっ、珍しいな。お前が笑うなんて、何か良いことでもあったか?」

僕は鼻息混じりに言った。

「いや、特に何も」

特に何かあったわけではない。ー本当に

あったとして、それはほんの些細な気分転換でしかない。

誰に語るものではない。つもりもない。

父親は澄ました笑顔で僕にお帰りを促した。

「さぁ、直に日没。冷えぬ内に中へ入るが良い」

藁編みの布幕からは今日、父親が狩ってきたであろう獲物の煮詰めの香りが煙と共に野外に漂っていた。


「ただいま」

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