エピローグ

 無駄のない、遊びもない、ただ実直に振るい続けてきた剣。


 騎士の役目は決して敵を倒すことではない。

 主君を守る剣であり、盾そのものであり、それを体現するようなこの姿勢は――。


「本当によく似ている」

「え?」

「貴様の父、ビスマルク男爵を斬ったのはこの私だ、と言ったのだ」

「っ――⁉」


 シャルロットが動揺した瞬間、俺は一歩踏み込む。


 こうした狭い室内において、一瞬でも気が散ると致命的だ。

 俺が剣を振り下ろした瞬間、甲高い金属音が鳴り響く。


「受け止めただと?」

「はぁぁぁぁ!」


 俺を押し返すように、身体全体の体重を乗せてくる。

 魔術を一切使わない身体能力だけの勝負であっても、この身体のスペックは人外級。


 だがそれでも、完全に決まったと思った瞬間だったこともあり、俺の方が後退させられてしまった。


「……」

「ふぅぅぅぅぅ……」


 三歩分の距離を取りながらシャルロットを見ると、大きく息を吐きながら、険しい顔でこちらを睨んでくる。


 それは敵を見る目だ。


 ただ……親の敵を見る目とは違い、恨みの感情などは含まれていなかった。


「なぜ追撃してこなかった?」

「……」


 シャルロットは答えない。

 ただその場を動かず、先ほどと同じ構えでそこに佇む。


 一瞬、俺は彼女の背後に小さな少女の姿が見えた。


「なるほどな……く、くく、くはははは!」


 あまりにもおかしすぎて、つい笑ってしまった。


「リ、リオン様?」


 俺の豹変ぶりに仕掛け人であるドルチェ伯爵の方が戸惑い始めるが、仕方あるまい。


 シャルロットは今、剣の腕を見せるために戦っているのではなかった。

 守るべき主君のために、命を懸けているのだ。


「ああ、参ったな。これは少しだけ楽しくなってきてしまった」


 もうシャルロットは俺の言葉に動揺させられることはないだろう。

 こちらを睨んでいるのも『主君を危険に晒そうとしている敵』だから。


 そして動かず追撃をしないのは、敵を倒すことが目的ではなく『守ること』だから。


 もし襲撃者が俺一人でなかったら、主君が殺されていたことだろう。


「ドルチェ伯爵、これは騎士に相応しいかを見極めるための試験だったな?」

「え? そうですね……」

「ならば私の完敗だな」


 敵がいるからと安易に攻撃を仕掛けては、騎士失格だからな。

 とはいえ、剣の技量も見せる、という話もある。


 ならば、こちらは敵として存分にやらせてもらおうか。


「行くぞ!」


 今度は動揺を誘うような真似はせず、正面からただ斬りかかる。


 並の騎士なら鎧ごと一刀両断してしまうような一撃だが、シャルロットは上手く剣を合わせると横に流してきた。


 さらに流れるような動きで反撃をしてくるが、それを受けてやる気はないので半歩下がって躱す。


 これで今度はこちらの番なのだが、それより早くシャルロットの蹴りが飛んでくる。


 ――対魔物の動きではないな。


 明らかに対人特化の動きだ。

 蹴りを躱して反撃しようにも、上段に構えていた剣による威圧で近づけず、攻撃を止めざるを得なかった。


 今まで魔物を相手にした姿しか見てこなかったが、想像以上の鋭さ。


 誰かを守るための動きに特化した姿は間違いなく騎士そのもの。

 それでいて、騎士なら滅多に使わない蹴りなどの動きは、冒険者ならではの機転だろう。


「素晴らしい」


 とにかく相手を近づけないことを徹底している。

 これは技量というより、絶対に揺れ動かない不屈の意思が必要となるものだが……。


「……ふぅぅぅぅ」


 深く吐いた息。

 瞬き一つせず、真っ直ぐ睨み付けてくる鋭い瞳。


 彼女の背後には幻想であるはずの少女が、それでも不安なく立っている姿が見える。

 その姿は、まさしく主君を守る騎士そのもの。


「はぁ!」


 再び攻撃を仕掛けるが、結果は同じようなものだ。

 どれだけ俺が剣の速度を上げても、フェイントを仕掛けようとも、本命の一撃以外は全て捨てる覚悟で、彼女は一度も目を逸らさずに受けきった。


 魔術を使わないということ以外、俺は手を抜いていない。

 本気で仕掛けて、本気で防がれている。


 シャルロットも無傷とはいかないが、これだけ時間を稼がれては襲撃者としては失格だ。


 ――これはもう、完全に俺の負けだな。


 この身体のスペックを考えれば、あり得ない結果。

 だがそれでも、納得してしまう自分がいた。


「さて、それではこれで最後としよう」


 俺が大きく剣を振り上げた瞬間、シャルロットの瞳が鋭く光る。

 そしてこれまで絶対に越えてこなかった一歩を強く踏み込んできて、下から剣を振り上げてくる。


 剣と剣のぶつかり合い。


 ドルチェから渡された剣が耐えきれず、その剣先が天井に刺さった。

 そしてシャルロットの剣は依然として輝きを失わず、俺の首目掛けて降りてくる。


「私の勝ちです!」

「ふっ……」


 掌を剣に添えてやり、シャルロットの力を利用してそのまま円を描くように逸らす。


「え? うそ――⁉」


 俺の動きと連動するように彼女の身体が一瞬宙を浮き、前倒しになるように地面に倒れた。


 空中でシャルロットの剣を掴むと、俺はその切っ先を地面に向け――。


「私の勝ちだな」

「え? え? え?」


 なにが起きたのかわからなかったのだろう。


 完全に自分の勝ちを確信していたシャルロットは、戸惑ったような顔をしている。


 まあ実際、特別なことはしていない。

 ただ魔力の流れを掴む行為と、相手の力を利用した合気は近いものがあり、俺の得意分野だった、というだけだ。


 ――もっとも、これを実戦で使ったことがあるのは一度だけだがな。


「あの……もしかして、私の負けですか?」

「……ふ」

「な、なんですかその笑いは! ちょっと酷くありませんか⁉ っ――⁉」


 シャルロットが立ち上がろうとして、しかし身体が上手く動かないのか地面に崩れ落ちる。


 まあ俺の攻撃をずっと防いでいたのだ。

 精神的にも肉体的にも相当な負担だったことだろう。


「ドルチェ伯爵、見ての通りだ」

「ええ。とりあえずリオン様が女性を虐める酷い人だということだけははっきりと見させて頂きましたよ」


 どうやら自分の狙った通りにならなかったからか、拗ねているらしい。

 そこそこ年齢のいった男の拗ねた姿など、まったく可愛くないが……。


「冗談です。素晴らしい騎士道精神を見させて頂きましたよ、シャルロット」

「あ、えっと……?」

「騎士とは命を懸けて主君を守るもの。今回のように追い詰められた場合は、援軍が来るまで守り切ることこそ重要です。そして貴方はそれを……」


 地面に倒れているせいで締まりが悪く、しかも最後俺に倒されてしまったため言葉に詰まっているな。


 シャルロットもそのことに気付いたのか、再び立ち上がろうとするので、こっそり魔術で手助けをしてやる。


 そうしてドルチェ伯爵の前に立つと、満足そうに頷く。


「……最後まで立派に守り切りましたね。まるでかつてのビスマルク男爵に恥じない姿でしたよ」

「あ、ありがとうございます!」

「さて、リオン様。ここまでやってまさか文句はありませんよね?」

「そもそも、私はシャルロットが騎士になることを推薦していたはずだぞ」


 なのにわざわざ俺に問いかけてくるのはどういう了見だ?


「では許可も頂けたので、シャルロット。貴方には帝国騎士になって貰います」

「はっ! ありがたき幸せ!」

「そしてシオン・グランバニア前皇帝の旅に同行し、彼の御方を守るように!」

「はっ! ……は?」


 あまりに突然の言葉に俺はツッコミを入れ損ね、シャルロットは言われたことが理解出来ずに固まった。


 そんな中、ドルチェ伯爵はしてやったりの顔で俺を見る。


「というわけでシオン様。これからシャルロットは貴方様付きの騎士として同行させますので、正体を現して下さい」

「……シオン、様?」


 まさか、嘘でしょう、という顔をしているシャルロット。

 伯爵自らここまで言ってしまったら、さすがにもう誤魔化しは出来ないだろう。


 それに正直、この顔をさらに驚かせたら面白そうだと思ってしまった。


「仕方ないか」


 幻影魔術を解くとリオンの姿が消え、代わりにシオン・グランバニアの姿が解放される。


 俺としては特段なにかが変わるわけではないのだが、正体を知ったシャルロットは目を丸くして身体を震わせていた。


「そういうわけらしい。よろしく頼むぞ我が騎士よ」


 未だに理解が出来ていないシャルロットの肩に手を置き、同時に防音魔術を展開。

 その瞬間――。


「し、シオン皇帝ぃぃぃぃぃ⁉」


 俺の予想通り、シャルロットは街中に響いてしまいそうな叫びをあげるのであった。




「というわけで、改めてパーティーメンバーになったシャルロットだ。よろしく頼む」


 ギルドの酒場でフィーナたちと合流した俺は、夕食を食べながら先ほどの経緯を説明する。

 いくら俺がリーダーとはいえ、勝手にメンバーしたのだからそれくらいはしないとな。


「……」

「なあ主。シャルロットのやつ、顔を赤くしたまま固まっているぞ」

「正体を教えてからずっとこの調子でな。仕方が無いので無理矢理連れてきた」


 一応理由は聞いたのだが、恐れ多くて答えられないと言われてしまった。


「それじゃあこれから、シャルロットさんとも旅が出来るんですね!」

「ああ。表向きはパーティーメンバーとして、裏では護衛の騎士だ」

「わぁ、また一緒にいられるなんて嬉しいです!」


 元々年も近いし仲も良いから心配していなかったが、フィーナが気にした様子は見せないのは良かった。


 さっそく緊張して固まったままのシャルロットに近づき、事情を聞き始める。


 ――同じ女性同士なら、緊張も解れるか。


 シャルロットもぼそぼそとなにかを話しているので、なんとかなりそうだ。


「主に護衛ってなにから守るのだろうな?」

「そこはあまり気にするな」


 神でも龍でも、最上級クラスでなければ俺の敵ではない。


 そしてそんなものがポンポンと出てくるわけもないし、出てきたらシャルロットでは時間稼ぎにもならん。


 ――結局、フィーナの護衛になるような気がする。


 この二人が組めば大半の危険は防げるから、丁度良い。


「聖女ぉぉぉ⁉」

「元ですから気にしないでくださいね」


 そういえばレーヴァが龍で、俺が皇帝であることは伝えたが、フィーナが元聖女だったということは伝えていなかったな。


 まあすぐに慣れるか。


「ところでミスティ、ずいぶんと大人しいな」


 ずっと俺の膝の上で食事をしていたミスティを見ると、頬一杯になにかを詰め込んでいた。


 ついでに言うと、テーブルの上には俺が頼んだはずのハンバーグが、ほとんど食されていた。


 ちなみに俺はまだ食べていない。


「んんんん」

「……これは私のだぞ?」

「っ――⁉」


 慌てて口の中の物を飲み込み、自分は食べてませんよアピールをしてくる。

 口元には思い切りソースが付いているし、なんなら手に持った子どもようフォークには欠片が刺さっているのだから、誤魔化されようがないのだが……。


 しかもハンバーグがよほど気に入ったのか、チラチラと残りの分も狙っているようだ。


「私はまた頼むから、これは食べていいぞ」

「いいの⁉」

「ああ」


 俺の許可を得たからか、すぐに残りのハンバーグを平らげてしまった。


「おいしかったー!」

「早いな」

「まったく、主はミスティに甘すぎるぞ。ほら、こっち来い」

「うん!」


 俺の膝からミスティを取ると、自分の隣の椅子に置いて口元を布巾で拭き始める。


 柔らかそうな丸い頬が揺れながら、されるがままに甘える姿は子どもそのものだ。


 周囲の視線も微笑ましいもので、厳つい冒険者が集まる酒場だというのになぜがほっこりした空気に包まれた。


 ――いちおう、この街の人間はミスティが龍ということは知っているはずなのだがな。


 普段から街で遊ばせていたからか、すでに慣れてしまったらしい。


「やや! これはリオン殿偶然ですね! 実は新しいアイデアが――」

「今は食事時だ」

「ふぎゃ⁉」


 勢いよく詰め寄ってきたバルザックを気絶させながら、周囲を見る。


 お腹がいっぱいになって眠くなったのか、母親に甘えるようにくっつくミスティ。


 それをあやしながら、食事の手を止められて困った様子のレーヴァ。


 フィーナとシャルロットは二人で顔を赤くしながら、なにやら華やかな会話をしていて――。


「追加のご注文でーす」


 新しい料理が届き、酒を飲みながらそんな光景を眺めて思う。


「この世界の美しい光景を見るのもいいが……」


 ――こんな、当たり前の日常も悪くないな。


 そんな風に思いつつ、酒を飲むのであった。


fin

――――――――――

【後書きとお礼】

これにて第二章『龍の墓場』完結になります。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!


とはいえ、シオンたちの旅はまだ終わっていませんので、またいずれ再開するときをお待ち頂けたら幸いです。


その間、下記の新作を応援して下さると嬉しいので、是非よろしくお願い致します!

▼タイトル

『異世界ネクロマンサー~死属性は駄目だろと追放された公爵四男、辺境を最高の領地に変えていく~』

https://kakuyomu.jp/works/16818023213674482101


▼キャッチコピー

『国から見捨てられた辺境領地の改革、始めます』

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