第37話

 ミスティを取り戻してから半月。


 龍の騒動は帝国騎士団が解決したことになり、城塞都市ドルチェでも落ち着きを見せている。


 今は街の住民、冒険者、騎士と多くの人間が入り交じって復興に力を入れていた。

 そんな中、俺たちは変わらずこの街で冒険者として活動を続け――。


「シオ……リオン。そろそろ南の王国への入国許可証が発行出来るみたいだぞ」

「ようやくか。待ちわびたぞ」

「あ、その……すみません」

「ただのCランク冒険者にギルド長がそんな情けない態度を取るな。舐められるぞ」


 まあこいつはもうドルチェ伯爵を通して俺の正体を知っているから仕方が無いといえば仕方ないか。


 元Sランク冒険者とはいえ、さすがに元皇帝が目の前にいてはな。


「もうすぐ私はいなくなる。せいせいするだろう?」

「じょ、冗談でもそういうこと言わないでくだ――言うなって!」


 少し揶揄いながら、ギルドを出る。

 今日は休養日にしているのにタイミング悪く呼び出されたから、ちょっとした意趣返しだ。


「さて、やつらはもう店にいるのだったな」


 宿を出る前、今日は甘い物を食べるんだよー、とミスティがご機嫌だったのを思い出す。


 レーヴァはあまり甘やかせないように言ったが……。


「フィーナは目を離すと際限なく甘やかすからな」


 早く合流しないと晩ご飯を食べられないくらいお菓子を食べ続ける気がする。

 レーヴァも肉を与えたらすぐに裏切るのが厄介だ。


「ようリオン! そんなに早足でどうした?」

「む、マーカスか」


 朝早くから魔物狩りにでも出ていたのか、少し血の匂いがする。


「今から飯か? だったら一緒にどうよ」

「構わんぞ。ただこの後フィーナたちと合流するし、そんな血の匂いをさせていたらミスティになにされるかわからんがな」

「げっ……」


 以前散々ミスティをけしかけたせいで若干トラウマになっているのか、マーカスの表情が引き攣る。


「冗談だ。それより、まだこの街にいたのだな」

「伯爵にも頼まれてるし、もうしばらくはな」


 Sランク冒険者というのは貴族の間ではあまり広まっていないが、一般市民の間では実力が知れ渡っている。


 ここ最近の情勢の悪さを考えたら、市民が安心する者がいるのは都合が良いのだろう。


「イグリットのやつはさっさと帝都に戻るし、バルザックはあれだからなぁ……」

「ああ、あれか……」


 元Sランク冒険者の魔術師であるバルザックは、俺のことを勝手に心の師として仰いでいる。


 新しい考えを思いつく度に俺のところに来るのだが、来る度に煩いのでそろそろなんとかしたいのだが……。


「そういえばバルザックのやつ、この間もまた龍の嬢ちゃんになんか渡してたぜ」

「意外と厄介なやつだ」


 俺が面倒だと思っていることに気付いてるらしく、外堀を埋めてくる作戦に出てきたのだ。


 おかげでミスティなど最近、バルザックが来たらお菓子を貰えるものだと認識してしまい、喜んでしまうようになってしまった。


「……一度ミスティに蹴らせるか」

「それは誰かすぐ回復出来るやつが近くにいるときにしろよ」

「ふん、魔術師なのだからそれくらい自分でなんとかするだろう」


 バルザックもSランク冒険者だが、やつは元々いたパーティーを勝手に解散したので判定が難しい状況。


 なので唯一この街に残ったSランク魔術師がマーカスというわけか。


「ま、この街は飯も美味いし、それなりに小遣い稼ぎにもなるから丁度良い感じだぜ」

「帝都のギルドは困らないのか?」

「あっちはまあ、大層な騎士様たちがいるからよ」


 それもそうか。

 この大陸の魔物は北に行けば行くほど強力になり、帝都方面にいる魔物たちは最強クラス。


 とはいえ、それで帝都が脅かされるならさすがに俺も旅などしている暇はない。


 人類最高クラスの実力を持つ帝国騎士団が守護し、ジークがいる以上、そうそう危機にはならないだろう。


「そういえばシャルロットのやつ、Sランクに昇格したらしいぜ」

「ほう……そういえば貴様が冒険者として鍛えていたんだったか」

「おう。筋は元々良かったし、すぐ色んなこと吸収して資格も十分だ」


 シャルロットは一時的に俺が預かったが、ウロボロスの件が終わったので再び冒険者として活動をしていた。


 ほぼ内定済みだったが、実際に結果が出たらしい。


「ならそろそろ声がかかるかもしれんな」

「声?」

「気にするな。こちらの話だ」


 なんだかんだシャルロットのことを気にしていたドルチェ伯爵のことだ。

 すでにSランクになったことも把握して、準備をしているに違いない。


 そんな雑談に興じた後、マーカスはギルド別れた。


 後ほど合流する気満々らしいが、あれだけ血の匂いを付けた状態だと本当にミスティに攻撃されるかもしれんが、まあいいか。


「Sランク……そして騎士か」


 フィーナたちがいるであろう店に向かいながら、シャルロットのことを思い出す。

 そろそろ俺も、きちんと向き合うべきだろうと、そう思った。




 それから数日後、俺はドルチェ伯爵の屋敷に訪れていた。


「リオン様のお姿、やはり慣れませんねぇ」

「ただの冒険者相手に伯爵がなにを言っている? それより貴様に聞きたいことがある」

「はい、なんでしょう?」

「シャルロットに刺客をけしかけたのは、貴様だな?」


 俺の言葉にドルチェ伯爵は笑うだけでなにも言わない。

 ファブニールによってSランク冒険者のイグリットやバルザックは敗北し、操られていた。


 その少し前にシャルロットも同じ襲撃を受けて操られていたのだが、後で聞いたら別件での襲撃があったらしい。


 そしてシャルロットには俺を攻撃する理由があると告げたのは、ファブニールとは違う刺客だったらしい。


「俺の正体やこの街にいること。そしてわざわざシャルロットをけしかけようとする存在など貴様しかいないからな」

「それだったら、どうしますか?」

「……別にどうもしない」

「おお?」


 結局のところ、こいつは生粋の帝国貴族であり、俺に忠誠を誓っている。


 だからこそ、シャルロットが俺に敵意を持っているか調べただけだろう。


 そもそも、俺の力を知ってる伯爵が、Aランク冒険者を使ったところでどうにか出来ると思うはずがないからな。


「だが、あまり勝手なことはするなよ?」

「ええ。善処します」


 まったく反省した様子を見せない辺り、狸だと思ってしまった。

 丁度そのタイミングで扉の外からノックの音。


「Sランク冒険者のシャルロットです! お呼びでしょうか伯爵!」

「ええ。どうぞ入って下さい」

「失礼します! ……え? リオン殿?」


 緊張した面持ちで入ってきたシャルロットは、俺を見て呆気にとられた顔をする。


 Sランクになったこと、そしてドルチェ伯爵に声をかけられたことで色々と準備があり忙しかったため、しばらく会う機会がなかったが、元気そうでなによりだ。


「久しいな」

「あ、はい。最近は忙しくて中々会いに行けず……どうしてここに?」

「それはドルチェ伯爵が説明する」


 伯爵を見てそう言うと、シャルロットは戸惑った様子を見せる。


 さすがにもう、俺がただの冒険者ではないことくらいは理解しているだろうが、相手は帝国でも上位貴族の一角。


 それを顎で使うような態度に違和感を覚えたのだろう。


「よく来てくれた。君の噂は聞いているよシャルロット。素晴らしい冒険者がいるとね」

「は! 光栄です!」


 そんな戸惑いも一瞬で消し、まるで本物の騎士のような振る舞いを見せる。

 切り替えの早さ、そしてその見事な動きにドルチェ伯爵も満足そうだ。


「帝国は常に優秀な人材を求めている」

「っ――⁉」


 どうやらシャルロットは、これから自分がなにを言われるのか察したらしい。

 凜とした態度だが、期待と緊張の気配が混じっていた。


「もし君の実力が噂通りなら、騎士に推薦しようと思っているのだよ」

「本当ですか⁉」

「なんだと?」


 俺の声はシャルロットの言葉が重なり、かき消えてしまう。


 ――推薦だと? なぜこいつは自分で騎士に召し上げない?


 ドルチェ伯爵は以前からビスマルク男爵と交流もあり、シャルロットのことを人一倍気にしていたはずだが……。


「さて、とはいえなにも知らずに推薦は出来ない。君が騎士に相応しいかを見る必要があるので――」


 俺が睨んでいるのがわかったのか、ドルチェ伯爵はわざと視線を逸らして無視しながら話を進める。


 中々良い度胸しているし、本当に反省しないやつだな。


「おい貴様――」

「このリオンと戦ってもらおうか」


 俺が声をかけようとした瞬間、そんなことを言ってきた。


「……なんのつもりだ?」

「言葉の通りですよ。貴方と戦ったら騎士に推薦するという話です」

「この私を利用してなんの――」

「わかりました。戦います!」


 問い詰めようとするより早く、シャルロットが返事をしてしまう。

 それを満足げに頷いたドルチェ伯爵だが、俺はまだやるとは言っていない。


「おいシャルロット……」

「リオン殿、お願いします。これは私の……夢なんです」


 真っ直ぐな瞳で俺を見てくる彼女には、覚悟があった。

 それはかつて俺に一太刀を与えた騎士を思い起こさせる。


「……私は戦いとなれば容赦はしないぞ」

「望むところです!」


 俺の実力は知っているだろうに、なぜこんな嬉しそうな反応なのだ。

 呆れてしまうが、一度頷いた以上こちらも退くつもりはもうない。


「良いだろう。ドルチェ伯爵、剣を寄越せ」

「あの、いちおう下に場所を用意して」

「騎士であるならこうした室内で対象を守ることもあるだろう」

「そうなったらもうほぼ負けで……いえ、わかりました」


 俺を置いて話を進めた意趣返しだ。

 目でそう伝えてやると、諦めたように壁に掛けられた剣を渡してくる。


「さて」

「……」


 片手で剣を構えてシャルロットを見ると、剣を両手で正面に構え、気迫に満ちあふれた目をしていた。

――――――――――

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