第36話


「この龍の記憶か」


 そしてさらに時間は逆行する。


 今度は大地が炎に燃え、空には二頭の龍がお互いを喰らい合うように争いあっていた。


 空を飛ぶ龍は対照的だ。

 片方は白い鱗が炎を反射して美しく、もう片方は黒く禍々しい魔力を纏っている。


 憎しみ合っているのか、互いの命を喰らおうとする姿はなんとも荒々しい。


 持っている力も先ほどのファブニールに比べて遙かに強く、神に匹敵する古代龍であるのは間違いない。


 二頭の互角にも見える攻防は、しかしやや白龍が押されているようにも見えた。


「……」

 これが過去の出来事であり、あの龍骨の生前の記憶だということはわかる。

 だが過去という割には感じる空気の重さ、そして龍たちの圧力は間違いなく本物だ。


「時空がねじれているのか」


 ここは俺にとって間違いなく過去だが、同時に『今の俺』にとっては現代でもある。


 つまりこの時代、この瞬間の出来事に干渉出来、そして未来に影響を与えるということだ。


「敵がなぜここに私を呼んだのか、理由はわからんが……」


 もしかしたらあの龍たちと同士討ちにでもさせようとしているのかもしれない。


「思惑に乗ってやるのも癪だが、あの龍たちの力は覚えがある」


 俺に対して龍の咆哮≪ドラゴンブレス≫を放ってきたのは、あの龍たちだろう。


 あれが意図的だったのか、それとも龍の墓場に入った瞬間、自動的に迎撃されるシステム的な物だったのかはわからないが関係ない。


 俺に攻撃を仕掛けてきた以上、やつらは敵だ。


『――っ⁉』


 俺は一気に飛び上がり、二頭の龍の間に入る。

 突然の乱入者に驚いた黒い龍が、邪魔だと言わんばかりにブレスを吐いてきた。


「レーヴァのものと比べてなんとも脆弱なものだな」


 手をかざし、魔力の壁を生み出してブレスは完全に遮断する。

 しばらくしてブレスが止むと、黒龍は信じられないと驚いた顔をしていた。


「堕ちろ」

 ただ一言、俺の言葉に反応するように空間が軋むと、魔力の靄が黒龍の上空に現れ、そのまま押しつぶすように地面に落としていく。


「さて……」


 黒い靄に捕らえられ、地面でもがき苦しむ黒龍から視線を外し、白龍を見る。


 美しく輝く身体から発せられ、もしこの龍が人里に現れれば神の使いとあがめ称えられるかもしれない。


 だが――。


「内面に宿したどす黒い魔力が隠しきれていないぞ?」


 他の生命を全て下等種族と見下し、せいぜい餌程度にしか思っていないのがわかった。


 白龍も同じように地面に落としてやると、二頭は俺の魔術によって苦しみ暴れながら睨んでくる。


 だが地面に這いつくばる姿では、たとえ龍といえど威厳もなにもない。


「ふはは! なんとも惨めな格好だな!」

『ギャ――⁉』

「どうした、それでも最強の種族と謳われる存在か? この程度、レーヴァなら自力ではじき返すぞ?」


 龍は賢い種族だ。人間である俺の言葉もはっきり理解出来ているのは間違いない。


 だからこそ、己を侮蔑的に扱う俺のことを憎しみに満ちた瞳で見ている。


「まあ、貴様たちはそこで這いつくばっているといい」


 そうして俺は地面に降り立つと、とある場所の前で止まる。

「……ここにいるのだろう?」


 手をかざし、魔力を込める。

 星すら動かす俺の魔力は時空の流れすら歪ませ、空間が切り替わる。


 そうして一部分だけ変わった景色のそこにいたのは、先ほど落とした白いドラゴンとは異なる美しい白銀の龍。


 地面に座り込み、黄金の瞳で悠然とこちらを見つめていた。


『……』

「貴様に気付いたこと、驚いたか?」


 俺の問いに銀龍はただゆっくりと首を横に振る。


 そのほんのわずかな動きだけで、背後のドラゴンたちが怯えた雰囲気を出した。

 現代に比べ、この時代の龍は強い。


 二頭の龍たちも、もし現代に現れれば大陸が壊滅しかねない力を宿している災害だ。


 だがそれでも、目の前の白銀龍の持つ力に比べれば、なんとも可愛らしいものか。


『貴方のような方を待っていました』


 先ほど白龍を見て、神と思われるかもしれないと表現した。

 しかしこの銀の龍は、まさしく神そのもの。


『この子を、お任せします……』


 それだけ言うと、肉体が光の粒子となって消え、最初に見たときと同じ骨の死骸になった。


「……勝手なことを言う」


 その傍に残された白銀色の卵。

 ただそこにあるだけなのに、強大な魔力を感じる。


「温かいな」


 触れてみると、生きようとする強い生命力を感じた。


 俺が卵を持った瞬間、二頭の龍がなにかを喚き始める。

 どうやらこいつらは、この卵を狙っていたらしい。


「煩い、邪魔だ」


 俺は振り向かず、黒い魔力を圧縮して背後の龍たちを潰そうとする。

 しかし絡み合った魔力はなぜか霧散し始め、はるか上空へと流れていった。


「なんだと?」


 おかしい……少なくともあの二頭の龍では俺の魔力から逃れられないはず。

 空を見上げると、この草原を温かく守っていた太陽が徐々に黒く浸食されていた。


「これは――⁉」


 魔力の拘束から先に逃れた白龍が、なにかに気付いたように逃げだそうとする。

 しかしそれより早く空から落ちてきた黒い閃光が貫き、その場に倒れた。


 黒龍はそれを見て同じく逃げようとするが、結果は同じ。

 生命力を吸収されるように、金の粒子となって太陽へと向かって行く。


 その光景はまるで、世界の終わりのようだが――。


「これ以上私の邪魔をしてくれるな!」


 俺は顕現しようとしている『なにか』に向かって、純粋な魔力をぶつける。

 力と力のぶつかり合い。


 これほどの力はアストライア以来だが、それでもクヴァールの制限をなくした今の俺の方が強い!


「貴様が何者かは知らん! だが、私がいる限りこの世界に来れると思うなよ!」


 そして顕現しようとしてきた力を押し返し、黒くなっていた太陽が徐々に元の明るい生命の光へと変わっていく。


「ふん……」


 そして完全に力の消失を確認した俺は、自分の力を消した。

 もう先ほどの力がこの世界に現れることはないだろう。


「帰るぞ」


 まだ孵らない卵に向かってそう言うと、返事をするように少しだけ魔力を発した。



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