第35話

「死んでしまえぇぇぇぇ!」


 ――ミーティア。


 たった一言、そう呟く。

 その瞬間、千を超える魔力球が生まれ、魔獣を滅ぼすために飛び交った。


 まるで万軍がぶつかり合う戦場のような爆撃が、黒く犯された荒野の魔獣を吹き飛ばしていく。


「あ、が、あ……?」


 空中で俺を見下しているファブニールは、あり得ない、と言いたげな表情。


 魔力球は魔術師なら誰でも使える基礎中の基礎だが、俺の強力な魔力と極めた魔力操作によって必殺の魔術として昇華されている。


 強力な魔術を使って一撃で吹き飛ばすよりも、こちらの方が相手の心を折りやすいため重宝していた。


「さて、いつまでも見下されると気分が悪いな」


 二本指をファブニールに向けると、そのまま腕を地面に振り落とす。


「落ちろ――『グラビティ』」

「ぐ、おおおおおおお⁉」


 抵抗は一瞬。

 強力な重力魔術に対抗出来ず、地面に落ちるとそのまま這いつくばる。


 俺は悠然とした足取りでファブニールに近づくと、その頭を踏み潰す。


 ぐちゃりと、嫌な音と奇妙な感覚。


 見ればファブニールの頭が粉砕し、まるでスライムを潰したように粘性の液体が周囲に飛び交った。


「ふん……」


 足をどけると粘体は元に戻ろうと動き出し、少し時間をおくと再生された。


 ――クヴァールといい、こいつといい、なぜこんな敵ばかりなのか。


 ただ力尽くで倒すだけなら苦労はしないというのに、面倒ばかりかけてくれる。


「貴様! よくもよくもよくもぉぉぉぉ!」

「黙れ」

「っ――⁉」


 再び頭を潰す。

 先ほど攻撃したときの様子を見るに、ダメージがないわけではないのは一目瞭然。

 ならば心が折れるまで永遠と潰してやろう。


「きさ――⁉」

「ふざける――⁉」

「いい加減に――⁉」


 十、二十と潰してやるが、さすがは龍と言うべきか、まるで堪えた様子も見せずに怒りは収まらない。


 これではキリがないと思い、仕方が無く一度潰すのを止めてやる。


「殺してやる! その内蔵を全て引き摺り出して、ぐちゃぐちゃに潰して、喰らってやる!」

「ミスティはどこだ?」


 俺の言葉にファブニールはニィといやらしい笑みを浮かべると、自分の腹に手を当てた。


「美味かったぜぇ」

「……」


 再び顔を潰す。

 そしてそのまま魔術で身体を燃やしてやると、苦痛の声が荒野に響き渡った。


 ただの挑発だとわかっていたが、これ以上くだらない問答をしてやるつもりはなかった。


「もう一度聞く。ミスティはどこだ?」

「だから喰ってやったと――」


 元通りになろうとした瞬間、こいつの倒れている地面に白い魔方陣を展開する。


「お、おい貴様……なにをやろうとして……」


 魔方陣が放つ聖の気配に気付いたのか、ファブニールが初めて怯んだような顔をする。


「なに、試しにやってみようと思ってな」


 聖魔術は俺が一番苦手とする魔術だが、出来ないわけはないのだ。

 魔力を無理矢理注ぎ込んで技術もなにもない力業で成立させてみせる。


 ――我ながら、魔術の天才とは思えないほど力任せなやり方だがな。


「『ホーリーフレイム・オーバーリミット』」

「ひぁ⁉ ギャァァァァァァァ⁉」


 本来込めるべき魔力を大きく超え、魔方陣をオーバーヒートさせたことで本来の光とは異なる白い炎があふれ出た。


 聖なる力の込められた炎は魔を滅ぼす。


 暗黒邪龍と名乗った以上、属性としては魔に属するものか、それに近しいだろうと思ってやってみたが――。


「が、あ、ぁ……」

「思ったより効いたな」


 先ほどまで散々悪態を吐いてきた男とは思えないほど虫の息となる。

 再生することもままならず、ただ荒い息を吐き続けたまま倒れたファブニールの首を掴んで起き上がらせた。


「今回の首謀者が貴様でないことはわかっている」


 ファブニールは小さく息を吐きながら虚ろな瞳で俺を見る。

 その奥にあるのは、恐怖。


「これが最後だ。ミスティはどこにいる?」

「ぁ……ぅ……」


 ゆっくりと、ファブニールが震える腕を上げて指をさす。

 その方向には、ミスティが最初にいた龍骨があった。


「あそこか……」


 その方向に歩き出そうとした瞬間、龍の咆哮≪ドラゴンブレス≫が飛んでくる。


 咄嗟に受け止めようとしたが、前回とは比べものにならない威力であることに気づき、掴んでいたファブニールから手を離して回避した。


「か、はっ……ぁぁ」


 龍の咆哮ドラゴンブレスに飲み込まれたファブニールはまともな声も出せず、全身が焼けた状態で地面に倒れ込む。


 まだ生きているらしいが、もはや完全に虫の息だ。


「ふん……今度は本気ということか」


 元々俺を狙っていなかったのか、龍の咆哮ドラゴンブレスはそれ以上飛んでこなかった。


 力の強さ的に恐らくファブニールは真龍か、古代龍の眷属だろう。

 古代龍に比べて力が劣るとはいえ、現存する種族の中では最強種の一角。


 それを一撃で倒す力を持った存在がこの先に待っているのだとしたら――。


「まあいい」


 たとえ相手がどのような存在であったとしても、俺にとっては関係ない。


 死骸に手を触れて魔力を流し込んだ瞬間、時空が歪み始める。

 まるで時間を逆行しているかのように、なにもない荒野だったそこに緑が溢れ、生命力溢れる大地が広がった。

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