第34話

 ゼピュロス大森林に着く頃、太陽は地平線から落ちて星々が輝き始めていた。

 道中に存在したノール村もすでに静まりかえり、次の太陽を待つように眠りにつく。


「……」


 上空から一直線に森の中心に向かうと、そのままミスティと出会った場所に降り立った。


 魔物の多くは夜になると凶暴性を増す。

 だが森を歩く俺の存在に気付きながらも、魔物たちが俺に襲いかかることはない。


 それどころか、必死に距離を取ろうと逃げ出した。


「賢明な判断だ」


 今の俺は普段は抑えている力を存分にまき散らしている。

 野生の本能か、圧倒的強者の存在に気付いて逃げ惑っていた。


「またゼピュロス大森林の生態系がおかしくなってしまうな」


 地面に手を当てて、大地に魔力を通す。

 同時にこの広大なゼピュロス大森林を覆うような魔方陣が広がり、結界となる。


「これで魔物たちも外には出られん」


 あとは後ほど、こちらに向かっているシャルロットや冒険者と共に駆逐すればいいだろう。


 しばらく辺りを見渡し、魔力の流れがおかしな箇所を感じ取る。


「……ここか」


 なにもない空間に手を伸ばすと、まるで俺を拒絶するように黒い呪いが激しく反応した。


 それを魔力で押さえ付けながら空間を掴み、力尽くで壁紙を剥がすように腕を引く。


「っ――!」


 瞬間、異空間から吹き荒れる凄まじい魔力が俺に襲いかかる。

 まともな人間なら粉々に吹き飛んでしまうような魔力の奔流だが――。


「この程度で、私を止められると思うなよ!」


 一歩前に。

 ひび割れた空間が閉じようとするが、俺はそれを両手で掴み、さらに大きく開く。


 そして魔力が吹き荒れるその異空間への道へ向かって、俺は飛び込んだ。

 その先は、ミスティがいた龍の墓場そのもの。


「ふん……」


 俺が踏み込んだあと、まるで世界を遮断するように背後の道が閉ざされたことがわかる。


 だがそもそも、俺は目的を達するまでここから出て行くつもりがないのだから問題ない。


 龍の死骸がある方へと進んでいくと、骨の中央部分、まるで親龍に守られるように地面で眠るミスティを見つけた。


「……ミスティ」


 骨の中に入り、ミスティに触れた瞬間――。


「――下らない茶番はもう終わりだ」


 ミスティの姿をした敵を、炎で燃やした。


『ギャァァァァァァァ⁉』


 天まで届くような断末魔が響き渡り、ミスティの身体は崩れて黒い影となった。

 それは逃げるように死骸から大きく距離を取り、黒いマントを羽織った男に変わる。


 腰まで伸びた黒髪から見える額には一対のツノが生えており、腕は鱗で覆われ、普通の人間と違うことは一目瞭然だ。


「貴様ァ! たかが下等な人間如きがよくもやってくれたなぁ!」

「その下等な存在に如きから必死に逃げ回っている貴様は、虫けら以下の存在だな」

「虫けらぁ……? 神をも喰らう至高の生物である龍を前にして、虫けらだとぉ?」


 嗤いながら言い返してやると、男は殺気を強めてくる。


「なぜミスティに化けて不意打ちをしようとした? それは貴様が私の力を恐れたからだろう?」

「俺様が人間を恐れる? そんなわけあるか!」

「わざわざ私がいない間を狙って襲撃をしておいて、くくく……」

「貴様、貴様貴様貴様貴様貴様ぁぁぁぁぁ!」


 馬鹿にした嗤いを見せると凄まじい形相で俺を睨み、そして前触れも無く一気に距離を詰めてくる。


「死ねぇぇぇぇ!」


 俺の腹部を狙うように突き出してきた拳。

 それが当たった瞬間、まるで雷が落ちたような轟音が辺り一帯の空間を揺らした。


「はーはっはっは! はは……は?」


 嬉しそうに高笑いをあげていた男だが、その笑いは途中で疑問の声に変わる。


 本来人間程度であれば粉々に砕いていた一撃。


 だというのに、その拳は俺の手によって止められていたからだ。


「これが龍の一撃か? これならミスティのタックルの方がよほど強いな」

「き、貴様! 離せ!」


 俺は反対の腕を振り上げ、拳を握ると――。


「吹き飛べ」

「ぐおぉぉぉぉぉ⁉」


 男の顔面を殴り飛ばした。

 凄まじい勢いで地面を転がり、大地を削る。


 ――今の感触は……?


「お……おぉぉぉぉ……」


 男は倒れたまま苦悶の表情を浮かべ、なにが起きたのかわかっていないように戸惑っている。


「あ、あり得ん。俺は暗黒邪龍ファブニール様だぞ……たかが人間ごときになぜ……?」

「貴様が弱いからだろう」

「っ――⁉」


 倒れている男――暗黒邪龍ファブニールを蹴ると、サッカーボールのように飛んでいく。


 まるでゼリーを蹴ったような感触とともに、黒い軟体が飛び散った。


「クソガァァァァァァ!」


 今度は地面に落ちることなく、黒い翼を広げて空中で態勢を整える。

 その腹部は液状に揺らぎ、蹴りの痕が残ってえぐれていた。


 周囲に飛び散った軟体がそこに吸収されると元通りになり、しかしダメージは大きいのか、顔は相変わらず苦痛に歪んでいる。


「殺す、殺す殺す殺す! 貴様ぁぁぁぁ! 殺してやるぞぉ!」


 やつの足下から垂れ流れた黒い泥が大地を浸食し、一気に広がりを見せる。


 そこから生まれる黒い竜にも似た四足歩行の魔獣。

 ほんのわずかな間に大地を埋め尽くす現れたそれらは、俺に向かって一斉に飛びこんできた。


――――――――――

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▼タイトル

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