第33話

 まだ怪我人が多いから、ということでフィーナは街に出て行き、その護衛にマーカスが付いていった。


 そしてギルドに残ったシャルロットによって、俺が不在の間に起きた出来事を語られる。


「貴方が出て行ったあと、すぐに一人の男が現れたのです」


 男は冒険者ギルドの者たちを何人かに攻撃すると、そのままミスティを奪いに来たと宣言。


 とはいえ、冒険者といえば荒くれ者の集まりだ。


 やられて舐められたまま、はいそうですかと、聞き分けの良い者たちではなく、その場で乱闘が発生。


 しかし男は強く、あっという間に制圧されてしまう。


「それは人間だったのか?」

「……いえ、男は暗黒邪龍ファブニールと名乗り、実際に腕の一部を龍に変化させていました」


 暗黒邪龍? 帝国図書館で龍について調べたときですら聞いたことのない名前だが、本当に古代龍か?


 実際にレーヴァが遅れを取った以上、それに匹敵する力の持ち主であることは間違いないのだろうが……。


 とはいえ、やつは旧神と現神の間に割って入った歴戦の龍。

 そう簡単にやられるやつではないはずだ。


「最初はレーヴァ殿が押していたのです。敵も焦った様子でした。しかしやつは私たちに狙いを変え、それを守るために呪いを受け……」

「そうか……」

「すみません! 人々を守るべき騎士を目指す身でありながら、なにも出来ず……」


 相手が龍なのだから仕方ない、とは言わない。

 それを言ったところでシャルロットにとってなんの慰めにもならないからだ。


「そいつがミスティを連れ去ったのだな?」

「はい。呪いを受けたレーヴァ殿が最後の最後まで立ち塞がり、これ以上は益がないと判断したのか、ミスティ殿を連れて飛んでいきました……」

「わかった」


 俺はそれだけ言うと、レーヴァが眠る部屋に向かう。


 入口にはドルチェの冒険者たちが集まり、心配そうに中を覗いていた。


「なにをしている?」

「あ、旦那……」


 ドルチェに来たとき、すぐ俺たちに絡んできた冒険者だ。

 如何にも力自慢で暴れん坊、といった雰囲気の男は、俺を見て情けない顔をする。


 他にも見覚えのある男たちが、神妙な表情で顔を俯かせながら


「嬢ちゃん、あの化物から俺らを守ってくれたんだ……」

「大の大人が集まって、ガキ一人守れねぇなんて、情けねぇぜ……」


 謝罪なのか、それともただの独白なのか。

 どちらにしても、言葉を紡ぐだけなどなんの意味も無い行為だ。


「私はこれから、ミスティを取り戻しに行く」

「え⁉ いや、でもあんなの旦那でも……」

「もし貴様らに冒険者としての矜持があるなら、龍が死ぬ様を見せてやってもいいぞ」


 その言葉に、男たちは驚いた顔をした。

 俺がなにを言っているのか理解したのだろう。


「私は私の敵には一切容赦をしない。たとえ地の果てまで逃げようと、絶望の淵に落としてやるだけだ」


 そう言って部屋に入り、寝ているレーヴァに近づいて行く。

 顔色は悪くない。これならそう時間をおかずに回復するだろう。


 俺が近づいたのがわかったのか、うっすらレーヴァが瞳を開ける。


「……ある、じ?」

「よく守った」


 このドルチェは帝国の街。つまりこの私が築き上げてきた都市そのものだ。


 街を守り、人々を守ったこのレーヴァはもはや、ただ破壊するだけしか能がない龍とは違う。


「あとは私に任せて眠るといい」

「ミスティを……頼む……我も、必ず行くから……」


 たったそれだけを言うと、力尽きたのか再び眠りにつく。


 悔しかっただろう、最強の龍として君臨していた存在でありながら敗北し、あまつさえ大切なモノを奪われてしまったのだから。


 俺は軽く汗を拭いてやり、そして部屋から出る。

 入口に立っていた冒険者たちが一瞬、俺の顔を見て怯えたような顔をした。


 ――どんな顔をしているのか。


 俺は俺の死亡フラグに関わること意外にはそれなりに寛容だ。

 クヴァール教団がいれば滅ぼすが、たかがチンピラ程度が敵対してこようと許しを請うた相手はきちんと許す。


 だが……。


「ミスティを誘拐し、レーヴァを痛めつけ、フィーナを泣かし、街を破壊し人々の暮らしを脅かした……」


 自分のこと以外でこれほどの怒りを感じたのは、初めてかもしれんな。

 ギルドではシャルロットがすでに準備を終えた状態で立っている。


「リオン殿! 私も行きます!」

「お、俺たちも行くぞ! 守られてばっかじゃ、冒険者の名折れだからな!」


 他の冒険者たちも慌てて用意を始め、どうやらついて来る気があるらしい。


 ――依頼のときは、あれほど龍に対して怯えていたというのにな。


 彼らの行動理由は、街を守ろうとしたレーヴァにあるのだろう。

 この目では見られなかったが、きっとやつは本気でこの街と人々を守ろうとしたのだ。


 そのことが、なぜか誇らしく、嬉しく思う。


 俺はシャルロットの横を通り過ぎると、一瞬だけその肩を手を置く。


「貴様らは準備をして、明け方に来い。それまでにすべてを終わらせて、面白いものを見させてやろう」

「ぁ……」


 今回ばかりは、誰の手も借りるつもりもない。


 許す気もない。


 ギルドから出て、すでに暗くなり始めた遠い空を見る。


「たかが龍ごときがよくぞここまでやってくれたものだ」


 ミスティ、そして暗黒邪龍ファブニールの力を辿れば、やはりその先はゼピュロス大森林。


 自らにかけた幻影魔術を解く。


 やはり半身が呪いに蝕まれていたが、それすらもこのシオン・グランバニアを彩る装飾でしかない。


 ――いったい誰を敵に回したのか、教えてくれる。


 可能な限り魔力を解放し、敢えて敵に自らの存在を鼓舞するようにしながら、俺は西に向かって飛ぶのであった。

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