第32話
「遅かったか⁉」
地上に降り立つと、人々は恐怖に泣き叫びながらもその場に止まり、騎士や冒険者たちが慌てたように消化活動に勤しんでいる。
すでに敵の姿はなく、ドルチェが完全に陥落したわけではないことがわかった。
とはいえ、そもそも敵の目的が街の破壊ではなかったということだろう。
「リオンか!」
「マーカスか! どうなっている⁉」
俺を見つけて近寄ってくるマーカスに事情を聞こうとするが、見れば全身が傷だらけだった。
だがおかしい。
こいつの性格上、生きている限り戦い続けたはずだ。
騒ぎの元凶もいないとなると、少なくとも戦闘はもう終わっているのだろう。
それならフィーナが怪我を治しているはずだが……。
「わりぃ! 俺らが情けねぇばっかりに……」
「後悔は後でいい。今はなにが起きていたのかを……待て」
ふと、おかしなことに気が付いた。
この街にはレーヴァがいる。
極炎龍レーヴァテインは破壊神クヴァールと争った、この世界でも最強クラスの龍だ。
やつがいて何故このようなことになった?
あれに勝てる者など、この世界では俺と最高神クラスだけだぞ。
「リオン、よく聞いてくれ。実は――」
マーカスの言葉を聞いた俺は、全力で冒険者ギルドへと向かう。
すでに半壊したその建物だが、一部の施設は無傷で残っており、重症者はそちらに運ばれているらしい。
中に入ると、フィーナが涙を流して座り込みながら、必死に魔術を使っていた。
「……」
声をかければ集中力が途切れてしまうかもしれない。
そう思い静かに近づくと、身体の半分を黒い魔力で蝕まれたレーヴァが苦しむ姿。
「……」
これが強力な呪いだというのはすぐにわかった。
フィーナが必死に聖魔術で抵抗させているが、呪いは普通の魔術とは異なり術者が死なない限りは解放されることはない。
聖魔術で出来ることはせいぜい、その進行を遅らせることくらいだろう。
「フィーナ」
「リオン様⁉ ぁっ!」
俺の言葉で顔を上げてしまい、魔力が乱れた。
見れば額からは大量の汗をかき、休まずにずっとレーヴァを守っていたのだろう。
倒れかける身体を支えながら、俺は隣に座る。
「よくやった。後は私がやる」
「え? でもリオン様は聖魔術は不得手では……」
「ああ。だがこれに必要なのは……いや、いい」
言葉で説明する暇はない。
俺はレーヴァの傍に座り込むと、身体を蝕んでいる黒い呪いに直接触れるために肌に手を伸ばす。
「駄目です! それに触れたら!」
「問題無い」
呪いに対して光の魔術では効果が薄い。
ではなにが効果的かというと、他のなにかに移すことだ。
黒く蝕まれた部分に触れると、昏く凶悪な悪意が俺に流れ込んでくる。
並の人間であれば一瞬で自我を保てなくなるほど強力な呪いだ。
だが、この身は最強災厄の破壊神の化身として生まれた身。
「この程度で、私を塗り潰せると思うなよ!」
「グガァァァ⁉」
流れ込んでくる呪いの動きに合わせて、レーヴァが苦悶の声を上げる。
胸を掻きむしろうと手を伸ばすが、俺が暴れられないように覆い被さりそのまま抱きしめた。
「レーヴァ、耐えろ」
「う、ふぐぅ⁉ ガァァァ!」
先ほどよりも触れている面が多くなったため、呪いが移る速度が上がる。
一気にかかる負担はたしかに重いが、それでもこの程度であれば、暴れるレーヴァを抑える方がよほど大変だ。
「ガァァァァァ⁉ っ――⁉」
最後の咆哮を上げると、まるで糸が切れたマリオネットのようにレーヴァの身体から力が抜ける。
気を失ったのか、腕の中で大人しくなった。
「ふぅ……」
さすがに、今のは疲れたな。
抱きしめていた小さな身体を解放し、そのまま横たわらせてやる。
額から汗は凄いことになっているが、苦しさはもうなさそうだ。
「リオン様……その……大丈夫なんですか?」
「言っただろう、問題ないと。だが今の私には触れるなよ」
レーヴァを覆っていた黒い呪いは今、俺の身体を覆っているが、見た目いつもと変わらない状態だ。
というのも、このリオンという身体は俺の幻影魔術で作られた偽物。
――幻影魔術を解除したら、恐らく半身は真っ黒だろうな。
「さて、それでは事情を聞かせて貰おうか」
とはいえ、ミスティがこの場にいないこと。
そしてレーヴァが敗北したことを考えると、どうなったのかの推測は出来てしまうがな……。
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