第30話

 マーカスと別れ、街で買い物をしているフィーナたちを見つける。


「あ、ぱぱだ!」


 近づいて行くと、俺に気付いたミスティが走って抱きついてきた。

 見た目以上に力が強いので、そのギャップに少し驚いてしまう。


「ミスティ、いつも言っているがもっと力を調整しろ」

「ぱぱ、だっこ!」

「レーヴァにして貰え」

「だっこ、だめ?」


 俺の言葉など聞いてないように抱っこをせがんでくるのは、本当にただの子どものようだ。


 溜め息を吐き、その要望に応えるように抱き上げてやる。


「これで満足か」

「うん!」


 本当に嬉しそうに笑う。

 思い出せば、この世界に転生してから、こんな無邪気に笑える子ども時代は存在しなかったな。


 龍として生まれ、親すらいないミスティだが……こう笑えるのはなんというか、悪くないと思う。


「リオン様、おかえりなさい」

「バルザック殿との話は終わったのですか?」

「ああ。思ったより悪くはなかったな」


 ミスティに遅れてやってくる二人に受け答えをして、こちらにやって来ないレーヴァを見る。


 どうやらまた近づいてミスティに甘えられることを警戒しているらしい。


「レーヴァのところには行かなくていいのか?」

「いまはぱぱのとこがいい!」

「そうか……」


 まあ先ほどまで離れていたからな。

 今くらいは好きにさせてやるか。


「ん?」


 不意に、敵意の視線を感じて辺りの気配を辿る。


 ――徐々に集まってきているが、こんな街中でやり合う気か?


 数はそんなに多くないが、技量は中々高そうだ。


「……」

「リオン様? それにシャルロットさんもどうされましたか?」


 フィーナはまだ気付いていないが、シャルロットは警戒した様子を見せる。


「主、どうする? 我がやってもいいが」

「いや、私がやろう」


 面倒そうにこちらに近づいてきたレーヴァにミスティを渡し、俺は一番実力の高い相手のところに駆け出す。


「なっ――⁉」


 見覚えのある褐色の金髪、イングリットが驚いた顔で腰の剣を抜くが――。


「遅い」

「がっ⁉」


 顔面を掴むと、そのまま地面に叩きつける。


「イングリット⁉ 貴様ぁ!」

「ふん……」


 それによってパーティーメンバーが慌てて俺に攻撃を仕掛けてくるが、その判断すら間違っている。


 目的はわからないが、奇襲が失敗したのであれば逃げるか、せめてリーダーであるイングリットを解放するために動くべきだった。


 たとえSランク冒険者のパーティーであっても、俺の敵うはずはなく、あっという間に制圧。


 全員を気絶させたところで周囲がざわめき始めたが、シャルロットとフィーナが説明を始めていた。


 そちらは二人に任せ、俺は気絶したイグリットを見下ろす。


「さて……なぜこいつらが私を狙う?」


 バルザックの話では、俺を狙うことは断ったという話だった。

 やつを欺くための演技だったのか?


「いや、これは……」


 見ればイグリットの身体から黒い瘴気のようなものがあふれ出ている。

 他の面々も同じで、その力の禍々しさは人の心を惑わすには十分過ぎる力だ。

 黒い瘴気はそのまま空気中に消えていく。


「う……私はいったい」

「気が付いたか。ならば事情を説明してもらおうか」

「事情……?」


 イグリットは辺りを見渡して、自分たちがなぜ倒れているのかがわかっていない様子。


 つまり俺を襲おうとした記憶が失われているということ。


 ――厄介な。


 とはいえ、追求していけばなにか手掛かりくらいは掴めるだろう。


「ギルドに行くぞ。話はそれからだ」

「あ、ああ……わかった」


 まったく、さっき行ってきたばかりだというのに逆戻りだ。


 この場の説明はフィーナに任せ、俺はイグリットを連れて行く。

 俺一人では信憑性に欠ける可能性があるため、シャルロットも同行だ。


 そして――ギルドの個室にはSランクハンターとシャルロットだけが通される。


「イグリットが……シ、リオンを襲撃したぁ⁉」


 事情を聞いたギルド長のマイルドは、顔を青ざめて声を荒げる。


 ――そういえばこいつは俺の正体を教えたのだったな。


 伯爵経由で説明をさせてから話をしていなかったため、忘れていた。


「どういうことだイグリット! あの時リオン殿を狙うほど恨んでいないと言っていたのは嘘だったのか⁉」

「い、いや……それは本当だ。狙うつもりなどなかったし、そもそも私はなぜこんなことをしたのか……」


 なぜか俺以上に怒りを見せるバルザック。

 マーカスも険しい表情でイグリットを睨む。


「記憶はあるのか?」

「……ある、というより思い出したような感じだろうか。まるで夢を見ていたような」

「そうか。その夢の中ではどんな感情を抱いていた?」

「……貴様が憎いと。たかだか下位の冒険者が、Sランクの私たちを見下すなど許せないと……」


 俺の質問に対し、イグリットは譫言のように言葉を紡ぐ。

 心の底から絞り出すような声は、本人も意図をしないものだったのだろう。


「イグリット! お前なぁ!」

「自らの弱さを他者にぶつけるとは、恥を知りなさい!」

「違うんだ……たしかにそういう気持ちを抱いたが、だからと攻撃しようだなんて……」


 ギルド長とバルザックが声を荒げて責めるが、間違いなくなにか精神的な干渉を受けている。


 おそらく先ほどの黒い瘴気が原因だろう。


「バルザック、シャルロット」

「「はい」」


 なぜこの二人は俺を主人とでも扱うような態度を取るのだ?

 まあ話が早くていいのだが……。


「お前たちが出会ったという私を狙う者たち、特徴は覚えているか?」

「いえ、襲いかかってきたのでイグリットと共に返り討ちにしたのですが……」

「ええ。私も返り討ちに、した……はずで……」


 その瞬間、二人が同じように止まる。

 まるでなにかを思い出すことを拒否しているような、そんな雰囲気だ。


 それに対して、イグリットが訝しげな表情で首を横に振る。


「……バルザック、なにを言っている? 我らは完膚なきまでに負けた……だろう?」

「え? いや、そんなはずは……?」

「いや、たしかに……そう、そうだ。思い出したぞ。私たちが負けたあと、黒いなにかを無理矢理飲まされて、そこから記憶が曖昧になったのだ」


 あの闇の瘴気の影響か、どうやらイグリットも記憶が曖昧だったらしい。

 これを追求すれば、手掛かりとなるかもしれないな。


「その話を詳しく……の前に」

「「がふっ――⁉」」


 俺は速攻でバルザックとシャルロットを気絶させる。


「貴様、いったいなにを⁉」

「リオン、どうした⁉」


 突然仲間に攻撃を仕掛けた俺に、イグリットとマーカスが声を上げる。

 さすがに俺の正体を知っているギルド長は止めようとしないが、戸惑いは隠せないようだ。


 どうやらこの場にいる誰も、俺がなにをしたのかわかっていないようだ。


「どうやら貴様だけではなかったらしいぞ」

「なに……? あっ!」


 二人の口から黒い瘴気が漏れ出し、イグリットがようやく俺の言葉を理解した。


 油断しているところを狙っていたか?


 一度は撃退したと思い込ませておいて近づかせるとは、意外と敵は狡猾らしい。


「さて……このまま逃がすわけにはいかんな」


 俺は空気中に消えようとしている瘴気を風の魔術で捕らえる。

 そしてその魔力がどこと繋がっているのか、それを調べてやると……。


「西……それもかなり遠いな」


 てっきりこの街にいるのかと思いきや、これはノール村あたりまで離れている。

 それにこの魔力の強さは、人間のものではない。


「おいリオン、どうするんだ?」

「まあ相手が誰であれ、私を敵に回したことを後悔させてやるだけだ」

「手伝いは?」

「必要ない」


 シャルロット、バルザック、イグリットと高ランク冒険者が揃って敗北し、操られていた。


 となると、たとえこいつでも分が悪いだろう。

 それがわかったのか、マーカスが悔しそうな顔をした。


 ――ただ旅をするだけなら構わないのだがな。


 さすがにこれは普通に人間の手には余る。


「貴様は貴様が出来ることをしたらいい」

「……おう」


 それだけ言って、俺はギルドを出た。


――――――――――

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▼タイトル

『転生主人公の楽しい原作改変 ~ラスボスに原作知識を全部話して弟子入りし、世界を平和にしてから始まる物語~』

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