第29話

 ギルドの会議室に辿り着き、適当にイスに座ってしばらく渡された資料を見る。


 魔術都市を完成させるまでのロードマップのようなものだが、当然一代で出来るような簡単なことではない。


 とはいえ、さすがはSランク冒険者というか、思った以上にしっかりとした流れが出来上がっていた。


 ――面白い。


 魔術都市としての構想、将来的な街のイメージ、そして具体的な運営方法。

 まだまだ荒削りな部分はあるが、これなら帝国の事業としても十分検討する余地がある。


「どうでしょうか⁉」

「大枠としては悪くない。ただ一番の問題である――」

「必要な魔力量のことですね」

「そうだ」


 構想にある魔術都市は、ありとあらゆるものが魔力に依存している。


 既存の街とは比べものにならないほど便利な、それこそ現代に近い構造となるが……その分、最終的な形に仕上げようとすれば多くの魔道具と莫大な魔力が必要となるだろう。


「貴様が出している魔力の循環機構、これは理想論に過ぎん」

「そうですか……魔術の深奥を極めているであろうリオン殿ならば、可能な手段かと思ったのですが」

「この世に無限は存在しない。そしてこの都市を実現しようと思ったら、それこそ古き神々か龍の心臓を媒体にしてエネルギーにするしか……」


 そこで、俺は読み進めていた資料に同じことが書かれていることに気が付いた。

 最後に書かれていた、前皇帝シオン・グランバニアは神であるかもしれないという文言にも。


「……おい、これはなんだ?」

「これは私の仮説でしかないのですが……帝国最強の魔術師であるシオン・グランバニア前皇帝は神の力を手にしたのだと思うのです!」


 この時点でもう、聞いたことを後悔し始めていた。

 頭が痛くなり、思わず抑えてしまう。


「……」

「人の身を越えた圧倒的な魔力は、そうでなければ説明がつきません!」


 なぜこいつはシオンのことを書いたのか……というのを理解出来る自分の想像力が嫌になる。


 おそらくこいつは……。


「つまり、現人神であるシオン・グランバニア前皇帝にこの都市を治めて貰い、魔力供給をして頂ければ!」

「どこの世界に、元皇帝を電池にするやつがいる」

「電池?」

「気にするな。とにかくそんなアイデアは却下だ。というかシオン・グランバニアの協力を得るなど無理に決まってるだろう」


 なにせ本人が今この場で却下しているからな。

 誰が好き好んで魔力タンクになどなってやるものか。


 そもそもシオンだって人間には変わりなく、寿命が存在する。

 仮に帝国が本気でやったとしても、この都市が出来るのに十年以上の月日がかかる。


 俺が都市を治めたとして、せいぜい五十年程度。

 そんなわずかな年数しか耐えられない都市など、作る価値もない。


 しかもこいつの計画書だと、死んだ後はその死体を使う気満々だ。


「まあそのためのリオン殿なのですが……」

「……ほう」


 ぼそっと呟いたのを俺は聞き逃さんぞ。

 こいつ、シオンが無理なら俺を捕らえて無理矢理搾り取ればいいとでも言う気じゃないだろうな?


 ゲームのバッドエンドじゃないのだから、そんなルートはまっぴらごめんだ。

 そんなことを考えるようなやつは、今のうちに……。


「いやいやいや! なにか勘違いをしておられる様な気がします!」

「ならどうするつもりだった?」


 俺の険しい視線に気付いたバルザックが、慌てたように訂正する。


「私を遙かに超える魔術師であるリオン殿なら、シオン・グランバニア前皇帝と同じ高み――すなわち現人神になる手段に辿りついていると思ったのです! ゆえに弟子入りさせて頂き、私自らが魔力を補う立場になろうと!」


 慌てた様子で早口になるバルザックの言葉は、恐らく本音だろう。


 一緒にシオンを捕らえて実験動物にしましょう、なんて言われたら殺しているところだった。


 死亡フラグは早めに壊しておくに越したことはないからな。


「現人神、か。たしかにシオン・グランバニアは貴様の言う神の頂きに辿り着いている」

「やはり……ですが私はリオン殿も同じだと」

「神を殺せるかという問いに関してなら、私も出来るだろう」

「おお……」


 俺の言葉を疑うことなく感動した様子。


 こいつ、いつか悪い宗教にでも引っかかるんじゃないか? クヴァール教団とか。


 ――いかん……バルザックが枢機卿とか名乗って俺の前に出てくる未来が容易に想像出来てしまった。


 まあそうなったら殺すだけだが、今はまだ魔術の未来のために動いている男だからな。

 とりあえず、軽く助言くらいはしてやるか。


「だがこれは類い希なる才能と果てしなき鍛錬の果てに辿り着くものだ」


 ゲームでラスボルとなるほどの才能。

 もしくは、そんなラスボスを倒す宿命を負った主人公たちほどの才能。

 現神も力を貸したからこそ、神に届いた存在たち。


「それは偶然生まれるものではない。時代が、世界が生み出す者たちだ。ゆえに、貴様が神に届くことはない」

「……そう、ですか」


 俺の言葉を聞いてうなだれる。

 ここで諦めるようならそれまでだが――。


「では別の手段を探してみます! たとえ一代で無理だったとしても、いつかきっと誰でも魔術が使えるような世界を作るために、止まっている暇はありませんから!」


 今、こいつから強い意志の力を感じた。

 これまで帝国で何度も見てきたが、こういう人間はなにかをやり遂げるものだ。


「……なにかあれば言え。弟子にする気はないが、助言くらいはしてやろう」

「ありがとうございます! では早速!」


 そうしてしばらくバルザックの意見を聞きながら、出来ること、出来ないことを教えてやる。


 世界でも最高の環境で学んできた俺の知識はそれなりに有用だったのだろう。


 自分の疑問を淀みなく答えてくれるのが珍しかったのか、バルザックは感心した様子で質問をぶつけてくる。


「こんなに有意義な時間は初めてです! リオン殿、やはり弟子に――」

「弟子は取らん」

「むむむ……いえ、では勝手に心の中で師匠と呼ばせて頂きます」


 それも厄介だと思ったが、個人の思想にまで口出ししたところで無駄だと諦める。


「そういえば、リオン殿のことを狙っている者たちがいるみたいですね」


 魔術的な質問を聞き終えたのか、バルザックが話題を変えてきた。

 どうやらシャルロットだけでなく、こいつにも声をかけていたらしい。


「私とイグリットに声をかけてきて、断ったら襲いかかってきたので返り討ちにしたのですが、逃げられてしまって」

「ほう……」


 シャルロットだけでなく、ベテランのSランク冒険者たちからも逃げ出せるとは、どうやらそこそこ出来る相手らしい。


 そういえばマーカスが調査をしていたはずだが……。


「なにかわかったか?」

「とりあえずこの街のやつじゃないってことくらいだな」

「そうか。まあ大方、どこかの貴族だろう」


 クヴァール教団の者ならわざわざ冒険者を使うなんてことはしない。

 どこで俺の正体がバレたのかわからないが、必ず後悔させてやろうではないか。



 そうしてしばらく雑談をした後バルザックは出て行き、俺とマーカスだけが残された。


「なあ、俺はお前らみたいに魔術に詳しくないが、あいつの考えた計画ってのは不可能なのか?」

「私なら出来るな」

「ほぉ……」


 実際、バルザックが用意した企画は、国の運営という面で考えても、長い目で見れば決して悪いものではなかった。


 一番問題としていたエネルギー源、すなわち神も捕らえている。


 天秤の女神アストライアの力を回復させ、同時に力を奪い続けるシステムでも作れば問題は解決だ。


 さらに俺とジークの権力をフルに使えば国営事業として人も金も集めることが出来るし、やつ個人がやるよりもずっと上手く、そして早く実現出来るだろう。


 人道的なことに目を瞑れば、だが。


「だがそれでは意味が無い。これは、やつの夢なのだからな」

「ま、そうだな」

「そもそも私はこの世界を回って楽しむことで忙しい。他のことなど、やりたいやつがやればいいさ」


 俺を狙う奴らに言いたいことは一つ、俺など放っておけばいい。

 そうすれば返り討ちにされて、潰されることもないのだから。


「まったく、なぜこういうスタンスの私と敵対したがるのか……」

「そりゃリオン、お前さんは色んなところで恨みを買ってるからだろ」

「それは否定しない」


 だがこれもシオンとして生まれた運命のせいが大半なのだ。

 死にたくないし、世界も滅ぼしたくないという一心で頑張ってきたというのに……。


「やはり神は嫌いだ」

「はは、多分神ってやつもお前のこと嫌いだと思うぜ」

「……」


 地味に凹むので、そういうことを言うのは止めて貰いたいものだ。

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