第28話
その日の夜、依頼を終えた俺たちはシャルロットが来るまで宿の部屋で待っていた。
荷物を全部移動させる必要があるので、手伝うべきかと提案したが本人が拒否したので仕方ない。
「お待たせしました」
俺の部屋に入ってきた彼女を迎え入れ、まずしなければならないのは部屋割りだ。
とはいえ、これは俺の中ではもう決まっていることでもある。
これまでは俺とフィーナ、そしてレーヴァとミスティの四人が一部屋で眠っていた。
しかしいくら大きめな部屋を取っていたとはいえ、ここで五人で寝るには狭すぎる。
そう思って二部屋目を借りることにし、あとはそれを告げるだけ。
――本当は、同室の方が良いといえば良いのだが……。
元々シャルロットが狙われる可能性を加味して一緒の宿を取ることになったのだから、それが自然のはずだ。
とはいえ、彼女も年頃の少女。
男の俺と同室は良くないだろうし、レーヴァを護衛にすればいいかと考え直した。
となると必然的に俺とフィーナの二人で同室になってしまうが、これも同じ理由で却下。
結果、この部屋から俺が出て行き、一人部屋を取ることで解決する話となる。
そう思っていたのだが――。
「それでは私がリオン様と一緒の部屋で寝ますね」
「なに? いやフィーナよ。私は一人――」
「え? なにか言いましたか?」
突然、フィーナがそんなことを言ってきた。
反論しようとすると、彼女のかつてないプレッシャーを向けてくる。
その姿を前に、俺たちは全員圧されてなにも言えなくなってしまった。
「い、いや……なんでもない」
この世界に来てから何度も死を身近に経験してきたが、それとは違う怖さを感じたぞ……。
レーヴァはすでに我関せずのスタンスを取っていて、シャルロットは涙目で怯え、ベッドで寝ているミスティのほっぺに触れながら精神を安定させていた。
「こちらの部屋でレーヴァさんとミスティちゃん、それにシャルロットさんで問題ありませんよね?」
すでに精神的敗北をしている俺たちは頷くことしか出来なかったのだが、その中で一人待ったをかける者がいた。
「はぁ……シャルロットも主の部屋にしておけ」
「む?」
先ほどまで意見を出さなかったレーヴァが突然そう言う。
「言っておくが、ミスティの寝起きは凄まじく悪い」
「あ……」
「え? レーヴァ殿、それはいったいどういう――」
「我と主ならともかく、他の人間が傍にいたら死にかねん」
そういえば、普段は力を抑えているのかマーカス辺りが蹴られても怪我だけで済むが、寝起きは妙に力が強い。
あれは相手が俺だからではなく、寝起きで制御が出来ていないからだったのか。
そういえばフィーナは寝起きのミスティには絶対に近づかなかったが、知っていたのだな。
「今まで部屋には我と主がいたから抑えられていたが、我だけだと見落としたときシャルロットを……うむ」
「……」
そっと、音を立てないようにミスティからシャルロットが離れると、怯えながら俺の背中に隠れた。
これが龍に対する本来の反応だろうし、さすがに子どもの癇癪で死にたくはないだろう。
「フィーナ殿ぉ……」
「う、うぅ……これは仕方ありませんね……」
頼み込むようなシャルロットに、フィーナが諦めたようにため息を吐く。
どうやら結論が出たらしい。
結局俺とフィーナ、そしてシャルロットの三人が相部屋となることになった。
まあ冒険者として旅をしていれば同じテントなどで寝ることもあるし、あまり気にしなくて良いか。
「ミスティに説明するとまた泣くから、ちゃんと寝るまでは主も一緒にいるのだぞ」
「……そうだな」
結果的に、人と龍で別れることになったが、まあある意味自然で良かったのかもしれないな。
ふと、シャルロットがこの部屋に来ることになった原因を思い出し、俺は溜め息を吐く。
「私を狙う者か……」
「リオン殿には心当たりがないのですか?」
「むしろありすぎて検討がつかん」
「あ、はは……」
皇帝時代の俺を知っているのであれば、それこそ大陸中に俺を殺したいやつがいるだろう。
本来なら目の前のシャルロットだってそうだったはずだ。
これまで散々帝国、そして俺自身の未来のために多くの人を犠牲にしてきた。
それを今更後悔する気はないが、周りが巻き込まれるとどうしても苛立ちを感じてしまう。
「まあいい。貴様はしばらく私かレーヴァの傍を離れるなよ」
「は、はい……」
たかだか部屋決めのために余計な労力をかけてしまった。
これも全部、私を狙う者のせいだ。
何者かは知らないが、覚悟しておけよ。
それからしばらく、動きらしい動きはなく日々は過ぎる。
俺は冒険者として活動し続け、ギルド長からそろそろ南のサーフェス王国への通行証が発行されると聞いたところだ。
「ぱぱみて! これもらった!」
街を歩いていると、ミスティが俺にお菓子を見せてきた。
まるで猫が獲物を狩ったことを自慢するように、なにかを手に入れると俺に報告してくる。
「そうか。礼は言ったか?」
「うん!」
「えらいな」
ミスティの頭を撫でると嬉しそうに笑う。
人と違い、本能のままに生きているからか、この娘には嘘がない。
かつて謀略が渦巻く宮廷で生きてきた身としては、こういう真っ直ぐな感情に対してどう受け止めればいいのか、未だに悩んでしまうな。
「だがそれを食べるのはご飯のあとだぞ」
「えー」
「レーヴァに渡して……いや、やつに渡したら食べてしまうか」
「っ――!」
俺の言葉にミスティは慌ててお菓子を抱きしめる。
小さな身体で隠しても普通に見えるが、まあそれは言わないでおいてやろう。
「そんなことするわけなかろう。ほらミスティ、持ってやるから渡せ」
「まま、たべない?」
「食べない食べない」
まだ警戒しているのか、恐る恐るお菓子の袋をレーヴァに渡す。
そんな子ども同士のやりとりがおかしいのか、二人を見る街の人々の顔は柔らかい。
ミスティが真龍であることはすでに広まっているのだが、人間は慣れる生き物で怖がる者はほとんどおらず、むしろ率先してお菓子を渡してくる始末。
まあ街に馴染んでのびのびと育つのであれば、悪いことでは無いな。
「……」
「リオン様、どうされましたか?」
「いや、これからどうするかについてな」
ミスティは真龍だ。
俺とレーヴァに懐いていることもあり、成り行きで一緒に行動をしているが、本来龍とは群れることなく一人で育つ。
今一緒にいるのも、ミスティにとっての脅威が近くにあることが原因だ。
だからそれが排除されれば、そのときは――。
「シャルロットの件といい、面倒事はなくならないものだ」
龍の件、それに俺を狙う者。どちらも放置してサーフェス王国に行くわけにはいかないし、そろそろ本格的に動くか。
そう考えていると、見覚えのある男がこちらに近づいて来たのが見えた。
帝都のSランク冒険者バルザック。
今はもうパーティーを解散しているため元と付くが、その実力は冒険者の中でもトップクラスだろう。
「……」
「リオン殿、そんな露骨に嫌そうな顔をしなくても……」
「そんな顔はしていない」
ただあの熱量は苦手なだけだ。
シャルロットに注意されてとりあえず顔を取り繕うが、そうしている間にバルザックが傍まで来て、紙束を前に出してくる。
「リオン殿! 色々と纏めてきましたのでどうかお話をする機会を!」
「はぁ……まあ約束だからな」
魔術師の街を作りたいという夢を語り、俺の力を見込んで来たのだ。
面倒だが、まあ悪いやつでもない。
――それに、聞きたいことがあれば纏めて持ってこいと言ったのも俺だからな。
きちんと言葉通り纏めてきた以上、無碍にするわけにもいかないだろう。
「ギルドの奥で話すか」
「はい!」
シャルロットたちには離れることを告げ、俺はバルザックと共にギルドに向かう。
道中、出会ったマーカスが面白そうだからとついてきた。
どうやら俺が戸惑うのを見て笑う気らしい。
もっとも、そんなことにはならないがな。
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