第26話
「あいつがそうだろ」
「ちっ、なんであいつばっかり」
「……私もパーティーに入れて貰えないかなぁ」
冒険者ギルドに入った瞬間、そんな声が聞こえてくる。
ゼピュロス大森林の一件以来、そんな嫉妬や憧れなど、多くの視線を向けられるようになっていた。
まあ、ざわつくのもわかる。
なにせ真龍を連れている冒険者、など前代未聞だろう。
注目されても仕方が無いが、かといってそれに反応してやる義理はないのである。
――それが余計に鼻につくのかもしれんが、知ったことではないな。
それでも俺にちょっかいをかけてこないのは、この街の冒険者たちはもう俺の強さを身に染みて知っていることと――。
「ようリオン! それにフィーナ嬢ちゃん! こっちだこっち!」
「あ、マーカスさん! それにシャルロットさんも!」
――この二人と交流があるというのが大きいだろうな。
酒場のテーブルから手を振っている二人は、単体の実力で言えばこの街、いや帝国でも指折りの冒険者だ。
元々ギルドでもトップクラスの実力者だったシャルロットは、その美貌と実力、そして凜とした立ち振る舞いから男女問わずファンが多い。
さらに帝都からやってきたSランク冒険者のマーカスは、どうやら全冒険者の憧れだという。
最近二人はよく一緒にいて師弟関係になっているが、これが上手く嵌まっているのかシャルロットの実力はどんどんと伸びているようだ。
「お二人も依頼を受けに来たのですか?」
「ああ」
「……今日は龍の嬢ちゃん、いねぇんだな」
妙に警戒して周囲を見渡してるなと思ったら、どうやらミスティがいないか確認していたらしい。
先日、追い回されたのがトラウマになったようみたいだな。
「あいつらは朝弱いからな」
「レーヴァさんにくっついて寝る姿、とっても可愛いんですよー」
「リオン殿はなんだかんだでミスティ殿に甘いですよね」
「そんなことはない」
クスクスと笑うシャルロットの言葉を否定しつつ、一緒の席に座る。
もうしばらくしたら受付嬢たちがやってきて、ギルドも活発になってくるだろう。
「おお、そこにいるのはリオン殿ではありませんか⁉ 偶然ですね!」
「……フィーナ、あとは任せて良いか?」
「あ、はは……いいんですけど、そろそろちゃんとお話しした方がいいんじゃないですか?」
聞き覚えのある声。
見れば俺のストーカーであるバルザックが笑顔で近寄ってきた。
隣にはSランク冒険者のイグリットもいるが、そちらは呆れた顔だ。
「さあさあリオン殿! 今日こそ私と魔術について語り合いましょう!」
「断る。貴様と話すことはない」
「そんなこと言わずに! 魔術師にとって知識のぶつけ合いは最高の娯楽でしょう⁉」
たしかに魔術師にはそういう傾向がある。
元々はお互いの知識を共有し、新しい世界を切り開こうという建前があったはずだが、時代とともに魔術が体系化していき、ほとんどの魔術がルール付けられた。
結果、今では知識を高めるためではなく、自分の方が上だと照明するためにマウントを取り合おうとするだけの行為。
己の知識を振りかざし、相手を言い負かすためだけに言葉を紡ぐ魔術師たちの喧嘩は見るに堪えないものだった。
「帝国の宮廷魔術師たちですら、私から見れば赤子も同然でした。しかし貴方なら私を越え、素晴らしい知識を与えてくれると信じています!」
「……」
まあ、この男はどちらかというと古い魔術師タイプらしく、本当に知識を求めているだけのようだが。
「というか貴様、パーティーメンバーはどうした?」
「もちろん解散しましたとも!」
「は?」
「元々冒険者をやっていたのも魔導の探求と夢のため! であれば先の道を知った今、いつまでもしがみつく理由もありませんからね!」
あまりにも予想外過ぎる言葉に俺は呆気にとられてしまった。
最初にノール村で会ったとき、メンバーが四人ほどいたはずだ。
イグリットは他の面々と一緒にいるが、事情を知っていたのか頭に手を当てて呆れている。
「というわけで、私を弟子にしてください!」
「断る」
「ではよろしくお願いします!」
「嘘だろう?」
駄目だ、全然話を聞こうとしていない。
「凄い、あのリオン殿が圧されてる」
「バルザックのウザさやべぇな」
「そこの二人、感心してないでこいつをどうにかしろ」
「なにからすればよろしいでしょうか⁉」
「貴様には言っていない」
だからそんなキラキラとした瞳で見てくるな!
とはいえ、今まで俺のことを恐れて離れようとする者、俺を崇拝して傍にいようとした者、色々といたが……。
――さすがに自分の地位をすべて捨ててでも弟子入りしようとしてきたのは初めてだな。
「そもそも、貴様は私になにを求めているのだ」
「弟子入りさせて頂きたいのです!」
「それは聞いた。聞きたいのは、私に弟子入りをしてなにを為すつもりなのだ、ということだ」
バルザックはすでにSランクの冒険者になれるほどの魔術師。
基礎を教えるような段階はとうに過ぎ、その先の道は自分で決めるものだ。
魔導の深奥を目指す、などと言ってもそんなものは言葉遊びでしかない。
「魔術の研鑽にゴールなど存在しないぞ」
「……」
先ほどまで煩かったバルザックは、黙り込んで真剣な表情で俺を見る。
なぜかその様子を、周囲の冒険者たちも固唾を呑んで見守っていた。
しばらくそんな無言の時間が続き、ようやくバルザックが口を開く。
「……私が目指すのは、誰でも魔術を学べる街を作ることなのです」
「ほう」
少し興味深い言葉だった。
続けろ、と目で伝えると、バルザックはそのまま言葉を紡ぐ。
「この世界は未熟すぎます。どの国でも利益の大半を貴族が得て、平民は搾取されるのみ。これではいつまで経っても先の文明には辿り着けません」
「だがそれは魔術以外で補えばいいのでは?」
俺の世界では科学が発展して文明が進んでいった。
文明の進化というのは自然現象だ。
矛盾があるように聞こえるかもしれないが、必要があれば世界は勝手に進んでいくものである。
「もちろんその方向もあります。しかし私は魔術の天才ではありましたが、その他の才能は凡夫そのもの。ならば得意な物で世界を変えたいと思ったのです」
「ふむ……」
「宮廷の魔術師たちは私利私欲でしか魔術を使いませんでした。だから私は市井に降り、そして冒険者としてまず魔術を極めることから始め、Sランクにまでなったのです」
その言葉に嘘はないのだろう。
言霊、というものが存在するように、言葉には魂が籠もる。
なるほど、世界にはこういう男もいるのか……。
「しかし独学では限界があり、悩んでいたところに貴方と出会った! これはもう、神の計らい! まさに運命!」
「あ……」
俺のことをよくわかっているフィーナが声を上げる。
神の計らい、運命。まさに俺の嫌いな言葉だった。
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