第25話

 それからしばらく、城塞都市ドルチェでは平穏な日々が流れた。


 俺とフィーナは主にギルドで依頼を受け続け、先日のゼピュロス大森林の件も合わさって昇格。

 Cランク冒険者となり、依頼の幅も広がった。


 シャルロットは依然としてAランクのままだが、最近はマーカスに修行を付けて貰うなどして実力も向上しているらしい。


 改めてゼピュロス大森林に行って鍛錬に精を出し、このままいけばSランクに上がるのも時間の問題だろう、とのこと。


「ぱぱー。みてー」

「ん?」


 今はギルドの依頼で城塞都市ドルチェの少し南にある草原地帯に来ていたのだが、ミスティが白い花で編まれた花冠を持って俺に見せてくる。


「どうしたのだ?」

「フィナがつくってくれた!」


 少し離れた木陰に座ったフィーナがこちらに軽く手を振っている。

 その横ではレーヴァが疲れたようにダウンしていたが、ここ最近はいつものことなのであまり気にならない。


「ふむ……」


 俺はそれを手に取ると、ミスティの頭に乗せてやる。

 白い髪に緑と白の花が太陽を反射し、愛らしいさが増した気がした。


「中々似合っているぞ」

「わーい!」


 俺に褒められたのが嬉しいのか、ミスティはそのまま草原を走り出す。

 今度はフィーナに自慢しているようで、その姿は仲の良い姉と妹みたいにも見える。


「ふ、まるでピクニックだな」


 一応Cランクになり、以前より強力な魔物を狩りに来ているのだが、まるでそんな危うさなど感じられない。


 まあそれもそうだろう。


 俺は当然として、あそこの二人は龍。

 フィーナはまだ実力不足とはいえ、最近は結界魔術などの腕も上達し、この場の魔物であれば余裕のはず。


「別に原作に関わろうと思っていたわけではないのだがな」


 フィーナは俺を殺す役割を持ち、レーヴァはラストダンジョンである帝都の乗り込むときに仲間になるキャラ。


 もし俺がゲーム通りラスボスとして君臨していたら、主人公であるカイルは詰んでいたな。


「まあそうなったらなったで、別の力が働いていた可能性もあるか」


 昔からこういう話には、歴史の修正力というものが働くと言われていたな。

 時代が動く瞬間は変えられず、運命は収束する――。


「いや……だとしたら私がこうして自由にいられることはないか」


 少なくとも『幻想のアルカディア』においてクヴァール教団の大司教オウディは重要人物だ。


 主人公やシオンほどではないとはいえ、やつがいなければ物語は動かず、だからこそもし修正力が働くとしたらやつはまだ生きていなければならない。


 そして俺もまた、帝国から出ていくことなど出来なかっただろう。


「歴史の修正力などない。仮にあったとしても……」


 俺はフィーナを見る。

 天秤の女神アストライアの依り代として生まれた彼女だが、今そこに神はいない。

 俺の力によって引き剥がし、そして今はジークの手に委ねたからだ。


「そのようなもの、私の力ですべて破壊してやる」


 元破壊神の依り代として、その力を存分に振るわせて貰おう。

 丁度やってきた猪型の魔物、グレイトスタンプの突進をその手で止め、そのまま殴り飛ばす。


 それだけで死んでしまった魔物の素材を剥ぎ取り、クエスト完了だ。

 木陰では甘えるミスティと、それに頬を緩ませて抱きかかえているフィーナ。

 そしてその隙に休んでいるレーヴァを見る。


 穏やかな日常。

 俺が追い求めて止まなかった理想の世界。


 それを守るためなら、俺はなんでもしよう。


「たとえ相手が神でも龍でも関係ない。私こそが、この世界で最強なのだからな」


 柔らかく吹く風に身を任せながら、俺はゆっくりと仲間のところへと歩いて行った。



 ドルチェに戻ってくると、見覚えのある冒険者たちが目に入る。

 どうやらゼピュロス大森林から戻ってきたらしい。


 元々真龍の調査という名目だったが、それは俺たちが引き連れてしまった。

 とはいえ森の異常は継続していたので、それあ落ち着くまで警戒していた形で残されていた者たちだ。


「あ、リオン殿!」


 街を歩いていると、聞き覚えのある声。

 振り向くと、シャルロットがこちらに近づいてくるところだった。


「シャルロット、戻ってきたのか」

「はい! これ以上は生態系を再び壊しかねないということで、解散となりました!」


 マーカスと共にゼピュロス大森林に向かっていた彼女は、どこか先日とは空気が異なっている。


 ただ立っているだけでも隙がない。


「少し会わなかっただけだが、見違えた。強くなったな」

「そう、でしょうか?」

「ああ」


 元々幼い頃の鍛錬と、独力でAランクまで上り詰めた少女だ。


 短い期間だが、直接指導をしてくれる先達がいたのは大きかったのか、先日見たSランクの冒険者たちと比べても遜色がない雰囲気になっている。


 少し離れたところではマーカスもいて、まるでお転婆な妹を見るような目でシャルロットを見ていた。


「マーカス殿に色々と教えて頂きました」

「そうか」


 人材育成も出来るのかあの男。

 これはますます欲しくなってきたな。


 とはいえ、今はシャルロットの方が先か。


「……」


 今の彼女の実力ならすぐにでもSランクになれるだろう。

 というより、そこらの騎士よりも強いので、推薦すればすぐに騎士にもなれる。


 ただ、もうしばらくマーカスに預けておいた方が伸びるような気もするな。

 それに俺がなにかをしなくても、ドルチェ伯爵の態度であればおそらく手を付けるだろう。


「あのリオン殿? そんなにじっと見つめられるとさすがに恥ずかしいのですが……」


 決して下卑た視線を向けたつもりはないのだが、少し顔を赤らめて照れているようだ。


 まあたしかに異性に慣れていなさそうな雰囲気だし、男にじっと見つめられると困るか。


「むぅ……」

「ん? なんだフィーナ?」


 服の後ろを引っ張られたので見ると、何故かフィーナが少し頬を膨らませた状態でこちらを見ていた。


 なにかを言いたげだが、不満そうな顔をするだけでなにかを言うつもりはないらしい。


「主よ、それでは女にモテんぞ」


 失礼な、これでも俺がパーティーに参加すればその場で婚約破棄が起きるから出禁になっていたのだぞ。


 まあそれが名誉なことかと言われたらそんなことないので、言わないが。


「フィーナ殿! 今のは違うぞ! 大丈夫だ、私は決してこの人を取ろうなんて思っていな――」

「わ、わーわーわー! シャルロットさん違うんですー!」


 少女たちは少女たちでなにかを言い合っている。

 仲の良さを感じさせるような雰囲気だし、美少女たちが二人で会話をする姿は内容はともかく華やかだ。


 ただ、あまりにも目立つ。

 なにせフィーナにしてもシャルロットにしても、道行く人がすれ違えば誰もが振り向く美少女だ。


 周囲の人々も何事かとこちらを見ていて、しかも何故か俺が責められるような視線。


「……せっかくの再会をこんな場所で話すのもなんだ。どこか店に入るぞ」

「お、だったら良い店聞いたんだ。そっち行こうぜ」


 俺たちの様子を楽しそうに見ていたマーカスが近づいてきて提案してくる。

 今更やってきて、という俺の恨めしい視線は完全に知らない振りとは……。


「んな目で見るなって。馬に蹴られたくないから仕方ねぇだろ」

「ミスティ、蹴ってやれ」

「やー!」

「うぉぉぉっ⁉」 


 俺の言葉を受けたミスティが遊びだと思ってマーカスに蹴りを入れる。

 風を切るほどの勢いで当たれば骨折くらいはするだろうが、マーカスは上手く避けた。


「ちっ」

「お前それは洒落になんねぇだろ⁉ ってか止めてくれ」

「わーい!」


 ミスティは楽しそうに逃げるマーカスを追いかける。

 まるで初めて狩りを覚えた獣のようにたどたどしい動きだが、中々素早い。


 これはいずれ当ててしまうかもしれんが……。


「怪我をしてもフィーナがいるから心配するな」

「そう言う問題じゃねぇ!」

「ぱぱ! まま! みててねー!」


 元気いっぱいに攻撃を仕掛けるミスティが楽しそうなので、いいだろう。


 この後、幼女に追いかけ回されるSランク冒険者がいる、と噂になるのだが、俺の知ったことではないのであった。

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