第23話

「待て! ここはドルチェ伯爵の屋敷だぞ!」


 ミスティを連れてドルチェ伯爵の屋敷に訪れると、前回と同じ見張りに一度止められた。


「……む、貴方は」

「ドルチェ伯爵に会いに来たが、通してくれるか?」

「そうですか。ですがアポイントがあるとは聞いておりませんので、少々お待ちください」


 どうやら顔を覚えていなるようだが、そのまま通してくれる気はないらしい。

 一人が走り、もう一人が俺をしっかりと見張る。


 たとえ伯爵の客人だと分かっていても安易に行動せず、しっかり職務を全うしようとする姿は好感が持てるな。


「……」

「……」


 俺が怪しい動きをしないように見張っている兵士と、ミスティの目が合った。

 お互いなぜか目が離せず、ただなんとなく気まずい沈黙が続く。


 しばらくして、もう一人の見張りが戻ってきたことで態度も柔らかくなった。

 どうやら許可が取れたらしい。


「さあ、こちらです」


 伯爵の部屋に案内される道中、どこか足取りが緊張したものなのは、やはり客人を引き止めたことに対する不安があったからだろう。


 ――貴様は職務を全うしただけだ。


 そう言うのは簡単だが、素性のしれない冒険者に声をかけられても困るだろうから控えておく。


「こちらです」


 案内された部屋に入るとドルチェ伯爵が一人でいて護衛も使用人もいない。

 見張りだった男も下がり、部屋の中は俺とドルチェ伯爵、そして問題となっている真龍のミスティだけだ。


「護衛が一人もいないとは不用心だな」

「ははは、貴方が相手では、どれほどの護衛を用意しても無駄でしょう」


 どうやら冒険者のリオンとしてではなく、元皇帝のシオンを相手にするつもりらしい。


 俺としてはどちらでも構わなかったが、ドルチェ伯爵からしたらそちらの方が安心するのかもしれない。 


 ソファに座ると、ミスティが真似をするように隣に座る。


「ぱぱのとなりー」

「っ――⁉」


 ミスティがそう言った瞬間、ドルチェ伯爵はギョッとした顔をする。


 他の者なら子どもの言葉と流すだろう。


 しかし実際帝国貴族からしたら笑い事ではない。

 なにせ突然、帝位を譲り渡した前皇帝に娘が出来たという話。


 クーデターを企てた者たちと戦い続けてきたこいつからすれば、冗談には思えないのだろう。


「こいつが真龍だ」

「……?」


 頭を抑えて撫でると、不思議そうな顔で見上げてくる。


「あ、ははは……ええ、情報は聞いていましたが、なんともまあ可愛らしい……」

「余計な心配するな。ぱぱと呼ぶのは保護を求めるための本能的なもので他意は無い」

「ええ、そうさせて貰います。胃が持たなさそうなので」


 ドルチェが正面に座ると、テーブルにある鐘を鳴らす。

 すぐに扉の外に控えていた使用人がカートを押しながら入ってきて、飲み物を提示してきた。


 さすが伯爵家というべきか、本来高級品であるはずのジュースが色とりどりと並んでいる。


「きれい!」

「好きなのを選ぶと良い」

「このあかいのがいい! ままのいろ!」

「そうか、ならこれを」


 ミスティは子どもらしく興味津々のようで、カートのジュースをじっと見つめて声を出す。


 事情を知らない使用人は、愛らしい少女の言葉にほっこりしながらジュースを入れ始める。


 ――もしこいつが龍だとわかったら、こんな顔も出来ないだろうな。


 見た目だけなら角の生えた愛らしい幼女だが、その身に宿る力は普通の人間では到底御せない強さを秘めている。


 赤いジュースだけを残して部屋から出て行った使用人を見送り、俺は置かれた紅茶を口に含んだ。


「お気に召してくださいましたかな?」

「うん! あまくてつめたい!」

「それは良かった」


 ドルチェ伯爵は恐らく俺に向けた言葉だろうが、ジュースが美味しかったらしいミスティが返事をする。


 すぐに空になったので、俺が置かれた容器から再び入れてやるとまた飲み始めた。


「あまり飲み過ぎたら夕食が入らないから、それで終わりだぞ」

「っ――⁉」


 言葉の意味を理解したせいか、ショックを受けた顔で見上げてくる。


「だめ……?」

「そんな顔で見上げても駄目なものは駄目だ」

「うー……」


 そして俺が許さないとわかったのか、先ほどまでの勢い良く飲むのを止めて、ちびちびと舐めるように飲み始めた。


 これでしばらく大人しくなるだろう。


「さて、本題に入るか」

「ええ……ええ……」


 よほど気になるのか、ドルチェ伯爵がチラチラとミスティを見る。


「冒険者ギルドから連絡があったと思うが、ゼピュロス大森林でこいつを拾った」

「そんな犬猫みたいな風に、真龍を拾わないで欲しいものですが……」

「仕方あるまい。ミスティが私たちを呼んだのだから」


 先日の出来事を順番に語っていく。

 それと同時に推測になる部分も混ぜて語ると、ドルチェ伯爵の顔色がどんどんと悪くなっていった。


「なるほど……つまりこの真龍の子を脅かすなにかが、あの森にいるのですね」

「そうだ。正確には、この子の親である龍の墓の中か、その近くのどこかにな」

「……はぁ。騎士団を派遣してどうにかなると思いますか?」


 それに対して俺は返事をしない。

 最初から無理だとわかっていることを答える意味などないからだ。


「あの、シオン様……どうか我が領地を助けてくださいますか?」

「今の私は冒険者のリオンだ」

「……冒険者ギルドには、依頼を出させて頂きます」


 我ながら少し面倒だとは思うが、しかしここの段取りは重要なのだ。

 シオン・グランバニアという名前はこの大陸であまりにも重すぎる。


 私が帝国を周りながら貴族を助けたなどと広まれば、それだけで現皇帝に対する批判の旗印になりかねない。


 ジークなら上手くやるだろうが、いちいちそんな面倒なことに触れてなどやるものか。


「ミスティ、質問に答えろ」

「んー?」

「貴様を狙っているのは別の龍か?」

「うん! そうだよ!」


 あっさりと頷く。

 まあ龍が助けを求めるなど、神か龍のどちらかしかないものだから当然か。


 ドルチェ伯爵はミスティの言葉を聞いて頭を抱えているが、事実は事実として受け入れている様子だ。


「こ、これは例えばの話ですが……ミスティさんが離れたら、その龍は追いかけていくのですか?」

「どうだ?」

「んーと……たぶんおこってミスティがいたばしょこわしながらおいかけてくるとおもう」

「だそうだ」

「……」


 つまり、すでにゼピュロス大森林、ノール村、そしてこの城塞都市ドルチェはその龍のターゲットになっている状態ということだ。


「リオン殿……」

「わかっている。私がなんとかするからそんな目は止めろ」


 恨めしい目で見てくるが、こちらだって不可抗力だったのだ。


 そもそも俺がミスティを見つけなかったらもっと大変なことになっていたのだから、感謝して欲しい。


「とはいえ現状、ミスティを追う龍の存在は発見出来ていない」

「そうですね。それはこちらでも調べてみます」


 まだ近くに来ていないだけなのか、それともなにか理由があるのか。

 どちらにしても、他国へ入る資格を待つついでに龍退治といこう。


「本当に、この国は貴方とジークハルト様がいれば安泰ですね……」


 龍という災害があるとわかってなお、俺の力を信じているのだろう。

 まあこいつは過去の戦乱で俺がどれだけ敵を蹂躙してきたかを知っているから当然だが。


「そういえば、シャルロットとパーティーを組んだそうですね」

「一時的にだがな」

「そうですか。どうでしたか?」

「まあ、悪くはないな。実力もそこらの騎士より上だし、性格も清廉潔白と言って良いだろう」

「ふむ……」


 ドルチェはなにかを考える仕草をしている。

 大方、自分の家の騎士にするかを悩んでいるのだろう。


「声もよく通る。若く目麗しいこともあって、軍を率いる才能もあるな」


 やや真面目過ぎるところもあるが、単独で冒険者をやるよりも集団行動でこそ真価を発揮するタイプだ。


「ずいぶんと高い評価ですね」

「事実を伝えているだけだ」

「事実……貴方がそこまで言うのであれば……」


 俺の言葉で、どうやら吹っ切れたらしい。

 これで悪いことにはならないだろうな。


「選ぶのは貴様だが、シャルロットは過去のデメリットを差し引いても十分役に立つと思うぞ」


 それだけ言うと、俺は立ち上がる。

 ジュースを飲みきったミスティは、最後に少し未練を残すような目をしつつ、真似をするように立ち上がった。


「私の正体は、ギルド長に伝えておけ。ただし、他の面々にはバレないようにな」

「わかりました。それでは、この領をお願いします」


 ドルチェ伯爵が深々と頭を下げ、俺はただ無言で頷いた。

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