第22話
フィーナとシャルロットを残した俺たちは、改めてノール村に作られたギルド本部に入ると、妙な緊張感が漂っていた。
見渡すと見覚えのある冒険者が多い、というより村にいるほとんどが集まっているようだ。
「人が多いな」
「あ、リオンさん。それに……」
俺の姿に気付いた受付嬢のメルが、腕に抱えられているミスティを見て顔を引き攣らせる。
どうやら彼女は事情は聞いているらしい。
「ギルド長はいるか?」
「はい。リオンさんが来たら通すように言われています。あと、まだその子の素性については広まっていませんが……」
メルはそう言いながら周囲の冒険者たちを見渡す。
「大方なにかあったときのために集めたのだろう?」
「はい。リオンさんなら大丈夫だと信じていますが、これも上の人間の役目だからと」
「気にするな。ギルド長は間違ったことをしていない」
真龍が暴れたら冒険者が束になっても勝てないだろうが、それだとわかっていても手を打たなければならないときがある。
「しかしやつら、事情を知らない割には妙に視線が厳しい気がするな」
周囲の冒険者たちは見知らぬ子どもを連れたまま奥に向かう俺を見て、訝しげな表情をしていた。
ドルチェの冒険者たちは俺に手を出すと痛い目に合うことを十分知っているせいか、なにも言わない。
ただひそひそ話をしているので少し聞き耳を立ててみると――。
――やっぱりあいつ、ロリ……。
――新しい幼女、買った?
あとでやつらは痛い目に合わせよう。
「っ――⁉」
俺の殺気に気付いたのか、辺りを見渡して怯えている冒険者を無視して臨時で作られた応接間に入る。
「よ、昨日ぶり」
「……」
マーカスが気軽に手を上げ、 ギルド長のマイルドは胃が痛そうな顔。
イグリットと呼ばれた女性のSランク冒険者は、俺を警戒した様子で立ったまま壁に背を持たれさせている。
そしてもう一人のSランク――魔術師のバルザックはというと……。
「おお! お待ちしておりましたマスター!」
「……」
「ささ、こちらにどうぞ! 不祥このバルザック、マスターのイスを温めさせて頂きました! ああ、お嬢様方も良ければこちらに! お父上の横でどうぞ!」
満面の笑顔で俺に近寄ってきた男は、まるで召使いのような態度で接してくる男。
「おい主、こいつちょっとキモいぞ」
「私も少しそう感じている」
というより、昨日は俺のことを格下と侮っていたはずだが、一夜でこの豹変ぶりはいったい……。
「バルザック、落ち着けって」
「離せマーカス。私はマスターの傍でその一挙一動を見守る役目があるのだ」
「そのお前の大事なマスターが困惑してるだろうが」
呆れた様子のマーカスがバルザックを引き離し、ようやく落ち着きを見せる。
「ギルド長……これはいったいどういうことだ?」
「あー、こいつは魔術師としては一流なんだが、プライドが死ぬほど高くてなぁ……」
「帝国の宮廷魔術師など全員カスですからね!」
やさぐれていて唾を吐きそうな表情。
先日見たときは自信に溢れた典型的な魔術師だと思ったが、どちらかというとチンピラっぽさがある。
どうやら昨日見せた姿は擬態だったらしい。
「こんな感じで魔術師なのに冒険者になったんだが、どうも昨日お前さんに叩きのめされたのがよっぽど衝撃的だったらしく、崇拝しちまったみたいで……」
「マスターの洗練された魔術……私はあれに魔導の極地を見ました! 是非このバルザックにご教授を!」
キラキラとした瞳。
マーカスに肩を抑え込まれていなかったら、今にでも飛びかかってきそうだ。
「……主、やっぱりこの眼鏡なんかキモい」
「頭が痛くなる……」
まるで正反対なこの雰囲気はあまりにもギャップが大きくて混乱する。
「……話が進まんから、貴様は黙って大人しくしていろ」
「はい!」
その一言でバルザックは本当に大人しくなる。
とりあえずこいつは放っておこう。
「それで、そのちっこいのが……?」
ギルド長は恐る恐るミスティを指さすと、全員の視線が集中する。
「ぱぱ、なんでみんなミスティをみてるの?」
「お前が真龍だからだ」
「そっかー」
ミスティは多分よくわかっていないのだろう。
ギルド長とイグリットは今の一言で目を見開いて驚いた様子。
俺の話を嘘と断じていたわけではないだろうが、さすがに本物の真龍が現れたとなれば落ち着いてはいられないようだ。
「ミスティ、名前言えるな?」
「うん!」
抱っこをしていた俺が地面に降ろすと、ミスティは元気に片手を上げる。
「ミスティルテイン!」
「ということだ。よろしく頼む」
「「……」」
俺たちサイドとギルド長サイドのテンションの差がおかしいのか、マーカスは爆笑。
そして何故かバルザックはテンションが高く大きな拍手をしていた。
昨日説明した時点ではまだ半信半疑だったギルド長たちだが、実物を見てさすがに本物だと理解したのだろう。
普通ならこのまま帝国の騎士団か、ギルドが責任を持って預かるところだが、俺とレーヴァの懐きっぷりを見て諦めた様子。
結果的に俺たちが面倒を見るという条件で、ミスティの存在は一時的に見逃された。
イグリットあたりが文句を言ってくるかと思ったが、特になにも無く終わって拍子抜けな感じもした。
「それではリオン様、これでゼピュロス大森林の調査は終わりですか?」
「私たちはな」
家に戻り、フィーナに先ほどの経緯を説明した。
さすがに本物の真龍がいた、となれば騒ぎになるし、なによりミスティの親が死んだあの墓場を荒らす者が現れるだろう。
それは俺が認めないので、結果的に真龍は『いなかった』ことにした。
「え、でもそれじゃあミスティちゃんは?」
「森に捨てられた龍人族の捨て子ということで、今後は俺たちが面倒を見ることになった」
この大陸には人間の他にもアリアたちエルフや、他の種族も存在している。
龍人族は山奥を住処にしているため人間との交流も薄いが、帝国ではまったくないわけではない。
事実、俺も皇帝時代に龍人族とは国交を持とうとしたことがあった。
結果として一時的な文化交流だけであるが成功し、今後はジークが俺よりも上手くやるだろう。
「ぱぱとはなれなくてもだいじょうぶ?」
「ああ。というか離れる気などなかっただろう?」
「えへへー」
可愛く笑っているが、もしあそこでギルド長が強硬手段などを取ってきたら、大暴れをしていたかもしれない。
そうなればたとえSランクの冒険者が集まっていようと太刀打ちなど出来なかっただろう。
「一先ず私たちは先にドルチェに戻って、伯爵に事情を説明することになった」
「あのリオン殿……さすがに真龍を連れたとなれば、伯爵も黙ってはいられないのでは……?」
「いや、問題無い。私が説明するからな」
「……?」
いくら実力があろうと一介の冒険者でしかないのに? とでも言いたげだ。
まあシャルロットは俺の素性を知らないから仕方ないな。
「残りの冒険者たちはもうしばらくゼピュロス大森林を調査。その後問題なしということで解散となる」
「皆さん、無事に終われて良かったですね」
なにせ不参加だと二ランク下げられるような依頼だったからな。
改めて考えると、冒険者としてはかなり致命的な条件だったと思う。
「ところで主、あの眼鏡はどうするのだ?」
「……」
レーヴァが言っているのはバルザックのことだろう。
俺の魔術に心酔して弟子入りを志願してきたが、はっきり言って暑苦しいので困っていた。
出来ればこのまま距離を置きたいところだが、あの熱量では中々難しいかもしれない。
「……」
「ここまで主を困らせるとは……」
「変な感心をするな。とりあえずそれは後で考える」
いっそのこと、なにかしら時間のかかる課題でも与えた方が良さそうだ。
そうでなければ一生着いてきそうな気配すらある……。
「さて、それではドルチェに帰るぞ」
「はい」
「わかりました」
そうして、俺たちの依頼は一端終わりを迎えることとなった。
――――――――――――
【あとがき】
新年明けましておめでとうございます。
本日より2章が完結するまで毎日0時に更新していきますので、良ければお付き合い頂けたら幸いです。
よろしくお願い致します!
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