第21話

 ご飯、と言ってもノールは簡素な田舎の村で、大した物が用意されているわけではない。

 冒険者は森の動物を狩って自分たちで食料にするくらいで、それは俺たちも変わらなかった。


「おいしー!」

「そうか」


 村で借りている空き家の一つ。

 俺たちのパーティーはそこを拠点にしていて、夕飯を食べていた。


 本来ならもっと上位のパーティーが使うべき場所だが、俺の実力と女性が多いということでギルド長が融通を利かせた形だ。


「あぁ、可愛いです……」

「フィーナ殿、次は私が!」


 女性二人は先ほどからミスティに食事を与えながら猫可愛がりして顔を緩めている。

 先ほど彼女たちがどのような会話をしたのかはわからないが、どうやら良い結果に収まったらしい。


 二人の距離も縮まっていて、仲のいい友人のようだ。


「ははは、そうやって見るとマジで親子だな!」

「……まあ、そうかもな」


 付いてきたマーカスの視線は俺の腰辺り。

 俺から離れないまま座り込んで食事を勤しんでいるミスティに向けられる。


「貴様の足に置いてやろうか?」

「喰われそうだから勘弁してくれ」


 先ほど指を食べられそうになった手前、冗談には思えなかったのだろう。

 どうもミスティはまだ本能的というか、野生が抜けていない感じがするので少し危なっかしい。


 俺かレーヴァが傍にいないと、本人の意思など関係なしに誰かを怪我させかねん。


「フィーナたちも気を付けろよ」

「はい……こんなに可愛いのに触れないなんて」


 肉の刺さったフォークを口元に運ぶと、パクパクと食べる。

 レーヴァと同じで野菜より肉が好きらしい。


「こいつに関しては、私が対策するから少し待て」


 力加減が出来ないだけで、ミスティもフィーナが自分の味方であることは理解しているのだ。

 問題なのは、子どもであり善悪がまだついていないことと、自分の力の大きさがわかっていないこと。


 ――拘束魔術を応用してみるか?


 やったことがないが、攻撃魔術を非殺傷にコントロールして捕らえることは出来ると思う。

 他にも一応相手の能力を下げる魔術などが存在するが、俺はあまり得意ではない。

 というより、これまで必要でなかったため学んでこなかった。


「今度、弱体化の魔術あたりを調べてみるか」

「そういうのならバルザックが得意だぜ」

「バルザック?」


 聞き覚えのない名前に疑問を覚えると、マーカスは呆れたような顔をする。


「お前がさっき叩きのめしたSランクの冒険者だよ」

「ああ……あの金髪眼鏡か」


 もう片方の女がイグリットと呼ばれていたから、自然とそちらだと理解出来た。

 思い出せばたしかにあの男、中々の魔力を持っていたように思える。


「冒険者で魔術を使うのか?」

「あいつは元貴族らしくてな。腕は宮廷魔術師級って話だぜ」

「ほう……」


 基本的に魔術を学ぶのは金がかかり、その上で才能が必要となってくるため、魔術師というのは帝国でも意外と少ない。


 貴族か、教会、そしてクヴァール教団のような特殊な環境で生まれた者以外は学ぶ機会すら与えられないのがこの大陸の現状だ。


 だからこそ魔術の腕があれば貴族にも召し抱えられるし、やり方によっては自ら立身出世をすることも可能だろう。


「なるほど。なら明日一度出向いてみよう」

「ぱぱ、むずかしいお話終わった?」

「む?」


 どうやら散々餌付けをされたからか、お腹も膨れたらしい。

 目をこすり眠たそうにしていて、甘えた声を出してくる。


 ――遊んで、食べて、眠る……本当に本能に生きているな。


 ある意味生物としてもっとも充実した生き方だろう。


「眠いのか?」

「うん……」

「わかった。レーヴァ、一緒に寝てやれ」


 昼間散々遊びに付き合わされたせいか、疲れた顔で食事を終えて休んでいたレーヴァは少し嫌そうな顔をする。


 しかしミスティのことは放っておけないのか、渋々立ち上がるとその手を取った。


「ほら、我が一緒に寝てやるから、行くぞ」

「うん……まま、だっこ」

「ちょっとだから頑張って歩け」


 もはや起き続けるのもしんどいのか、フラフラとしたミスティはそのまま隣の部屋に連れられて行った。


「素直で可愛いですね」

「多分それをレーヴァの前で言ったら、全力で否定するだろうがな」


 さすがに今は眠いからスムーズに進んだが、昼間のあの元気いっぱいの状態ではレーヴァも振り回されていた。


「さて、俺たちももう寝よう。明日はギルド長にミスティを見せて、どう動くか決めないといけないしな」

「はい。では布団の用意をしてきますね」


 ミスティが暴れる可能性があるので、レーヴァたちとは別の部屋を用意して、俺たちは夜を越える。


 真龍についてどうするべきか、今頃話し合いが行われていることだろうが、どんな結果が出ようと俺がやるべきことは変わらない。


 この国で俺に助けを求める者は助ける。

 たとえそれが、人間でなくても……。


 翌朝。


「やー!」

「こらミスティ、逃げるな」


 俺は逃げ出そうとする裸のミスティを両手で捕まえ、そのまま家の裏に作った風呂桶に突っ込んだ。


 そして上空に温水を生み出すと、そのままシャワーのように洗い流す。


「これやー!」

「諦めろ。汚いままで紹介も出来ん」

「うー……」


 俺からは逃げられないとわかったのか、諦めたようにその場にぺたんと足を伸ばして座り込む。


 ようやく大人しくなったと、俺はそのまま髪の毛をゴシゴシと洗ってやる。


「なんというか、哀愁漂う背中だな……」

「元はと言えば貴様が逃がすからだろう」

「まあ、それは結構本気で悪かったと思ってる……」


 事の発端は、ギルド長に紹介をしに行こうと思った今朝。

 汚れたボサボサの髪のままミスティを持っていこうとしたら、シャルロットとフィーナがいきなり怒りだしたのだ。


 ――なにを考えているのですか貴方は⁉

 ――女の子なんだからオシャレさんにしてあげないと駄目ですよ!


 元々砂塵の流れる荒野にいたため、カサカサになった髪とボロボロの服。

 それをなんとかしてからでないと紹介は許しません、と言い切る女性陣二人の圧力に負け、俺が風呂に入れることに。


 そしてその間に二人は洋服を用意してくると出て行った。


「しかし主は完全に尻に敷かれているな」

「そんな事実はない」


 何日も野営を繰り返していれば風呂に入れないなど日常茶飯事だし、こんな田舎の小さな村では適当に身体を拭く程度。


 綺麗な川があればしっかり水浴びもするが、この日常にも慣れてきたものだ。


「別に相手は冒険者なのだから気にしなくても良いと思うのだがな」

「そんなことを言うと、また二人に怒られるぞ」

「まあこれに関しては、私も配慮が不足していたな」


 レーヴァは最初から自分の服を用意立てていたが、ミスティはそういうことは出来ないらしい。

 俺としては龍ということもあり、あまり気にしていなかったのだが駄目だった。


「ぱぱぁ……」

「もう少し頑張れ。このままだと私が怒られてしまう」

「うぅー……」

「ミスティ、あとで我が抱っこしてやるから」

「うぅぅ……」


 二人がかりで宥め、ようやく大人しくなった。


 一回の洗髪では汚れが落ちきらなかったので、もう一度再開して洗い続ける。

 まさか皇帝になったあと、こんな子どもの髪を洗ってやることになるとは思いもしなかったな。


「よし、これでいいぞ」


 しばらくして魔術のシャワーを止めてやると、そのまま温風で髪を乾かしてやる。


「ぉー……」


 それは気持ちが良いのか大人しく受け入れている。

 小さな身体に揺られる姿は中々愛らしい。

 しばらくすると、鈍い色をしたボサボサの髪は艶のある綺麗な白髪となった。


「ほらミスティ、こっち来るといい」

「あい」


 レーヴァに呼ばれると素直に膝元にやって来て、大人しくパンツを履かされる。

 ママが近くにいるからか、ご機嫌な様子だ。


「ただいま戻りました」

「もう使わなくなった可愛いお洋服を貰えましたよ」


 小さな田舎村には似つかわしくない、子どもドレスに近い服を持ってきた二人。


 どこから持ってきたんだ? と思っている間にフィーナがそのまま着せようとした瞬間――。


「っ――⁉」

「あっ! ミスティちゃん!」

「こら、どこに行く!」


 なにかを察したのか、レーヴァの腕の中から脱出したミスティがパンツ一枚で逃走を始めた。


「レーヴァ、油断しすぎだ」

「あう……」


 魔方陣から光の縄がミスティの身体にくるりと巻き付く。

 逃げたときのために用意していた拘束魔術でミスティを捕らえた俺は、そのまま引き寄せ抱きかかえた。


 腕の中でもぞもぞとしているが本気で暴れないところを見ると、遊んで貰っていると思っているのだろう。


「少し大人しくしろ。せっかくフィーナたちが用意してくれてるのだから着るんだ」

「あそぶ?」

「服を着た後でな」


 逃げないように俺が捕まえた状態で服を着せていく。

 普通の子どもと違って頑丈なので、少しくらい乱暴に扱っても大丈夫なので着せ替えも楽なものだ。


「サイズも丁度みたいで良かったです」


 手を両手で合わせ、服を着せたフィーナが嬉しそうに笑う。


 砂まみれの髪にボロボロのマントを羽織っていただけの格好から一転、バルーンタイプのワンピース。

 街でお出かけする可愛い子、という雰囲気になった。


 水魔術でスクリーンのような鏡を作ってやり、それをミスティの前に展開する。

 自分の格好が映りこみ、前に後ろにクルクル回りながら見て、徐々に嬉しそうにする。


 どうやら気に入ったらしい。


「か、かわいい……」

「この丸っこいのがなんとも」


 自分たちが持ってきた服を喜んでいる女性陣。


 俺としても満足して貰えてホッとしつつ、鏡を消してミスティを抱きかかえた。


 ――これでようやく出かけられる。


 そんな家族サービスをする父親のような心境になりながら、ギルドの本部へと向かって行った。

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