第20話
誰よりも重い責任を背負い、そして戦ってきた幼少期。
やるべきことは明確で、鍛錬に勉強にとしていたら悩む暇などすらなかった。
「こうして出会ったのも縁だ。なにかあれば相談にも乗ろう」
「……少し、歩きながら一人で考えてみます」
一瞬、シャルロットは俺になにかを言おうとしたが、そのまま口を閉じる。
そして俺たちから離れて行った。
「シャルロットさん、大丈夫でしょうか?」
「さてな」
自分の道は自分で切り開くしかない。
やつは騎士になりたいと言った。
そして自らの家を再興し、貴族に仕え、そして俺の下で働きたいのだと。
「答えは見えているはずだが、自分の足下というのはなぜか見えないものだ」
「そうかもしれませんね」
「……俺、ちょっと面倒なことしちまったか?」
「いや」
考え方の違いは誰にでもある。
ただ目指すべき先の、さらにその先に少し迷いを覚えてしまっただけだろう。
「むしろこのタイミングで良かったのかもしれん」
「ふーん……事情はわかんねぇが、お前がそう言うならそうなんだろうな」
マーカスはそれだけ言うと、もう興味を無くしたようにミスティの方を見る。
噂の真龍を見に来たのだから当然なのだが、視線だけ追うとロリコンみたいに思えてしまうな。
口に出したら怒られそうなことを考えていると、フィーナがこちらを見てきた。
「あのリオン様、やっぱり私……シャルロットさんを追いかけますね!」
「そうか。好きにしたら良い」
「はい! 行ってきます!」
シャルロットが一人で考えたいと言っていたが、一人で悩んで解決しないことも多々あるものだ。
聖女という立場を経験したからか、それとも生来のものか、彼女は話を聞くのが上手い。
フィーナなら年も近い女性同士、良い話相手になるだろう。
――これに関しては、俺も過去に経験済みだからな。
走って行くフィーナを見送っていると、隣の大男が妙にニヤニヤとしていこちらを見ていた。
「ずいぶんと優しい目をするようになったじゃねぇか」
「からかう気なら相手を選べよ」
「んだよ、別に悪いことじゃねぇだろ。俺と別れてからも良い経験出来たってことじゃねぇか」
「良い経験か……」
たしかに、フィーナたちと旅をするのは悪くない。
あれだけ人を信用していなかった過去の俺が今を見たらどう思うか。
俺のことを知っている帝国貴族や騎士たちは、どう思うか。
――偽物と思うかもしれんな。
「たしかに、やつらと一緒の旅は悪くないな」
恐らく今の俺は、シオン・グランバニアとは思えないほど穏やかな笑みを浮かべていることだろう。
だがそれでいいのだ。
運命に縛られた俺はもういない。
ここにいるのはどこにでもいる、ただの冒険者なのだから。
「主! いい加減こやつをなんとかしてくれぇぇぇ!」
ふと、感傷に浸っているとレーヴァの叫び声が聞こえてくる。
見ればミスティに捕まり、思い切り腕を捕まれ引っ張られていた。
「ままー!」
「ママでも良いが、一回離すのだぁ!」
「やーっ!」
レーヴァの言葉に聞く耳もたぬと、全力で引っ張ろうとするミスティ。
エルフの里では腕相撲で力自慢をしていたが、かなり本気で抵抗しているようにも見える。
とはいえ、さすがに長年生きた古代龍と生まれて間もない真龍では勝負にならず、レーヴァがミスティを引きずったままこちらにやってくる。
「主よ……こやつをどうにかしてくれ……」
「ぱぱだ!」
「のあ⁉」
子どもの行動に意味などないと言わんばかりに、ミスティが手を離すと、レーヴァはそのまま地面に激しくダイブ。
普通の人間ならかなり痛いだろうな、と思っているとミスティが俺に飛びついた。
「ぱぱー」
「大人しくしていたか?」
「うん!」
「そうか」
どう考えても大人しくなかったが、まあ本人がそう言うならいいか。
出会ったときはなにを考えているのかわからない瞳だったが、レーヴァを見てからはスイッチが切り替わったかのように年相応に元気になった。
地面に倒れたレーヴァがなにか言いたげだが、ここで反応してまた捕まったら堪らないとでも思ったのか、無言で立ち上がる。
「元気過ぎて死ぬかと思ったぞ」
「子どもは元気な方がいいだろう」
「そんなことは自分が世話をやってから言うがいい!」
足にくっついているミスティを持ち上げると、そのまま片腕に乗せる。
まだ幼い子だが、バランスがいいのか安定した位置で嬉しそうに抱きついてきた。
「わ、我のときはあんなに暴れてたのに……」
特に走り回るようなこともなく大人しくニコニコしているミスティに、レーヴァがなにかショックを受けている。
――かなり力が強いな。
俺は普段から魔力で強化しているから平気だが、普通の人間だと首が折れてしまいそうだ。
「このちびっ子が真龍ねぇ……」
「ああ。レーヴァもいるし、これだけ懐いているなら傍に置いても問題無いだろう」
「まあたしかに見た目はただの幼女……」
マーカスが興味深そうにミスティを見て、指で頬に触れようとする。
その瞬間、ミスティが口を開けてその指を食べようとした。
「はむ!」
「うぉ⁉ あぶなっ⁉」
咄嗟に指を引いたから事なきに終えたが、危うく指が食べられる所だった。
「おい気を付けろ。フィーナは近くにいないのだぞ」
「お、おお……まじで焦ったぜ」
Sランクの冒険者の指を食べたともなれば、危険物扱いされかねん。
食べようとして食べられなかったことに疑問を覚えているのか、ミスティは悪気なく首を傾げている。
「ミスティ、なぜこいつの指を食べようとした?」
「ごはんくれたのかとおもったから」
「そうか……」
たしかに野生動物に今のをしたら、そう取られても仕方あるまい。
人間の赤ん坊だって口元に指を出せば口に入れようとするし、本能的なものだろう。
「まあこんな感じで善悪もわかっていないし、今のは貴様が悪いな」
「おう、悪かった」
ここですぐに謝罪が出来るのはさすがだと思う。
冒険者、しかも最高峰のSランクにもなればプライドだってあるだろうに。
――本気で勧誘してみるか?
レーヴァが現れたときも、逃げずに戦うことを選んだ男だ。
実力、人間性ともに問題無い。
先ほどは断られたが、俺の正体を明かした上でジークを紹介すれば……。
「いや、止めておくか」
「あん?」
マーカスは俺の独り言を聞いて不思議そうな顔をする。
先ほどの会話でもあったが、自由に冒険者をするからこそ輝くこともあるのだ。
ここで束縛するより、ジークには優秀な冒険者がいるから上手く使えと言った方が効果もあるはず。
「なんか今、すっげぇ嫌な予感がしたんだが?」
「気にするな」
将来的に帝国にこき使われるかもしれんが、その分の報酬はきちんと用意されるから問題無い。
優秀なやつを遊ばせておくなんてしないからな。
「ぱぱ、あそぶ?」
しばらく大人しくしていたミスティが瞳をキラキラとさせて俺を見てくる。
「いや、今からご飯だ」
「ごはん!」
先ほどマーカスの指を食べようとしたことからも、お腹が空いていたのかもしれない。
俺の言葉にキラキラと瞳を輝かせて嬉しそうだ。
「出会ったばかりなのに、ずいぶんと懐いてるなぁ」
「刷り込みか、もしくは強い魔力を持った保護者とでも思っているのだろう」
森でも思ったが、そもそも龍はこの世界でも最強の存在。
一人で生きていけるし、成長も出来るはずなのに保護者を求めるというのは、外敵がいるということに他ならない。
だがまあ、関係ない。
ミスティは俺に助けを求め、そして俺は受け入れた。
一度身内に引き込んだ者くらい、最後まで守るとも。
それがたとえ人ではなく、龍だったとしてもな。
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