第13話
「リオン様、あの子は……?」
「龍、だろうな」
龍と思わしき幼い少女が不意にこちらに振り返る。
白い髪に黄金の瞳。
年は五歳程度で、ボロボロの黒いマントを羽織っている。
――気配はレーヴァに近いが、雰囲気が……。
こちらに対して敵意はなく、純粋無垢な瞳は悪意を知らない澄んだもの。
たとえ見た目が幼女であっても、龍であるならば長く生きた可能性もある。
だが彼女の場合は、本当に年相応の雰囲気に思えた。
「龍の墓、か」
その名の通り長い刻を生きる龍が、己の死を決めた場所。
誰もにも荒らされないよう静かな場所で最期を過ごすと聞いていたが、まさか次元を超えていたとは。
「なるほど、見つからないわけだ」
死龍の傍に残るあの少女こそ次世代の龍だろう。
俺は龍の方へと向かって歩き出す。
彼女はなにも言わず、ただぼうっと俺を見ていた。
だが突然立ち上がると、親だと思われる龍の方へと駆けていく。
「む?」
なんだ? と思うと同時に空から甲高い魔物の声。
見上げると、竜の群れがこちらにやってくるところだった。
「竜か。まったく、たかがトカゲに羽根が生えただけの魔物が邪魔をしてくれる」
よく勘違いされるが、竜と龍はまったく別の生き物だ。
しかし何故か昔から龍の近くには竜がいる。
――今度、その辺りをレーヴァに聞いてみるか。
幼女は死龍の骨に隠れるようにして、竜を見上げていた。
「このままではゆっくり話も出来んな」
「リオン様、来ます!」
相手が獲物か天敵か、それすらも理解出来ない獣め。
「死ね」
魔力球を空に向かって解き放つと、それらは正確に竜を打ち抜いていく。
ボタボタと地上に落ちる竜を見ると、以前のグラド山脈のことを思い出した。
この光景をシャルロットに見られたらまた面倒になりそうだな。
「リオン様、さすがです!」
「この程度当然だ。さて……」
やってきた竜は全滅。
見上げていた少女は、口を開けたままこちらを見ている。
――なんだその表情は?
怯えているわけではなく、ただなにかを確かめるように真っ直ぐな瞳。
なんとなく俺も視線を逸らすことが出来ず、無言の時間が続く。
しばらくその状態が続くと、不意に少女が死骸の中から出てきた。
「あ、出てきましたね」
「さて、どうしたものか」
こちらから近づいてもいいが、それで逃げられては元も子もない。
様子を窺っていると、少女は地面に倒れる竜の死体を避けながら近づいてきた。
そして俺たちの前に辿り着くと、しばらくじっと見上げ――。
「……ぱぱ?」
「……」
とんでもない言葉を言い放った。
「ぱ、ぱぱ……? リオン様、いつの間に……?」
「フィーナ、ふざけるな。私にこんな大きな娘がいたら、帝国は大騒ぎになっている」
「あ、そ、そうですよね。ええ、もちろんわかってましたよ?」
焦ったように視線を逸らすフィーナ。
「でもこうして見ると、リオン様も黄金の瞳でしたし実は本当に親子なのでは……?」
小さくそう呟いたのが聞こえてきた。
――まさかこいつ、冗談じゃなくて本気で言ってたんじゃないよな?
元々教会によって蝶よ花よと育てられた箱入り娘だ。
本気にしていてもおかしくはないが、これくらいの常識は持っていて欲しいのだが……。
「ぱぱ?」
不思議そうに首を傾げて見上げる少女に対して、俺は返答に困った。
頭の上に小さく生やした二本の角があり、この子はまず間違いなく人間ではない。
――年齢は五歳程度、か。
すでに自分の意思で動く程度の知性ももう十分あるだろう。
身に宿している力はそこらの魔物の比ではないし、このような場所にいる時点で恐らく『龍』なのは想像も出来た。
「駄目というか……そもそもお前の本当の親はどこだ?」
もしまかり間違ってこの龍を連れて帰って、その親が激怒でもしようものなら被害が不味いことになる。
もちろん俺は相手が真龍であろうと負ける気はないが、さすがに子を攫って怒った相手と戦う気はなかった。
「えっと……」
少女は自分が隠れていた龍の死骸を見る。
「そうか」
それだけで、彼女の親はもうすでに死んでいることがわかった。
龍の死骸は永い時によって風化され、骨だけとなっている。
どのようにして種を次世代に紡ぐのかは知らないが、この場所で永い時間を過ごしてきたのだろう。
「だめ?」
「リオン様……」
フィーナはこの龍を可哀想な存在として見ている。
生物というのは生まれたときから本能で庇護する者を求めるものである。
人間であれ、犬であれ、ライオンであれ、あれほど無防備に手を伸ばすのは一人では生きていけないからだ。
そして大人も本能で、それは正しいものだと理解し、たとえ種族が違っても助けることがある。
だからフィーナの行動は生物として正しい。
――だが龍は神に匹敵する全種族の頂点だ。
生まれつき最強であり、本来は誰かの庇護下に入ることなどあり得ない。
それでも誰かに庇護を求めるということは、己を危険に晒す外敵がいるということ。
「……まあいいか」
どうせもう、俺を縛る物はなにもないのだから。
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