第8話
「……私は単独でAランクになりました」
「ふむ……」
「貴方もギルド長が認めるくらいなので実力はあるのでしょうが、Dランクの冒険者がゼピュロス大森林の奥に進むのはあまりにも危険です」
俺の実力を知る冒険者たちがもうその辺で止めとけ、という目をしている。
しかし実際に止めないのは、実力で彼女に勝てる者がいないからだろう。
――そういえば、あの騎士は強かったな。
ふと、彼女の父であるビスマルク男爵を思い出す。
クーデターを潰したとき、俺自身まだ未熟だったこともあって苦戦した男。
豪快な騎士であったやつに比べれば小柄な少女であるが、その瞳はよく似ている。
「……おいシャルロット、その辺で――」
「わかった」
「え?」
「彼女の世話になろう」
突然意見を翻したせいか、シャルロットが呆気にとられた顔をする。
周囲の冒険者たちやギルド長も同じで、よほど俺の返答が予想外だったらしい。
最初にBランクの冒険者たちを叩き潰して以来、遠巻きに見られていたから仕方が無いが……。
――別に、誰とも関わらない、などと言うつもりはなかったのだがな。
実際、受付嬢のメルとはきちんとコミュニケーションを取っているつもりだ。
「それで結局、全員参加するということでいいのか?」
俺が見渡すと、冒険者たちは渋々といった雰囲気。
とはいえ出て行かない以上、受けるということで良いのだろう。
「悪いな、帝都の冒険者ギルドにも応援を頼んでるからよ」
「帝都……」
いちおう、ジークにも現状を伝えておくか。
俺の動向は把握しているはずだが、増援を送るかどうか判断が必要だろうしな。
「ん?」
ふと、妙な視線を感じて周囲を見る。
冒険者たちが声を潜めながらなにかを言い合っていることに気が付いた。
いったいなんだ? と思っているとギルド長が気まずそうに口を開く。
「お前、やっぱり女だけ優しいんだな」
「は?」
「いや、俺も男だし気持ちはわかるが、あんまりやり過ぎると恨みを買うからほどほどにな」
「私にそんな気は……」
言い返そうとして、自分のパーティーを思い出す。
フィーナ、レーヴァと、誰が見ても将来は傾国が頭につくレベルの美少女だ。
それに受付嬢のメルと交流を持っていながら、他の冒険者たちとはほぼ会話をしてこなかった。
加えて今回の件、シャルロットに折れた俺はたしかに女目的の男、と見られてもおかしくはないだろう。
「……」
シャルロットも胡乱げな目で見てくる。
心なしか身体を抱きしめて、警戒している様子だ。
「はぁ。そんなつもりはない」
だから冒険者たちもひそひそ話は止めろ。そういうのは意外とメンタル来るんだぞ。
とはいえ、ここでむきになって否定しても怪しいだけ。
ここで取れる手段は――。
「私たちは準備をして出発する。行くぞシャルロット、仲間を紹介するからついて来い」
「え、ええ……いや、私が先導するのであってですね――」
俺が会議室の扉から出ると、シャルロットがなにか言いながらついてくる。
戦略的撤退。
たとえ後でどんな噂が流れようとも、今が無事であればなんとでも挽回出来る。
――フィーナたちには事情を説明しておくか。
そう考えながら、シャルロットとともに宿に向かうのであった。
シャルロットを連れて歩くと、やたら周囲からの不快な視線を感じる。
彼女が美少女だからやっかみか? と思ったがどうやら視線の矛先は俺ではなく彼女の方。
「……申し訳ありません」
「なんだ急に?」
「私が組めばこのような視線に晒されるのに、無理矢理組む形を取ってしまいました」
シャルロットは立ち止まると、その場で頭を下げる。
とはいえ、それは最初から分かっていたことだ。
「たとえビスマルク家の者だろうと、私は気にしない」
「知っておられたのですか?」
「まあ、その剣を見ればな」
腰の剣にはビスマルク家の紋章。
すでに取り潰しになった貴族の家でありながら、それを持ち続けるのは彼女なりの矜持なのだろう。
それでも気まずさはあるのか、目を伏せながら不安そうに剣に触れる。
「私は裏切りの騎士の娘です」
「別に貴様が裏切ったわけではあるまい」
「それでも、私はこの剣を捨てられなかったので」
たしかにビスマルク家は帝国を裏切った騎士。
とはいえ寄り親の問題が大きかった。
本来なら三代先まで処刑をされるべき重罪だが、情状酌量の余地ありとされて、帝国は当主本人のみを処刑。
そしてすでにビスマルク家の取り潰されている。
「すでに帝国による判決は下り、貴様は生きることを許された。ならば私が気にするとこはない」
「……貴方は変わった方ですね」
「同じ人間など一人としておらんよ」
止めていた足を動かすと、彼女はそれからなにも言わずただついてくる。
――シャルロット・ビスマルクか。
もし彼女が俺の正体を知ったらどう思うだろうか?
父の処刑となる原因は間違いなく俺にあり、彼女の運命を辛く厳しいものにした存在そのものだ。
「貴様は帝国を恨んでいるか?」
「恨んでなどいません。あれだけのことをして温情を与えてくれた前皇帝陛下には感謝すらしています」
「……そうか」
それが本心かどうかはわからないが、彼女はただ運命を受け入れるだけの弱い少女ではないのはわかった。
「貴様は強いのだな」
俺の言葉にシャルロットはきょとんとした表情で俺を見る。
そして柔らかく微笑みながら、首を横に振った。
「本当に強かったらもっと早くS級冒険者になって、どこかの家の騎士に取り立てて貰えていますよ」
以前出会ったS級冒険者のマーカスを、皇帝であった俺は知らなかった。
俺に余裕がなかったということもあるが、貴族たちの話題にはほとんど挙がらないことが大きい。
この国の貴族たちから見た場合、騎士の地位が高く冒険者は低いのだ。
「この国で冒険者から騎士は難しい、か……」
「そうですね。ですが、それが一番の近道でもあります」
たとえS級になっても、貴族はそう簡単には認めないだろう。
それでも彼女はその道を選んだ。
「なので今回の件はチャンスなんです。ランクアップの査定は通常通りという話ですが、それでも注目度は段違いですから」
「そうだな。いざとなれば私が口利きをしてやろう」
「D級冒険者の貴方が? ふふ、それはありがたいですね」
シャルロットが笑う。
どうやら冗談を言っていると思われたらしい。
俺が本気になったら騎士どころか、上級貴族にだってなれるというのに失礼なやつだ。
とはいえ今の皇帝はジークで、退いた俺が出しゃばるのもよくないし、よほどのことがなければ口出しもするつもりはない。
ただ――。
「少なくとも、実力を証明しない限りは推薦してやらんからな」
「ええ、それでは存分に証明させて頂きますよ」
別にこれは同情や後ろめたさから来ている言葉ではない。
俺は元々実力主義。
本当に実力があるというなら、冒険者よりも騎士として働かせた方が有意義だから当然の判断だ。
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