第7話

 ゼピュロス大森林の奥にいるはずの魔物が入口付近にまでやってくる異常事態。


 それはどうやら単発の話ではなかったらしく、日に日に負傷者が増えていた。

 龍の墓場を目当てにやってきた冒険者や騎士たちもこの状況は不味いと、撤退を始める者も増えている。


 俺たちは元々ノール村の依頼で間引きをしていたのだが、状況が変わりすぎて一度依頼は撤回され、ドルチェまで戻ることになった。


「それで、なぜ私が呼ばれたのだ?」


 冒険者ギルドの奥にある会議室。

 そこには先日助けたBランクの冒険者パーティーや、見覚えのある冒険者たちが集まっている。


 いずれもBランク以上の実力者たちで、Dランクは俺だけだった。


「あんたの実力は、この街の冒険者ならみんな知ってるからな。戦力を遊ばせてる余裕はねぇんだ」


 会議室にやってきたのは、この城塞都市ドルチェのギルド長マイルド。


 元Sランクの冒険者らしく隙の無い出で立ち。


 だが、ここ数日まともに寝ていないのか、ボサボサの茶髪に目の下には隈が出来、心底疲れ切った様子だ。


 億劫な動きで会議室の奥に向かうと、俺たちを見渡しながら口を開く。


「みんな、集まって貰って悪かった。もう聞いていると思うが、ゼピュロス大森林の件だ」


 現状、なにが起きているかわからないためゼピュロス大森林は封鎖されている。

 近隣の村、特に近いノール村などには騎士団が派遣され、様子を窺っているところだ。


「領主から正式に調査の依頼が入った。Bランク以上の冒険者は全員参加。断った場合は二ランクの降格。その代わり、報酬は通常の五倍以上を約束する」


 その言葉に、冒険者たちが一瞬ざわめく。


「おいおい、そりゃねぇよ!」

「報酬が良いのはありがてぇが、受ける依頼はこっちで決めるぜ!」


 国や領主に仕える騎士と違い、冒険者たちは自由の身。


 強制されることは嫌うし、なにがあっても全て自己責任であるべきだ。


 だからこそ、降格という脅しを含めた強制依頼は、本来あってはならないはずなのだが――。


「なにがあった?」


 俺の一言は、会議室に染み渡るように広がる。

 皇帝として生きていた頃、話し方、タイミング、そして声の通し方、それぞれを徹底的に仕込まれた。


 だからこそ、いくら騒がしくとも、俺の言葉はしっかりと相手に伝わるのである。


「いくら魔物の異常発生があろうと、領主から直接このような依頼が発生するなど異常だ。なにか原因があるのだろう?」

「真龍がいる可能性が出てきた」

「「なっ――!」」


 ギルド長の言葉に、冒険者たちが驚いた顔で声を上げる。


 俺もまた、その言葉に驚かざるを得ない。


 真龍というのはレーヴァたち古代龍の子孫であり、世界にも数体しか目撃例のない存在だ。

 研究家たちは龍を魔物ではなく神の使いとして扱うことも多く、強大な力を持っている。


「……龍が人里の近くに現れるなど、滅多にないはずだが?」

「本物かどうか、その調査だ。しかしもし本物だった場合、この街が吹き飛ぶ可能性がある」

「……」


 俺がいる限りその未来は訪れないが、しかしこれで合点がいった。

 領地の危機ともなれば、ドルチェ伯爵も本気で圧力をかけてくるのも当然だ。


「俺たちに死ねって言うのかよ!」

「違う! 近くには騎士団も駐在するし、いざというときは全力で逃げてくれてもいい!」

「もし龍なんかと遭遇したら逃げられるわけねぇだろ!」


 騒がしくなる会議室。

 俺が止めても良いが、ある程度発散させてやらねば収まりも付かないだろう。


「ギルド長、一つよろしいでしょうか?」


 壁にもたれながらその様子を見ていると、一人の少女が手を上げた。

 腰には貴族のエンブレムが付いた騎士剣。


 ――あれは……。


 以前出会った元貴族の娘、シャルロットだ。

 あまり冒険者ギルドでは見たことがなかったが、どうやら上位冒険者だったらしい。


「なぜ真龍がいると思われたのですか? 現状、ゼピュロス大森林の奥にいた魔物が入口付近に来ているので、本来は森にいない魔物が現れた、というのは理解出来ますが……」

「騎士団が龍と思わしき雄叫びを聞いたんだよ」

「なるほど……では改めて聞きますが、確定ではないのですね?」

「ああ。あくまでも調査だ。そもそも『龍の雄叫び』なんて聞いたことあるやついないからな」


 古代龍の悲鳴は聞いたことがあるが、とは言わない。


「元々、龍の墓場があるなんて噂が流れたところにこの異常事態と雄叫びで一部が騒いでいるだけだろう。信憑性は薄い、と俺は思っている」

「……わかりました。ところで、そんな危険な場所に彼を?」

「ん?」


 突然シャルロットは俺を訝しげに見てくる。


「彼はDランクなんですよね?」

「あいつは良いんだよ。そこらにいる冒険者よりずっと強いからな」

「強ければ良いなら、Aランクにでもすればいい。そうではないから冒険者にはランク制度があるはずですが?」

「うぐ……」


 ギルド長はシャルロットに言い負かされそうになり、口を紡ぐ。


 まあたしかに、彼女の言う通りだ。

 荒事が多いため強さは必要とはいえ、冒険者はそれだけではない。


 未開の土地を開拓するためのサバイバル能力や調査のための知識など、上位になればなるほど求められるが増える。


 冒険者は強ければ良い、というわけではないのだ。


 今回、依頼で断った場合が降格なのに受けた場合は昇格ではなく報酬を上乗せしているのも、その辺りが関係しているのだろう。


「はぁ……仕方がありませんね」

「ん?」


 シャルロットは一度ため息を吐くと、俺の方へとやってくる。


「私が一緒に行きましょう。そうすれば少しは安全なはず――」

「いや、いらんが」


 別にサバイバル知識はあるし、これまで旅をしてきても問題はなかったから必要などない。


 むしろ下手に俺の正体を知らない人間が近くにいる方が厄介であるくらいだ。


「「……」」


 会議室に気まずい空気が流れ、俺とシャルロットの視線が合うと、彼女はキッと俺を睨み付けてきた。

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