第9話

 宿に戻ると、昼間だというのにレーヴァがベッドで居眠りをしていた。


「フィーナ。なぜこいつはこんな時間まで惰眠を貪っている?」

「えっと、夜更かしでもしたのかも……」

「そうか」


 人が朝早くからギルドに行って、しかも余計な疑いを持たれていたというのに、この駄龍め。


 寝間着の腹を出して、ずいぶんと気持ち良さそうではないか。


「おい、起きろ」

「ぎゃ――⁉」


 ベッドのシーツを掴み、テーブルクロス引きの要領で思い切り引っ張る。


 残念ながら上手くいかず、シーツと一緒にレーヴァがベッドから落ちるが、これは失敗だからわざとではない。


 本当はもっと上手く転がす予定だったのだ。


「主! いったいなんだいきなり!」

「もう昼間だというのにいつまで寝てるつもりだ?」

「今日は依頼は休みだと言ってたではないか! だったらいくら寝ててもいいはずだ!」


 不満げに怒ってくるが、休みだったらいつまでも寝ていていいなど躾けた記憶などない。


 デコピンを一発打つと、レーヴァはベッドに転がって涙目でこちらを睨み付けてきた。


「ギルドでの話をするからさっさと着替えろ」

「むぅ……あ」


 なにかを思いついたのか、レーヴァはいやらしい目をしてこちらを見てくる。


「主は我の着替えが見たいなんて主はロリ――」

「もう一発デコピンを喰らいたいのか?」

「……」


 さっとおでこに手を当てて身を守りながら怯えた表情。 


 まったく、怯えるなら余計なことを言わず、素直に言うことを聞けばいいのに。


「私は下の食堂にいる。フィーナ、こいつが二度寝しないように見張っておいてくれ」

「あ、はい」


 そうして扉から出ようとしたところで、シャルロットのことを言わないといけないことを思い出した。


「ああ。そういえば臨時だが一人パーティーが増える」

「え?」

「なに?」


 二人揃って訝しげな表情。

 どうやら俺が同行を認めたことが意外のようだ。


「詳しいことはあとで話すから、着替えたら降りてくるように」


 そして今度こそ扉から出て、食堂に降りていくのであった。


 俺たちが借りている宿は一階が酒場兼食堂。

 二階が宿場になっている。


 冒険者のほとんどが根無し草のその日暮らしが多いため、こういう場所は特に重宝されるものだ。


 とはいえ、今は太陽も昇りきった真っ昼間。

 夜は騒がしいこの宿も、今は冒険者たちもほとんど出払っていて閑古鳥が鳴いている状態だった。


「リオン様、そちらの方は?」

「なんだ主。また女でも引っかけてきたのか?」 


 シャルロットと食堂で待ってしばらく、二人が部屋から降りてくる。


「リオン様? 主? 貴方は女性にそんな呼び方をさせているのですか?」


 さっそくシャルロットが怪しい男を見る目でこちらを見てくる。


「悪いのか?」

「む……? いえ、個人間のことにまで口を出すのは良くなかったですね」


 お堅いタイプかと思ったが、意外とそこは許してくるらしい。


 まあ実際、冒険者であるなら主従関係が見える呼び方をしない方がいいのもまた事実。


 魔物が相手ならともかく、盗賊など人間が相手の場合は指示系統がバレて狙われてしまうからだ。


 ――もっとも、俺を狙って倒せる者がいるならやってみろ、と思うが。


「それで主、この金髪の女はなんだ? ギルドに呼び出されたことと関係があるのか?」

「そうだな、まずはその話をするか」


 軽く名前だけお互いに伝え合ったあと、俺は先ほどのことを二人に話す。


 ゼピュロス大森林の異常事態については二人も認識していたが、その原因が龍の可能性があると聞くと驚きを隠せない様子だった。


「それに領主による強制依頼ですか。あまり過去にない事例ですよね」

「依頼を断ったら二ランク降格とは、相当本気だな」

「ああ。やはり現場でもかなり揉めた」


 とはいえ、Dランクの俺が特に問題無く受けると言ったのだ。


 プライドの高い冒険者たちやつらはもう引くに引けない状況だろう。


「そしてDランク冒険者の私たちでは危険だと、このシャルロットがついて来ることになった」

「ほ、ほう……危険、か。それはそれは……うむ、なんと言えば良いのだろうな」


 レーヴァがちょっと引き攣った顔をしている。


 今回話題に上がっている真龍は古代龍の子孫であるが、その力は大きく劣る。


 古代龍であるレーヴァをボコボコにした俺に対して、どんな危険があるのかと思っているのだろう。


「シャルロットはAランクの冒険者だ。頼りになる」


 どの口が、という視線を向けるのは止めろ。

 実際、戦闘能力があまり高くないフィーナの護衛としては十分な力量の持ち主なのだ。


「剣には自信があります。戦いは私に任せてください」

「……主よ、これどうするのだ?」

「百聞は一見にしかず。実際に見て貰ってから説明する」

「そうか。なら今はなにも言わんが、ちょっと悪趣味だと思うぞ」


 どうやら俺の考えていることを理解しているらしく、ちょっとジト目で見てくる。


 シャルロットはなんのことかわかっていないようで首を傾げていた。


 翌日。

 ゼピュロス大森林に入った俺たちは、Bランクの冒険者たちが苦戦するような魔物たちの群れを殲滅。


 唖然としているシャルロットの顔は中々見物だと思ったのは内緒である。

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