第4話

 俺たちは世間的にただのEランクパーティ。


 今日Dランクに上がったとはいえ、あまり金回りが良すぎるのも変に注目されてしまうため、宿は中堅のところを一室取っている。


「やはり、二部屋取るべきではないか?」

「別に我は気にせんし、仮にもフィーナは聖女だ。もし教会の別派閥や他勢力から狙われたら困る以上、護衛は必須だろう」

「お前がいたら護衛などいらんだろうに」


 反対派は俺だけで、女性陣二人が一室を望んだ結果が今だった。

 理由はわかるが、しかし俺を除いた人間に後れを取るようなことはないだろうに。


「まったく、主は乙女心が分かっておらんのぉ」

「なにがだ。これでも帝王学には人心掌握術もあったのだが?」

「そんなことを言ってるから、わかってないと言ってるのだ」


 レーヴァは呆れた様子で窓に手をかけて部屋から出て行こうとする。


「待て、どこに行くつもりだ?」

「今日は夜風が気持ちいいからな。少し空を散歩してくる」


 それだけ言うと、緋色の翼を出して出て行った。

 残された俺は、仕方が無いのでフィーナをベッドに寝かす。


 酒に酔って寝ている女性を部屋に連れ込むこのシチュエーションは、少しアウトな気がした。


「参ったな。このまま置いていくわけにはいかないし、下の酒場でレーヴァが帰ってくるまで飲むか?」


 護衛が必要とはいえ、俺をくぐり抜けてフィーナに危害を加えられる者などいないだろう。


 そうと決まれば俺も部屋から出ようとして、不意に袖が引っ張られる。

 見れば横になっているフィーナが掴んでいた。


「起きているのか?」

「……」

「……」


 じっと見つめ続けると、顔が赤くなっているような気がした。

 とはいえもう外も暗く、酒も入っているため気がしただけだが。


 ――確かめてみるか。


「……やはり美しいな」

「っ――⁉」

「神に選ばれただけあって、フィーナは本当に美しい」

「……」


 これは別に冗談を言っているわけではない。


 実際、彼女は帝国でハニトラへの抵抗を高めるために用意された美女たち比べても、飛び抜けていた。


 まだ十六歳という年齢だからこそ出せる愛らしさと、大人に踏み込む色気が混ざった魅力。


 もし俺がシオンとして生まれ変わっていなかったら、近くに寄ることすら恐れ多いと思っていただろう。


 蒼銀色の髪に触れてみる。

 前世よりもずっと環境が悪いこの世界でなお、シルクのように柔らかい。

 肌は月明かりを受けて輝き、このまま抱きしめれば極上の快楽を得られるとさえ思う。


「いかん。私も酔っているのかもしれん」


 ふと、本気で彼女を抱きしめたいと思った。

 しかしそれは明確な裏切り。


 これほど無防備に身体を許しているのは、俺のことを信頼しているからだ。


「だがまあ、これくらいは許せ」


 俺は顔をフィーナに近づけると、その耳元にそっと息を吹きかける。


「ひゃ――⁉」

「やはり狸寝入りだったか」

「あ……」


 俺の呆れた雰囲気を感じ取ったかのか、若干気まずそうだ。


「あのぉ……これは……」

「分かっているさ」

「え⁉」

「貴様も十六歳だし、そういうことに興味が出てきたのだろう?」


 少女漫画に憧れる小学生のようなものだ。

 聖教会で蝶よ花よと育てられてきた彼女は今、こうして外の世界を知って色々と興味を覚えているところなのだろう。


 とはいえ、良いことばかりではない。


 ある程度は自由にやらせたいが、方向性を示してやるのも年長者の役目でもあるし、しっかりと導いてやらねばな。


「だが一度やったことは戻らないものだ。酒が入ったとはいえ、しっかり自制して……なんだその顔は?」


 フィーナはなぜか拗ねたように頬を膨らませている。


 酒の勢いに流されてしまうなど良くないことだ。

 だから年長者としてそれを伝えていたはずなのに、なぜかとてもこちらが悪い様な気がしてきたぞ。


「リオン様の馬鹿!」

「なに⁉」

「もう知りません!」


 布団を被って隠れてしまった。

 軽く布団を引っ張ってみるが、出てくる気配はない。


「おいフィーナ? なにを怒っているのだ?」

「……」


 返事すらせず、完全に拗ねてしまったらしい。

 この年頃の少女の考えは、わからんな……。


 困ってしまうが、これ以上のやりとりは無駄だろう。

 自分のベッドに向かい、服を脱ぐ。


「ん?」

「っ――⁉」


 視線を感じてフィーナを見ると、掛け布団の中からこちらを見ている瞳と目が合った。

 気付いてすぐに隠れてしまうが、隙間からまだこちらを見ているらしい。


「……もう寝るぞ」


 明日からまた新しい依頼を受けられる。

 ゲームで新しい世界に進むようなわくわく感を覚えながら、俺は瞳を閉じるのであった。

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