第3話

 城塞都市ドルチェにやってきてから一ヶ月。


 俺たちは冒険者としてコツコツと活動を続け、それなりに成果を上げている。


「はい、こちら依頼達成ですね! これにより『黄金の理想郷』はDランクパーティーとして認められました!」


 ギルドに戻り、依頼にあった魔物の素材を提出すると、受付嬢のメルが嬉しそうに声を上げた。


「やりましたねリオン様!」

「ふ、当然だ」

「そう言いつつ、かなり嬉しそうだな主よ」


 実際、かなり嬉しかった。


 この世界に来て十八年、帝王学を学び、いつ死ぬかわからない世界で生きてきたことでだいぶ擦れてしまったが、元々はゲームが好きなサラリーマンだ。


 一歩一歩積み上げていくのは好きだったし、ランクアップというのはシンプルに楽しい。


「最初はEランクの依頼も達成できなかったリオンさんが、よくぞここまで……」


 よよよ、と感動した風を装うメル。

 まるで面倒をかけた問題児のような扱いは納得がいかない。


「魔物退治系の依頼は失敗していないだろう」

「でもその代わり、薬草採取とかは全部フィーナさんとレーヴァさんに任せっぱなしだったじゃないですかー」

「……別に任せていたわけではない」


 ただなぜか一つも見つからないのだ。


 魔物退治ならたとえ古代龍だろうと狩って来てみせるというのに。


 ちなみに、この街で俺に喧嘩を売る冒険者はもういない。


 最初の頃はフィーナ、それにレーヴァという美女、美少女を連れた低ランク冒険者として絡んできたが、いつも通り順番に叩き潰してやったからだ。


「まあリオンさんの腕っ節は疑ってませんけど、これも規則ですからね」

「それは別に構わんさ。それに今後はもっとランクアップのペースも上げられるだろうしな」

「普通は低いときの方が上げやすいんですけどねぇ」


 Dランクになれば護衛依頼や魔物退治の依頼が中心になってくる。

 たとえどんな敵が来ようと、すべて叩き潰してやってくれるわ。


「まあ我も弱い魔物の毛皮を剥ぐより、倒すだけの方がよほどいい」

「私は結構、ああいう細かい作業も好きですよ」

「「……」」


 顔を血で濡らし、笑顔で猪の毛皮を剥ぎ取ったフィーナを見たとき、俺は新しい死亡フラグが立ったのではないかと恐怖したものだ。


 ちなみにその姿はレーヴァから見てもちょっと怖かったらしい。


「それでどうします? せっかくだから依頼を見ていかれますか?」

「いや、せっかくの昇格だ。今日は三人で過ごすとしよう」

「あら、それはそれは……」


 メルが口に手を当てて俺を見て、フィーナを見ながらニヤニヤと笑う。

 どうやら下世話な妄想をしているらしい。


「お楽しみくださいね」

「貴様が思っているようなことは起きんぞ」

「リオンさんがそう思っても、フィーナさんはどうでしょう?」

「あ、あわわわ……」


 その言葉にフィーナが顔を真っ赤にして分かりやすく動揺していた。


 それが楽しくなってきたのか、わざわざカウンターから出てきて耳打ちする。

 するとどんどんと顔を俯かせて、小さく頷き始めた。


「フィーナは真性の箱入り娘だ。あまりからかうな」

「からかってるわけじゃないんですけどねぇ」


 友人が出来る分には悪いことではないが、悪影響を与えるのもまたよくない。

 メルの首根っこを掴んで引き離すと、彼女はやや拗ねた雰囲気を見せる。


「主、我はそろそろお腹が空いたぞ」

「だそうだ。フィーナ、行くぞ」

「あ、はい! それじゃあメルさん、先ほどのはまた後日詳しく……」


 余計な知識を吹き込むなよ、とメルを睨んでから俺たちは冒険者ギルドを出る。

 丁度夕日が落ちかけて、街灯が光り始めるところだった。


 適当な店に入り、俺はエールを、レーヴァは肉を大量に頼む。

 フィーナはいつも通り、色んなものを摘まんでいくスタイルだ。


 ちなみに金は以前マーカスと一緒に倒した火竜の素材を売った分があり余裕がある。


「ああ、幸せです……」

「本当にこやつは、なんでも美味しそうに食べるのぉ」

「見てて気持ちがいいな」


 食べる姿には色気があり、同時に食欲をそそられる。

 本来、こういう店では大きな皿にそれなりの量があるものだが、フィーナの前には大量の小鉢。


 彼女が食べた料理はその日売れると噂になり、店側から提案された結果である。

 大食いなわけでフィーナとしても、色々と食べられるのはありがたい申し出だったそうだ。


「一ヶ月もいると、変な噂も流れるものだな」

「まあ、フィーナのこれは噂になっても仕方が無いと我も思うぞ」


 実際、周囲の男たちの視線を釘付けにしているし、その気持ちもわからなくはない。


 食欲と色気から肉欲を連想させ、それを発散させるために店の料理を食べる男たち。


 ――そういえば、この街にも色町はあるらしいな。


 さすがに行こうとは思わないが、酒場でフィーナを見た冒険者たちが言っていたのを思い出した。


「はぁ。美味しかったです」


 貴族の令嬢のような所作で口を拭き、満足そうに息を吐く。


 その隣ではフィーナとは正反対に、小さな身体でやってくる肉をガンガンと食べるレーヴァが、フォークに肉を突き刺したまま尋ねてくる。


「それで、明日からどうするのだ?」

「もちろんDランクの依頼を受けるさ。我々は冒険者なのだからな」


 一番の目的はこの世界の見て回ること。

 だが旅には寄り道は付きもので、冒険者のランクを上げるのもその一つだ。


 サーフェス王国に行く申請が通るのはまだ時間もかかる。

 その間はできる限りこの街を拠点として活動していかなれければ。


「この街を出る前に一度、龍の墓場も見ておきたいところだ」

「……好きにしたら良いさ。それに関しては、我も協力するつもりはないがな」

「ああ……ところで」


 先ほどから妙に静かなフィーナを見ると、いつの間にか酒を飲んでいた。

 ちびちびと飲んでいる割りに、妙に目が据わっている。


「おい、貴様は飲むなと言ったはずだろ」

「えぇー? なんのことれすかー?」


 駄目だ。もう完全に呂律すら回っていない。

 フィーナはまったく酒が飲めないわけではないのだが、その時々でいきなり酔っ払うときがある。


 体調か? と思うが今日など大した手間でもなく、疲労も少なかったと思うのだが……。


「条件がわからんな」

「……」

「なんだレーヴァ。貴様、なにか思い当たることでもあるのか?」

「いや、我には人のことなどわからんよ」


 視線を逸らしてちょっと気恥ずかしそうにしているが、もしやこいつ理由がわかるのか?


 だったら追求して――。


「りおんさまー」

「む、飲み過ぎだぞ」

「そんなにのんでないれすよー」

「……はぁ。今日はこのまま帰るか」


 俺の腕に抱きついてくるフィーナを剥がすわけにも行くまい。

 とはいえ、彼女の胸がダイレクトに当たっていて男としては少し気まずい。


「おいレーヴァ、この酔っ払いを支えてやれ」

「主、我の身体の大きさではフィーナを支えられん」

「むっ、いやそんなことは……」

「りおんさまー。運んでくださいー」


 そのまま離れる気が無いと言わんばかりに見上げてくる。

 まあ、酔っ払いを運ぶのに下心など持っていられないから構わないが……。


「仕方ない、肩に腕を」

「わーい」

「……背中に乗れと言った覚えはないのだがな」


 俺の言葉など聞く気がないのか、返事はなかった。

 その代わり、耳元に寝息が聞こえてくる。


「子どもか」

「主も我から見れば子どもみたいなものだぞ」

「数千年も生きた龍から見たらな」

「そういう意味ではないが……まあいい。さっさと会計を済ませて帰ろう」


 俺がこんな状態なので、財布をレーヴァに渡す。

 あの光景だけを見たら、よく考えたら幼い少女に金を払わせて美しい女性を持って帰る俺は中々外聞が悪い。


 ――今度から、フィーナに酒を飲ませないようにするか?


 そんなことを思いながら酒場を出て宿に向かうのであった。

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