第2話
王国との国境を守るだけのことはあり、肝は据わっているらしい。
「それにしても、ようやく腐敗した帝国貴族を一掃出来たというのに皇帝の座を退かれるとは……」
「破壊が私の役目なら、治世はジークの役目だ。それに私は元々、皇帝の座になど興味はなかった」
「あれだけの皇族、貴族を皆殺しにしてそのお言葉、まさしく暴君ですな」
少しずつドルチェ伯爵から軽口が出るようになってきたところで、俺は元のリオンに戻る。
他の誰かにシオンの姿を見られるのは面倒だからな。
「聞いている通り、今の私はただの冒険者リオンだ。ゆえに、シオンと同じ風に扱う必要ない」
「承知しました。サーフェス王国への手続きはいかがしますか?」
「それも正規の通りでいい。何度も言うが、今の私はただの冒険者だ」
少しだけ強い口調で言うと、ドルチェ伯爵は薄く笑いながら頷いた。
俺が必要ないと言っても地位や名声を求めて勝手に動く者が多かったが、こいつは問題なさそうだ。
「それにしてもリオン、でしたか。その風格でただの冒険者とは詐欺ですな」
「言うな。これでも抑えているのだ」
「並の冒険者では気付かないでしょうが、戦場を経験した者は欺けないかもしれませんよ?」
実際、リオンとして旅立ったときに出会ったマーカスにはすぐに実力がバレてしまった。
まあバレたから困ることもないので、それはいい。
「しかし、巨人の腹とはまた懐かしい思い出を」
「貴様が戦場に現れたギガンテスに食べられそうになったときは笑ったものだ」
かつてまだ帝国が一枚岩でなかったとき、帝国にクーデターを企てた貴族たちがいた。
それ自体は未然に防ぐことが出来たが、小競り合いは何度もあり、前線に立っていたドルチェ伯爵を俺が助けたという話だ。
「食べられそうになったのではなく、実際に丸呑みにされたんですよ。もっとも、シオン様に助けて頂きましたけどね」
「ふっ、まあ昔話を懐かしむのも悪くはないが、この辺りにしておこう。今は仲間を待たせているからな」
俺がそういった瞬間、ドルチェ伯爵は心底驚いたといった雰囲気。
「まさか貴方様の口から仲間とは……このドルチェ、感動して涙が出そうです」
冗談のつもりだろうが、結構傷付いた。
俺だって本当は友人とかを作りたかったのだ。
だが生まれた環境、そして未来の死亡フラグの多さがそれを許してくれなかっただけで――。
「貴様のことも仲間だと思っているぞ」
意味深に笑うと、ドルチェ伯爵の口元が引き攣る。
信頼しているのは事実だが、皇帝時代の俺を知っている彼からすれば心底冷や汗ものだろう。
なにせ多くの貴族を潰し、黄金の君と恐れられた暴君だからな。
「……心臓が止まるかと思いました。これは迂闊に冗談も言えない」
「揶揄う相手を間違えたな」
「ええ。あ、そういえば」
俺が立ち上がり屋敷から出て行こうとしたら、ドルチェ伯爵が声を上げる。
「この街にいる冒険者に、シャルロットがいます」
「シャルロット?」
「クーデターに参加していたビスマルク男爵家の生き残りですよ」
クーデターは未然に防いだが、先導していた貴族はいくつもあった。
ビスマルク家はそのうちの一つで、俺が取り潰した帝国貴族の一つだ。
「……そうか」
騎士として正義を重んじる家系で民衆にも人気のある貴族だったが、寄親が悪かった。
主犯ではなかったこと、これまでの功績と状況を判断して当主の死刑と家の取り潰しだけで済ませたが……。
「それは、さぞ私を恨んでいるだろうな」
背を向けて、扉に手をかける。
「正体がばれないよう、お気を付け下さい」
「誰に言っている」
伯爵家から出て宿屋に向かうと、正面から腰に剣を差した冒険者の少女とすれ違う。
剣の柄には俺の記憶にあるエンブレムがあり――。
「あの、私になにか?」
どうやら俺の視線に気付いたらしく、少女が振り返る。
金髪を後頭部で纏め、軍服のような黒い服。
女性騎士自体は珍しくないが、ここまでシンプルに戦うことだけを考えた格好は珍しい。
「……いや、知り合いに似ていると思っただけだ」
「はぁ……」
ナンパかなにかとでも思ったのか、少女はやや警戒した様子。
パーティーに出ればその場で婚約破棄が起きる、とまで言われた美貌に生まれた俺には新鮮な反応だ。
「この街の冒険者は気性の荒い者も多いので、あまりジロジロと見るのはオススメしません」
「そうだな。済まなかった」
「……っ⁉」
俺が素直に謝ったからか、彼女は少し困惑した様子。
しかしそれもすぐに再び警戒に変わる。
ぱっと見ただけでも、彼女の力量は相当高く、俺が普通でないことに気付いたのだろう。
一瞬、手が剣にかかり足が後ろに下がる。
ナンパかと思って警戒したら自分以上の実力者だった、など彼女からすれば洒落にもならない状況だ
「そう警戒するな。本当に知り合いを思い出しただけだ」
「いえ、こちらこそ失礼しました」
かなり意識的に力を抑えると、彼女も敵意無しと判断したのだろう。
剣から手を離して、安堵した様子を見せる。
「それではな」
俺は背を向けて歩き出す。
彼女の視線は、ずっと俺の背中を見つめていた。
「……シャルロット・ビスマルク。いや、今はもうただシャルロットか」
少しだけ、過去を思い出す。
まだ今ほど余裕はなく、必死に生き延びることだけを考え、他者について想うことも出来なかった頃。
「やつもまた、私が私でなかったらどういう人生になっていただろうか?」
帝国の貴族であれば間違いなく、俺がシオンになったことで運命が変わったはずだ。
被害者となったのか、それとも救ったのか……。
「考えても意味が無いとわかっていても、つい考えてしまうな」
せめて、これからの彼女に幸があることを祈ろう。
それがこの世界の運命をすべてを破壊した、俺が背負うべき業なのだから。
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