第1話
城塞都市ドルチェは南のサーフェス王国との国境に存在する、帝国の重要拠点の一つだ
この世界は現在、人間同士の戦争は起きていないが、かといって前世のように旅行に行けるような間柄でもない。
他国に行く場合はそれなりの立場が必要で、所属組織を介す必要がある。
冒険者なら冒険者ギルド、商人なら商人ギルドによって他国へ行く申請を通す必要があり、今はそれを待っているところだった。
「申請にはしばらく時間がかかりそうなんですよね?」
「そうだな。今の冒険者という立場では数ヶ月はかかるだろう」
もっとも、Aランク以上になればまた変わってくるが。
街に到着した俺たちは、そのままレーヴァが休んでいる宿屋に向かっていた。
すでにジークを通して一部の貴族には俺が諸国漫遊の旅をしていることは伝わっている。
この街の領主であるドルチェ伯爵はシオン・グランバニア時代からの顔見知りのため、いざとなれば申請を通すことも可能だ。
まあそんなことをしては、なんのために正体を隠しているのか、という話なので当然しないが。
――しかし、声かけくらいはしておくか?
多くの帝国貴族を粛正したとき、ドルチェ伯爵は明らかに勢力として劣勢だった皇帝――つまり俺に最初から付いた貴族だ。
その後の活躍も目覚ましく、俺も珍しく信頼している貴族の一人と言ってもいい。
「……フィーナ」
「はい?」
「先に戻っておいてくれ。私はドルチェ伯爵に会ってくる」
「珍しいですね。正体をお伝えになられるんですか?」
「ああ」
いちおうジークにはこのまま南下して大陸を巡ることは伝えてある。
それに諸国漫遊の旅をしようと思ったらこの街に寄ることは確定であり、ドルチェ伯爵も構えているのは間違いない。
――皇族が来ているのに知らなかったからと、首を飛ばされてはたまらんだろうからな。
俺は気にしないが、ドルチェ伯爵の立場では気が気ではないはずだ。
さすがに俺の個人的な事情で心配かけるわけにもいかず、俺はフィーナと別れて領主の屋敷へと向かっていく。
「待て! ここは伯爵様の屋敷だぞ!」
当然ながら、門番には止められる。
伯爵が抱えている人材だけあって、帝都にいる騎士と比べても実力はありそうだ。
ここで俺がシオン・グランバニアであることを伝えれば簡単に通れるのだろうが、さすがにそれを伝えるわけにはいかない。
「ドルチェ伯爵に用があって来た。巨人の腹は温かかったか? と伝えてくれればそれでいい」
「……なにを言っている?」
「待て。伯爵からもし意味のわからないことを言い出す人が尋ねて来たら確認しろと言われていただろう?」
さすが、俺のことをよくわかっている。
元々優秀だと思っていたが、すでに下の者にまでしっかり伝えているとは評価を上げねばならんな。
「俺はここでこいつを見る」
「わかった。少し待ってろ」
片方は俺を見張り、もう一人が屋敷の中へと入って行く。
動きは機敏で無駄がなく、優秀な門番たちだ。
こういうのを見ると気分が良くなるな。
「な、なんなんだ?」
「なに、気にするな」
俺の視線が気になるのか、兵士は気まずそうにしている。
しばらくして見張りが戻ってきた。
どうやら俺を通すように指示が出たらしく、門番が俺を通してくれる。
明らかに怪しい人物だと思っている様子だが、上司の命令には忠実らしい。
――うむ、実に良い対応だ。
案内された部屋に入ると、恰幅の良い貴族の男――ドルチェ伯爵は立った状態で俺を迎え入れた。
そのことに門番が驚いた様子だが、伯爵の視線を受けるとなにも言わずにその部屋から出て行く。
「ご機嫌ですね」
「貴様が優秀だからだな」
「それは良かった。ささ、どうぞ」
俺が先に座り、そして伯爵が次に座る。
言葉にせずとも、どちらの立場が上かはっきり示す行動だ。
俺は自身にかけていた幻影魔術を解き、シオン・グランバニアの姿に戻る。
「さて……久しいなドルチェ伯爵」
「そのお姿は、何度お会いになっても慣れませんね」
「帝国では一時期、珍獣≪カーバンクル≫扱いされていたくらいだからな」
俺が冗談交じりにそう言うと、ドルチェ伯爵は冷や汗をかきながらも、視線を逸らさずに笑った。
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