第二章 龍の墓場

プロローグ

 今から十八年前、日本でただのサラリーマンであった俺は死んだ。


 普通ならそこで人生は終了していたのだが、なんの因果か『幻想のアルカディア』というゲームの世界に転生してしまう。


 しかも、最期は死ぬラスボス――シオン・グランバニア皇帝として。


 当たり前の話だが、死ぬとわかっていてただ日々を過ごす男はいないだろう。


 元々大好きだったゲームだ。

 未来知識はあり、誰が味方で誰が敵かもわかっている。


 帝国のクーデターを企てた者、帝国を弱体化させる大魔獣、そしてシオン・グランバニアをラスボスに押し上げるクヴァール教団。

 ありとあらゆる死亡フラグを打ち砕き、十八歳となった真の意味で俺は自由を得た、と思っていた。


 皇帝の地位を弟に譲り、俺はシオン・グランバニアからただのリオンとして旅をしている道中、一人の少女と出会う。


 聖教会の聖女にして天秤の女神アストライアの器――フィーナ。


 原作において、自らの命と引き換えにクヴァールになったシオンを殺す少女。

 クヴァール教団が死亡フラグ製造機だとすれば、彼女は正真正銘俺の死そのものだ。


 当然関わる気などなかったのだが、彼女の中に眠るアストライアが俺に付いて行くように指示を出し、共に行動をすることに。


 のんびり世界を見る旅をするはずだったのだが、復活した古代龍レーヴァテインと戦ってしもべにしたり、奴隷にされたエルフの少女アリアを解放したり、慌ただしい日々が過ぎていく。


 そしてエルフの里を襲っていたのがクヴァール教団の残党だと知った俺は、奴らを蹂躙することを決めた。


 シオン・グランバニアは大陸最強の魔術師。

 それは俺の魂が入ったとしても変わらず、クヴァール教団は殲滅だ、と戦っていたところで予想外の出来事が発生する。


 フィーナの中にいる天秤の女神アストライアが俺の力を危険視し、殺そうとしてきたのだ。

 返り討ちにしたことでアストライアは女神の力を失ったが、シル婆を名乗る上位存在に殺すことを止められる。


 そして弟であるジーク・グランバニア皇帝にアストライアを引き渡し、解放したエルフたちも帝国が保護を約束。


 これにより、破壊神の器として生まれた『シオン・グランバニア』と、それを殺すために生まれてきた女神の器『フィーナ』。


 俺たちは死ぬはずだった運命を破壊し、未来を紡ぐことになる。


「あの、リオン様……」

「なんだフィーナ?」


 エルフの里から旅立ち、南に向かうこと一週間。

 グランバニア帝国と、南のサーフィス王国の国境に広がる樹海の中を、俺たちは歩いていた。


 俺の二歩後ろの位置をきっちりキープしたフィーナは、真剣な表情で口を開く。


「もしかして、私たち……迷ったのではないでしょうか?」

「……」


 ゼピュロス大森林――通称『迷いの森』。

 あまりにも広大でかつ強力な魔物が蔓延ることから帝国も王国も開拓を諦めたこの森は、不思議な魔力に包まれていた。


「フィーナよ、私は以前言ったはずだ。『見えない未来みちがあるからこそ、人は前に進もうと努力する』と」

「はい……」

「知っている未来など退屈極まりないもの。だがこうして、誰も足を踏み入れたことのない未知の領域に足を踏み入れること、それこそが己の足で進むということだ」

「リオン様……そうですね、その通りです!」


 鬱蒼とした森の中、俺はただ前へと進む。

 この森は『幻想のアルカディア』にも登場しないこの場所は、どこに進めばいいのか俺も知らなかった。


 つまり――。


「申し訳ありません! 私はてっきり、道に迷ったのかと本気で思ってしまい……リオン様はこの未知を楽しんでいらっしゃったのですね!」


  ――今更道に迷いましたとは言えないな……。


 ただまあ、たしかに迷ったが解決策がないわけではない。

 この森が大きくとも、一部を吹き飛ばして空を浮かべば脱出することは出来るだろう。


 それをしないのは、単純にこの森の攻略を楽しんでいるからだ。


「だがそろそろ日も暮れる。レーヴァも腹を空かせているだろうし、一度街に戻って――」


 殺気を感じて木の奥を睨み付ける。

 ずしりと重い足音が辺りに響き、木々を倒しながらこちらに向かってくる。


「あれを倒してからにするか」


 出てきたのは巨大なゴリラを丸くしたような魔物――ビックフット。

 その手はフィーナの細い身体を掴めるほどに大きい。


「ブアァァァァ!」


 巨体からは考えられないような速度で迫り、俺を握りつぶそうとしてくる。


「ふん」

「っ――⁉」


 それを軽く弾くとそのまま一歩前へ。

 丸い腹にパンチを繰り出すと、鈍い音を鳴らしてそのまま森の奥へと転がっていった。


「行くぞ」

「あの、倒さなくてもいいんですか?」

「内蔵は潰した。もう満足に動けん」


 あとはこの森の魔物が勝手に処理をしてくれるだろう。


「……」

「どうしたフィーナ?」

「いえ、倒した証明を出せばリオン様の冒険者ランクも上がるのでは、と思いまして」


 もう森の木々をなぎ倒しながら遙か彼方まで飛んで行ってしまったビックフット。


「ビックフットはB級の魔物だ。私たちのような『E級』の冒険者が倒したらおかしいだろう?」

「あ……」


 俺の言葉にフィーナはハッとした顔をする。

 E級となり、魔物退治の依頼を受けられる俺にとって、冒険者のランクを上げることなど造作もない。


 ただ、そもそも俺はこの世界を楽しみたいのだ。

 冒険者になったのもその一興。

 故に、一つ一つ積み重ねていくことこそが大切で、一足飛びに活躍したいわけではない。


「そうでしたね。もう薬草摘みとかしなくてもランクは上がりますし、急いでする必要なんてないですもんね」

「……その通りだ」


 薬草摘みか……。

 いくら探しても見つからない難しいやつだったな。

 あれをF級の依頼にするのは間違っていると思う。


「しかし龍の墓場か」


 龍の墓場とはその名の通り、長い刻を生きるドラゴンが、己の死を決めた場所のことを言う。


 元々この森に来たのは、それが森にあるという噂を聞いたからだ。


 存在そのものが価値のある龍は、たとえ死骸でも人や魔物たちに狙われる。

 そのため今、このゼピュロスの森には多くの冒険者や貴族の私兵たちが集まっていた。


 死後を荒らされないよう、龍は誰も手出しができない場所で最期を迎えるらしい。


「素材などどうでも良いが、そこはとても美しい場所と聞いている……やはり見てみたいな」

「それでは明日もまた来ますか?」

「いや、Eランクの冒険者の私たちが何度もこの森に出向くと悪目立ちをする。それに、これ以上はレーヴァも良い気分はしないだろう」


 今回も街に残ると言ってこなかったくらいだ。

 おそらく奴なら龍の墓場の場所もわかるのだろうが、教える気はなさそうだった。


「まったく生意気になったものだ」

「ふふ」

「急に笑ってどうした?」

「だってリオン様。やろうと思えば力尽くで教えて貰えるのに、ちゃんとレーヴァさんの意思を尊重してるから」

「当然だ。たしかに奴は私に敗北して下僕となったが、奴隷というわけではないからな」


 まあそれでも、あまり調子に乗らないように調教する必要はある。


 私には敵わないが、あれでもかつては破壊神クヴァールと争った世界最強クラスの古代龍だ。

 やつが本気で暴れれば帝国だって簡単に滅ぼされてしまうだろう。


 ――まあ、今更そんなことはしないだろうがな。


 焼き鳥を食べながら旨い旨いと言うレーヴァを思い出しながら、俺はフィーナを抱きかかえる。


「ひゃ――⁉」

「しばらくはドルチェで活動するのだから、焦る必要はないだろ。また機会を見つけて探すぞ」

「は、はい! と、ところでなぜこのような格好で?」

「持ちやすいからだが?」


 背中と膝の裏を抱えて、お姫様抱っこの状態。

 さすがに正面から抱きしめるのも、背中でおぶるのも、彼女の豊満な胸が当たってしまうので消去法だ。


「ぅ、ぅぅ……普通に歩いて帰れば……」

「恥ずかしいのはわかるが、我慢しろ」


 迷いの森というだけあって、きっちり迷ってしまったので歩いて帰れないのだ。

 本気でやれば森を吹き飛ばすことも出来るが、それで龍の墓場まで壊してしまっては元も子もない。


 仕方が無いので空から飛んでいく。


 ――まあ、格好悪いのでそれは言えないけどな。

「さあ行くぞ」

「……はい」


 しおらしく返事をするフィーナを抱えながら、俺は森の上空へと飛んでいった。

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