エピローグ

 帝国からジークがやってきてから一ヵ月が経ち、ようやくエルフの里では人間の騎士たちとエルフが一緒になって行動する姿が散見されるようになる。


「意外と時間がかかったが、まあいいだろう」

「むしろ我としては、あのエルフを説得出来た主に驚きを隠せないのだが……」


 最初は人間と共存することを拒んでいたエルフも多かったが、俺やフィーナのことは信頼してくれていたのだろう。

 俺たちが言うなら、と言う者が徐々に現れ、ようやく今の光景が見られるようになったのだ。


 エルフたちにとって人間という種族がいかに野蛮で危険な存在か、ということは認識しつつ、しかしこのままではいずれエルフという種族そのものが滅んでしまうという危機感もあったはず。


 だからこそ、いつまでも森に引き籠っているわけにはいかないと考えてたのだ。

 今回の件は、その最後の後押しになったに過ぎない。


「まあこれで、少なくともこのアークレイ大森林のエルフたちは帝国と良好な関係が築けるだろう」

「このまま争いなどにはならないのか?」

「ジークがいる。あいつがいる限りは問題など起きはしないさ」


 エルフの大戦士であるスルトと談笑している姿は、相手が異種族であることを感じさせない穏やかな姿。


 俺は破壊と闘争により帝国を統一したが、これからは再生と調和による統治が必要なのだ。

 そして、ジークという男は誰よりもそれが出来る。


「主にしてはずいぶんと信頼しているのだな」

「ジークは私が手塩をかけて育ててきたからな」


 他の貴族や使用人たちによる悪影響を少しでも除外するために、赤ん坊のときから可能かなぎり傍に置き続けた。


 それこそ、自分の半身と言ってもいい。


「もし私が死ぬとしたら、それは神の意思ではなくジークに見限られた時かもしれんな」


 なぜなら、そのときは俺が俺を見限った、ということなのだから。


「一つの時代で、人間の中からこれほどの傑物が二人も現れるとはなぁ……かつて神々が起こした戦争でも再発するのか?」

「そうならないよう、私は生きるのだ」

「そうか……まあ主がどうにかなる未来は、正直想像できんし、我はこのまま付いて行くだけだ」


 そうしてレーヴァが離れていくと同時に、俺の姿を見つけたアリアが駆け寄ってくる。


「リオン君!」


 どん、と遠慮なく抱き着いて来るので、一先ず俺もそれを受け止めた。

 すりすりと頭をこすって来る姿は、どこか子どもの頃に飼っていた犬を思い出させる。


「アリア、貴様も淑女ならもう少しお淑やかになれ」

「こんなことするのリオン君にだけだもん」

「そういうことではない」

 

 奴隷商人から助けたからか、それとも約束通り仲間を助けたからか、アリアはずいぶんと俺に懐いてくれている。


 エルフの中ではまだ俺に対して距離を取っている者もいるが、アリアはまるで家族のように接してくれていた。


 帝国ではどちらかというと怖がられていたからか、こうして無条件に近づいて来る者というのはどこか新鮮で、妹がいたらこんな感じかもしれないと思ってしまう。


 ――いや、俺やジークを見ていると、こんな感じの妹にはならないか。


 なんとなく、金髪で冷徹な女帝のような妹が頭に浮かびそれを消す。


「そういえば、リオン君はいつまでその恰好なの?」

「ん? まあここを離れるまでだ。リオンの姿を帝国騎士に見られたら、自由に旅が出来なくなってしまうからな」

「旅……やっぱり、出ていっちゃうんだ」


 俺の言葉にアリアが寂しそうな顔をする。

 こうして別れを惜しんでもらえることに対して悪い気はしないが、しかしこれは決定事項。


「当然だ。私は人間で、ここはエルフたちの里。これからジークを中心に二種族は交友するとはいえ、そこに私のような存在が混じっていていいわけがないからな」

「でも……リオン君ならみんな受け入れてくれるよ?」

「だとしても、だ。以前貴様に言っただろう? 私は、この世界のすべてが見たいのだと」

「……うん」


 ぎゅっと、抱きしめる力が強くなる。

 理解はしたが、納得はしていない。そんな態度だ。


「……まあだが、この里の雰囲気のことは嫌いじゃない」

「え?」

「私が本気になれば、大陸の端から端までそう時間はかからないからな。だからまあ、思い出したらまた来てやるさ」

「……約束、だからね」

「ああ」


 しばらく好きなようにさせてやっていると、アリアは両親に呼ばれて離れていく。


 そうして一人で人とエルフ、二種族の姿を眺めていると――。


「なんの用だ?」

「ふふふ、用がなかったら近寄ったら駄目だったかしら?」

「ふん……好きにしろ」


 なにもない空間から突如俺の隣に現れ、同じように人とエルフを光景を眺めるシル婆。

 なにか不思議な力で自身の存在を見えなくでもしているのか、誰も俺たちのことを気にしなくなった。


「ありがとうね」

「礼はいらん。貴様から貰うものは貰ったからな」

「あれがお礼になるなら、世の中の人間たちって欲がない人ばっかりだって勘違いしちゃいそうだわ」


 そうしてシル婆が見つめる先には、元気に走り回っているエルフの少女がいた。

 あのときは今にも消えてしまいそうな儚い命だったが、すでにその時の面影は欠片もない。


「私は貴方のために貴重な『世界樹の涙』をあげたのに、まさか他の子のために使うなんてね」

「……私に必要ないものを、使い道のあるところで使っただけだ」

「『一度死んでも蘇られる秘薬』なんて、死ぬことを誰よりも恐れている貴方に必要だと思うけど?」


 その言葉に応える義務はないと、俺は黙り込む。

 

 たしかに俺は死を恐れている。

 かつて日本で生きてきた俺は、あのすべてを失う虚無感を再び感じることを、なによりも恐れていたのだ。


 だがしかし、それでも今の俺は『シオン・グランバニア』。

 帝国における恐怖の象徴であり、世界最強の存在。


「たとえ神であっても、私を殺せる存在などいない。だからあれは、私にとって不要な物だっただけだ」

「あらあら……ふふふ」


 俺の言葉にシル婆は含み笑いをするだけで、それ以上追及してくることはなかった。

 

「でもそれだとお礼になってないから、一つだけサービスしちゃうわね」

「なに?」


 シル婆の身体がキラキラとした粒子となって輝きだす。

 その光はゆっくりと俺を包み込み――。


 ――貴方に、世界樹の祝福を。


 そんな声が風に乗って消え、シル婆は最初からそこにいなかったかのようにいなくなってしまった。

 

 いったい彼女になにをされたのかわからないが、悪いことではなかったのだろう。


「ふん……最後まで余計なことをしてくれる」


 シル婆が完全にいなくなったことを確認した俺は、蒼銀色の髪をした少女の下へと近づいてく。


 彼女はジークの傍にいるアストライアを見ながら、まるで迷子のような表情をしていた。


「なにをそんな暗い顔をしている」

「あ、リオン様……」


 彼女の迷い。それは一度神を裏切り、己の意思を貫き通したことだろう。

 聖女として育てられてきたフィーナにとってそれは、己の決まっていた未来への道をすべて壊してしまったようなものだ。

 

「神を裏切った私はもう教会の聖女ではありません。そう思うと、これからどうすれば……」

「己の運命を切り開いた貴様には、もう聖女という肩書は必要ない」

「え?」

「神という存在に寄りかかる必要もない。これからは、フィーナとして己の意思を貫き生きていけばそれでいい」


 それはまるで俺自身に言い聞かせるような言葉。


「自力で切り開いた道というのは、存外楽しいぞ?」

「楽……しい? 不安ではなくて?」

「出来上がった道を進むなど、なんとも退屈なものだ」


 この世界で俺の傍には常に死亡フラグが溢れていた。

 そしてそれを事前に原作知識で叩き潰してきた。


 すべて『知っていた出来ごと』。

 それはなんとも退屈で、つまらない人生だった。


「見えない未来があるからこそ、人は前に進もうと努力する」


 たしかに未来の知識を知っていたことは大きい。

 そしてシオン・グランバニアという天性の才能があったことも。

 

 だがそれでも、一つだけ自信をもって言えることがあった。

 

「私は止まらなかった」


 絶望から始まり、破滅しかない未来。

 そこで諦めることなく、出来ることを最大限やってきたからこそ、今の『見えない未来を歩く自分』があるのだ。


「だからこれからも止まらない。たとえどれほどの困難が待っていようと関係ない」


 俺を破滅へ導くはずだったクヴァール教団。

 そして、俺を殺す運命を持っていた天秤の女神アストライア。


 俺は生まれた瞬間から決まっていた破滅フラグを、すべて自身の力で叩き潰した。

 どれだけ悲劇の運命を背負うと決まっていようと、止まることなく未来を楽しむために戦い続けた。


 そうして、俺は未来を切り開いた。


 だからこそ、改めてもう一度宣言しよう。


「私はこの世界を全力で楽しんでやる。だからもし貴様がまだ迷いがあるというのであれば、私に付いてこい」


 ——最高に楽しい未来を見せてやろう。


 俺がそう不敵に嗤いながら手を伸ばすと、フィーナは一瞬呆気にとられたように止まり、そして――。


「はい! 私も、この世界を楽しみます!」


 俺の手を掴んで微笑んだ。




 破壊神の器として生まれた『シオン・グランバニア』と、それを殺すために生まれてきた女神の器『フィーナ』。

 俺たちはそうして、死ぬはずだった運命を壊し、未来を紡ぐことになる。


「さあフィーナ、それにレーヴァもだ。ずいぶんと長居をしてしまったが、そろそろ行くぞ」 

「我の背には乗らないのか?」


 レーヴァの疑問に、俺は愚問だと思う。


「それでは情緒の欠片もないというものだ。私はこの足で歩いて、ゆっくりと世界を見ていきたいのだよ」

「そうですね。私も今はそんな気分です。ゆっくりと、世界を見て回りたい」

「……人間の感覚はよくわからんな」

「自然と覚えるとも。私たちと共にあればな」


 そうしてエルフの里を後にして、俺たちは歩き出す。


 『幻想のアルカディア』では紡がれなかった――未来へと向かって。


 fin

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