第38話
アークレイ大森林の上空。
地上では遠目からレーヴァの姿が見えたのか、里のエルフたちが外に出てきて俺たちを待っていた。
「お、おぉぉ……」
「ほ、本当に私たち、帰ってこられたのね……」
「う、うぅ……うぅぅ」
俺の背後ではクヴァール教団に捕まっていたエルフたちが、空の上から故郷を見て感極まった様子で声を上げている。
適当なところでレーヴァが地上に降りると、彼らは一気に駆け出していき家族たちと抱擁し、泣き出した。
その中でアリアの姿も見えるが、仲間が戻ってきたことが嬉しいのか一緒になって泣いている。
「良かったです……うぅぅ」
そんな光景を見下ろしていると、隣でフィーナがもらい泣きをしていた。
俺はと言うとその光景を美しいとは思うものの、彼らの感情を受け止めることは出来そうにない。
この世界に生まれてから、身近な人間というのは利用し利用される関係の者ばかり。
皇帝である父は味方ではなく、母とは会う機会すらほとんど恵まれなかった。
上の兄弟たちは血と毒まみれる政争により心を堕とし、信頼できる者はほとんどいない世界。
だからこそ、あれほど無防備に身を許せる相手というのは、ほんの少し羨ましいと思うが、理解は出来そうになかった。
「まあいい。とにかくこれで問題は一つ解決したか」
「そうですね。でも――」
不安そうな顔をするのは、エルフと人間の根本的な解決になっていないからだろう。
今回の件でエルフたちから『俺たち』は信頼を得ることが出来た。
しかし元々は『人間』がエルフを攫っていたのだ。
彼らからしたら、クヴァール教団だろうと帝国民だろうと関係ない。
そして、人間にとってもエルフが金になる存在なのもまた変わらない。
結局のところ、このままでは人とエルフは交わることなく、いずれまた同じようなことが起きてしまうだろう。
だから俺は――。
「そういえば主よ。なぜ黒髪の姿に戻らんのだ? その姿では、アリアたちが困惑するだろう?」
「リオンの姿を見られたくないからな」
「ん? それはどういう……」
「リオン様! あそこを!」
レーヴァの言葉を遮るように、フィーナが慌てた声を上げる。
見れば、森の奥から馬に乗って武装した集団がやって来た。
彼らはエルフの存在を見つけると、整然としたまま動きを止めてこちらを見ている。
「に、人間だ!」
「なんでまた⁉ せっかくここまで帰って来れたのに⁉」
「くっ! 怪我をしている者は後ろへ! 戦える者は前に!」
突然の人間の襲撃にエルフたちも動揺し、女子供を里に逃がすよう指示を出し始めた。
彼らからすれば、人間の存在は悪魔のようなものだし、慌てるのも無理はないだろう。
「我が追っ払ってやろうか?」
「いい。あれは敵ではないからな」
「え――?」
俺はレーヴァの背中から降りると、戦闘態勢を整えるエルフたちの前に立って騎士団を見る。
「り、リオン様……」
「リオン様は、我々の味方ですよね?」
「え……リオン、くん?」
要塞から助けたエルフたちは俺のこの姿を知っているが、元々リオンの姿で会っていたアリアや他のエルフは戸惑った様子だ。
俺は振り返り、一瞬だけ『リオン』の姿になって不敵な笑みを浮かべる。
「アリア、心配するな」
「ぁ……うん」
それだけ言って再び『シオン・グランバニア』の姿となり、やってきた騎士団に向き合う。
彼らは戸惑いを隠せない様子で騒めいている。
どうやら、どうしてここに俺がいるのかがわかっていないらしい。
「情報を規制するのは当然だが、それでもあえて言おう……」
――お前たちはいつから私を見下ろせる立場になったのだ?
「「「っ――⁉」」」
「ぜ、全員馬から降りろ! 早く! 早くぅぅぅぅぅ!」
ほんの少し魔力を解き放ち嗤ってやると、騎士団の隊長が大慌てで声を張り上げる。
それに吊られるように騎士たちも下馬し、そのまま地面に膝を付けて頭を下げた。
「え? え? なに、これ……」
「ふ……」
背後で戸惑っているアリアの声が聞こえてくるが、それをあえて無視して前に進む。
地面を踏みしめる音が一つなる度に騎士たちが怯えたように身体を震わせた。
そして――ただ一人跪かずに立ちながら俺に微笑む年若い男の前に立つ。
美しい黄金の短い髪を立て、白銀のマントを着たこの者こそ――。
「久しいなジーク。息災だったか?」
「ええ。兄上も相変わらず元気そうでなによりです」
実の弟――ジーク・グランバニア。
弱冠十四歳にしてグランバニア帝国の現皇帝の地位につき、そして俺が唯一すべてを信頼できる男だ。
「それにしても早い到着だったな」
「あの兄上からの手紙ですから。たとえ他の国と戦争中でも駆け付けますよ」
「その時は戦争に集中して欲しいが、まあいい」
エルフの里の状況を知った俺は、すぐにジークに向けて手紙を送った。
元々以前から奴隷制度は気に喰わなかったが、それでも最下層の人間が生きるには仕方がないと思っていた。
しかしである。帝国の法に触れないからと言って自然と生きているエルフまで奴隷にするのは違うだろう。
なにより、エルフの里は人では生み出せない『価値』がある。
それを守り、そして共存することこそ帝国の発展につながるのだ。
「手紙で書いたとおりだ。帝国とエルフは、今後よき隣人としてつながりを深めていくことにする」
ざわざわと、ジークの背後にいる騎士たちが戸惑った様子を見せる。
これまでエルフと人間の関係を考えれば当然だろうが、それも俺が一睨みすると途端に身動き一つしなくなった。
これが今のエルフに対する人間の価値観だから仕方がないだろう。
そして、仕方がないで終わらせるのは俺の趣味でもない。
「……だが今はお前が皇帝だ。もし否定するなら好きにしたらいい」
「否定などしませんよ。兄上の言うことに間違いなどあるはずがありませんから」
「そうか」
穏やかに笑う仕草はまるで物語の王子のように爽やかで、とても俺と血が繋がっているとは思えないほど対照的だ。
俺のことを盲目的に信頼してくれているが、それでも実際にメリットがなければ意見を言える男なので、本当に問題がないということだろう。
なんにせよ、今回の件がきっかけになればいいと思う。
ただ生きたいと思うことに、種族など関係ないのだから。
「ならば今後、エルフを愛玩動物のように取り扱っている者どもから解放させろ。そして、もしも隠そうとするのであれば丁重に対応してやれ」
「はい。丁重に、ですね」
「ああ」
まだ赤子の頃から色々と仕込んできただけあって、ジークは俺の言葉の意味をしっかりと理解して行動できる。
帝国においてどれほど優秀な者でも信頼は出来なかったが、ジークだけは唯一信頼できる存在だった。
弟に任せておけば、帝国もエルフのことも問題なく進めることが出来るだろう。
そう、それだけ優秀な男なのだ。
「……あと、貴様に土産がある」
俺はレーヴァの上で未だに気絶をしているアストライアを浮遊魔術で手元に持ってくると、そのままジークの前に下ろす。
「この女性は?」
「天秤の女神アストライア」
「……なんと」
「色々あって神の権能を奪われた女だ。私のことを恨んでいるだろうし殺してやりたいところだが、そうすると後々面倒でな。ジーク、貴様のところで預かっておいてくれ」
「……」
ジークはアストライアを見ながらなにかを考える仕草をする。
きっと今この男の頭の中では、どう利用すれば最大限活用できるかを考えているのだろう。
「上手く使えば、あの煩わしい聖教会も黙らせられるぞ」
「そうですね……ええ、あまりにも使える選択肢が多すぎて、逆に困るくらいです」
――俺も持っているだけで死亡フラグになる女を傍に置くなど困るだけだ。
「とりあえず、この女神は私の方で預からせて頂きますね」
「頼んだぞ」
そう言うと、ジークは嬉しそうに笑う。
俺と違い社交性も高く、まだ幼いがあらゆる人間が力を貸したくなるような、そんなカリスマがある。
おそらくこの女神のことも、大丈夫だろう。
――これで、俺の死亡フラグはすべてなくなったな。
「兄上?」
「なんでもない。私はエルフたちに事情を説明してくるから、お前はそっちの騎士団に指示を出しておけ」
「はい」
そうしてジークはアストライアを持ち上げると、そのまま近くの騎士に預けていた。
そして俺は不安そうにこちらを見ているエルフたちに、これからのことについて話すのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます